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ノスタルジア管理局  作者: 彩人
序章~記憶の海
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記憶の海・6

 

 暗く深い森の中にJは居た。

 闇雲に走りついた先には、ただ漠然とした緑の森が佇み彼は自分の立ち位置さえ見失ってしまう。


(もうやだ…。何でこんなんばっかり…)


 落ち込む暇はない。

 本来ならこんな風に勝手に動き回っていい立場でさえないのだ。それなのに…。

 彼の言うことに勝手に腹を立てたのは自分。あの場から逃げ出したのも。相変わらず情けなくて嫌になる。


「よしっ!!」


 気合を入れてJは立ち上がると、もう一度辺りを見回した。その時。

風もないのにガサッと音を立てて後の草木が揺れ、緊張が走る。何だろう。そう思って恐る恐る振り返ると、そこには見慣れたシルエットが立っている。『ラヴィ』、彼女だ。

「ラヴィ!?」

 驚きと安堵から思わず声が出る。彼女もその声に気づくと、ニコッと微笑んでくれた。そのまま真っ直ぐ走り寄ると、彼女はフワッとJに抱きつく。

「えっ、ちょっ、ラヴィ??」

 突然の出来事に目を丸くして固まる。

 内心ちょっとドキドキしてる辺りが余計に情けないのだが、とにかく固まっている場合じゃない。

「ラヴィ!…どうしてここに??」

 少女の体を優しく離してJは緑の地面に膝をつくと、同じ目線で少女を見つめた。微笑むラヴィ。彼女に伝えるべき言葉(・・)はないが、確かに頷いて笑う。「大丈夫」だと言われているような気がした。簡単な推測が浮かぶ。もしかして…。

「心配してついてきてくれた?」

 小さく呟くと、ラヴィは二回大きく頷いてから徐に緑の木々の間を指さす…中央はあっち…彼女はそう伝えている。声はないのに、何故だかそう思った。

「あっちに……雪さんもいる?」

 もう一度ラヴィが頷く。Jは拳を作り強く握りしめた。

 再び木々の間から葉を揺らす音が聞こえ、誰かの訪問を伝える足音(・・)が聞こえる。ラヴィを背に庇うように立つと、Jはいつになく鋭い眼差しでその音のする方を見た。

 緊張してその時を待つ。戦うことに自身はないが、もしもの時は彼女(ラヴィ)だけでも逃がさなければ…得体のしれない世界の中でそう呟く。足音が近づき更に緊張が走る。影が伸びてそれらは姿を見せた。

(来る……)

 静寂と緊張を引き連れ(それ)は現れる。

 現れたのは緊張感を喪失させるような若い男が二人…それも細身の凸凹な二人組。害悪のある者には見えない。Jの緊張の糸は一瞬で切れその場に座り込んでしまう…と、その横を通り抜けラヴィが彼らの元へ走り寄っていく。

「ラヴィ!?」

 突然の出来事にJの手は彼女を引きとめることも出来ず空を掴んだ。制止の声も虚しく彼女は彼らに飛び付き、小さい方が彼女の体を抱きとめると「ラヴィ」と歓喜に似た声が上がった。

「何処行ってたんだよ?探したぞ!?」

 小さい彼はラヴィを軽々と抱き上げると、頬を軽く合わせる。長い前髪が邪魔をして、その表情は窺い見ることが出来ないが、雪同様の挨拶を交わすということは彼女にとって近い存在なのだろうか。

「スギ、人がいる」

 不意に呟いたのは(スギ)よりも少し後ろに立つ背の高い暗い感じの男。二人の視線が一斉に自分に向けられる。明らかな敵意(・・)を含んで…。

「え~…っと」

 冷たくも痛い視線を向けられてJは困惑することしかできない。一体、彼らは何者なのだろう…とりあえず『記憶の海(ここ)』にいるっていうことは「管理局」の人だと考えるのが妥当だろうか。

「あの…もしかして記憶管理官の方ですか?」

 恐る恐る尋ねる。

 塁はここにはJを含め全部で10人の管理官がいると言っていた。Jが知るのはそのうちの半数ほど…なら彼らが管理官だとしても別段不自然ではない気がする。何より『記憶の海』に出入りしているのだから。

「今……なんて言いやがった?」

 反応は予想外のものだった。

 「スギ」と呼ばれる小さな男から、重く低い声が発せられる。表情は見えないのに何故かそこに「怒り」が含まれているように思えた。Jは一瞬身構え、もう一人の男へと視線を向けるが彼はただ目を閉じだんまりを決め込んでいた。

「誰があんな(・・・)記憶管理官(やつら)と一緒だ!?…あぁ!?」

 ラヴィを地面へと下ろすと、彼は勢いよく向かってくる。明らかな怒気を孕んだ雰囲気を纏い次の瞬間にはJの胸倉を掴んでいた。

「うわっ…」

「お前、記憶管理局(あっち)のもんか!?」

「ちょっ、ちょっと」

 自分より小さいためか、声の割に迫力がない。近づいてみて感じたが、多分身長的には雪さんと大差ないと思う。胸倉を掴まれ体を強く引かれた為にバランスを崩すが、彼はそんなこと気に留める様子もなく下から凄んで見せる。ちょっと可笑しい…。

「スギ、誤解だ」

「あぁ!?」

 意外なところから助け船は出される。

 後の方で長身の彼がラヴィを抱き上げ、ラヴィはその腕の中で微笑む。何処となく雰囲気の似た二人はゆっくりとした足取りで近づいてくると、そっと胸倉を掴んでいた「スギ」の手を外してくれた。

「…どういうことだ?…(しのぐ)

 ようやく少し冷静さを取り戻したらしい彼は、外された手を握ると視線を(しのぐ)に向ける。二人の間で視線が交差する。その間もラヴィはにこにこ微笑み、Jはというと余計に混乱していた。

「言葉の通りだ…馬鹿が」

 素っ気なく言葉を返すと、彼はスギの頭を軽く小突く。一方のスギは納得のいかない表情で考え込むしぐさをすると、もう一度視線をJに向けてくる。今度は敵意の無い真っ直ぐな眼差しで。

「お前、なんでココにいる?」

 率直な質問にJは戸惑う…彼は『記憶管理局』の事を嫌っている様子で、でも自分はその管理局の差し金でココにいる。仮にではあるが、一応「管理官」として扱われていることも忘れていない。どうすれば彼を刺激せずに話が出来るかと、ついつい思案顔になってしまう。

「え~と…」

 視線をふらふらと泳がせていると、じれったさそうに腕を組む彼の姿が目に入る。このままだと先程の二の舞になることは目に見えていた。その時。

「…?」

 凌に抱かれていたラヴィが不意に(スギ)の頭に手を伸ばし。その額に自分の指先を優しく押し当てた。

「ラヴィ…?」

「……?」

 その行動の意図に気がついたのか、彼はその小さな手を振り払うこともなく静かに瞼を閉じる。Jには理解できない行動…そういえば彼女と出会ったときも、彼女は自分の頭に触れてくれていたと思い出して、今更ながらに恥ずかしさを覚えた。

「ラヴィ…サンクス」

 時間にして1分にも満たなかったと思う。

 彼はそっと目を開いてラヴィの小さな手を取ると、その手に口づけしてお礼を述べる。不意に浮かべた微笑みが、その荒々しさとは逆に儚くてJは思わず目を瞬くと彼もそれに気がついたかのように唐突に視線を戻す。一瞬心臓が小さく跳ねた気がした。

「おいっ、悪かった」

 飾り気のない真っ直ぐに向けられた謝罪に、更に驚きが増す。彼はこういう人なのか…初めて少し理解できた気がする。彼の事を。

「いえ…」

 曖昧に微笑んで返事を返すと、彼はニッと悪戯な笑いを浮かべ挑戦的な視線を向けてくる。何処かで見覚えのある表情…彼のそんな表情は雪に似ている気がした。

「俺はスギ。そっちのは(しのぐ)

 唐突な自己紹介に戸惑うが、すぐにJも返事をする。

 話によれば彼らは『時間屋』という存在で、この『記憶の海』内の時間や、現世、来世、過去など時の流れを管理するのが仕事だという。

「一応、俺らも閻魔庁の管轄に入ってるんだぜ?」

「閻魔庁の?」

「正式名称は、閻魔庁直属機関『時間管理事務所』。私たちは時間管理官(タイムキーパー)に当たる」

 凌が淡々とした口ぶりで教えてくれる。二人で一人…その言葉がぴったりと当てはまるような二人だと思った。

「それで、どうしてここに?」

 ふと浮かんだ疑問を口にする…他意はないが気にはなっている。

 二人は顔を見合わせて少しの間考える仕草をすると、小さく頷いてから口を開く。

「探し物をしてる」

「探し物?」

「ああ」

 話し始めたスギが真剣な表情で言い淀むと、言葉を付け加えるように凌が口を挟んだ。

「正確には物ではなく人…いや、すでにヒト(・・)ですらないのかも知れない」

 その不可思議な言い回しにJは首を傾げる。何が言いたいのだろう…。

「お前は?」

 不意にスギが真剣な眼差しで訪ねてくる。

「俺は…」

 歯切れの悪い言葉が並ぶ。答えなければいけないことは分かっているが、何を言えば伝わるか…それ以前に自分の不甲斐無さを思うと、言葉に詰まってしまう。(カレ)を傷つけた…。

「言いたくないなら聞かねーよ」

 Jの心を察したかのようにスギは短く言い捨てると、目を閉じ何かを考えている仕草になる。凌もラヴィとその様子を見守っていた。

「スギさん…?」

 理解できないJだけが取り残されると、彼らは唐突に空を見上げる。灰色の淀んだ空を。

「…」

「…」

 空の色は先ほどよりも少しその濃さをまし、スギと凌はお互いに顔を見て頷くと「まずいな…」と小さく呟いた。

「何が、まずいんですか?」

 Jの質問には答えない。ただお互いに視線を交差させると、スギは躊躇いがちに口を開く。

「お前の連れは一人(・・)か?」

「えっ?」

(やつ)は今、一人なのか!?」

 切羽詰まったようなスギの剣幕にJは後ずさると「え…ええ」とぎこちない返事を返す。

「まずい…」

「…??」

 スギ(かれ)は相変わらずJには理解できない呟きを並べると、思い立ったように動き出す。

トンッ

 ラヴィの手を引いてくると、Jに押しつけるようにその身をJへと預け呟く。


「ラヴィを頼む」


「ちょっ、スギさっ…ん??」

 その一言だけを残すとJが顔を上げた時には、二人の姿はどこにも見当たらなかった。まるで風のように彼らはその場からかき消える。後には未だにこの状態を理解できていないJと、にこにこ微笑むラヴィだけが残された。

「何がまずいんだって…?」

 辺りが静まり返り何の音もしなくなると、苦い表情でJはクシャッと前髪を掻き上げる。もやもやした感じと、どこかで警笛が鳴るような妙な胸騒ぎ…。嫌な予感がした。


 その時、爆発のような音が辺りに響く。聞きなれない声と共に、嫌な匂いが辺りに漂ってJを不安にさせる。


━雪の事よろしくね…━

 

 不意に塁さんの声が聞こえた気がした。迷っている暇はない。今はとにかく行かなければ…。

「行こう…ラヴィ」

 離れてはいけない…彼の傍を離れてはいけなかった。絶対に。

 彼女も頷いてくれる。Jはラヴィの手を取って歩き出す。雪の元へ…。


ようやく更新です。

更新予定をかなり超過し、申し訳ありませんでした(汗)


今後は予定通りに進めていけるかと思いますので、何卒ご理解下さい。

「記憶の海」編、新キャラ登場です。

次回は雪、J、そして新キャラ達も大暴れな予感…乞うご期待!


 ☆次回更新は遅くても15日までには頑張ります。

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