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ノスタルジア管理局  作者: 彩人
孤独の音
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孤独の音《2-4》


 待つ部屋は“紫色”――。

 塁と二人向かった部屋の中には、まだ若い―多分十代半ばくらいの―女性が緊張した面持ちでソファに腰掛けていた。今時珍しい黒髪にどちらかといえば良い処の“お嬢様”を思わせる彼女は、背もたれに背中をつけることもなく姿勢正しく座る。その姿はとても凛々しく潔いものに見えるのに、寄せられた眉根は微かに震え視線は遙か下の方へと落とされていた。


――若いな…。


 “若い女性”が依頼人(・・・)として珍しいということはない。

 むしろ依頼人としては多い(・・)方だとも言えるだろう。その殆どは自殺がらみだったり、時たま中絶したことを悔み彷徨う人間もいた。それらを真面目に対処する気にはなれなかったが、それでも往くべき道を探し彼女たちを送るのが管理官(・・・)としての仕事だったから、雪は仕方なくその掟に従ってきた。でも…。


――彼女(この子)は違う。多分。


 “自殺”とか“中絶”を悩むタイプには見えない。それどころか、とてもよく“誰か”に似ているような…そんな気配を持った子だと思えた。初対面なはずなのに、その雰囲気はよく知る人物と被る…そんなはずはないのに。


「初めまして、僕は中間人、塁です」

「同じく管理官、雪」

「……」


 愛想よく笑いかける隣の人物につられ、雪も短く言葉を吐き出す。それなのに、にこにこと微笑みかける塁を前にしても彼女は顔を上げる事さえしない。それどころか身体を強張らせるばかりだ。理由は分からないがそれはとても頑なに見え、何より痛々しかった。

 何が彼女を苛むのか…眼の前の、自分とそう年も変わらないであろう少女に対し雪は思いを馳せる。答えがそこに無い事を彼は知っている。答えはいつだって“自身”の中にあり、それを他人が覗き見ることは出来ない。それでも…。


――想像することくらいは出来る。


 痛みを、哀しみを、孤独を。

 それらを想像して、彼女の事を思うことは出来る。人間には他人を思いやれる“力”があるはずだと彼は心の奥底で信じていた。

 不意に塁の気配が近づき、耳元に彼の囁く声――。


「雪、彼女(・・)を頼める?」

「――??」


 訳が分からず訝しげな眼を向ければ、塁は殊更困ったように表情を歪め笑って見せる。そうしてもう一度口唇を雪の耳元に寄せると困ったような声音で囁いた。


「彼女、男性恐怖症(・・・・・)なんだ…」

「…っ!?」

 

 その一言に目を見張る。

 中間人である“塁”が言う以上、これは中間案内人(かれら)に“情報”として与えられているモノであり、それを管理官(おれら)に提示しても良いと思えた何かがあったのだろう。そして、それは中間人から“管理官”に対する直接的な「仕事の依頼」にもなる…。


――そういうこと…か。


 彼の言いたい事を理解して雪は小さく息を吐くと頷く。

 その相槌を言質ととって塁は“ごめんね”と口の動きだけで告げ、そっと席を立つ。中間人であり、一応“男”である自分がこれ以上同席するのは話を進める為の妨げになると思っての判断だろうから、雪もそれを咎めるでもなく視線を少女に向けた。それでも。

 その一部始終を彼女は見ていたはずなのに、まるで“人形”のように色の無い瞳を地面に落とすと塁がその場を離れるのをただ黙ってやり過ごす。まるで“何か”に耐えるように…。


 ドアのしまる音が背後で響くと室内は静寂に包まれ、その音に微かに肩を震わせた彼女に雪は正面から向き合う。長く緩やかな髪が頬にかかり、その表情をより暗いものにしていく。

 まるで観察(・・)でもしているかのように“彼女”を眺めると、雪は徐に足を組みソファに深く身体を埋めた。完全に長期化しそうな“依頼主”を前に気長に話し出すのを待つことにする…。

 

――待つことには慣れてる…。

 

そうはいうものの“見る”ことにも飽きてきて頬づえをつけば次第に襲ってくるまどろみに雪はその眼を伏せる。ふわふわと揺れ動く瞼の裏の視界に色々なものが浮かんでは消えていく。その繰り返しを彼もただ見つめていた。

不意に遠くの方でカタンッと何かが動く気配がして、それでも雪は眼を開けずに時が過ぎゆくのを待つ。そうしていれば次第に見えてくるのは――黒く大きな影。それがまるで自分に覆いかぶさるように蠢けば彼の身体もまた、ビクンッと大きく震えた。


「――っ!?」


 見えた映像に違和感と嫌な感覚を覚え眼を開ければ、目の前に迫るは知らぬ少女の顔。その顔が自分の(ソレ)と重なり、一つ息をのんだ。そんな筈はないのに…。

 寄せた眉根に触れた温もりにさらに身体を強張らせれば触れた指先の代りに、額にはそっと唇が押し当てられた――そう、先程まで“人形”のようだった少女(・・)の柔らかい唇が――。


「なっ――」

「……」


 驚きと焦りで思わず座っていたソファから転げ落ちる。鈍い音と共に尻もちをついて、ついでに後頭部を肘かけに強打するとその痛みに雪は顔を顰めた。


「――っ」


声にならない悲鳴を上げて蹲れば、目元にはうっすらと浮かぶ涙。瞼の裏にちかちかと点滅する信号が衝撃の大きさを物語っていた。そして…。

頭の隅で何か小さな物音がして、人の気配が音もなく忍び寄ってくる。雪の耳はその小さな物音さえも逃さずに過敏に反応すると、スッと延びてきた白い何かを振り払う。バシンッと乾いた音が響いた――。


「――??」


 きつい視線を気配のする方に向ければ、そこには驚いた少女の顔。思わず払ったモノが彼女の細く白い手だと理解するのに、そう時間はかからなかった。行き場を失くした少女の手が哀しそうに引っ込められる…胸が締め付けられそうに痛んだ。


「っ俺、わ、悪いっ…」

「……」


 とりあえず慌てて謝罪の言葉を述べる。その視線はあまりの伐の悪さにか僅かに逸らされ、彼女を捉えようとはしない…。ゆっくりと動く気配がして少女が雪の手に触れた。その瞬間――。


――…っ!?


 眼の前に浮かぶは大きな黒い影。左右に蠢き、まるで陽炎のようにかき消える様は異様で、ともすれば次の瞬間には眼の前に迫る感覚――咄嗟のことに雪は眼を固く瞑る。息も出来ないような圧迫感と、恐怖、悲しみ、怒り、哀れみ…全てがないまぜになったような感情が身体の中を駆け回っては過ぎ去って行く。そしてまるで鈍器で殴られたような酷い痛みが頭に走ると、彼はその場に音もなく倒れ込んでいた―――。


触れた手から見えた黒い影――。

そうして雪の意識は影へと落ちた…。


☆今年もお世話になりました^^

次回更新は来年になります☆

思えば、私の初投稿作品が「ノスタルジア~」でした。

当初は設定しか決まってなくて、プロットや話に関しては何も考えずに書きだしたので苦労も一際多く、思い入れがある作品です。


明日(12/31)で”なろう”に来てから一年。

マイペースにですが、今後とも頑張って書き続けたい!!!

…そう思っております^^

来年も宜しくお願い致します。


よいお年を~^^

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