おまけ「水底の涙」――後日談??--
彼はそこに立ち尽くしていた。
彷徨える魂“J”こと“瀬名 淳一”の身体が消え、無事に身体へと辿りつくまで…その身体を抱いて。
「神谷、無事に彼は目覚めたようだ」
「…そう…か」
様子を見に行ってくれていたイチの言葉に頷くと、雪は保っていた意識を手放す。身体も心も限界を訴えていた。
「神谷っ!?」
いつになく慌てたような彼の声を聞きながら、雪は暗い闇の淵へと沈んで行った。
*
―後日、管理事務所内・管理局。
「まったく、ほんとに無茶するよね」
「……悪かった」
「謝って済む問題!?」
「……」
常になりつつある塁のお説教を受けながら、雪は身体を起こさず視線を外へと向ける。もっとも、起こさないのではなく、起こせないの間違いだが。
今回の賭けで雪が背負ったモノは大きかった。
地上と“記憶の海”を無理矢理繋いだせいで、その身体には殆ど霊力が残ってなく、その上、いくら“塁”のサポートがあったからと“契約解除”なんてものまで行った。その代償は大きい。大きいのに…。
「大体、君がそこまでする必要があった!?」
「……そこまでって…」
気まずそうに逸らした視線で言い訳がましく呟けば、彼の冷たい視線が返ってくる。皆まで言わなくとも、“塁”が怒っている事は分かっていた。
「僕が気づいてないとでも?」
「―っ」
不意に詰められた距離に、雪は身を固くする。
狭いベットを軋ませて、上から覆いかぶさるように見下ろされれば嫌でも意識させられる。例えにこにこ微笑んでいても、髪が長くとも…彼は“男”なのだ。
文字通り“息がかかりそうな”くらい近くにくると、その眼がスッと眇められる。常にはない冷たい雰囲気を纏い、塁はそっと雪の耳元で低く呟いた。
「彼の記憶をどうしたの?」
「……どう…も」
「本当に?」
「―っつ」
弱い耳元に息を吹きかけられ、雪は絶句する。
身体の自由が利かない人間をこんな風に扱うなど、きっと普段の塁からは想像も出来ないだろう。
―これが、こいつの正体だよっ。
焦る心で悪態をつけば、それを見射ぬいたように塁が酷薄な笑みを浮かべる。その笑顔が恐ろしかった。
「まぁ、いいさ。苦しむのは君だからね―雪」
スッと頬を一撫でしてから彼は身体を離す。そのことに思わず安堵の息をつけば、塁の表情が苦く染まった。
「これでも心配してるんだよ?」
「…知ってる」
彼はいつだって“仲間”を思う。
それを否定する気はない。それでも。
「間違った事をしたなんて、思ってないよ。俺」
真っ直ぐに塁を見つめ雪は言葉をぶつける。
そこに“揺らぎ”は感じられなかった。
―成すべきことをしてきたんだね…君は。
諦めにも似た溜息を吐いて塁は立ち上がる。そのまま“お大事に”と軽く言葉を残して彼は部屋を後にした。
一人残された雪は、ただ雲ひとつない青く高い空を見つめていた―――。
――水底の涙・完――
「水底の涙」はこれで本当に終わりです^^
ココまで読んで下さった方に敬意と感謝を☆
次回からは新シリーズ「孤独の音」をお届けします。
☆「孤独の音」予告☆
Jが「記憶管理事務所」を去って数日。
管理局は何事もなく平和に過ぎていた。依頼や迷子は度々訪れるが、それはいつもの事。振り分けられた担当によって確実に仕事をこなし、その魂をあるべき道へと還す…。
これはそんな、静かな日々が続いたある日の出来事。
どうしようもなく自分が嫌で、自分以外も、世界も、何もかもを憎んだあの時。憎悪の淵で違う存在に変わろうとしていた僕を見つけて手を差し伸べた――。
僕を救ってくれたのは、君だったんだ--。
☆こんな感じです(笑)
メインは”塁”になります。
残念ながら「J」は登場しません←多分(゜-゜)
それでも「仕方ないから、見てやるよ!」って方、お待ちしています♪
それでは、次回は「孤独の音」でお会いしましょう^^☆