第九話 私が一緒にいますから
「えええええっ!?ちょっとソータちゃん!これ、凄すぎでしょぉ!?鉄亀獣の的が粉々よ、コナゴナ!!」
「そんな……一体何が……」
バタバタと的に駆け寄っていくジュンコさんと対照的に、櫻井さんは銃を握ったまま呆然と立ち尽くしていた。
「これが、真装具との相性、です。実感してもらえましたか?」
ゆらりとこっちを見た櫻井さんの顔は、信じられないものを見たというような表情のまま固まっていた。
「すっごいわ!すっごい!この威力なら、三十階級くらいまでの真獣なら一撃じゃない?!」
離れたところからでも余裕で聞こえる大声に、櫻井さんの身体がピクっと反応する。
三十階級っていうのは、こないだ襲ってきた黒霊獣が含まれる階級だ。二級探検者が大勢でチームを組んでギリギリ勝てるかどうか、といったレベル。
それを一撃なんて、一級探検者クラス……いや、もっと上かもしれない。
「決まりね!ナナミちゃん、これにしちゃいなさい!!」
どたどたと走って戻ってくるジュンコさんは、満面の笑みだ。
「……ですが、私はもう、探検者では……」
「櫻井さん。貴女は、まだ探検者に未練がある。そう言ってたじゃないですか。この銃なら、きっと【氷剣姫】は復活できます。剣……ではないですけど」
「……私は!……父から譲り受けた剣を、父が遺してくれたものを手放してまで、探検者として活動したいとは……」
「ナナミちゃんのお父さん……もちろん知ってるわぁ。櫻井ゲンマ。数少ない、特級探検者の一人よね。ほんっと、凄い活躍だったわぁ」
俺も、その人のことは知っている。
今現在知られているダンジョン素材の半数は彼が見つけたと言われるほどの、最高峰の探検者。
自身の輝かしい実績もさることながら、後進の育成にも尽力した人格者で、今も、国内外の多数の探検者たちから尊敬を集めている。
だが八年ほど前、そう、ちょうど【氷剣姫】がデビューした年に、彼は突如消息を絶った。
新たに見つかったダンジョンの探索で失敗したとも、彼の活躍を妬んだ何者かに命を奪われた、とも言われている。
俺がかつて読んだ【氷剣姫】のインタビュー記事では……彼女は、偉大だった父親の夢を継ぎたいと、中学生ながらに気丈に答えていた。
そんな父親から、かつて譲られた剣。今となっては形見とも言える剣。櫻井さんがそれにこだわる気持ちは、わかる。
だけど。
「櫻井さんのお父さんは、櫻井さんに立派な探検者になって欲しかったから、あんなに凄い剣を譲ったんですよね」
櫻井さんの表情がわずかに歪む。
「だから――お父さんはその剣が、櫻井さんをダンジョンから遠ざける原因になってしまうことを絶対に望んでないと思うんです」
「新しい武器を手に取って、また探検者を始めましょう。それが、お父さんの夢を継ぐことになる。お父さんが、一番喜んでくれることなんじゃないですか?」
真っ直ぐに俺の眼を見つめながら、なおも無言だった櫻井さんの肩に、ぽんとジュンコさんが手を置いた。
「ナナミちゃん。子供はねぇ。いつまでも親が選んでくれた服を着続けてはいられないのよ。いつか自分で、自分に合った服を見つける。それが大人になるってことだし、それが、親孝行なのよぉ」
――しばし俯き、わずかに体を震わせていた櫻井さんは、絞り出すように声を出した。
「私……は……」
櫻井さんの眼から、大粒の涙が溢れる。
「また……探検者に……なれるのでしょうか……また父と同じ夢を見ても……いいのでしょうか……」
あの冷たく無表情だった櫻井さんは、そこにはいなかった。
「お父さん……お父さん……」
顔をくしゃくしゃにして、胸元に銃を抱きしめながら――彼女は、しばらくの間、泣いていた。
永く【氷剣姫】を覆っていた氷が、溶けていくかのようだった。
「――さて!こっからはビジネスの話よぉ!」
店入り口近くのカウンターまで戻ってきた俺たちは、【蛇】の銃を囲みながら座っていた。
「とっても良いお話だったと思うけどぉ。そして思わずこれにしちゃいなさい!とか言っちゃったけどぉ。当然、タダで譲るわけにはいかないわぁ。これ、ワタシのお気に入りだし、仕入れにもメッチャお金かかってるのよねぇ」
ジュンコさんがニヤリと口角を上げて捲し立てる。
「多分、目の玉ぶっ飛ぶお値段よぉ!お金を工面する当てはあるのかしらぁ?」
「……そうですか」
黙って聞いていた櫻井さんは、不意に懐から紙を取り出すと、サラサラと何か数字を書き始めた。
「私の権限で動かせるお金はこれくらいなのですが……足りませんか?」
「はぁ?」という顔でジュンコさんが眉を顰める。
「ちょっとちょっと。冗談はダメよ。いくら会社のお金って言ったって……貴女くらいの若い人が自分の判断で動かせる金額なんてたかが知れてるじゃない」
紙を受け取りながら、やれやれという様子でジュンコさんは続けた。
「この銃の値段を舐めちゃいけないわぁ。ほら、全然桁が違……違……違……桁が違うーーー!?思ってたのと逆方向に桁が違うーーー!?」
目を剥いて絶叫し、紙を破らんばかりに腕に力を入れながら、ジュンコさんはワナワナと震えていた。
特注品だからなんとも言えないが、素材の希少さと加工の難度から考えて、たぶん軽く数億はすると思うんだけど……一体どんな金額書いたんだ櫻井さん。
「あ、貴女、何者……?」
「会長から、信任を頂いていますので」
「会長……?ソータちゃん、あなたたち一体、どこに勤めてるの……?」
「うーん、会社というより上司が色んな意味でメチャやばいと言いますか」
「そ、そう……。今後とも、どうぞご贔屓に……」
急に俺たち……特に櫻井さんを恐ろしいものをみるような目つきで見始めたジュンコさんに、櫻井さんがひょいっと顔を近づけた。
巨大な筋肉がビクッと震える。
「これで十分足りるということであれば……防具を追加で購入したいので、もう一度先ほどの部屋を見せていただいてもよろしいですか?」
「え?あ、も、もちろんよぉ。さぁ、どーぞどーぞ」
「櫻井さん、防具も買うんですね。確かに例の氷牙獣シリーズも、結構『色』が合ってないかも」
「ええ、それも選びたいですが……それだけではありません」
「……え?」
「もちろん、神室さんの防具を買うんですよ。武器は私の黒梟獣の剣をお貸しします。大切に使ってくださいね」
「ええっ!?ちょっと待ってください!!だから俺は、ダンジョンには潜りたくないんですって!!死んじゃいます!」
「神室さんは大丈夫ですよ。だって」
「……え?」
「私が、一緒にいますから」
――振り返ってそう言った櫻井さんは、ほんの少しだけ、微笑んでいて……
ああ、この眼は覚えがある。
かつて俺が読んだ、インタビュー記事に掲載されていた【氷剣姫】の写真。
俺が探検者を目指す決心を後押ししてくれた、強い意志がこもった……とても、美しい眼。
「……?どうしました?」
「……いえ」
「……あ、それと。ソータさん」
「え、ソータさん、て」
「探検者の中では、チームを組む相手は下の名前で呼ぶのが慣例です。ですから、今後は私のことはナナミと呼んでください」
「へ?いや、まだ俺は探検者になるとは……」
「わかりましたか?」
「え、あ、わかりました、櫻井さ……じゃなくて、ナナミさん」
「……まぁ、いいでしょう」
あれ?なにか間違えたかな?
「さぁ、防具を選びますよ。行きましょう」
ツカツカと歩いていくナナミさんは、元のクールな感じに戻っていたけど……まとった雰囲気が、少しだけ柔らかくなっていた気がした。
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次回は、ちょっとしたざまぁ回になります。楽しんでいただければ幸いです。
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