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ノスタルジア管理局  作者: 彩人
孤独の音
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孤独の音《1-3》

 その場所は、静寂と悲しみに包まれている。

 自然に囲まれ聞こえるのは森の木々の揺れる音と、水の流れる微かな音。この頃の僕には、ここがとても懐かしい―楽園―のように思えた…。


「ライ、ちゃんと説明してよ!?」

「……」

「ライっ!」

「くどい」


 狭い空間で塁は彼の背中を追う。

 どうしてそんなに口を閉ざそうとするのか、何か秘密にしなければならない訳でもあるのかと思い朝から追い回しているのだが、その理由は一向に分かりそうにない。


―なんで逃げるかな~。


 何度も辺りを行ったり来たりしては、彼は手にした本の頁を捲る。これだけ歩きまわっても読みたい本の内容とは一体何なのか、だんだんソレも気になってきた…。


―今日こそ教えて貰わないと。


 ここに連れて来られてから三日。正しくは、もうすでに三日は経っているはず(・・)なのだ。

 断言が出来ないのは、ここには“季節”とか“時間”という概念がないから…。

 暑さも寒さも感じないし、月や太陽というものもあるようでない世界。勝手に連れてきた癖に、この辺の事にまで何の説明もないのはさすがに堪える。連れて来られた意味も、帰り方も分からない。それこそ自分が“生きてる”のかさえ瑠衣に知る由はないのだ。


「ライ!」


 少し前を行く彼の肩を掴みその足を止める…だけのつもりだった。彼が予想以上に軽くなければ…。


ドサッ

 

 不意に右肩に走った痛みに彼はその顔を歪める。手にしていた本を地面に落とすと短く息を詰めた。そして…。


「…痛」

「ごめんっ」


 片方の膝を地面につくと、彼は左手で肩口を抑える。その額には微かに汗が滲み何かに耐えるようにぐっと唇を噛みしめていた。瑠衣は慌てて謝ると彼の隣に膝をつく…その手をライはゆっくり払いのけた。


「触るなっ」

「でも」

「良いから」

「……」


 そっと瑠衣の身体を押し留めライはふらふらと立ち上がる。地面には落とされたままの本が無残にもそのページに筋をつけ、薄汚れている。彼は本の事など少しも気に留めない様子でそのまま足を進めた。


―あれっ、良いのかな…。


 立ち去ろうとする背中と本を交互に見つめ、瑠衣は音もなくその本を拾い上げた。古く薄汚れた表紙の本を。


―“記憶”と“脳”の関係…??


 外装についた汚れを払い筋の残ってしまった頁を元に戻そうとその手を動かす。そこには難しそうな言葉の羅列と共に図式やイラストで描き表された文章がぎっしりと並べられていた。勿論、中学生である瑠衣に理解できるものではない。それどころか、偉い学者や博士号を持った教授クラスが読むであろうモノのように思えた。本当にこんなものを彼は読んでいたのだろうか…。


「おい」

「…!?」


 声に気付いて顔を上げればそこには先ほどよりも不機嫌そうな彼の顔が待っている。眉根は寄せられ上から見下ろされた瞳はとても冷やかだ。どうみても弁解は聞き入れてくれそうにない。諦めて手にした本を素早く閉じるとスッと彼の前に差し出した。


「……ごめん」


 言葉少なに頭を下げると頭上から微かな溜息が降る。呆れとも諦めとも取れる溜息だった。


「刻限か……」


 小さく呟かれた言葉に瑠衣の心臓が跳ねる。その言葉の意味など知らないのに、身体はそれを知るように小刻みに震えだした。


―何…これ…。


 身体の奥、心臓とは違う場所が大きく脈打つ。

 ざわざわと波風を立て、まるで自身を変えてしまいそうなほどの衝撃―痛い様な、むず痒いような―それが全身を駆け上る。こんなの知らない。


「あっ…うっ…うぅ」


 口からは言葉にならない何かが呻きに変わり、瑠衣はその場に両膝をついて蹲った。彼はただ上からその様子を見ている。

 

 瑠衣の中の何かが、大きく変わろうとしていた―。


 身体のあちらこちらが悲鳴を上げ、瑠衣はただその場に蹲る。呼吸を忘れてしまいそうなほどの衝撃に僅かながらに息を継ぎながら、言葉通り死ぬほど(・・・・)の痛みと恐怖を味わう。これが彼の侵した“罪”に対する“罰”ならば、喜んで受け入れたかも知れない。だが…。


―な…にっ、これ…。


 理由の分からない苦痛など、拷問と変わらない。拷問でさえ理由があると言えるだろう。ではこれは(・・・)? そう問われて答えられる人などいるのだろうか。もっとも、目の前に立ちふさがる彼―ライ―以外にその答えを持ち合わせている人物など思いつかないが。


「らっ…いっ」

「…黙れ。舌を噛むぞ」

「っかはっ…」


 彼の言葉と共に激痛の波が押し寄せる。背骨が軋み、まるで何もかもが消えていくような感覚。身体の皮膚を剥がされ、爪も、声さえも奪われて行く気がした。意識が遠のく…。

 

―二度も死ぬ瞬間を味わう事になるとは思わなかった。皮肉なことだ。


 頭の隅で僅かながらにそう思ったものの、次の瞬間には辺りは混沌に満ちていった…。



 眼の前でうつぶせに倒れ意識を失くした瑠衣の顔を、ライは遠巻きに眺める。自分よりも少し年上に見えるその顔にはまだあどけなさが残り、少し寄せられた眉根には苦渋と悔恨が垣間見えた。

 本当は全て分かっている。

 いや、“知っている”と言った方が正しいのかもしれない。

 彼に何が起こったのか…。彼がどうしてここに迷い込んだのか…。そして。


―本当は“優しい”癖に…。


 彼が必死で守ろうとした者の為に、自分自身を犠牲(・・)にした事も。こんな馬鹿でお人好しな奴は初めてだった。だから放っておけなかった。


―本当なら“閻魔の審判”を受ける身なのに。


 “閻魔の審判”

 いわゆる死んでから受ける“最期の審判”の事だ。生きてきた間の人生を、その善悪を見極められ往く道を決められる。逆らう術はない。逃れる事も出来ない。普通なら。

 不意に背後に人の気配を感じ、ライはその思考を故意に停止させると一瞬で冷たい気配を身にまとった。


(らい)

「…要か」

「どうする気だ?」


 見知った人物の登場に、ライはその緊張を解く。

 「霧生 要(きりゅう かなめ)」、古い付き合いのある男。完全に信用しているわけではないが、このセカイの中では信じていい相手だと言える。もっとも“信用”なんて言葉はあまりにも不確かで好きになれないのだが…。

 要の言葉を耳半分で聞き流すと、彼からこれ見よがしな溜息が洩れる。それを気に留めるでもなく鼻先で嘲笑うとライは瑠衣の横に膝をついた。


「……」


 スッと首にかかる髪を払い、その細い首に刻まれた怨みの痕―刻印―に触れる。人の念がこもっているモノは消えない…。傷は塞がるかも知れないが“痕”が残る。身体にも、心にも…。


―これだけは消せない…か。


「雷、何を企む(・・)?」

「…何も」

「何を望む?」

「……しつこいぞ」


 彼から浴びせられる質問にうんざりしながらライは瑠衣の身体を持ち上げようと、彼の腕に自分の身体を忍ばせる。軽そうに見える彼を運ぶなど、自分一人でも十分だ…とでも言いたげに。


「――っ」

「雷」

「―――っつ!?」

「ら~い~さん?」

「―――――っつ!!!」


 今にも共倒れしそうな負けず嫌い(・・・・・)の彼に、要は仕方なく助け船を出す。第一に、自分より身長も体重もある男の子を担ごうなんて言うのが無理な訳で…。


「よっ―…と」

「要っ、余計な事をするな!」

「…お前ねぇ…」

「手を離せ!!」

「……」


 息を切らしながらも彼は顔だけを向けて凄む…。

 少し紅潮した頬で睨まれた処で効果のほどは期待しないで欲しい。そんな彼に苦笑いだけ返すと有無を言わさずライの身体から少年を奪い取り、要は軽々と横に抱く。この年の少年にしては育ちが悪く、そこらへんの少女たちよりも軽く思えた。


お前(・・)が倒れたら、この子まで巻き添え(・・・・)食うだろ」

「っつ!?」

「…人命救助。オーケー?」


 ワザとらしく上から目線で言うと、ライは少しだけ唇を噛み俯いた。その左手が拳を作り小刻みに震えている…なんて気付く奴はそういないだろう。


―ほんっと、負けず嫌い。


 大人びた彼の子供な一面。

 こういう処を見ると、我ながらホッとさせられる。普通の子供と変わらない。それがとても大きな事に思えた。


「んで、どこに運ぶよ?」

「……」

「黙るなよ。結構重いんだぜ?」

「……祭壇へ」


 悪戯っぽく笑みを浮かべると、漸くライが眼を合わせる。そしてその口は躊躇いもなく彼の行先を告げた―地下祭壇…生まれ変わりと、永遠の安らぎを得る場所を。


「…了解」


 その一言でライの考えを読み取ると、二人は足取りも重く地下へと歩き出した。

 その腕に彼を抱いて…。



こんばんわ~。

手探り状態で書き進めております”塁の過去編1”^^;

もう暫くこんな古い感じの場面にお付き合いください><


もうすぐ現実に戻りますので\(゜ロ\)(/ロ゜)/

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