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第五話 業務命令だ!

 キュルルル、という愛くるしい小動物の鳴き声のような音を立てて、黒梟獣の剣は元のスタイリッシュな形へと戻った。

 それに合わせて、俺のバキバキに隆起していた筋肉もまた、風船のようにしぼんでいく。


「俺が……真獣を……!」


 元に戻った自分の手と、横たわる黒霊獣とを交互に見て、俺は全身が震えるのを感じていた。


「やった!すごい、すごいぞソータ!!」


 会長が、太陽のような満面の笑みで駆け寄ってくる。


 ……あれ?会長ってこんなキャラだっけ。


 さっきまでの威厳はどこへやら。

 今はすごく美味しいスイーツを食べた女子大生のような顔をしている。


 俺の表情を見た会長は、一瞬しまったというような顔をしたあと、コホンと咳払いをした。


「……うむ。初めてにしてはなかなか見事な戦いぶりだった。褒めてやる」


「あ、ありがとうございます」


「……」


 ……非常に気まずい。

 ここは上司に恥をかかせることなく可及的速やかに話題を変えるべきである、と、俺のサラリーマン魂がささやく。


「そうだ会長、俺のギフトって……」


「ああ、うむ。私の知っている情報を話してやろう。と言っても、多分に推測が入るのだがな」


 よし、上手く話題を変えられた。

 あとはほとぼりが冷めるまで待って……じゃない。

 これは対藤間部長用のオペレーションだった。

 


「……お前は、真素エネルギーという言葉を知っているか?」

 


「はい。真獣の力、ダンジョン内の鉱物や生物などの超越的な特性全ての源となる、未知のエネルギー……とかいう、眉唾の話ですよね。トイレの花子さんみたいな」


「学校の怪談話と一緒にするな。世界中の研究者が躍起になって追究しているテーマだぞ。概念だけが提唱され、未だまともな検出方法の一つもないがな」


「なるほど。やっぱりお化けの話ですね?」


「一緒にするなっつっとるだろが!!減給するぞ貴様!」


「入社前からパワハラ!?」


「ふん。愚か者め。パワハラとは上司と部下の間で発生するものだ。主と下僕の間では生じ得ない」


 どういう理屈!?ていうか下僕扱いだったのか俺!?


 呆気に取られる俺を無視し、三鶴城会長は続きを話し始めた。


「真素エネルギーは、この摩訶不思議なダンジョンの謎を解き明かす、非常に重要な鍵となる。……だからもし。そのエネルギーを『検出』して、『干渉する』ことが出来ようものなら、それは大変なことだ。そう思わないか?」


「そうですね。でも俺には無理ですよ。昔から霊感ないんで」


「だからお化けの話じゃないっつっとるだろうが!!停職にするぞ貴様!!」


「入社前から停職!?」


「……会長。お時間がそろそろ」


「ああ、うむ。……まったく、馬鹿と話すと馬鹿が感染る」


 酷い言われようだ俺。


「お前は今、できないと言ったが……私は、お前の【真眼】こそが、それを可能にすると睨んでいる」


「え?どういうことですか?」


「お前がさっきから言っている『色』だが。それは、真素エネルギーを可視化しているとみて、まず間違い無いだろう」


 真素エネルギーを見ている?俺の、この眼が?


「真素エネルギーを『検出』し……そして、先ほど見せた、真装具との異常な結合」


「あれは……真装具をじっと見ていたら、その色が、だんだんと俺の色に合わせるように変化してきて」


 俺の言葉を聞いて、会長は我が意を得たりとばかりの得意満面な顔をした。


「それが、『干渉』だ。真素エネルギーを操り、真獣の力を引き出したんだ」


 会長が、頷きを繰り返す。


「ふふふ。ああ、愉快だ。やはり私が睨んだ通り、お前の【真眼】には、真素エネルギーを『検出』し『干渉』する力、即ち――このダンジョンの謎を解き明かす力がある」


 ダンジョンの謎を……解き明かす力?

 

「俺に、そんな力が?なんの取り柄もなかった、この俺に」


「ああそうだ。取り柄も甲斐性も将来性も、上司に逆らう根性も異性との交際経験も何もないお前に、神が憐れみの情でもって授けた過分極まりない力だろう。お前の思っている通りだ」


「そこまでは思ってなかったですけど!?」


「だが。どんな理由があろうと、今その力は、お前の手の内にある。その力を活かすも殺すも、お前次第だ」


「……」


「お前の、小さい頃からの夢はなんだった?」


「……もう、調べてるんでしょう?」


「お前の口から言え。なんだった?」


「……探検者に、なることです。子供の時からの、憧れでした」


 ニュースで、連日報道される大発見。

 宝を手に、ダンジョンでの大冒険を語る探検者たちは、俺にとってヒーローだった。


「でも、ギフトが無くて。頑張っても、俺はダンジョンの入り口も立てないんだって思い知らされたんです」


「だがお前はギフトを、力を得た。さぁ、これからお前はどうしたい?言ってみろ。今、お前は人生の岐路にあるぞ」


「でも……俺にこんなことを言う資格があるのか……」


「気にするな。お前の人生だ。お前がやりたいようにすればいいんだ」


 会長が優しく微笑みかけてくれた。

 背中を押されたような気持ちになって、俺は一度大きく息を吐く。

 そうだ。俺の人生だ。俺のやりたいように、道を決めていいんだ。

 そして、会長の眼を見つめながら、口を開いた。


「はい!……俺は、この【真眼】を活かして、最高の……!」


「ああ!最高の!?」




「バイヤーになりたいです!一生懸命、探検者たちの後方支援がしたいです!!」




 ……耳鳴りを感じるほどの静寂が、あたりを支配する。

 会長が、何か鼻にツンとくるものを食べたかのような顔をしていた。


「は……」


 そして間も無く、


「はあああああああ!?」


 ……噴火した山のように真っ赤になった。


「すっとこどっこいか貴様!?今のは完全に、探検者になる夢を追いかけます!の流れだっただろうが!!」


「いやいや、無理です無理無理!ダンジョンはさっきみたいな真獣がウヨウヨいるんでしょう!?死んじゃう死んじゃう!!」


「ギフト使って倒せただろうが!!」


「あんなのマグレですよ!!思い出しただけで身の毛がよだつ!!次もうまくいくとは限らないです!」


「未知の宝がザックザクなんだぞ!?持ち帰れば、お前はヒーローだ!!」


「リスクとリターンが見合ってない!死んだら終わりです!!」


「こ、こいつ……!ヘタレとは思っていたが、想像以上のどヘタレだった……!!」


 会長はワナワナと全身を震わせ後ずさる。

 いやもう、無理なものは無理なんで。申し訳ないっす。


「ええい!もういい!お前の意思など関係ない!大人しく探検者になれ!!」


「さっきはお前のやりたいようにすればいいんだっていってませんでした?」


「馬鹿か!そんなもの、結論が私の意向に沿っていることが大前提だ!!」


「理不尽!!」


「これは業務命令だ!!拒否権はない!!」


「だからまだ契約してませんから!!残念でした!」


 俺の言葉に、会長のこめかみにビキビキと青筋が浮かぶが、気にしたら負けだ。

 危なく引きずり込まれかけた危険な世界から、脱出するのは今しかない。

 

 冷徹になれ、神室ソータ。


 しかし、会長は青筋と一緒に、美しくも不気味な笑みをその顔に浮かべてこう言った。


「……ふふ。この私を甘く見るなよ?人の上に立つ者とは、常に最悪の事態も想定しているものだ。そうでなければ、全世界に大小合わせて五千の企業、従業員総数百万を超える御剣グループの統率などできぬわ。……ナナミ」


「はい。こちらをご確認ください」


「え?これは……雇用契約書?!なんでもう俺の署名が!?書いた覚えないですよ!?」


「なにを言っている。自分で書いていたではないか。……このダンジョンの入り口で」


「え?……ああ!!まさか、あの大量の入館申請書の中に紛れ込ませて!?き、汚い!!従業員総数が云々とかぶち上げてたクセに、やる事がちまっこくて汚い!!」


「はっはっはっ!よく確認しないお前が悪い!!さぁ、もうお前は我が社の社員、私の下僕だ……。ではいくぞ!!覚悟はいいな!!」


 有無を言わさぬ迫力で、会長は俺の眼前に指を突きつけた。




「探検者になれ!これは業務命令である!!」




 ……こうして、俺の命懸けのサラリーマン生活が、無慈悲にも幕を開けたのであった。





お読み頂き、誠にありがとうございます!


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