水底の涙―序章-
新章突入です^^
またまた雪×Jの凸凹コンビ登場です!
今回のは一番最初の投稿時についていたサブタイトルの続きになります^^;
忘れた方は初めの1~2話位を参照下さい(汗)
それでは、始まります^^
時が経ち、また朝はやってくる。
望んでなどいないのに月は眠りにつき、代わりに闇が太陽を連れる。
そうしてまた、俺たちは歩き出さなければいけないのか…。
この終わりなき哀しみの運命へと。
━ノスタルジア管理局~水底の涙~━
「せ~つ、雪さ~ん?」
心地よい風の吹きぬける静かな屋上に、不釣り合いに賑やかで明るい声が響く。
今日も一人気持ちよく昼寝を決め込んでいれば…これだ。また厄介事かと思うと自然溜息が洩れる。
返事をする気にもなれなくて、とりあえず相手が気がつくのを待ってみる事にした。
「あれ…」
彼はキョロキョロと辺りを見回す。
今日もよく晴れ、屋上からは雲ひとつない青空だけが覗けた。
その時、視界の隅に何かが映る。見慣れた靴底…細い足。これは…彼だ。
「雪さん!?」
「よう。やっとお出ましか」
彼はいつものように興味のない瞳を向けると、これまた愛想のない表情で告げる。
気が付いているなら声をかけてくれれば良いのに…そんな彼の思惑を知ってか知らずか、雪はお決まりのセリフを今日も告げる。まるで挨拶の代りにでもなったような言葉を。
「記憶は見つかったか?」
「うっ…」
「金子高久」氏の一件が片付いてからというもの、ノスタルジア管理局にも元通りの平穏が訪れた。
まるで何事も無かったかのように日々は過ぎ、気がつけばJがココを訪れてから早くも二週間が経過しようとしている。何の手がかりもないままに…。
「いい加減、そろそろ何か思い出しても良い頃だと思うんだがな~…ん?」
頭上で呆れたように頬杖をつく雪をよそに、Jの視線は地を這うと「ははは…」と乾いた笑いが辺りに響いた。「記憶の海」から戻ってきてからというもの、毎日こんな調子である。
「……」
「……雪さん?」
「……どけ」
「えっ?」
「降りるからどけって言ってんの!」
その言葉と同時に有無を言わさず雪が降ってくる。
「ちょっ、うわぁぁ…」
影がJに重なり、驚いて左に飛び退く…その瞬間、雪は今まさにJの居た場所へと着地した。
咄嗟の出来ごとにJの心臓は早鐘を打ち、バクバク言う胸を抑え文句も言えない。
「じゃっ、先行ってんぞ~」
そんな彼の横を素通りして、雪は右手を軽く振るとさっさと室内へと歩いて行ってしまった。
―一言くらいあったって良いんじゃないのか!?
“俺、被害者!!”と心の中で叫び、小さな背中を見送るとJは溜息を一つ漏らす。辺りは静まり返り、風だけがJの髪を撫でていく。
「…だってココ、居心地が良いんだ…」
誰に聞かれる事も無いその呟きは、風に溶けて消えていった…。
*
事務所へと続く階段を雪は一人歩いていた。
その足取りは決して軽いモノではない。
―あいつは、何かを隠している…。
確証を得たわけではないが、長年“管理官”なんてものをやっている経験からくるものか…それとも“女の勘”というやつか、それは分からないけれど“隠している”と思えるだけの何かが雪にはあった。
胸騒ぎは今も止まない…。
誰かにずっと呼ばれているような、変な感覚が付きまとっている。
「…くそっ」
「雪?」
不意に階下から声を掛けられ雪は顔を上げる。そこには塁の姿があった。
「塁…」
「何があったの?」
吐き捨てた言葉の意味を聞いているのか、それとも何とも言えないような表情でもしていたのだろうか塁は“何が”と聞いてくる。こいつも抜けているようで案外鋭い男だ…。
「いや、何でもない」
「…?」
雪の答えに塁は眉根を寄せて腕を組む。こういう表情の時、彼は大抵納得をしていない事が多い。それでもある程度の距離の保ち方を心得ているからこそ、それ以上の追及はしてこないのだ。
―こういうところ、物解りが良くて助かるんだよな…。
深く干渉されないのはお互いにとって良い事だと思う。記憶管理局に居るからこそ尚更だ。
「ところで、雪」
「ん?」
塁は思い立ったかのように口を開く。どうやら自分に用事があったらしい。
「実は…」
「何だよ?」
こんな風に口ごもる彼は珍しいと言える。何事も要領よく的確に話す塁にしては見ない光景だ。ただ今はその態度が余計に雪を落ち着かせない。
「言いたい事があるならはっきり言え」
口をついて出た言葉は、想像以上に冷たい響きを含んで塁へとぶつけられた。お互いにハッとして顔を上げるが、二の句が継げない…辺りには沈黙が広がっていく。
「……ごめん、雪」
「いや…俺こそ、悪い…」
先に言葉を発したのは塁。雪は伐が悪いのか思わず塁から視線を逸らすとそっと目を伏せた。
不意に頭上から塁の溜息が聞こえる。困ったように笑う感覚がして、足音が近づく…そして、そっと耳打ちされた。
――彼は生きてる――
塁の囁いた言葉に胸が大きく脈打つ。驚いて顔を上げれば、目の前に塁の端正な顔があり、小さくけれど確信を持って彼は頷いた。雪も開いた口を閉じると、しっかりと頷いて見せる。今はこの情報だけで十分だった。あとは…。
「塁…俺」
「大丈夫、好きにやってみると良いよ」
「でも」
「管理官・雪、キミにしかできない事をして」
塁の言葉は優しく降り積もる。
少しの不安も溶かすように、そっと心の枷を外して行く…。
―キミにしかできない事を…―
一つ呼吸をして、雪はもう一度頷く。
自分にしかできない事、自分だから出来る事…“成すべき事を成せ”と自分に言い聞かせる。
「俺、行って来る」
「…うん」
雪の言葉に塁は優しく微笑みを浮かべると、情報をくれた意外な人物の名を教えてくれた。
“時間屋”――彼らが教えてくれたのだと…。
「そっか。じゃあ、間違いないな」
「うん、多分ね」
塁の少し寂しげな表情に、雪はそっと触れる。その冷たい頬に自分の頬を合わせると、
「…サンクス、塁」
と、小さく囁いて身体を離した。塁は眼を大きく開いて表情を赤く染めていく…微かに“不意打ちなんて卑怯だ…”と呟かれたが、雪は笑顔でそれを交わすとそのまま今降りてきた階段を駆け上がる。
目指すはまだ屋上にいるであろう彼―J―の元へ…。
*
「J!!」
「うわぁっ!?」
突然の出来ごとにJは素っ頓狂な声を上げると、ヘナヘナとその場にしゃがみこんでしまう。
「っくりした~…」
胸を抑え蹲るJに雪は“どうかしたか?”とその顔を覗き込んで見せる。それが更にJの鼓動を速めるとも知らずに。
「雪さん!!」
「…なんだよ?」
突然いなくなったり、現れたり、なんて心臓に悪いんだろうと憤る心を抑えJはスッと立ち上がって雪の眼を見つめた。その剣幕に雪もきょとんとした瞳を返す。
―ホント、無駄に可愛いんだ…この人。
本当は薄々気が付いている。
自分の「記憶の在り処」を…。それでも。
「J?」
黙り込んだのを訝しく思って雪が声をかける。その声に気付いてJは自分の気持ちを凍らせていく。今はまだ思い出してはいけない。ここにいたい。この人の傍にいて、この人を守りたい…その気持ちだけが、今のJを留めていた。
「きゅ…急に現れないでくださいよ~!?」
情けない表情で雪に笑いかける。今はまだ気付かないで。気付かないふりをして。胸の中にはそんな願いが広がっていた。
「……」
「……雪さん?」
不安に怯える胸を抱えながらJは微笑む。その笑顔が涙に濡れている事も知らずに…。
「J、俺と“賭け”をしよう…」
「…何を?」
予想外の言葉に胸が早鐘を打つ。そんな言葉聞きたくない。そう思うのに雪の言葉は止まらない。止めてくれない。
「期限は一週間。お前が勝てばお前の望みを聞いてやる」
「……」
言葉が右から入って左へとただ通り過ぎる。思考が追いつかない。
「俺が勝てば、その時は―」
「…っ」
耳を塞ぎたくなる衝動を必死で抑え、震えそうになる体を叱咤して、何とかその場に留まる。足が地に付いている感覚がしない。
「お前を現世に戻す」
「……!?」
言葉は出て来なかった。
決定的なひと言が、Jの胸を抉る。
「どちらが先にお前の落し物を探し出すか……」
雪はそっと右手を出す。その手は無言で握手を求めた。
本当は覚悟なんてない。この“賭け”を受けたくない。でも、自分に拒否権は与えられていないのだ…。
―俺は、仮の管理官…。
その事実が哀しかった。
仕方なく差し出された小さな手を握ると、雪は満足そうに眼を細めて微笑んだ。
「俺と、勝負だ」
その笑顔は反則だ…心のどこかでそんな事を思いながらJは頷いた。
「…はい」
この瞬間、新しい契約が始まる。
Jの失われた記憶を掛けた勝負が……。
ようやく、Jの話に入りました(笑)
前回の後書きに書いたように、忘れてた訳じゃないですよ^^??
ココからが本編!正念場!!
頑張って書きますので、もう暫く「ノスタルジア~」にお付き合い下さい♪