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ノスタルジア管理局  作者: 彩人
水底の涙
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水底の涙・4-Jと塁-



―二人のお手並みを拝見させて貰う事にするよ…僕は。


 彼はそう言って微笑むと、一人祭壇を後にする。

 目の前には何かを考える―雪―、そして俺の心は揺れていた…。


                      *

 ノスタルジア管理事務所内・応接間―。

 Jは一人で与えられたノートパソコンと睨めっこをしていた。記憶の探し方なんて分かるはずもなく、ましてや勝負の相手である彼に聞く事も叶わず、今は大人しく雀から手渡されたパソコンの中に入っているデータを読み漁っている処だ。その時、不意にドアが叩かれると開かれたドアから塁が顔を出す。


「調子はどう?…J」


 いつもと変わらぬ微笑みを浮かべる彼は、その手にお盆を持ち中に入ってくる。お盆に載せられるは熱い日本茶とお茶うけになるであろう可愛い砂糖菓子。なんとも気のきいた“差し入れ”にJの顔も思わず綻んだ。


「塁さん」


 お茶をこぼさない様にそうっと入ってくる彼の手からお盆を受け取り、Jは微笑み返す。日本茶の香りがフワッと広がると、心もなんとんなく落ち着いた気がした。


「まだまだですね~」

「そう?」


 扉を閉めた塁に苦笑いで呟くと、彼は意外そうな表情を浮かべてから徐に頷く。何かを考えている様子だ。


「まぁ、簡単(・・)でもないかな…」


 壁に寄りかかり口元に手を当てる彼は少しだけ悪戯っぽく微笑むと、少し視線を落とした。こういう表情の時、彼らは何かに思いを馳せている。Jが触れてはいけない“秘密”を抱いて―。


―どうして、そんな表情をするんですか…?


 聞きたい言葉はあるのに、この言葉は口には出来ないモノ。

 今の自分では何もできないであろう事実が、妙に腹立たしかった。仕方なくJは心とは違う質問をする。もっとも、こちらも気になっていた事なのだが…。


「あ…あの、雪…さんは?」


 Jの言葉に塁はハッと我に返ると、“雪?”と小首を傾げる。その確認するような視線にJは思い切り首を縦に振って見せた。


「雪はね……さっぱりみたいだよ」


 彼から返ってきた言葉は尋ねた意味とは違っていたが、齎された言葉の意味にJはあからさまな安堵のため息を漏らした。 

 その事に塁は可笑しそうに肩を揺らして笑う。そしてJは頬を紅く染めた…。


「笑わないで下さいよ…」


 不満そうに視線を彼に投げかけると、塁はその視線を受けて必死に笑いを堪えた。目元にはうっすらと涙まで滲ませて…。


「ごめん、ごめん…あんまりにも君が素直だから…」


 一頻り笑い終えると、彼は不敵に目を光らせる。その視線にJの心臓は小さく跳ねた。


「でも、雪は動き出したら止まらないからね」


 その言葉の意図する事に気づいてJは思わず息をのむと、塁は少しだけ視線を逸らして言葉を続ける。


「一応、この局の中でもエリート中のエリートなんだよ? 彼」

「えっ!?」

「見えないと思うけどね」


 語尾に♡マークでもつきそうなほど愛想よくウインクで投げかけられると、Jは口を開けたまま暫く呆けた…。まさか彼がエリート(・・・・)なんて…。


―どうみても俺と対して変わらないでしょ!?


 気が動転しているのかJは意味のわからない突っ込みを自分に入れる。ここは“現実”世界とはかけ離れた“時空”を持つ場所―閻魔庁―なのだ。外見からくる年齢など、そんな常識はいくらでも覆される事だろう。


「…ホントに見えませんね」


 思わずストレートに言葉をぶつける。

 その言葉に塁は困ったように苦笑いを浮かべて見せた。


「う~ん…あれでも一番の古株何だけど」


 複雑な表情で腕組をする彼は、どこか面白くなさそうに眉根を寄せる。その理由にようやく気付きJは口ごもった。たった数週間の付き合いの自分とは違い、雪は彼にとって―仕事仲間―であり古い付き合いを持つ―友人―に他ならないのだ。


―うわ~…俺、迂闊すぎ。


「すみませんっ、塁さん同僚なのに…失礼なこと言っちゃって」


 繕うように塁の顔色を窺うが、その色は変わらない。元より、彼は自分の感情を隠す事に長け過ぎているのだ。


―よく分からないよ~。


 半泣き状態の心とは裏腹に不意に塁が視線を合わせる。その瞳には何も映らない。


「ああ…別に構わないよ」


 何事もなかったかのように彼は微笑む。そこには“敵意”こそ無いにしろ、何故か冷たいものが隠れているような気がした。なんとなく気分が晴れずにもう一度頭を下げる。


「すみません…ホント」

「謝らないで。良いんだ…それより君の“記憶探し”の邪魔になってるかな?」

「……」


 唐突に尋ねられJは一瞬目を瞬く…何を言われているのか分からなかった。


「記憶…探すんでしょ?」


 もう一度彼が不思議そうに首を傾げる。やはり眼には何も映さずに…。

 

「そう…でした」


 小さく呟いた声が溜息に溶けて消える。自分の事のはずなのに、何処か他人事のように思えてしまうのはどうしてなのだろうか。


―普通、“記憶”って大事なはずだろ?


 大事なはずの記憶を失くしているというのに、焦りもなければ、哀しくもない。別段なくても困る事はないような…そんなモノを探して、何か意味はあるのだろうか。自分自身に問いかける。


―俺、どうしてココに来た?


 本当は薄々分かっている事がある。

 ただ言葉にはならなくて、したいとも思わなくて、“今のままが続けば良いのに”と願う自分が心の隅にいるのだ。これはいけないことだろうか…。


「俺、記憶探してるんですよね」

「そうだよ」

「なきゃ、困りますもんね…普通」

「うん…」


 当たり前の事を聞かれ、塁はただ頷く。俯いたままでは彼の表情を窺い見る事も叶わずJも黙った。

 

「そういえば」


 その場の空気を変えるように塁が口を開く。Jは顔を上げるでもなく塁の言葉が続けられるのを待っていた。そして…。


「雪は今、現世に降りてるんだ」

「……?」


 唐突に彼が何を言い出したのか理解できず、思わず顔を上げる。そこには少し自嘲気味に笑う塁の顔があった。


「ピンとこないよね」

「…はい」

「君が居たはずの世界…っていえば分かるかな?」

「……っ!?」


 続けられた言葉にJは驚愕する。


―雪さんが……何だって?


 理解が追いつかずに、頭の中で彼の言葉を反芻させるがそれでも理解できそうにない。馬鹿なのか、それとも理解できる域を超えているのかは定かでない…。


「大丈夫。一人じゃないし」

「いや…あの、そういうことじゃ」

「イチは地上に関しては情報通だからね。ちょっと人間が硬くて口数は少ないけれど…」

「あの…塁さん?」

「雪も初対面じゃないし。そこら辺は上手くやるよね、きっと」


 勝手に話を進めて盛り上がる塁に、彼は言葉を失くす…。頭の中は今にもパンクしそうなほどの情報で溢れJはその場で頭を抱えた。今にも口から泡が出そうだ。


 彼の知らないところで“何か”が動き出していた――。


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