記憶の海・2
「落ち着いたか?」
雪がそっと腕を緩める。Jは不甲斐なくも泣きだしてしまった自分が情けなくて、顔を上げられずにいた。
(・・・なんで俺、泣いてんだろ)
雪の小さな体を、こんなに大きく感じた事はない。彼は見た目以上に男らしいと思う。見た目は小さくて、華奢で、女の子でも通じそうな程、髪もサラサラ。もしも彼が女なら惚れていたかも知れない。
そんなくだらない妄想を始めた頃、雪が不意に立ち上がり声をかけた。あの少女だ。
「ラヴィ、助かった。サンクスな」
雪はゆっくりとそれだけ言って、親しそうに少女と頬を合わせる。外国式の挨拶。
何とも画になる光景に、Jは言葉を失ってただ見つめていた。
(なんか・・・兄妹みたい・・・)
『ラヴィ』と呼ばれる少女は、雪の問いかけに小さく頷く仕種を返したり、にこやかに微笑んでいる。そこに言葉はない。少女は話す事が出来なかった。
「J、お前も礼くらい言っとけ」
茫然と座ったままのJに、雪は手招きする。その横で少女は可愛らしく雪にくっついていた。
「・・・あの、ありがとう・・ございます」
年下の筈なのに妙な感覚がして、敬語にするべきか迷う。その様子に雪は溜息一つ吐くと、膝をつき目線を合わせて少女に話しかける。
「ラヴィ。彼は『J』だ。・・・Jが『ありがとう』って」
大きく口をしっかりと動かす。彼女は視線でそれを追って頷いた。
(そうか・・・耳が聞こえないんだ)
話せない事は何となく分かった。でも、どうして話す事が出来ないのか・・・雪の様子を見てようやく悟る。気づけない自分が、申し訳なく思えた。
気落ちするJの手に、小さくて暖かい手が触れる。顔を上げるとラヴィがその手を取って微笑んでいた。気に病まないでとでも言いたそうな、優しい慈愛に満ちた笑顔。思わずこちらが照れてしまう様な・・・Jは直視できずにまた俯く。
「さて・・・とりあえず、中央まで行くか」
「・・・中央・・ですか?」
立ち上がり空を見上げた雪が、一つ伸びをして頷く。
「ああ」
端的な返事をする辺り、その理由を説明してくれる気はないらしい。こんな時は多分聞いても応えてはくれない。Jは気づかれないように息を吐いた。
その様子に気づかずに、雪はどこか哀しそうな瞳で空を見上げていた・・・。
ラヴィ登場です。
ラヴィは当初違うお話の登場人物だったのですが、こちらにも関わる事になりました(^_^;)・・・しかもいつの間にか口きけなくなってるし(@_@;)
「記憶の海」編はまだまだ続きます。