水底の涙-塁-
塁目線でのお話になります。
「みてみん」や「なろう」で仲良くさせて頂いている「タチバナ ナツメ」様が塁を描いて下さいました!!!
もう、ホント美人です><
一人で堪能するのは余りにも勿体ないのでUPします♪
ナツメ様、本当にありがとうございました^^
「えーーーっ!?」
管理局内に普段なら聞く事の出来ない人の大声が響きわたる。
冷静沈着、温和で微笑みを絶やさない彼――塁――の見る事の出来ない光景に局内に居た管理官たちは身を乗り出すようにその様子を確かめた。
「ちょっ、塁。声でかいっ」
迷惑そうに片方の耳を手で塞ぐ仕草をする雪は、何とも怪訝な表情で対峙する塁の顔を渋々見つめていた。事の経緯はこうだ。
なかなか記憶を探す手がかりの見つからないJに、塁から情報を貰った担当管理官・雪は勝負を持ちかける。
―J、俺と“賭け”をしよう…―
それは本来なら“管理官”として行ってはならない禁忌に等しい。
管理官が仮にも“記憶”を扱う者が、その記憶を賭けの対象にするなどあってはならない事だ。その禁忌を冒してでも彼―正確には“彼女”だが―はJを、Jの落し物を探そうとしていた……。
そして、今に至る。
今はその賭けについての“事後報告”を中間管理官である塁にしている処である…。
「雪、本気で言ってるの!?」
「冗談でこんな事が言えるか?」
「…っ」
思いがけない雪の真剣な眼差しに塁は一瞬怯む。そこには覚悟が滲んでいるように見えた。
いつも飄々として真意が読み取れないような彼女が、何を思い“賭け”なんて無茶な事を言い出したのかは分からなかったが一つだけ言えるのは気まぐれとか冗談ではなく本気だと言う事。
「それをJものんだの?」
そんな前例のない条件を、Jは了承したんだろうか…。不意にそんな事が頭を過り尋ねる。雪は少し考える表情をした後、ゆっくりと頷いて見せた。
―本当なら、そんな前例のない賭けさせたくはない…。
きっと、雪がそこまでしなくてもJの記憶を探す道筋はもう見えかけているはずなのに。
―果たして、彼女が自分自身を危うくしてまでJを助ける意味があるのか…。
塁は頭の隅の方で冷静に彼女自身とJの記憶を天秤にかける。その結果は明白で、彼女の言う“賭け”を受け入れることなど到底できないと告げていた。
「悪いけど、僕は反対だよ。雪」
「……」
「言わなくても分かるはずだ」
その言葉の言外に“キミがそこまでする必要はない”と冷たい意思を匂わせ、毅然とした態度で雪に応じる。逸らされることのない真っ直ぐな瞳が一瞬揺れ、そして雪は黙っていた口を開く。
「分かるさ。そんなこと」
「じゃあ、何故?」
「こうでもしないと、J戻らないだろ…」
雪の言葉に塁は息をのむ。
その可能性は十二分にあるのだ。
自らが望まない限り、彼の記憶は戻らない気がしていた。この数日の間に彼について分かった事がいくつかある。
―彼が記憶を取り戻しかけている事。
―彼自身が現世に戻る事を望んでいない事。
―そして…
「彼が記憶を隠蔽したと…そう言いたいの?」
「……」
彼女の無言が、何よりもその意味を伝えていた。
二人の周りを取り巻く空気の色が変わる。張り詰めた空気がその温度までも変えた様に肌寒く感じ、ただ無言のまま眼を伏せる雪の表情も冷たく色を失っていく。
「……ありえないよ」
思わず否定の言葉が口をついて出る。信じたくない。その一心なのかもしれない。
その言葉に雪の顔もハッと上を向き、その瞳は何処か迷うように揺れ動いていた。
「どうしてそう思う?」
「それは…」
まるで縋るように雪の眼が細められる。
きっと彼女も信じたくないはずだ。Jが自ら記憶を隠蔽したなんて―。
「だって、そんなこと通常の人間に出来る筈がない」
「……」
「一時的に記憶から逃れることはあっても、記憶管理局に来るまでに消すなんて不可能だ!!」
「……通常…ならな…」
雪が少しだけ表情を歪めて床に視線を落とす。彼女が何を言いたいのかを察して塁は黙った。
―通常なら出来るはずなんてない…。
もし、仮にJがそれを成しえてココに来たのだとしたら…彼は一体どんな思いで生きていたのだろうか。あの屈託のない笑顔の裏に、どんな哀しみを隠していたのだろうか…。
「……分かった」
塁は渋々、雪の策に乗る事を了承した。苦渋の判断だったに違いない。それでも。
「“キミにしかできない事を…”そう言ったのは僕だしね…」
自分の言った事を今更後悔して、苦い笑みを浮かべる。雪もその様子に気が付いて困ったように笑って見せた。
「契約頼めるか?」
「……仕方がないしね」
―本当は反対だけど…。
消化しきれない気持ちを抱え、塁は頷く。今はただ彼女の運に賭けてみるほかにない。彼女を信じることしか出来ない…。
―信じられるものなんて、何もないのにね…。
自分の考えに眉を顰める。
遠い昔に“信じる気持ち”など置いてきたと言うのに、何故またそんなモノに縋るのか…人間なんて所詮、愚かなものだと思うのに。
「塁?」
いつもの笑みが消えかけた頃、雪がその異変に気付き声をかける。彼女は今の自分にとって数少ない“理解者”の一人。哀しい傷を抱えた仲間…。
「何でもないよ」
「平気か?」
「何が?」
「いや…」
お互いに本音を読み取りにくいのだと思う。だから適度な距離を保ち、一緒に仕事が出来るのだと…。上手くはぐらかしたつもりが、雪には何となくわかってしまったらしい。急に悪戯っぽい笑みを浮かべると
「俺を信じてろよ」
まっすぐな瞳に射ぬかれ、不意に塁の口元が綻ぶ。
どこまで本気なのか分からないが、その一言で十分だと思った。
今は彼女を信じよう―。
例え何が待っていても、きっと彼女ならJを救える。その一言で僕の暗い心を救ったように…。
「信じてるよ。キミと、キミの管理官としての能力を―」
「げっ」
塁の言葉に、雪は顔を引きつらせ「一言多いんだよ」とぶつぶつ呟く。二人は穏やかな表情で笑い合っていた。
さてさて塁君目線です^^;
とりあえず、またまた会話…と言うか1シーンになっちゃいましたorz
次回は「契約」について触れる事になると思います!
頑張って書きます!!!