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ノスタルジア管理局  作者: 彩人
水底の涙
31/86

水底の涙・9



 塁に連れられJは雀の元へと急ぐ。

 殆ど座る事のない事務所内の彼の席はやはりというか、今日ももぬけの殻で彼の行先を知るヒントは用意されていそうにない。Jは不意に立ち止まった塁の後ろからその席を見つめ溜息をつくと、それに気づいたように何かを考えていた彼は急に踵を返した。


「塁さんっ?」

「おいで」

「何処にっ!?」

「行けば分かるよ」


 言葉少なにそれだけを告げると、後ろを振り向く事もせず彼は前だけを見て進む。事務所を出て、その足は何処かへと迷いなく進んでいた。


―塁さん、速っ…。


 見かけによらず早足で歩く彼を必死で追いかけると、事務所の廊下を抜け地下へと続く階段へと差し掛かる。その刹那、塁がピタリと足を止めた。


「塁さん?」

「ダメだ…」

「??」


 短くその一言だけを呟くと彼は徐に腕を組んで考え込む。その間も地下から送られる冷たい風にJの不安は次第に増して行く。心が妙にざわついている。そんな気がした。


「…J」

「はいっ」

「……」

「…塁さん?」


 名前を呼んだきり黙りこむ彼の顔を覗き込んで、ハッとする。彼の眼は笑う事なく真剣で、その表情はどこか冷たいものを纏う…彼らしからぬ様子にJは息をのんだ。


―何がどうなってんの…?


 さっぱり分からない事柄を整理することは困難で、とりあえず自分の置かれた状況を思い出す。

今は(カレ)の言うように彼女の元に行かなくてはいけない。

 本能が、そこに何か(・・)があると告げていた。


「ごめんね。J」

「えっ?」


 不意に謝罪の言葉を言うと、彼は申し訳なさそうに俯く。そして視線も合わせずに“僕は一緒に行けない”と呟いた。


「どういうことですか?」

「…僕は会えないんだ。彼に」

「彼?」

「…ごめん。僕は君を見送ることしかできない」

「……」


 彼の哀しそうな瞳に二の句が継げなくなる。

 今更ながらに自分が彼ら(・・)のことを何も知らないのだと思い知らされた。彼の表情の訳も、彼らを縛るモノの存在も、俺は何も知らない。ただ甘えていただけ。現実から目を逸らし、ココにいたいと駄々をこねてきただけ。自分の力では何もしていない。だから。


―対等になんて、なれるわけがない。


 “仲間”になりたいなんて――言えるはずもないのだ。

 それなのに、どうして自分は仲間になれない事を悲しみ、嘆いたのか。彼らとは背負うモノの大きさが違うのに。


「分かりました」

「…?」

「俺、一人でも大丈夫です」

「でも…」

「平気です。地上には雪さんたちが居るんでしょう?」


 笑顔を浮かべ精一杯明るく振る舞う。

 本当は怖い。過去なんて、記憶なんてなくたっていい。そう思う自分がいる。

 そんな感情を見透かしたように眼の前の彼はそっとその眼を眇めた。非難の言葉でも出てくるのではないかと一瞬身構えたが、彼は曖昧に微笑んで首を振る。


「分かった。君に任せるよ」

「…塁さん」


 それきり二人は言葉を交わす事なく地下への階段を下りていく。

 まるでいつか(・・・)の祭壇を思い出させるような深い闇と、冷たい気配に緊張は高まり鼓動が早鐘を打った。そして。


「J、眼を閉じていて」

「…はい」


 辿りついた一枚の扉の前に佇み、彼が言うとおりに瞳を閉じた。

 ギィィと鈍い音と共に襲い来る光。迫りくる匂いに何かが頬に触れた感触。


「いいよ」

「……」


 合図に目を開けば、そこには沢山の機会と管とそれに埋もれるように眼を閉じ眠っている人物―雀―の姿があった。これではどこを探しても見つからないはずだ。


「雀…さん?」


 Jの声に反応して閉じられていた瞳が開く。

 常よりも億劫そうに身体を起こし、視線を二人に向ける―その眼は不敵に紅く染まり、男の人にしては白く透き通るような肌によく映えていた。


「…遅かったな」

「……??」


 顔にかかる鬱陶しい前髪を掻き上げると、彼は欠伸交じりに告げる。なんともやる気のないその仕草にJは内心“ホントに大丈夫か!?”と不安にさせられるが、その不安を凪ぎ払うように彼は一歩前へ出た。


「雀、分かっている(・・・・・・)よね」

「……ああ」

()を、よろしく」

「分かってる」


 少し苛立ったように頭を掻くと彼は手近にあるゴーグルをかけ、機会へと向き合う。何を言うでもなくクイッと顎で促されれば、それは“行け”という合図。そこに言葉は存在しなかった。


「気をつけてね」

「はいっ」

「大丈夫。雀は腕だけは確かだから」

「……はは」


 機会の前で仏頂面を浮かべる彼に気付かれない様に、塁はそっと耳打ちするとその背を押して転送装置の中へと促す。優しい笑顔で送り出してくれる彼に、胸がチクリと鈍い痛みを伝えた。


「あのっ」

「…ん?」


 これが最後だと分かっている。

 きっと自分がココに戻ってくる事はないのだろうと。


―記憶を取り戻しに行くんだ。


 強くなる為に。

 前を向いて歩いていくために。そして。


―彼らと対等(なかま)になる為に…


「色々と、ありがとうございました!」


 元気よく告げるJなりの“別れの言葉”。

 “さよなら”なんて言えないけれど、またきっと出会う為に今は別れるのだと信じているから…だから、この気持ちだけを置いていく。


「俺、頑張ります」

「……」


 キョトンと不思議そうな表情をしていた塁が不意に微笑む。今までの中で一番柔らかい笑顔。その後ろで、雀が僅かに口角を上げ眼を細めるのが見える。彼も笑ってくれていた。それだけで。

 

―大丈夫。一人でも、頑張れる。


 そう思えた。

 今度こそ立ち止まる事なく前に進む。

 一度体験したはずの“転送”行為なのに、今隣に彼がいないというだけで、どうしてこんなにも落ち着かないのだろうか。

 微かに震える指先を誤魔化す為に、思わず拳を強く握りしめた。


「いいか。強く、強く、思え」

「……はい」


 雀の言葉に目を閉じると、思い浮かぶのはココでの出来事であり、彼の顔。初めて出会った時の澄ました顔、冷たい目を向けられた呆れ顔。怒った顔も可愛くて、何より“笑顔”が一番好きだと思った。彼が彼女(・・)だと知って、その華奢な身体を守りたいと何度願った事だろう…。優しくて、強いのに、脆い彼…いや、彼女(・・)にどうか届いて欲しい。そう強く思った。




 辺りが光に包まれ静寂を取り戻す頃、そこにJの姿はない。

 彼は無事に辿りつけたのだろうか―彼女の元へと。


「行ってしまったね」

「へっ、煩いのが消えて清々した」


 雀の強がりに、塁は小さく笑う。

 彼がこんな風に言う時は決まって表し方の分からない感情を持て余している時だから、言外に彼の寂しさを感じて微笑ましくなってくる。


―随分と居た気がするものね。


 正確には一月にも満たない時間のはずなのに、彼の存在はそれほどに大きかった。もしかしたら縛られた僕らを救ってくれるのではないかと、そんな淡い期待を持っていた。これは()じゃない。


―きっと、また会える…J。


 何となくそんな気がする。

 塁は彼の居なくなった装置の中を見つめ眼を閉じる。

 

―“賭け”はどちらが勝つだろうか…まぁ予想は出来ているのだけれど。


「健闘を祈るよ…」


 そっと呟いた言葉は闇に溶けて行った。


ようやく更新~(^_^;)

もう少しで「水底~」が終わるのに、なかなか進まず…です。


次回ようやく地上へと下りたJと雪が対峙します。


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