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ノスタルジア管理局  作者: 彩人
序章~記憶の海
3/86

覚悟

呼び名(コードネーム)・『J』。

記憶管理局内で管理官と認められた、10番目の男。

その能力や、存在自体が謎の彼は名前の由来に『JOKER』の意味を含んでいる。最も、今はただの「名無しの権兵衛」であり、「厄介者」な訳だが・・・。


「雪さ~ん、ちょっ・・ちょっと待って下さいよ~」

「遅い!!早くしろ」

大量のファイルを詰めた段ボール箱を顔の前で抱え、Jはあるかないかの視界で前を行く雪を見る。それを上から見下ろして雪はピシャリと冷たく言い放った。Jが管理局に仲間入りして3日が経とうとしていたが、現状は何も変わっていない。それに怒りを感じてか雪は相変わらずイライラを募らせている。

「J君、これも試練なんだ・・・」

Jの横を同じく荷物を持った塁が通り過ぎていく。通り際「頑張ってね」と優しさを見せる辺りに「なんていい人なんだ」とJは感動した。

「っていうか・・・何処に・・・行くんです?」

荷物の重さにかろうじて耐えながら雪の元まで辿り着くと、雪は「黙ってついてこい」と呟きまた更に先に行ってしまう。

小さくなる後ろ姿を見つめ、Jは深く溜息を一つ吐くと「よしっ」ともう一度荷物を抱え直して雪の後を追い、歩きだした。



『記憶管理事務所』

ドアには確かにそう書かれている。

「失礼します、空間移動管理官・雪。入ります」

「同じく、中間管理官・塁です」

二人はドアの前で立ち止まると、今までに聞いたことのないような真剣な声でそう告げる。その声を受け、扉がゆっくりと開く。Jはゴクリと息をのんだ。

開いた扉の先には更に幾重にも続く廊下とドア。不思議な感覚の場所だった。

無数のドアは色とりどりに彩られ、けれども全てが閉ざされている。長い廊下を歩いて行くと、ふと二人は足を止めた。Jも慌てて立ち止まり二人の間から、その先をのぞき見る。

「うわっ・・」

思わず言葉を漏らしたその先には、まるで森のような空間が広がっていた。木漏れ日が射し、風が心地よく吹き抜ける。緑は多すぎず、少なすぎず鳥のさえずりまで聞こえてくるんだから本物なのかも知れない。

「要、いるんだろ」

その森に向かい、唐突に雪が言う。塁も雪の視線の先を見つめていた。

辺りはそれでも変わることなく、木々の葉がざわめく音を伝える。Jは一点を見つめる二人を不安そうに見つめた。

「要。」

雪がもう一度低く名前を呼ぶ。今度は反応があったようだ。

Jの目にも分かるくらい緑が動き、先ほどまでなかった筈のものがそこにある。景色によく似合う木製椅子とテーブル。椅子はこちらに背を向けていて、そこにいる人物の顔までは分からなかったが暖かな湯気が踊っているのが見えた。

「要、連れてきたぞ」

雪は椅子に腰掛ける相手を確かめるまでもなく、話を切り出す。それを横で見ていた塁が「雪、ちゃんとしないと」と改めて言葉を訂正する。

「管理官候補・Jをお連れしました。」

「えっ・・って、俺ですか!?」

「お前以外の誰がいるんだよ」

塁から出た自分の名前に一体何が起こったのか状況を掴めず聞き返すと、やはり雪に冷たくあしらわれた。塁が「まあまあ」と苦笑いを返し、「要さん」と椅子の向こうの相手に問いかける。ゆっくりと椅子が動く。

「やれやれ、騒がしいな」

椅子から立ち上がったその人は、黒いズボンに、黒いシャツ、長身の上に・・・美形だった。

「まあ、そんなことを言わないで下さいよ」

「お前がこんなとこに呼ぶのが悪いんだろ、要」

「雪。いちを上司だよ」

いちを(・・・)・・・だろ」

雪より頭一つか、一つ半位違う長身の男は椅子に寄りかかり雪と塁のやり取りを聞いている。その手にはいつのまに点けたのだろうか、タバコが赤く燃え、その煙が黒いシャツによく映えた。

「・・・ェイ?・・・J?」

名前を呼ばれ、我に返る。目の前に塁の顔があった。

「へ?塁・・・さん」

「大丈夫?なんかぼうっとしてたみたいだけど」

「え・・・」

そう言われて初めて、自分が彼に「要」に見とれていたことに気づく。男の人に見とれたのは(覚えていないけれど)初めてだと思う。それくらい彼は人間離れしていた。

「彼が、『J』君?」

要がタバコを口に運び、まっすぐにJに視線を向ける。Jの体が少し強張った。何故かその眼には人を縛り付けるような力があるんじゃないかと錯覚さえさせる。

「ああ。連れてきた」

雪の相槌に、要は「ふぅん」と興味も薄そうに上から下まで・・文字通り頭の先からつま先まで品定めするように見回すと一旦目を閉じ、「それで?」と今度は隣にいた雪に視線を向けた。

「ありそうか?」

「いや。まだだ」

「そうか」

端的な言葉のやり取りが「自分の記憶」の事を差しているのだと気づくのに数秒かかる。二人は互いに目を合わせるでもなく、片言の会話を続ける。要は終始タバコの煙に視線を上げ、逆に雪は自分の影を見るように視線を落としていた。

「それで、許可は頂けますか?」

埒の明かない会話を聞いていた塁が、核心に触れる。要は視線を塁へと戻すと「そうだなあ」と小さく呟いて雪を見た。

「なんだ?」

雪もそれに気づいて訝しげに眉根を寄せる。要は表情を変えることなく、煙を吐き出すと

「この件は、(こいつ)に一任する。」

「・・・・」

「・・・・」

要の唐突な責任転嫁ともとれる一言に、皆一瞬固まった。そして三人に思考が戻った頃、

「ばっっっっ、かじゃね~の!!」

「要さん、それはいくらなんでも乱暴すぎやしませんか?!」

雪と塁の二人は、同時に要にくってかかる。もうJには理解が出来なかった。

多分、この『要』という人は二人にとって「上司」で、偉い人で、何かの決定権を持っているのだろう。そんな人が簡単に「一任」しては、仕事放棄ともとれるのではないか。Jはそんなことを思った。

ようするに「(この人)」にとって自分は、取るに足らない存在で、他人に一任してしまえる程どうでもよくて・・・そう思うと自然と言葉が口をついて出た。

「可笑しくないですか・・・それって」

自分の口から出た言葉にJは、ハッとなる。慌てて三人の方を見ると、塁と要は驚き、雪は・・・ニッと笑ってくれていた。ここにきて初めて見た「雪」の笑顔にJは背中を押される。

「俺、諦めたくないんです。自分自身が何者か知りたいんです。」

それは誰にも言えずにいた言葉。ずっと不安がなかったわけじゃない。何も思い出せなくて、ここが何処だかも、なんでここにいるのかもまだよく解らなくて。この先どうすればいいのかも、どうなっていくのかも知れない世界で、今誰かに決められようとしている。自分は何もしないままで。

「何も分からないけど、出来る事があればしたい」

Jの中の止まっていた時計の針が動き出したような気がした。

もう立ち止まったりしない。諦めない。そう固く心に誓って、

「お願いします。協力してください!」

Jは頭を下げる。そこに迷いはなかった。

「J・・」

塁が呟くのが聞こえる。Jは頭を上げず、そのまま要の言葉を待つ。

少しして、見つめていた地面に影が伸びてくるのが見えた。Jは緊張を深くし、握っていた拳により力をこめる。

「おいっ、顔上げろ」

「っつ」

聞こえてきたのは予想外に厳しい「雪」の声で、やっぱりあの人には伝わらなかったのかとJは肩を落とし顔を上げた。そこに要の姿はない。

「なんで・・・です」

「・・・」

「あんたたちが勝手に『管理官』になれって言ったのに、なんであの人は何も言わずに去るんですか?!」

恨みごとのような台詞がとめどなく溢れた。もうぐちゃぐちゃで、自分が無くなってしまいそうで・・・その怒りを目の前の雪にぶつける。

自分が情けなくて、八つ当たりなんかする気もなかったのに・・・一粒の涙が零れた。


━モウ、コワクナイ━


聞き覚えのある声が聞こえる。いや、聞こえた気がした。一瞬。

すぐに消えた声は、もう聞こえない。


ポンッ

不意に頭の上に、優しく手が置かれる。雪の手だった。

「せ・・つさん?」

訳が分からなくてJは雪の顔を見つめる。その表情は先程と同じ・・・いや、それよりもっと優しく笑ってくれていた。

「何で」

「よく言った」

「えっ?」

雪はそれだけ言うと、手を離す。後ろで塁も優しく微笑んでくれていた。

「どういうこと・・ですか?」

目を瞬かせJは眉根を寄せる。塁は口元に人差し指を立てると「上出来ってこと」と悪戯っぽく呟く。

「要さんは記憶管理事務所及び管理局の最高責任者に当たるんだけど、彼が君に何も言わなかった。実はそれだけで十分なんだ。」

塁は続けてこう言った。

「もともと、彼が協力体制をとってくれるなんて思ってないし。とりあえず雪に一任してくれたのと、君の本音が聞けたのでここに来た目的は果たせたんだよ」

頭の中はショート寸前で、何も言えずに只、相槌を返す。

「どの道、今の要に決定権はない。実体じゃなかったからな」

「それって・・」

「やっと、本音言いやがって」

雪は嬉しそうにJの背中を叩いた。

「ここでは意志の力が絶対だからね。」

意志のない人間、意志の弱い人間の望みは叶わない。ここでは意志の力こそが全てで、「生きたい」・「知りたい」そういう欲が自分自身を動かす。塁はそう説明してくれる。

今までのJには、その欲が無かった為何の手がかりも見つからなかったのかもしれない。こうも言った。

「欲・・・生きたいと思う願い」

「まっ、死んでるかも知れないんだけどな」

前向きになったJに、釘をさすように雪が野次を入れる。雪の一言に急激に沈むJを見て「雪!」と塁が雪を窘める。


「とにかく・・だ」

目の前に雪の手が出される。塁も気づいたように手をJへと伸ばす。

「改めて『記憶(ノスタルジア)管理局』へ、ようこそ。」

二人は微笑む。Jは言い表せない気持ちになって下を向くと「よろしく、お願いします」とその手を握った。



はれて『管理官・J』の誕生である。










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