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ノスタルジア管理局  作者: 彩人
水底の涙
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水底の涙・7

 お天道様が丁度真上に上った頃、彼はまだパソコンと睨めっこを続けていた。手掛かりは何も得られない。

 こうしている間にも雪は行動しているのかと思うと無駄な焦りが滲み、その心は逸って行く…。

 時は一刻と迫っていた。


「塁さん!」

「…ん?」


 唐突に呼び止められ塁は振り向く。そこには先程まで応接間で頭を抱えていたJの姿があった。


「何かな?」

 

 にっこりと微笑むと、塁はJの言葉を待つ。明らかに緊張しているであろう彼は塁の微笑みに身を固くするばかりだ…。


―少し悪ふざけし過ぎたかな…。


 僅かな罪悪感を持ちながらも、それを口にする事はしない。一時は生死の分からない彼を留めておくために仕方なく“管理官”と認めたが、今は事情(わけ)が違う。彼は“彷徨える魂”の存在であり、依頼人なのだ。しかも生きている人間なのだと分かった…。

これ以上の詮索や関わりを持たれることは厄介以外の何物でもないだろう。だから。


―“甘え”は許されない。


 雪が言うように、もしも彼が自分の記憶を意識的に封じたのだとしたら、それは間違いなく“逃げ”の行為であり“管理官”としては許されない事。人間としてもあまり認めたくない。

 塁自身、自分の過去から逃げ出したくなる事はいくらでもある。だから…今でも戦っている最中なのだ。


―生きることから逃げるのは卑怯だ。


 思う処があるから、その態度は自然に冷たい気配を漂わせる。彼を認める事は出来なかった。


「あの、記憶を探す方法を教えてください」

「…?」

「……」

「どういう事?」


 唐突に投げかけられた言葉に塁は眼を見張る。Jの表情は至極真剣なものだ。どうやら本気らしい…。


―雪に触発された…?


 彼が動いていると知った事がJに何かを齎したのなら、雪の行動も無駄ではない。賭けなんて無茶な事を起こした甲斐があるだろう。


「半日考えたんですけど…」

「……」

「俺には記憶の探し方なんて皆目見当がつかないんです…」


 申し訳なさそうに彼が項垂れる。その姿は塁にとって意外なモノであり、彼の“素直”さを浮き彫りにしていた。その事に胸が痛む。


―…そう…君はそういう子なんだね。


 少しだけ困ったように笑うと、Jは子犬のような目で塁を見つめる。その表情に驚きが混じっているのは見間違いではない。彼は少し視線を落とすと勢いよく頭を下げた。


「おねがいしますっ!!! こんなこと頼むのはいけない事なのかも知れないんですけど」

「……」

 

 黙りこむ眼の前の塁にJはただ頭を下げる。その表情は窺えない。


「……分かった」


 塁は頭を下げ続けるJに向かって諦めにも似た溜息と共に了承する。多分、これも“雪”が望んだことに違いない…そう思った。

 彼に協力することで“雪”が不利になるのか今は分からない。それでも。


―僕は信じると決めた。


 紛れもない彼―雪―のことを信じると口にした。その言葉は無闇には破られない。心の奥の方で不安に思う自分と、“大丈夫”と強く告げる自分が交差する。信じるはただ一つ――。


「J、キミも下に降りよう」

「―っ!?」


 下に降りることで起きる弊害を予測するよりも、今できる事を二人(・・)にして欲しかった。

例え、そこに何が待ち受けていても…。間違いだとしても…。


「雀に話をする。ついてきて」

「ちょっ、塁さん!?」


 言うなり歩きだした塁の背を追い、Jは動き出した。

 止まっていたはずの“時間”が動きだした瞬間だった――。



 -一方、地上-


 一頻り歩いて二人は街中の人込みからは少し離れた住宅街へと出た。閑静で割と綺麗な戸建てとマンションが立ち並ぶ場所。その場所で不意に彼は足を止める。


「神谷?」

「……」


 急に立ち止まった彼―雪―に、イチも訝し気に振り向く。そこには俯き加減で黙り込む彼の思案顔があった。しきりに周囲に目をやっては何かを考えて眼を伏せる―いや、何かを聞いて(・・・)いるのかも知れない。イチは瞬時にそう悟った。


「……イチ」

「どうした?」


 口元に手を当て、視線を合わせようともせずに彼は名前を呼ぶ。明らかに何かを考えていることだけは傍からみていても理解できるのだが…。

 その先を促すように声をかけるが、彼からの返答はない。もう一度挙動不審気味に辺りを見回してから、ようやくその重い口を開いた。


「この辺に、学校(・・)か、病院(・・)はあるか?」

「……」

「多分…病院の方が可能性は高いんだけど…」


 いつもの自信に満ちた発言では無く、どこか頼りの無いその言葉たちは彼の心情をそのまま表しているようだった。彼の言葉に今度はイチが黙る。数秒ほど考え込んで、イチはすぐに答えを導く…雪の予想に値する答えを。


「病院なら五百メートル以内。高校なら一キロ以内にはある」

「……そう」

「行くのか?」


 小さく頷いて聞いていた雪が、イチと視線を合わせた。その眼は少しだけ揺らいでいるように思う…まだ何かを決め兼ねている。そんな表情だった。


「……」

「……そこに何かがあるんだろう?」

「ああ」

「ならばお前は行くはずだ」

「……分かってる」


 言葉を幾ら重ねても、彼は動き出そうとはしない。

 小さく俯き拳をきつく握る姿は、割り切れない感情に上手く折り合いをつけようと耐えているようにも、何かに苛立っているようにも見えた。そして。


「お前のすべきことは何だ? …神谷 雪」


 静かに紡がれたその言葉に彼は肩を震わす。ようやく上げた顔には好戦的な色を灯した瞳が輝いてていた。


「言うじゃねえか…」

「……ああ」


 一瞬だけ苦笑いを浮かべ、彼は真っ直ぐに前を見る。その顔に悪戯っぽい笑みが浮かんだ。


「行くぜっ」


 声高らかに宣言を掲げると、彼はまた歩き出す。その理由は分からないが、もう立ち止まる事はないだろう…。


―決着するか…。


 彼が何らかの手がかりを得て動き出したのなら、きっとすぐにでも“記憶”は見つかる。そんな予感がある。


「…」


 一つ溜息をついて、イチも仕方なく彼の背を追う。振り回される事には慣れている。ふと空を見上げれば、そこには雲ひとつない青空が広がっていた――。


残り数話で-水底の涙編-は終わりになると思います。

雪とJの賭けの勝敗を見守って下さい。



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