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ノスタルジア管理局  作者: 彩人
序章~記憶の海
19/86

記憶の海・9

 ようやく辺りが落ち着きを取り戻した頃、雪は近くの木の根に腰掛け黙り込んでいた。

 怪我の具合が悪いのか立てた片ひざに腕をのせると、だるそうに頭を擡げている。

「雪さん、大丈夫ですか?」

 時間屋の二人が辺りを鎮めているというのに、Jには出来る事がない。“行っても邪魔になるだけだから”と近くに寄る事さえ雪に止められてしまった。

 仕方なく腰掛ける雪の傍らに立ち、辛辣な表情の彼に話かけてみるもののやはり返答はない。返事がないのはいつもの事だが、雪が“彼”ではなく“彼女”だった事が余計にJの気を落ち着かせない。それどころか“彼女”だと分かった途端に、雪が女性にしか見えなくなってしまった。

 白い肌、細い首、さらさらで色素の薄い髪に、華奢な肩が痛々しい。こんな小さな体で無鉄砲にも立ち向かっていたのかと思うと、胸が締め付けられた。


(塁さんは、知ってたんだよな…)


 雪をよろしく…そう言った彼はきっと知っていたのだろう。今更ながらにその言葉の意味を理解して目を伏せる。後悔しても遅い事は分かっている。それでも…こんな無茶は二度とさせたくなかった。


(俺、しっかりしなきゃ)


 ラヴィは雪の座る木に寄りかかり、転寝をしている。

 先程までの暗い景色は色を取り戻し、今はその影もない。Jは辺りを見回す。あんなに暴れたにも関わらず、傍には木の枝や葉さえも落ちていない。不思議な光景だ。

「……」

幻影(まぼろし)だ…」

 不意に下から声がして視線を向けると、青い顔を浮かべた雪がこちらを向いている。寄せられた眉根が深く刻まれ、雪はそっと目を伏せた。

「痛むんですか!?」

 Jは慌てて地面に膝をつくと、雪の顔を覗き込む。不意に雪の手がJの肩に触れた…。

「悪かったな……お前を巻き込んだ…」

 聞き取れるか否かの小さな声で彼は…いや、彼女は呟く。伐が悪そうに少し頬を赤く染め視線は僅かにずらされているが、その声は真剣そのものだった。

「…雪さん…」

「……」

 そのまま彼女は黙り込んでしまったが、そこには優しい風が吹き込んでいた。

 彼女は巻き込みたくないから、「中央(あそこ)」に残れと言ったのだ。いつもいつも言葉が足りないのだと思う……でもそれは意図的に、ぶっきらぼうで喧嘩ごしな言葉で相手を遠ざけようとしているのかも知れない。もしくはそういう言い方しかできないのだろうか。それでも…。

 彼女は本当は優しいのだと思う。

 誰かが傷つくのを見たくない、傷ついてほしくない…辛い思いは自分だけで十分だと、そう思って動いているのだと、この短期間で知った。


(俺が迷子になった時も、必死で探してくれた…)


 口では乱暴な事を言うが、それでもしっかりと相手の事を考えてくれている。そう思った。

 時にはこの無鉄砲さが、周囲に不安や心配を抱かせる事になろうとも…彼女はずっと一人で、こうしてきたのだろう。

彼女の事をもっと知りたい…Jは心の中でそう思った。


「お~い、無事か~?」

 気の抜けた声が遠くから聞こえる。

 時間屋の二人が何事も無かったような表情で歩いてくるのが見えた。

「スギさん!凌さん!」

 Jは思わず駆け寄った。

 二人は多少の切り傷や擦り傷はあるモノの、その殆どが砂や埃に塗れて外傷らしい外傷は見当たらない。その事にJは人知れずホッと息を漏らす。

「何だ何だ、犬みたいだな。お前」

 可笑しそうにスギが笑う。

 自分よりも身長の高い男に“犬みたい”なんてよく言える…そう思いながらもJは反論をするでもなく「無事でよかったです」と笑顔を浮かべて見せた。

「おぅ、俺らにかかればあんなのの一つや二つ」

「やられそうになってたのは誰だ…?」

「うっ…」

 得意げに答えたスギの後ろで、パタパタと埃を落としていた凌が呟く。その言葉にスギは二の句が継げなくなってしまった。

「…ラヴィ」

 二人の姿を見つけラヴィも走り寄って来る。

 その身体を凌は優しく抱き上げると、“ただいま”と小さく額を合わせた。

「っんで、そっちはどうよ?」

 絵になる光景にJが視線を奪われていると、いつの間にかスギは雪の隣に立っている。雪は顔を上げると「悪いな」と小さく謝罪の言葉を述べた。

「仕方ねえさ。第一、俺らもあいつ(・・・)を追ってたんだ」

 スギは意外な言葉をさらっと言ってのける。Jは「えっ!?」と声を漏らしたが、雪は“やっぱり”という表情で溜息をつく…。

「やっぱりな…」

「あらかた片付いたが、肝心のモノはどうなってるんだ?」

 先程までのふざけた様子はなく、至極真面目に彼は尋ねる。その言葉に雪も真剣な眼差しで首を横に振った。

「まだだ…もうすぐだと思うが…」

「そうか」

 その言葉を最後に二人は黙り込んでしまう。重い沈黙を崩すように雪の腕時計が甲高い電子音を鳴らした。

「来たか…」

 小さく呟いてから雪は腕時計を操作する。慣れた手つきで画面を確認し「空移官・雪」と時計に向かって話しかけると、雑音に混じって聞き覚えのある声が聞こえてきた。

『…雪、無事だね!?』

名乗る事もせずに彼は叫ぶ…その声からは必死さが伝わってくる。

「――っつ」

 けたたましく話す彼の声に雪は絶句するが、すぐに「無事だよっ」とその一言だけをぶっきらぼうに告げた。

『…まったく、全然連絡が取れないんだもん』

 雑音に混ざりながらも彼は一つ嘆息すると、安心したように小言を漏らす。一方の雪は聞いているのか、いないのか、素知らぬ素振りで明後日の方向に視線を向けていた。

『聞いてるの!?』

「…おぅ」

 怪我をして伐が悪いのか、雪の返事は鈍い…だが、そんな返事もお構いなしに塁は話し続ける。時間屋の二人は「やれやれ」といった顔で溜息をつくと、木の影へと移動した。

(塁さんってこんなに喋るんだ…)

 Jは感心したように二人の会話を見ていると、その視線に気がついたのか雪が苦笑いで手を左右に振って見せる。相手が落ち着くまでとことん付き合う…それが普段は話を聞かない彼のやり方のようだった。

「あ~…塁?」

 話し続ける事五分。ようやく雪が話を切り出すと、時計越しの開いては「なに?」と訝しげな声を出した。顔を窺えないのに何となくその表情が分かってしまうのは塁だからだろうか。

「そろそろイチ(・・)の方の結果を教えて欲しいんだけど…?」

『……?』

 恐る恐る話題を切り出すと、一瞬黙り込んだ彼は「あぁっ!」と短く声を上げて肝心の目的を思い出す。辺りから溜息が洩れた…。

『ごめん、ごめん』

「あー、いいから。結果は?」

 先を急ぐように雪は遮ると、塁もそれに気づいて話を切り換える。声が変わった。

『雪が検索した通り、指示された座標から記憶の|破片が見つかったよ。破片(・・)と言うよりは残骸(・・)と言った方が正しいのかも知れないけど…』

「そうか…」

 塁の言葉を聞いて雪は何かを納得したように頷く。雪の相槌を受け塁も言葉を続けた。

『こちらで出来得る処理は済ませた…彼ら(・・)はそこに居る?』

「…いるぜ」

 確認するように塁が尋ねると、不意に背後から声がかかる。Jは驚いて振り返ると、そこには「時間屋」と呼ばれる二人の姿があった。

「スギさん、凌さん」

「中間者・塁。俺らの役割は把握済みだろ?」

 Jの呼び掛けには答えず、スギは皮肉気な笑みを浮かべて雪の腕にある時計を見つめた。凌もただ目を閉じ黙り込んでいる。

『……』

「気にすることはないぜ。俺ら(・・)の目的も同じだしな」

 沈黙する塁に対しスギは軽い口調で続ける。目的は同じ…その為には協力することだってあるのだと、彼はそう言った。

『…分かった』

 微かに息を吐く音が聞こえて「感謝する」と塁が硬い言葉で礼を述べると、スギは面白そうに眼を細めて見せる。その光景が何を意味するのか、Jには分からなかった。



 そして。

「さて、じゃあ始めるぞ」

「ああ」

 塁との会話を端的に終え、Jとラヴィを除く三人は例の負の塊(カタマリ)と対峙するように取り囲んでいる。

 Jはラヴィを腕の中に抱いて、その様子を離れた木の陰から見守っている。

 雪は、塁との会話を終えると「ラヴィを」とだけ告げて彼らと共に未だ完全には昇華されていないであろう塊の元へと行ってしまった。勿論、そこにJが行く余地はない。

 無言の圧力がJをこの場へと留まらせていた…。

(雪さん…)

 微かな胸騒ぎだけが止まない…。

 ただ見ているだけの無力な自分を呪った。その時。

「ラヴィ?」

 不意に掌に温もりを感じてJは我に返った。ラヴィは励ますように微笑んでそっと手を握ってくれている。


――大丈夫。


 そんな声が聞こえた気がした。


「しくじるなよ、スギ」

冗談(ジョーダン)!誰がっ!」

 三人は等間隔で立つと、掌を塊へと突き出す。辺りは静まり返り、そこには何処の言葉とも取れない(まじない)が響きだした。バラバラだった声が次第に揃い、重なる―。


(…なんて静かで…温かいんだろう…)

 三人から広がるように光の輪が大きくなる。負の塊はその光に包まれ、Jの視界には捕える事が出来なくなっていく。

 光はどんどん広がり、Jの身体も飲み込む。不思議と怖くはなかった。


 

 ふわふわと水の中を漂うような感覚。

 気づくとJは一人になっていた。

 光に溢れたそこには色がなく、音もない。

 あるのは安らぎと、温もり…ただ目を閉じて身を任せて居たくなる。



―――っ願い………きて…―――


 また、あの声(・・・)が聞こえる。

 記憶の海(ここ)に来た時に聞いた声。何かを必死に訴える声。


(君は…だれ?)


 答える事のない声に、Jは問いかけた。

 何か大切な事を忘れているような気がするのに、誰かが思い出す事に警鐘を鳴らしている。

 


 今はただ、静かに…。

 その声に導かれるように、Jはもう一度目を閉じた。


予定日より遅くなり申し訳ありませんでした。

ようやく更新です^^

内容の方は次回で「記憶の海」編が終わる処まで来ています。


今後、仕事が忙しい時期に突入するので定期更新は難しくなるかも知れませんが少しずつでも更新していきますので、宜しくお願いします。



次回更新予定は未定です。

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