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ノスタルジア管理局  作者: 彩人
孤独の音
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孤独の音《3-2》


 紫の部屋を後にして、彼らは事務所(しょくば)へと居を移す。

 なんの手がかりもない現状では、紫の部屋に留まるよりも多くの情報を得る為に機械(コンピューター)の傍へと戻った方が良いというのが要の見解だった。そして入れ替わってしまった身体を元に戻す方法を調べる為にも、空っぽになった雪の身体も紫の部屋から事務所へと移動せざるを得ない。


「おぇ~…やめろよ、雀」

「仕方ね~ジャン♪」


 意識を失ったままの自分()の身体が雀に横抱きに運ばれているのを、彼は目の当たりにさせられてうんざりする。雀よりも一回り小柄な雪の身体は、眼を伏せていればそれなりに整っているし何より色白なその顔と銀色の髪が彼を儚げに演出していた。黙っていれば絵になる美少年の出来上がりだ…。

本来ならば肩に担げばいいものを、それと知っててわざと“女の子扱い”するのは雀のせめてもの仕返し――心配させたことへの“報復”なのかも知れない。

そんな些細な仕返しに痛みだすこめかみを押さえれば不意に塁の肩とぶつかる。ハッとして顔を上げ交わる視線。どこか冷たさを纏うその眼に雪は思わず息を飲んだ。


「――お前っ、なんて眼…してんだよ」

「――何が?」

「いや…だってお前」


 言い淀む雪に対し、塁は何でもないように曖昧に微笑みを浮かべて一人すたすたと歩いて行ってしまう。その心の奥に微かな“闇”を宿して――。


――本当に、どうしてあぁ(・・)も複雑なんだ。


 他人に頼る事を良しとせず、他人を受け入れる事をしない(カレ)の、その孤独が分かるから余計に胸が痛む。この痛みは彼と通ずるもの。黙り込んだその頭をコツンッと横から叩かれ頭上に優しい声が降る――雀だ。


「お前が考えても仕方ね~ぞ」

「――っ」


 振り返り見上げればその横に同じように頷く雀と同じ容貌(かお)。いつもと違う目線の高さに違和感を感じずにはいられないが、雪も同じように頷き返した。

 とりあえずは自分―雪―の身体に戻る事が先決だ。


「雀、狐、補助(・・)を頼めるか?」


 その言葉に一瞬眼を瞠った二人は次の瞬間顔を見合わせ、不敵にその口角を吊り上げる。短く交わされた了承の意に雪も安心したように眼を細めると三人は雪―自身―の身体を抱え事務所へと歩きだした――。


                    *


 暗い、暗い世界――。

 眼を瞑れば見えるのはただの“闇”の筈なのに、彼の瞼の裏には紅と黒と、そして憎しみ(・・・)の色が揺らいでいる。

 依頼人―福山悠里―の身辺調査はもうすでに上がっていると言って良い。彼女がここに迷い込んだ理由は定かではないが、最高機関「閻魔庁」の職員の調べでは彼女の“過去”は全て明らかにされているのだ。その苦痛や悲しみまで全て…。


――何故、同じようなことが起こる…?


 まだ自分が「駆城 瑠衣(くしろ るい)」として普通に生きていた頃、その生活は恵まれたものではなかった。母親は自分を生んだ直後に亡くなり、父親は母親を愛していた分だけ“瑠衣”を憎んだ。瑠衣自身(・・・・)といえば母親の顔を知らず、父親に憎まれる理由も知らず、降る罵声と暴力に耐えるだけの幼少期を過ごした。それでも――。


――それでも瑠衣(ボク)幸せ(・・)だったんだ…。


 三つ上の姉と、同い年の幼馴染と、その幼馴染の優しい母親に見守られた生活は、その人生は満たされていた。辛くなかった訳じゃない。愛して貰えない自分を憎まなかった訳じゃない。それでも生きてきた年月を、その中で出会った多くの優しい人達を無かったことには出来ない。全てを――全ての過去を断ち切れるほど強くはないから…。


――だから、こんな風に引き摺ってるんじゃないか…。


 無様にも思える自分の姿に彼は自嘲の笑みを浮かべる。

 聞こえるのは水の流るる音と、自分の呼吸する音だけ――。胸に響くはずの鼓動はとうの昔に失ったから、この胸は高鳴る事を知らない。だから、この胸は“痛み”を感じることもなく冷たいまま“案内人”としての務めを果たせる。その筈だった。


――この痛みは――幻だ。


 胸に纏わりつく鈍い痛みに失くした筈の心が震えるなんてあり得ない。全てはただの幻に過ぎないのだ――。

 

 そんなことを考えて知らず溜息が零れる。

 その溜息は誰に聞かれるわけもなく風に溶けて消えた――。そっと空に問いかける。


「ねぇ、ライ」


――キミは何もかもを知っていた(・・・・・)んだよね。きっと。


 痛みも、悲しみも、絶望も、そしてこの先に待ち受ける全て(・・)も――。

 見上げた空の青さに塁は不意に眼を細めると、ふわり頭上に落ちる影が重なる。いつだってこんな時に現れる人物――それは一人しかいない。


戒人(かいと)

「――」

「いるんだろう? 出てきてよ」

「……」


 無言の影に語りかけて塁は静かに瞳を伏せる。少し冷たくなった風から守るように優しく身体を包む影にそっと力を抜いてもたれかかれば、影はその姿を現し彼を受け止めた。

 戒人(かいと)――そう呼ばれる彼の存在を知る者は管理事務所の中では勿論、閻魔庁の中でも多くはない。古くは“月読の民”とされ、その紀元を知る者もいない――だが古の頃より、人の死を狩り取るのは彼らの役目だった。

 もっとも彼らに“心”という概念はない――そんなものがあっては人の死を狩る事に支障が出てしまうから…。


――でも、戒人(キミ)には“心”が生まれた。


 瞳を開けば見える肌は紫がかり、その爪は鋭く長い。人よりも長く薄い身体を持ち、その身体に熱を宿す事もないがそれでも塁に迫る風や雨を凌ぐことぐらいはできる。彼からはいつも白檀の香りが漂い、荒れた心を癒す様なこの香りはいつだって塁の気持ちを落ち着かせてくれた。


「ありがとう…」

「……」


 交わす言葉を持たない彼は言葉の代りにそっと塁の頬を撫ぜる。その仕草に塁は曖昧に微笑んでから、彼の手に自分の手を重ねた。この冷たい指先は人の命を狩る為のものではない――誰よりも優しい(・・・)彼が傷付く必要など何処にもないのだから。


「大丈夫。(ボク)は憎しみに囚われているわけじゃないんだ」


 彼の肩越しに見える空に眼を眇め、そっと溜息を零す。

 その空はやはり暗く寂しいものだった――。

 


自分の身体に戻る方法を探る雪たち。

そして、一人行動を別にした塁。

新たに現れた月読の民―戒人―とは一体??


☆おはようございます~^^

 執筆がなかなか進まず思考錯誤の時期に差し掛かっています。

 それでも登場させなければならない”戒人”を出すことが出来たので、少しホッ…です。

 塁過去編は二部構成で書く予定なので、ここであんまり過去に触れちゃうと後の話がネタばれになるし…orz

 すでにネタばれ感満載ですが、そこは突っ込まないで下さい^^;

 せっちゃんは無事に身体に戻れるんですかね~(゜-゜)?

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