表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ノスタルジア管理局  作者: 彩人
水底の涙
28/86

水底の涙・6-雪とイチ-


  二人はただ街の中を歩いていく。

  その足取りは決して軽いものではないが、目的がある訳でもないのだから至極気楽なモノでもあった。


「それで?」

「ん?」

「何かあるから来たんだろ?」

「……まあな」


 会話と呼ぶにはあまりにも端的で用件だけを伝える言葉たちに、二人は違和感を抱くでもなく進む。人込みに学生服と少年の格好をした少女が隣合い歩く姿はなんとも異質なものだろう。それでもこの街では行き交う人物を気に留める者は少ない。それがとても心地よかった。


―とりあえず…どうすっかな。


 特に目的があって降りたわけではなかった。

 彼―J―が生きているという確証に近い情報を得たのだから、焦る必要も別段ない。もっとも依頼人であり迷子のJが自分の記憶(・・)を認める事がないのなら…の話だ。


―自分で認めてくれるのなら、まだ救いようがあるんだが…。


 それは残念ながら叶いそうにない。

 この数週間で何度か彼が記憶を思い出しかけた形跡があるのに、今もなお“迷子”の状態が続いているのは、それが思い出したくない(・・・・・・・・)ほど辛い記憶だからなのではないか…雪はそう考えていた。


「神谷」

「??」

「どうした?」


 不意に黙り込んだ事を訝しく思ったイチが雪の肩を叩く。その事に我に返ると、雪は頭一つ分は高いであろう男の顔を見上げた。

 少しだけ心配そうに眉を顰めた彼の顔がそこにはある。塁に良く似た根の優しい男…。


「いや、なんでもない」

「考え事か?」

「……ああ」


 彼なりに気を使ってくれていたのだろう…人通りの多い方をイチが歩き、雪はその影に匿われるように歩いていた。誰一人ともぶつかることはなく。

その事に気が付いて雪は困ったように笑みを浮かべた。


「あんまり気を使ってくれるな」


 まるで“女”のように扱われる事に居心地の悪さを感じると、イチよりも少し前を歩く。塁に何を吹き込まれたか想像することは容易だ。どうせいらないことをこの生真面目に言ったに違いない。


―まったく…困ったもんだ。


 “過保護”というか、“心配性”というか…自分の事は少しも省みない癖に、他人の事には熱くなる性質。それが塁だった。


「身体の具合はいいのか?」


 唐突に尋ねられた言葉に雪は眼を見開く。彼が何を言わんとしているのか、それが分からなかった。


「怪我をしたと聞いた。“海”で―」

「……」


 彼の言う“海”とは『記憶の海』のことだろう。

 生身であり、現世で暮らしている彼があそこに出入りすることはないが、管理官ならばその存在は知っていて当然のもの。だが、怪我の事を知るのは…。


―塁…だな。


 立ち止まる二人は人並みに反しているのに辺りに音はない。まるでそこだけ時が止まっているかのように、お互いに視線を交わす。


「…分かってるだろ。」

「……」

「俺は生きてない(・・・・・)

「……そうか」


 肉体があるのならまだしも、この身体は仮初の器に過ぎない。痛みは同じように感じるし、血も出るが生死に関わるような大怪我を負った処で“死ぬ(・・)”ことはないと言える。

 それきり彼は黙り込んだ。

 続く言葉を探すでもなく、あてもない雪の小さな背中を追う……つかず離れずの微妙な距離の取り方は彼らしいとさえ思えた。


「塁は」

「ん?」

「塁は、元気(・・)か?」


 呟くように聞こえてきた言葉に雪は足を止める。そして、気付く…。


―そうか、会う事は出来ないんだったな…。


 塁と一喜(イチ)は所謂『幼馴染』という間柄だ。

 詳しい事は分からないが、彼は“塁”を探して管理局を訪れ、また塁は“彼”を避けて姿を現さないのだと以前聞いた事がある。

 探し求めた相手に、そこにいる事が分かっているのに会えないのは辛いだろう…。

 それでも、イチは塁の事を思い無理に追う事はしない。もし例え追ったとしても、そこに塁がいないことは分かっているから。


―お互いに思う処があるから…。


 二人の間に言い表せない何かがある事は分かっている。自分の事を探し続けたイチを塁が嫌っていない事も。


―それでも会えない訳…か。


 言葉は難しい。

 それが分かり合っていたはずの他人なら尚更にだ。


「相変わらず、人の心配ばかりしてるよ」

「……そうか」


 冗談っぽく言ったつもりが、イチは少しだけ困ったように微笑んだ。

 仕事の都合上、どうしても連絡を取らなければならない時は塁から一方的な“メール(・・・)”が届く事になっている。ありきたりな、当たり障りのないソレは、塁の事を教えてはくれない。だから彼はこうして雪に尋ねたのだろう。


「変わりないのなら良い」

「大丈夫だ…ちゃんと見てるよ」

「……」

 

 不意に交わされた雪の意外な一言にイチは眼を見開くと、今度は彼らしい(・・・・)笑みを浮かべる。とても不器用で優しい笑みを。


「……ありがとう」


 彼はそう答えるなり、歩きだす。

 立ち止まっていた雪の肩を軽く叩いて促すと、二人はそのまま隣り合わせに街の喧騒の中へと紛れて行った…。


前回に引き続き「雪&イチ」サイドです。

ようやくイチと塁の関係が明らかに??…いえ、少し明るみに出ました^^;

この二人の過去については、また別編で詳しく触れるつもりでいます。


とにもかくにも-水底の涙-、もう少しです!!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ