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第七話 地下真装具店【JUNKO】

「着きました、ここです」


 俺たち二人は、今、上野のアメ横から一本路地に入ったところにある、現在は使われていない四階建ての廃ビルの前に立っていた。

 もう十数年は放置されている建物で、色褪せて読めなくなった看板が寒々しく掛かっている。


「……こんなところに、何の用なのですか?」


 櫻井さんが露骨に訝しんだ顔で俺を見てくる。

 知り合い程度の男に「見せたいものがある」と言われて廃ビルに連れてこられたら警戒するのは当然だろう。


「変なところじゃないですよ。こっちです」


 そう言って俺は、廃ビルの入り口からすぐのところにある、地下へと続く階段を指差した。薄暗くて見通せない奥から、チカチカと微かなネオンの光が漏れ見える。


「……すでに大分変なところなのですが」


「いや、その……まぁ、ついてきたら分かりますよ」


 言ってて説得力が無いのは自覚したので、さっさと進んでしまうことにする。


 後ろに櫻井さんが恐る恐る降りてくる音を聞きながら、階段を降りる。

 目に飛び込んできたのは、ネオンでゴテゴテと装飾され【JUNKO】と書かれた分厚い木の扉。それを、俺は強く押した。


 ギギィと軋む音を立てて、扉がゆっくりと開いていく。

 すぐに、奥から、たくましく野太い声が聞こえた。


「あらぁ、ソータちゃんじゃない!久しぶりぃ!!」


「ジュンコさん、ご無沙汰してます」


 薄暗い店内でカウンター越しに声をかけてきたのは、長身で筋骨隆々のタンクトップ姿、しかし顔は極厚の化粧でビビットに塗り込められたドラァグクイーンも真っ青のインパクトを放つ店長、ジュンコさんだった。


「良かったぁ、元気そうじゃない〜。仕事クビになったって風の噂で聞いて、心配してたのよぉ〜。今は何してるのぉ?」


「ああ、えっとですね……」


「神室さん……ここは、一体なんのお店なのですか……?」


 俺の後ろから、櫻井さんがそーっと現れる。

 ああ、説明するの忘れてた。


「あらぁ!美人さんじゃない!!ソータちゃん、あなた隅に置けないわねぇ!!」


「……いや、彼女は職場の同僚です」


「職場の?それって新しい仕事かしら?すぐ見つかったのね!それは良かったわ〜」


 ジュンコさんが筋肉をピクピクさせながらガハハと豪快に笑うのを見て、櫻井さんはすっかり圧倒されてしまった様子だった。

 まぁ、初見でこれだけのインパクトを与える人物は、俺はジュンコさんと会長以外には知らないかな。正直、俺もまだ慣れないし。どっちにも。


「それで?今日は何を探しにきたのかしらぁ??」


「ええと、ちょっと手に取りながら見てみたいので……奥行ってもいいですか?」


「もちろんよぉ〜」


 カウンターから出てきたジュンコさんに連れられて、店の更に奥まで進んでいく。

 少し歩いたところで、大きな金属製の扉が現れた。


「……?ここだけ、雰囲気が違う……」


 櫻井さんがぼそっと呟いたのが聞こえた。

 店内はレトロなバーの雰囲気だが、この扉はやや近未来を思わせるデザインだ。

 ジュンコさんが指紋認証でロックを解除する。


「さぁ、どうぞぉ〜。好きなだけ見てってね〜」


 ゴゴンと重い音を立てて扉が開く。

 その先に並んでいたものを見て、櫻井さんは呆気に取られたようだった。


「これは……!」


 扉と同じ金属質の壁に囲まれた広い部屋に、ショーケースが所狭しと並べられている。


 その中には、大量の真装具が収められていた。


「お嬢さん、驚いたかしら?ウチはこう見えて、真装具を取り扱うお店なのよぉ」


 ジュンコさんの言葉を聞いてか聞かずか、櫻井さんはショーケースに手をついて中を覗きながら、目をまん丸にしていた。


「すごい……どれも、普通の取扱店では見かけることのない特注品……」


 ジュンコさんの店には、ルートが全くわからないが全国から凄い真装具が集まってくる。武器も、防具も、どれも作りは一級品、素材の真獣も、例えば三級探検者などではまず入手できない二十五階級以上がほとんどだ。俺も前の職場では、この店でよく取り引きさせてもらっていた。


「真装具の店に来たということは……」


 ふと、櫻井さんがショーケースから顔を離してこちらを見てきた。


「ようやく、ダンジョンに潜る決心がついたということですか?」


「えっ!?ソータちゃん、ダンジョン潜るの!?」


「……!?いやいや!違いますよ!!」


 冗談じゃない、例えジュンコさんの店の装備があったって、俺は絶対ダンジョンには行かないぞ。

 

 そうではなくて、ここに来た理由は。


「ジュンコさん、確か前来た時に、【蛇】があったと記憶してるんですが……まだ、ありますか?」


 櫻井さんが眉を顰めている。【蛇】の意味が分からないんだろう。

 日本のダンジョンでは目撃情報のない真獣だから、櫻井さんが通称を知らなくても無理はない。


「まだあるわよ〜、あっちのショーケースね!」


 ジュンコさんが指差した先には、一際大きくてぶ厚いケースがあり、その中には……


「銃?」


 興味があったのか、ツカツカとケースを覗きに行った櫻井さんが、不可解だ、という顔で呟いていた。


「そう、銃型真装具よ。四十五階級の真獣【水晶蛇】、通称【蛇】の素材を慎重に慎重に加工して作り上げた、ここにある中ではワタシの一番のお気に入りよぉ」


 水晶銃シリーズの銃は、俺はこの一丁しか知らない。警官が持っている程度の小さなハンドガン形状だが、水晶の名の通り、透明で筒などの内部構造がよく見える。それがまるで模様のように感じられ、作り自体は無骨なのにも関わらず、絵画のような芸術味を醸し出していた。


「しかし……銃、ですか?」


 櫻井さんの言いたいことは分かる。銃は、剣などに比べて作るのが極端に難しい割に特別強いというわけでもなく、弾のコストもかかるため、あまり探検者に好まれないのだ。

 四十五階級ほどの素材を使って銃を作るなんて、実際かなりの酔狂だと思う。


「ま、確かに銃は人気ないけどねぇ。でも、剣や斧にはない、緻密な細工の数々はほんと凄いわよ。特にこの銃は、まさに名人芸よぉ」


 確かこれを作ったのは日本の下町メーカー、武田工務店だったな。社長と社員、合わせて四人の小さな会社だが、知る人ぞ知る桁違いの技術力がある。もっとも、社長が頑固者で、気に入った素材と用途以外には興味を示さないのが難点だけど。


「……それで?この銃を、どうするのですか?」


 櫻井さんが、いい加減教えろとばかりに詰め寄ってくる。


「ええと、これが、櫻井さんにピッタリなんです」


「え?」


「これが櫻井さんにとって――最強の武器なんです」




 

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