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ノスタルジア管理局  作者: 彩人
孤独の音
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孤独の音《3-4》


 眠りに落ちた自分の身体を見下ろし、雪は居心地の悪さを感じずにはいられなかった。まるで死んだように白い肌に、光が当たれば銀色に輝く色素の薄い髪。落ちる睫毛の影は儚さを演出し、雀が冗談で言った“黙っていれば美少年”とやらも否定できない気がしてくる…。


――柄にもないこと思うなよ…俺。

 

 どうせこの身体は依り代。

 とうの昔に失くした身体の代りに、一先ずの間“魂”を留める為に用意された器に過ぎない。それなのに…。


「可笑しいのは、この子だ」


 何の霊力(ちから)も持たない一般人の少女が、管理官である雪と交わるなど――しかも触れた、その一瞬のうちにだ。生死の分からない、それも自分の記憶を失くした不安定な状態で入れ替わるなど例え管理官でも危険行為と言えるだろう。


――問題は、入れ替わったはずの“(オレ)”の身体に彼女が居ないことだ。


 自分の頬に触れ、そこに何者の気配もしない事を訝しむ。体温も呼吸も、その生命の息吹さえも聞こえて来ない身体は何とも無機質で“人形”のようだった。

 彼女――福山悠里――は何処へ行ったのだろう…。


「雪…?」


 不意にドアを叩く音が聞こえ、それと同時に涼やかな女性の声が響く。この声の主は狐だ。

 様子を窺うような声音に雪は聞き慣れない声で「どうぞ」と返事を返す。戸惑っているのは周囲(まわり)だけじゃない。自身でさえ急なこの展開に振り回されているにすぎないから…。


()に連絡がついたわよ」

「……サンクス」


 開けられたドアから覗くストレートの髪に、雀によく似た――それでいてとても落ち着いた表情の――彼女は短く用件だけ告げると困ったような笑みを浮かべて室内へと足を踏み入れる。彼女もまた雪の姿に戸惑っているのだろうか…。

 お互いに言葉はなく、雪はただそこに横たわる自身を眺めていた。別段どうといった感情もわかないが、頭の隅でそういえば()はこの姿を気に入っていたな…とか、人ごとのように考えている自分に泣きたいような、笑いだしたいような妙な感情が湧きおこる。そして少し遠くにあった気配がすぐ隣まで来て、そっと雪のものじゃない頭に触れる。とても優しい指先。


「大丈夫よ。すぐに戻れるわ」

「……狐」


 普段口数の少ない彼女から発せられたのは気遣いの一言。どうしてここの連中はこうも簡単に欲しい言葉をくれるのだろう…。

 曖昧に相槌をして笑みを返せば、自分よりも少しお姉さんに見える彼女はまるで鏡のような曖昧な笑みを返した。


「そういえば、よく通じたな?」

「…?」

「俺、塁からしかダメだと思ってた」


 普段なら彼への連絡の一切は“塁”が行っている。

 それが彼への連絡手段であり、また依頼の方法でもあったからだ。それなのに…。


「今は塁が動いてくれそうにないから…やむを得ずよ」

「うん…」

「それに、このままの状態の貴方を独りで下ろすのは許可出来ないと“要”さんからも言われたわ」

「要が?」


 雪の言葉に狐は無言で頷く。

 “最高責任者”というのは名ばかりで本来は殆ど干渉しない男―要―が今回に限り口を出したということが少々気掛かりでならない。


――なんかあるのか?


 訝しんでしまうのは、それだけ(カレ)を信用していないからだ。普段から負真面目で、飄々とした態度を崩さない。実は存在そのものが冗談(・・)じゃないかと思った事さえあるほどに彼は不確かな人物で、多分管理事務所の中で最も“信用”という言葉が似合わない男でもある。そんな彼だから何か事を起こした時には裏を考えてしまう…。


「大丈夫よ。サポートはしっかり務めるわ」

「……」


 思案顔で俯けば彼女からの頼もしい言葉が肩口に降る。

 彼女―狐―は、雪と同じ“空間移動管理官”であり経験も短くはない。どちらかというと無言で依頼をこなして行くタイプで、それだけに仲間からの信頼も厚いと言えた。でも…。


「悪い…」


 雪は視線も合わせずに頭を下げる。その心に僅かな“罪悪感”を宿して…。

 

 彼女の身体に与えられた誓約は“地上(・・)”に降りないこと。

 それは彼女と同じ存在である“雀”にも課せられたモノで、それ故に二人はこの狭い世界からは出られない。

 二人にに与えられたのは、この狭い世界と“記憶の海”での自由(・・)だけだ。

 

――だから“地上”には行けない…。


 例え逢いたい人が居ても――。

 それが二人に与えられた“鎖”で、これを破ればその存在は失われる。それが分かっているのに、今回も“地上”での探索に二人を巻き込んだ。

 直接的ではないにしろ、間接的に事務局内でのフォロー・指示、そして“記憶の海”との連携は必ずしも必要になってくるだろうから…。


「気にしないで」

「…でも」

私達(・・)は“(ソレ)”を重荷だとは思っていないわ」

「…」


 狐が困ったように笑う。

 雪の気持ちを汲んでくれた言葉たちは、また一つ雪の心に積もる。

 きっとこの笑顔を一生忘れないと――そう思った。


「準備が出来次第、地上(した)に降りなさい――雪」

「……うん、分かった」

 

 狐の言葉に今度はしっかりと眼を見て頷く。

 今は“自分に出来ること”を精一杯にやる――それが、自分に与えられた使命だと思う。例え器は変わっていても自分が管理官(せつ)であるうちは、この魂が口果てるまでは歩く事を止めない。歩き続けて見せる。


――そうだろ…ライ。


 もう一度、そこに横たわる自分の顔を見つめ問いかける。

 差し込む日差しが雲に遮られれば、その姿は闇を纏い黒い髪へと姿を変えて行く…そこにもう一人の自分を見た気がした。

 “答え”はないけれど、そこにいるはずの“自分(カレ)”――。

 

 決意は行動を生み、雪は一人で管理事務所を後にする事になる。

 沢山の人と、記憶(オモイ)が交差する“地上”へと――。


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