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ノスタルジア管理局  作者: 彩人
孤独の音
43/86

孤独の音《2-2》


 暗い闇が室内に入り、それと同時に遠くに光る月明かりの眩しさに彼は眼を覚ました。

 夢は見ない。悪夢も、良い夢も、正夢も…それらすべてが彼には不要なモノであり欲するべきモノでもないと思う。ただ何もない空間を漂い、その間に身体は束の間の休息(・・)を得る。それだけのこと。それだけの“繰り返し”だ。


――夜明け前…か。


 長い前髪を掻きあげ、彼は窓の外を見る。

 まだ明けない闇の中に不釣り合いに輝く月の眩しさに眉を顰め、けれどもソレに焦がれる――決して手に入らないものだからこそ、欲しいと。掴めるはずもないのにその月にそっと右手を伸ばした。


「……無理…か」


 伸ばした手は虚しく宙を掴み、その先にある月は今も変わらず輝いている。諦めにも似た感情と、簡単に“無理だ”と諦めてしまえる自分自身に些か腹は立つが、それよりも彼は困ったように笑いを浮かべていた。苦い笑いが静寂な室内に響く。


――俺、なにしてんだろ。


 望んだものは“自由”。

 その代償に失った自分の半身と、己の記憶―本当の“名前”―に彼は複雑な表情を浮かべ一人眼を伏せる。手に入れたモノよりも失ったモノの方が大きすぎるから、この胸はいつまでも痛むのだろうか…。

 いや、多分原因はそれだけじゃない。

 まだ胸に燻る“痛み”は、人の記憶を受け入れた代償でもある。

 その記憶の名は“恐怖”―そして、“痛み”。それは一瞬の出来事だった。


 あの時、現世へと戻る為に薄れていく彼の身体―魂―を思わず掴んでいた。“返したくない”とか、そんな事じゃなくて本能が勝手に身体を動かしたんだと思う。このまま“彼”を返してはいけない…と。

 

―だって…。


 不安そうに揺れる瞳と、寄せられる眉根。その表情を見た瞬間言うよりも早く彼の手を握り心の中である言葉を繰り返した―彼の“痛み”を俺に―――と。

 不安を、恐怖を、痛みを…お前を苛む全てのものを俺が引き受けるから、だからどうか笑っていて欲しいと切に願った。

 誰かが“哀しむ”姿は、もう見たくなかった。

 

だから雪は、ソレを“禁忌”と知りながらも彼の記憶の欠片を抜き取ったのだ。


「その代償があれじゃあ…あんまりだよな…」


 昨日の自身の行動に呆れて、彼は自己嫌悪に陥る。

 今までにも何度か犯した禁忌だが、今回のソレは常とは違っていた。恐怖も、痛みも、ドロドロとした闇の中に引きずり込まれそうな感覚も…一人で抱えるのには大きすぎる“負の感情”だった。そして――。


――また“塁”に頼った…。


 いつだって何も言わないのに大事な時には傍に来て、欲しい手助けをする彼は雪よりも雪自身の事を知っているように思う。

 人を信じない(・・・・)という口で、同じように雪の事を労わる言葉を吐き、人を突き放す荒々しさを秘めている腕は、それでも優しい手つきで抱きしめてくれる。その温もりに雪は縋った。そうでもしなければ自分自身を、“雪”という存在を手放してしまいそうだったから…。


「最悪…」


 自分自身が望んでここ(・・)にいるのに、自分で蒔いた種も刈り取れず、彼に自分の尻拭いをさせてしまっている。それが心苦しかった。

 

――塁はなにも言わないから…。


 自分の事は後回しで、大切な物をあまり持たない彼。

そして本当は誰よりも一番優しく、一番傷付きやすいのだろうと思う。それ故に“他人”を遠ざけて、自ら壁を作っているように見えた。だから余計に…。


――俺は、お前の事が心配だよ。塁。


 一つ溜息を吐いて彼はベットから降りる。

 素足に冷たい床の感触をしっかりと感じながら彼は両の手を見つめる。この小さな掌に掴めるだけのモノを、一つも逃さないように…ただ、今はそう願わずにはいられなかった。


 寝巻代わりの大きなトレーナーを脱ぎ捨て、彼は鏡の前に立つ。何も纏わない白い素肌には窓から差し込む月の灯りが当たり、奥の壁にそのシルエットを刻んだ。鏡に映るのは自分―そして、君。

 その眼の見つめる先に似たような“光”と“闇”を映した瞳があることに気が付いて、彼はスッと視線を足元へと落とす。交わす瞳は自身のものではない。そして、この命も…。


――全部、お前(・・)のものだ…そうだろ?


 寄せた眉根に苦渋を浮かべ雪は徐に壁を殴りつける。短い悪態と共に出た言葉は夜の静寂へと溶けていった…。

 

 

 小さな二つの膨らみを隠すように彼はその身体に強固なプロテクターをあてがい、その上にワイシャツを纏う。いつもと同じ様にベストを合わせ、ズボンは警棒を取り出しやすいように大きめで短いものを履くことにしている。サイズの問題は腰に回したベルトで調節して…鏡に映るその姿に我ながら“少年”のようだと思う。

 癖のある髪に数回櫛を通し、跳ねた髪は水で撫でつけてやると仕上げとばかりに首に冷たい金属の感覚―全てを司る鍵―そして|彼のいた“証”。それは手放す事の出来ない楔――。


――俺達を繋ぐもの。


 一つ溜息を零し、雪はそっと音もなく冷たい部屋を後にした。



 ノスタルジア管理事務所内――。

 薄暗い廊下を辿り、不意に通りがかった“事務所”が明るい事に気が付く。空はいくらか白んできたが時刻はまだ日の出前――こんな時刻に誰がいるのだろうと訝しがれば彼はその扉に臆することなく手をかけた。そして――。


「おはよう。雪」

「――っ!?」

 開けたドアの向こうに立つのは、にこやかに笑う彼―塁―の姿…そして、滅多に事務所内(こんなとこ)には見えない最高責任者―要―の姿。異様な組み合わせに雪は眼を瞠る。何があったというのだろう…。


「なんだ…この組み合わせ…」


 思わず口をついて出た言葉に二人は顔を見合わせる。つられて困ったように微笑むのはやはり“塁”だ。軽く腕を組むと右手を頬に滑らせ首を傾げて見せる。その眼は不敵に輝きを放ち、雪をまっすぐに捕えた。


「君こそ、随分早い」

「俺は――」

「非難してるわけではないよ。ただ、どうかしたのかな――とね」


 言外に他意を匂わせ彼は笑う。

 いつだって本性を見せないその瞳が今もゆっくりと細められれば、塁の言わんとしている事に鈍い雪もさすがに気が付いた。


「……もう、平気だ」

「…そう」

「悪かった、その、昨日…は」

「……」


 言いかけて不意にその口唇を塞がれる。彼の細く長い綺麗な指に…。

 それ以上の言葉を拒むように押し当てられた指先が、彼の視線が困ったような色を映しだし、彼の口唇が“秘密だよ”と静かに模られた。


――秘密…?


 どうして“禁忌(ソレ)”を秘密にしなければならないのか、雪には皆目見当がつかない。彼が何を思い、考えているのか…どうして言えない(・・・・)のか。


――要もだけど…(こいつ)も謎なんだよ…。


 自分には理解できない難しさを持つ二人の男に雪は小さく溜息をつく。多分、互いに分かってはいないのだろうが、この二人はよく似ているのだ…と、雪はそう思った。

 一人思案を廻らせれば不意に頬を撫でる指先。その指の冷たさに驚いて顔を上げると目の前に微笑む仲間の眼があり、そしてそこに流れる空気はどこまでも優しさと慈愛に満ちていた…。


「雪、今回は僕と組む?」

「…は?」


 唐突なお誘いに雪は瞠目する。

 そんな彼の表情に少し悪戯っぽい笑顔を浮かべると、塁は雪の癖のある髪を指に絡め更に言葉を続けた。


「今日、依頼者(クライアント)と会うんだ」

「……仕事…か?」


 雪の言葉に彼は頷く。そして一瞬だけ、多分相手が雪じゃなければ気付けない程の僅かな瞬間――彼の眼が紅い色を灯す。その色に雪の背筋を冷たいものが走った。


――この表情(かお)っ…。


 思わず息を飲んだ雪に気が付いて、眼の前の彼は何事もないように微笑む。いつもと変わらない優しい表情…その裏に“なにか”を隠して。


「今回は“案内人”としてじゃなくて“中間人”として動く事になると思うから…」

「“中間人”?? 珍しいな」

「…そう…だね」


 その表情がまた僅かに曇る。その隙を雪は見逃さなかった。


――なにかを隠してる…。


 長年の管理官としての“勘”なのか。それとも“仲間”として共に過ごした時間のせいかは分からない。それでも、今“(かれ)”を一人にするのは危険(・・)だと雪の中に警笛が鳴る。多分この胸騒ぎは間違いじゃない――。


「……だめ?」

「……分かった」

「えっ?」

「一緒に行くよ」

「でもっ」

「お前と組むの久しぶりだけどさ……」


 塁の予想に反して、雪は力強くニッと口角を吊り上げると“たまにはいいんじゃん?”と何処か楽しそうに言ってのける。その笑顔があまりにも頼もしくて塁も自然に笑顔になる―作り笑いでは無く、彼の“本当”の笑顔に…。

 陽が昇り始めた窓際で雪は清々しく伸びをして、そのお日様の眩しさに目を細める。とても綺麗だと思った。そして、もう一度近づいてきた彼に予想外の強さで腕を引かれ――


「サンクス…雪」

「――っ!?」


 ふと頬に触れる柔らかく温かい口唇。

 そして甘く囁かれる“ありがとう”の言葉に雪は固まる。それが“塁”のものだと理解するのに一瞬の間が空けば、次の瞬間聞こえるのは“上司”の溜息――。


「お前らさ~…」

「―― っ!?」


 その声の存在をすっかり忘れていた雪は肩を大きく震わせて、振り返る。そこにはソファにどっしりと腰掛け煙草をくわえながら呆れた視線を送る―要―の姿。思わず絶句する。

 口をパクパクと金魚のように酸素を求め、先程までの行動に赤面する。白い肌が一瞬のうちに赤く染まった。


「仲がいいのは良いんだが、上司(おれ)を無視すんなよ」

「……か、要?」

「あれ、まだいたんですか?」


 恥じらう雪とは対照的に冷たい視線を送る塁。その表情はにこにこと笑いを浮かべているのに、気配が何故か冷たかった。徐にもう一つ溜息が零れる。

「――ったく」


 “よっこいせ”っと年寄りくさくソファから立ち上がると、彼は寝起きぼさぼさの髪を掻き上げ気だるそうに歩きだす。その背を見送る二人の視線を受けながら数歩行った処で不意にその歩みを止めた。何かを考えるように一瞬視線を空に向け、そうしてまた煙草を燻らせる――その一言は“突然”だった。


「そういえば――」

「??」

「来るぜ…あいつ」

「…あいつ?」

「そう…すぐに……な」


 意味深な言葉を残すと振り向く事もせず彼はスッと煙草を持った手を挙げ振って見せる。その背はまだ暗い廊下の闇へと飲み込まれて行った――。


今回は雪目線です(゜-゜)♪

要の言う”あいつ”とは”!?

そして”腹黒”塁君の隠し事とは(笑)??

なんとなくネタばれ要素満載ですが…こんな感じに進みます><;


☆Web拍手設置しました。

 お礼用SS・イラスト増殖中です☆

 

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