記憶の海・8~衝撃の事実~
9/23 挿絵挿入しました。
イメージを壊したくない方は挿絵機能を「オフ」にしてお楽しみください☆
一方その頃、Jとラヴィは森の中を走っていた。
行先は分からないが、あの轟音と色を増す闇が彼らの居場所を教えてくれている。
そして何よりも辺りに充満する大気が、その異様さを物語り背筋を冷たいものが流れていく。怖いとさえ感じるのに、向かう足は止められなかった…。
「ラヴィ、大丈夫?」
不意に半歩後ろを小走り気味に走る彼女に声をかけると、僅かに視線を上げてニコッと微笑んでくれる。息一つ乱さず、彼女は走る。音もなく、風のように…。まるで宙に浮いているかのように彼女の足音は聞こえてこない。
「……」
微かな疑問を頭を振って払うと、Jは濃い闇の先を見つめ走った…。
*
ドォォォォン
再びの激しい轟音と共に辺りは砂埃に塗れた。
自分の掌さえ確認出来ないほどの白煙に、息を吸うのさえ戸惑う……何が起こっているのだろう。
(時間屋は…)
雪は痛む胸元を抑え耳を澄ます。
スギと凌が勢いよく飛びかかった瞬間、辺りは一瞬のうちに白く包まれ何の気配もしなくなった。確かに二人の存在を感じていたのに、この静けさは何だろう…。
(妙だ…)
頭の中で、微かに警笛が鳴らされる。
胸が鼓動を早くし、何者かに急きたてられていく…そんな感覚がした。
「っ…スギ!凌―!」
一人叫んでみても、そこにはなんの返答もない。相変わらず白煙の靄があるだけだ。
眉根を寄せ唇を噛んでみても、この遣る瀬無さは変わらない。それどころか苛々だけが募っていった。そして…
白煙の向こうに黒い影が現れる…。
「スギ!…凌か!?」
その姿を見逃さないように彼は駆け寄る…何かに縋るように。それが見たくもない幻影だとも知らずに…。
「っつ!?」
靄が晴れ、影に光が差す。
駆け寄った先には、自分と同じ顔が立っていた。
まるで合わせ鏡のように瓜二つのその姿に、雪は言葉を失う…居るはずのない彼に戸惑い目を伏せると、知らずに熱いモノがこみ上げていく。
「なんでっ……Ray 」
触れることも叶わずに、雪は手を引き俯く。
目の前の影は何も言葉を発さず、ただ優しい眼差しで見つめてくれている。ゆっくりと手が上がり、その手が雪の頬に触れた…その瞬間身を震わせ顔を上げると、視線が重なる。彼が微笑み、雪は胸を締め付けられたような気がした。
「Ray…」
その手が首筋へと降りてきても、雪はされるがまま動けずにいた。
例えその細く白い首に彼の指が絡みつき、徐々に力を増して行こうとも…目の前の彼には逆らえない。雪には逆らう術がなかった。その資格さえも…。
「いい…よ…。お前が…それを、望むなら…」
視界がぼやけ彼の顔が滲んでも目は逸らさない。彼になら殺されても惜しくはないと…そう思っていた。ずっと…。
―…さん………せつさん!!……-
何処かで声が聞こえる。
薄れゆく意識の中で、確かに聞き覚えのある声がした…これは…。
(ジェ…イ…?)
頭の隅に浮かぶ声の主の名前を呼んだ一瞬、目の前の彼の姿が揺らぐ…。
(違う…これは…)
そう気づいた途端、再び頭の中に警笛が鳴る。今度はかなりの大音量で。
優しく微笑む彼の手を掴み、その感触に驚く。人の手ではない硬さを持ち…なのにどこか暖かくて柔らかい。なんとも表現しにくい物体が首に絡まりついていた。
(こんなモノに…欺かれるとは…)
自嘲気味に顔を歪ませると雪は意識を取り戻し集中させる。胸元にある一点へと…。
(回路を開く…)
この幻影を解くにはその一言で十分だった。
胸元の鍵が熱く光を発すると、先程までは何も感じられなかった温度や色が辺りに戻って来る。目の前には不気味な黒い塊が聳え立っていた。
「雪さん!!」
その黒い塊の後方、木の陰に声の主・Jはいた。
すぐ近くにはスギと凌、そしてラヴィの姿も見える。無事な様子に安堵する暇もなく自分のおかれている状況を嫌でも理解させられる。
体を緊縛するように張り巡らされた黒い触手と木の枝…負の塊が力を増大させ木にまで影響を及ぼしているのだろう。自由にならない体を持て余しながらも、冷静にそんな事を考える。緊張感がないのはこの際許してもらいたい…。
状況をのみ込んだ処で答えが出るわけではない。
声は遠すぎて、お互いの耳には届かないし…何より落ち着いて話をさせてくれそうにはないだろう。
徐々にきつくなる戒めに思わず眉根がよる…さすがにそろそろ苦しくなってきた。
(まずいって…これじゃ…)
スギと凌も同じことを考えているようだ。
ただ、雪の身体が邪魔をして無闇に攻撃を仕掛けられないと言ったところか…。
突破口を開かなければ事態は動かない…それもあちら側からではなく、自分で開かなくては…。
その考えに賛同するように、スギが視線をくれる。
―やれるだけやれよ…―
そう言われた気がした。
気づかれないように拳に気を込める。不意をつけるチャンスは一度だけ、このチャンスを逃せば後は自分を犠牲にするほかに手はない。だから…
「…んっのぉぉっ」
右手に渾身の力を込めその黒い塊に放つ…同時にスギがJの背を押し、凌が別方向から結界の呪を唱え始める。雪の不意をついた一撃に影が大きく揺らぐと、その根元にすかさずJが体当たりを喰らわせた。
「倒れろぉぉぉぉ…」
勢いよく体当たりすると、黒い塊から悲鳴とも嗚咽とも取れる嬌声が上がる。そして…。
「緩んだ!!」
身体を縛る戒めの力が緩んだ瞬間、雪はまたもや隠し持っていた小型ナイフで闇を切る。宙に浮かんでいた身体はその支えを失い、雪は重力にされるがまま地面へと真っ逆さまに落ちる事になった。
「!?…雪さん!!」
(…今日はこんなんばっかりだ!!!)
とても着地出来る高さじゃない。
とりあえず致命傷にならなければいいや…そんなくだらない事を考えて歯を食いしばると、何処からか暖かい風が吹き込んだ。
「…!?」
身体が浮き、ゆっくりと地面に辿りつくとその体をJが受け止めてくれる。それ以上の衝撃は襲ってこなかった。
「何ですか…今の?」
足を地面につけて重力を感じると、ようやく息が出来た気がした。Jは何が起こったか分からないといった困惑顔で空を見る。風など吹いていない…。
「あいつだよ…」
雪は視線をそっとスギへと向ける。
今はもう凌の補助へと移り変わっている彼が、先程の風を起こした張本人である事は明確だった。この場所に他に風を操れるものはいない…。
干渉を嫌う「時間屋」である彼が、自らその力を使うとは思わなかった…。どうやら借りが出来てしまったらしい。苦笑いを浮かべると、不意に注がれる熱い視線に気がついた。
Jが凄い形相で開いた襟ぐりに目をやっている。痛々しそうな…妙な視線だ…。
「…何だよ?」
「……血ですよ」
「あぁ?」
「血が出てます!…見せて下さい!?」
有無を言わさずにJがシャツの前を大きく開く。突然の出来事に驚いて声も出なかった。
「ほらっ血が…それに、こんなに腫れて…?」
Jの動きが止まる。
その視線は確かに胸に注がれていた。僅かにだが膨らんだふたつの胸に…。
「何だよ…」
「これって…」
「胸だよ!!…見てわかんねぇかよ!」
めんどくさそうに溜息を吐く。
いつまでも呆けているJの手を外し、雪はすぐさまシャツのボタンを止め前を正した。
「……」
まるで魂でも抜けたように彼は動かない。
今まで気づかなかったのだろうか…失礼な奴だ。
「女だよ。正真正銘のな」
追い縋るようなJの視線にわざわざ事実を告げてやる。これでも信じなかったら一発殴ってやろうか、少々腹を立てながら先ほどよりも深く苦笑いを刻んだ。
遠くではまだ黒い塊と対峙している「時間屋」がいるというのに、その黒い塊や時間屋の存在よりもJには目前の出来ごとの方がよほどショックだったようで…その後雪によって殴られたのは言うまでもない…。
ここまで読んで下さった方、ありがとございます^^
「ノスタルジア~」は彩人の作品の中では1話ずつが長い感じになっています。
そして今回「笑撃の事実」が(笑)!!
はい…雪君は実は女の子です^^ベタですか??誰か一人でも驚いた方がいらっしゃると嬉しいのですが…。
取ってつけたような設定に思えるかもしれませんが、雪が女の子なのは「ノスタルジア~」考案の初めから決まってましたよ~。
男のふりをする「女の子」が描きたくって作ったキャラクターですし^^
今後の展開が楽しみです☆
そして次回…次々回辺りで「記憶の海編」は終了になります。
話が飛んでますが(地上探索方のイチの部分とか)、それも追々描く予定でいます。とりあえず地上と交互だと混乱させてしまうかもしれないので「記憶の海編」では雪達の動きだけを追いました。
もうすぐ「水底の涙」に戻れると思うと、少しホッとしています。
それでは次回も「記憶の海編」でお会いしましょう!
*次回更新は6/15辺りを予定しています。