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ノスタルジア管理局  作者: 彩人
序章~記憶の海
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記憶の海・10

 気がついた時には全てが終わっていた。


「…っい…Jっ!」


 自分の名を呼ぶ声に気がついて、彼は眼を開ける。いつの間に眠ってしまったのだろうか。

 辺りは静寂を取り戻し、負の塊があった場所にも今はただ風が吹きぬけるだけだった。


「雪さん…」


 目の前に立つ人物を見上げてJは呟く。その様子を見て彼は呆れた表情を浮かべると「起きろ」とそっと手を差し出してくれた。


「ったく、よく寝られるよな。こんなとこで」

「…すみません」


 伐が悪そうにその手を取ると、Jは身体を起こす。

 そこに先程までは確かにあった“温もり”が消えている事に気付き彼は短く声を上げる。


「今度は何だよ?」

「いない!?」

「あぁ!?」

「ラヴィが居ないんです!」


 その間抜けな言葉に雪はより一層呆れたように肩を落とした。


「おっ前、今の今まで気付かなかったのかよっ」

「……?」

あいつら(・・・・)もいないだろうが…」


 その言葉にJは辺りを見回し、ようやく気付く…静かだと感じたのは「時間屋(かれら)」の姿がなくなったせいもあったようだ。


「……」

「終わったよ」


 黙り込むJの様子を見て、雪は静かに告げる。

 「負の塊(あれ)」は三人によって昇華したらしい事。昇華出来ずに残った怨みや苦しみは「時間屋」である彼らが持ち去った事。


「後は、時間をかけて輪廻の輪に戻せるまでにするんだ…それが時間屋(あいつら)の仕事」


長く積もり積もった“悔恨の念”は中々消えてなくなる事は無いという。それでも、時間をかけて少しずつその糸を解く事が彼らにとっての「救い」になるのだと、雪は寂しそうに笑って見せる。

風が吹き抜ける中を、二人はただ見つめていた。


「さてっ…」


 不意に雪が何かをふっ切ったように振り向く。Jもその視線に気付いて顔を上げた。

 もう一度差し出される手…少し擦り切れて赤い血と砂が滲んだ掌をJに向けて雪は微笑んだ。

「帰るか」

「……はいっ!」


 Jは力強く頷くと、その手を優しく握り返す。

 二人は中央管理局から、記憶管理事務所へと戻って行った…。



                  *

「雪っ!?」

 戻ってきた二人を出迎えたのは案の定、塁だった。

 雪の姿を見た途端雀の制止を振り切り、装置の中に入って来るとふらついた雪の身体を支える。

 見た目よりも酷い怪我では無いと雪は苦笑いを浮かべたが、有無を言わさずに塁によって医務局へと連行されて行った。今更の事だが、雪はかなりの怪我を負っていたのだ…。


 なす術もなくJはその様子をただ見つめていると、ポンっと不意に肩が叩かれる。雀だ。

「よっ、お疲れ」

「雀さん」

「無事に帰ってこれたんだな」

「……」


 軽い口調で笑う雀に返す言葉が浮かばない。

 「記憶の海(あそこ)」で自分がした事は決して褒められるような行動じゃなかった。迷子になり、必死に探してくれた雪と喧嘩した揚句、彼に怪我を負わせた…。それなのに、(カレ)は笑う。

 そして、それらを見ていたであろう雀も…。


「どうした?」

 

 さすがの雀もJのその様子に訝しげな表情を浮かべると、俯いたJの顔を覗き込む。Jの眼から大粒の涙が零れた。


「うぉっ!?…おいっ!」

「……」


 素っ頓狂な声を上げた雀が思わず後ろに飛び退く。その涙は純粋で優しいものだった。

「すみません…俺」

 ポツリポツリとJが言葉を紡ぎだす…雀は仕方なくその言葉が止まるのを待つ。

「雪さんに迷惑…っか、かけたのにっ…」

 涙に混じり呟かれる言葉は、次第に嗚咽混じりになっていく。仕方なく、雀はその肩を抱いてやった。

「……俺…雪さっ…怪我…」


 雪が怪我した事を悔むJに、雀は溜息を一つ吐く。

 こういう役回りは苦手だ。慰めたり、励ましたりなんてした事が無いと言って過言じゃないのに…。


(仕方ねぇなぁ…)


「あのさ…」

 ようやく言葉をかける。相手にうまく伝わる事を祈りながら…。

「上手く言えねーけど、(あいつ)の行動でいちいち落ち込むの馬鹿らしいと思うぜ」

 それは彼なりの励ましの言葉。雪をよく知る人物だからこそ言える事だったと思う。

「……」

 Jは思わず顔を上げて雀を睨む。そんな言い方…そう思って抗議の視線を向けたつもりだった。少なくとも彼の表情を見るまでは…。


(あいつ)ってさ、無鉄砲で危なっかしいし自分の事は省みない癖に、人の事には敏感じゃん?…怪我したのだって自分のせいだって思ってるし、むしろお前が怪我しなくて良かった~とか、絶対思ってるぜ」


 予想外に優しい表情にJは眼を瞬かせる。こんな穏やかな表情を浮かべる(かれ)をいまだ見た事がない。それくらい彼は柔らかく眼を細めていた。


「だからさ、こんなことでお前が落ち込んでる方がダメージなんだよっ」

 どことなく説得力のある言葉にJは戸惑う。言われれば確かにそうなのかも知れない…雪ならきっと「お前には関係ない」とか「気にするな」とか素っ気ない態度で返すに決まってる。

「でも…」


 それでも、簡単にその言葉を受けるわけにはいかない。

 次は間違えないように…雪に怪我を負わせないように。彼は……彼女(・・)は自分を守る事をしない人なのだから。


 誰かが守らなきゃ…。


 Jの中に、確かに何かが芽生えた瞬間だった。


 そんな二人のやり取りを余所に、勢いよく扉が開く。そこには今まさに話題に上っていた雪と、先程無理矢理に雪を医務局に連れて行った塁が渋い顔をして入って来る。

「雪!まだ動くなってば」

「良いって!もう大丈夫だよ!!」

「そんな訳ないだろっ」

「だ~、放っといてくれ」


 制止する塁を振り払い、あちこちに包帯を巻いた雪がズカズカとJに詰め寄る。その剣幕にJは思わず後ずさった。


「おいっ、お前」

「はっ、はいっ」

 

 雪は小さい身体で下から見上げると、Jの胸倉を乱暴に掴んで徐に顔を近づける。唇が触れそうなほど近くに雪の顔があり、Jの胸は大きく跳ねた。


「自分のせいとか馬鹿なこと思うなよ!」

「えっ?」

「いいか!?お前には関係ない!」

「……」

これ(・・)は俺の怪我だ。誰のせいでもない!」


 彼はそれだけ言うと、掴んだ時と同様に乱暴に手を離す。そのまま視線を少しずらした雪の耳は心なしか赤く染まって見えた。


 気を遣ってくれたんだ…。俺が気にしてると思って…。


 素っ気ない言葉や態度とは裏腹な優しい彼女()

 それだけを言う為にわざわざ戻ってきたのかと思うと、自然に頬が緩む。


「っ…ははっ」

「…?」

「はははっ…」


 先程まで暗い気持ちで涙を浮かべていたとは思えないほど、気持ちは軽くなっていく。雀と塁は驚いた表情でJを見つめ、雪は少し呆れたような表情で優しく微笑んでいた。



こうして(カレ)の「管理官」としての初めての仕事は幕を閉じる。

後には、あの不思議な声だけが耳に残っていた。


記憶の海編(本編)は終了になります^^

「金子高久」氏についての謎が多々残りますが、それは次話-終章-(同時更新)にて明かされます。

いわゆる「おまけ」的な話になりますが…。



そちらも読んで頂けると、本当の意味で「記憶の海編」は終了になります。

それではまた…。

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