最終話 ダンジョンというもの
「……勿体ぶって連れてきた先が、ここか?」
会長が訝しげな顔で周囲を見渡している。
「いや、別に会長に来て欲しいとは一言も……」
「愚か者。下僕が何かウキウキしていたなら仕方なしに一緒について行ってやるのが主人の度量というものだろう」
何言ってるのかよくわからないけど要するに仲間はずれにするな、ということだろうか。
いつも思うんだけど、会長って暇なのかな。
「しかしソータさん。こんなところに、何かあるとは思えないのですが」
ナナミさんがそう言うのももっともだと思う。
なぜなら、俺たちが今いるところは、この世で最も人が足を踏み入れたであろう、最古のダンジョンだから。
そう、東京の中心部に位置し、俺が最初にヘリに詰め込まれて連れて行かれた――『始原の迷宮』だ。
「ここの最終階層は六十階ですが……まさか、その先に隠されたフロアがあると?」
「はぁ?六十階まで行くのか?私は入れないではないか」
だからついてきて下さいとは一言も……。
でも、別に六十階に行きたいわけじゃないんだ。
「ほら、覚えてますか?初めてここに来た時のこと」
俺がそう言うと、ナナミさんも会長も眉間に皺を寄せて首を傾げた。
「ううむ。貴様がダンジョンに喜んで潜らせてくださいと懇願していた覚えしかないな」
してませんよそんなこと。なんて都合の良い記憶力なんだ。
「私も、私が苦戦した黒霊獣をソータさんが難なく倒したので、少し腹が立った記憶しかありません」
そうですね。そのあとナナミさん、かなり冷たかったですもんね。
「……ええと、そう。その、黒霊獣ですよ」
「黒霊獣?あのゴリラみたいなやつがどうした?」
「調べたんですけど……やっぱり、三十階級である黒霊獣が、ここの一階で出現した例は過去にありません」
「お前は本当に引きが悪いな。風魔の修行場でも似たようなことになっていなかったか。貴様がいた時だけ、ヤツが出た。その後は全く出ていないそうだぞ」
はたと、会長の動きが止まる。
「……ソータがいた時だけ……?」
「そうです。そして、風魔の修行場には」
「隠し扉が、あった」
ナナミさんが、眼を大きくして続けた。
「その通りです。俺はあの時、連中は宝を守る番人じゃないか、なんて思ってたけど……実は本当に、そうだったんじゃないかって」
「隠し扉に到達しうる人間、つまり真眼を持ったソータが来たから、番人が現れた。そういうことか?」
「はい。……確証はありませんけど」
でも、確信に似た感覚が俺にはあった。
俺のその想いが伝わったのだろうか。会長は、俺の顔をじーっと見て……そして、ニヤリと笑った。
「……面白い。奴らは宝を狙う者への『妨害』か、もしくは『試練』だった。逆に考えれば、奴らが現れた場所には隠し扉がある。そういうことだな」
俺が頷くと、会長はますます笑みを深くした。
「いいだろう!ならば見事見つけてみせろソータ!!」
「はい!!」
きっとある。
ここに、新たなフロアへと続く道が!!
◆◆◆
――二時間後。
「ありませんでした!!」
「……ありませんでしたで済むかド阿呆!地球より重い私の時間をただ無駄遣いして終わりにするな!死ぬ気で探せ!!業務命令だ!!」
そんな怒られても、無いものは無いんですよ……。
見渡す限り草のみのこのエリアは、だだっ広いようで実は半径一キロメートルほどの透明な半球で覆われており、割と狭い。
それに背の低い草ばかりで視界も良好。前みたいな扉があったらすぐ見つかるはずなんだけど……
ひたすら走り回ってみるも、そんな扉は影も形も見当たらなかった。
「あのゴリラも出てこぬではないか。阿呆ソータには見つけられんと思ったのだろう。舐められているぞ完全に」
うぐぐ。なにも言い返せない。
「コッコ、コッコ」
風魔の修行場の隠し扉は、見つけるのが簡単な部類だったのかな……。
「コッコ、コッコ」
でも、このまま手ぶらで帰るのも癪だ。
なにか手掛かりはないものか。
「コッコ、コッコ」
「ええい、さっきから喧しい!!」
「……どうしたんですか、その鳥」
会長の肩に、緑、紫、黄色で全身を彩った、少々ケバい小鳥が乗っていた。
鳥と言っても、ここはダンジョン。当然、こいつは真獣だ。
名前は確か【道標鳥】。通称、コッコだ。
数少ない、探検者の味方をしてくれる真獣で、出会うとそのダンジョン探索は必ず成功すると言われている。
「良かったですね会長。幸運の鳥ですよ、それ」
「なにが良いものか!さっきからコッココッコと耳元で喧しいのだ!!」
「それは、次のフロアへの道がある方向を教えてくれているんですよ」
それが、【道標鳥】の力だ。道で迷ってるときなどはものすごくありがたい。
「それはさっきナナミに聞いた!……しかしこの鳥、ただ普通に二階への道を示すだけで、なんの役にも立たぬ!」
……まぁ、流石に隠し扉の位置を教えてくれたりはしないだろうな。
「まったく……この鳥、もっと上位種はいないのか」
「確かに、もし上位種がいるなら良いこと教えてもらえそうですね」
……ん?
ちょっと待て。
上位種?
パワーアップした、真獣……?
「会長!ちょっとその鳥貸してください!」
「お、おお?」
俺は会長の肩で羽を休めていた小鳥を右手でひったくった。
「ソータさん、それはちょっと可哀想ですよ」
ナナミさんが抗議の声を上げるけど、それを手で制す。
「まぁ、見ててください」
俺の、真眼の能力を。
――俺は、これまで色々なものと融合してきた。
真装具や真獣の死骸。
ダンジョン産のアイテム。
果てはダンジョンそのものまで。
だけど、そういえば一つだけ、まだ試していないことがあった。
――もし、生きてる真獣に、真眼を使ったら……?
じっと、【道標鳥】を見つめる。
不思議と抵抗しない【道標鳥】の身体から、キラキラとした『色』が漏れ始める。
真撃点だろうか。クチバシの先に、色が集中している。そこからまるで糸のようにスルスルと伸びてきた色と、俺の色とがぐるぐると混じり合って……。
バシッ……っと、目の眩むような閃光が走った、その直後。
突然、【道標鳥】の眼が、燃えるように赤く染まった。
ケバい色だった羽根は、その先端までが闇のような黒色に変化する。
その『色』は、最初と比較にならないほど、力強いものになっていた。
思った通りだ。
真装具やアイテムと同じように……真獣自体も、真眼で強化できるんだ!
「なんだ、どうした?!突然小鳥が異様な雰囲気を纏い始めたぞ!?」
驚く会長を尻目に、【道標鳥】は俺の肩に飛び乗ると、小さな首をギリギリと動かして、こう言った。
「…………ココ…………」
【道標鳥】のクチバシは、俺たちの足元を指していた。
「ソータさん、これは……?【道標鳥】が、何かを示して……!?まさか!!」
地面……
――そうか、地面の下か!!
地面の下に、隠し扉があるんだ!!
「……ふはは。どうやら、正解のようだぞソータ。見ろ」
「え?」
会長に言われて顔を上げると、そこにいたのは……
「「「バァァ」」」
――【黒霊獣】の、群れだった。
二十体はいるだろうか。
今までどこにいたのか。どこに隠れていたのか。
彼らは突然、姿を現した。
「……【黒霊獣】だけではなさそうですね。お二人とも、彼らの後ろを見てください」
群れの後方に、まるで統率者のように佇んでいたのは――姿形は【黒霊獣】と似ているけれど、全身が銀色に輝き、その体躯は【黒霊獣】の三倍はありそうな、巨大な真獣だった。
「バアアアアアアアアアア……」
「……今まで報告例の無い真獣ですね。恐らくは【黒霊獣】の変異種。指名手配真獣として登録されるでしょう。……私たちが、逃げ帰って協会に報告すれば、ですが」
「くく。逃げ帰る人間の顔には見えないぞ、ナナミ。……さて、ソータ。仮に貴様の言う通り、【黒霊獣】どもが宝の番人なら……どうやら今度の宝は、超ド級のようだぞ」
「……はい」
「怖いか?」
「怖いです。でも、それ以上に……ワクワクしています」
「ふはは。実に僥倖だな」
【黒霊獣】の群れが、広がるように移動を始めた。
モタモタしていたら、周りを囲まれてしまうかも知れない。
「ソータさん。会長を危険に晒すわけにはいかないので、私はこの場から援護射撃を行います。……いけますか?」
「はい。手前の連中を散らしてくれれば、一点突破で後ろの大物を叩きます」
先手必勝。数で負けているのだから、一気にボスを倒すのが最善手だろう。
俺の返事に一瞬目を丸くしたナナミさんは、すぐにその目を細めて……微笑んだ。
「――本当に、頼もしくなりましたね。いえ……ソータさんは、出会った時から……」
「え?なんですか?」
「いいえ?なんでもありません。……用意は良いですか?では、行きますよ!――【真獣技・水晶之雨】!!!!」
トリガー音と同時、ナナミさんの銃から雷のような轟音と光が放出された。
群れのちょうど真上に到達した閃光は、輝く無数の銃弾となって【黒霊獣】たちに降り注ぐ。
「バアアアアアアアアアアッッッ!!??」
全身に強烈な弾丸の雨を浴び、【黒霊獣】たちが大いに怯んだ。
「今だ!!!」
――【真眼融合・ハイランダー×黒梟獣】!!!!
超レア真装具のダブル融合。
ハイランダーの超スピードと、【黒梟獣】の捉えどころのない動きで、俺は一気に【黒霊獣】の群れを突破する。
「バァァァァ!!??」
俺に急襲に驚いたのか、銀のデカブツが叫びながらグラリと体勢を崩した。
――おい、どうした?そんなんじゃ、俺たちは止められないぞ。宝の番人なんだろ?
さあ、もっと来い。
もっと、俺をワクワクさせてくれ。
――もっと俺を、熱くさせてくれ!!!
「うおおおおーーーーー!!!!」
飛び込んだ勢いそのままに、俺は銀の真獣に渾身の一撃を叩き込んだ。
◆◆◆
「――ふむ。地面の下などと言うから、てっきりシャベルか何かで掘り始めるのかと思ったぞ」
俺が変異種を倒した直後、【黒霊獣】の群れはまるで霧のようにスウっと消えて失せた。予想通り、奴はボス的な存在だったようだ。
「もう少し……あ、見えました!!」
戦闘後、【道標鳥】に従って地面をくまなく真眼で探った結果、地中に、恐ろしい大きさの『扉』が埋まっていることを発見し――
そして今、俺はその扉をワームホールで『発掘』しようとしていた。
「あれ……!?扉が、勝手に動いて……!?」
ワームホールが扉に到達した刹那。
まるで意思があるかのように、扉がワームホールから飛び出した。
突然の莫大な質量の出現に、地面が大きく揺れ、突風が俺たちの顔をぶっ叩く。
「でっか……」
まるで城門だ。いや、もっと大きいかも知れない。
見上げるほどの巨大な扉は、全身から真眼が眩むほどの強烈な真素エネルギーを放出していて、まるで太陽のようだった。
「これは壮観だな。地獄の門もかくや、というところか」
会長が感心したように頷いている。
「雰囲気からして、単に宝が置いてあるだけではなさそうですね」
ナナミさんの言う通り、扉から、こちらを押しつぶさんとする強烈なプレッシャーをビリビリと感じる。
『ここからが本当の試練だ』――そう、言っているような気がした。
ぶるっ、と、体が震えた。
鬼が出るか、蛇が出るか。
そんな生優しいものじゃないかも知れない。
下手をすれば、いや、ちょっと気を抜いただけで……命を落としてしまうかも知れない。
引き返すなら、今しかない。
――でも。
「ソータ……貴様は本当にガキだな」
会長のため息が聞こえた気がする。
「ガキのように――目を輝かせおって」
「まるでダンジョンしか見えてませんね。ソータさんらしいと言えばらしいのですが……」
ナナミさんのため息が聞こえた気がする。
「……少し、妬けます」
大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。
頬をぱんっと叩いて、俺は二人の方を振り返った。
「――行きます」
「……ああ、行ってこい」
「危険だと思ったら、すぐ連れて帰りますからね」
二人の言葉を受けて、俺は再び扉の方に向き直る。
ここから先は、誰も入ったことのない世界。
真眼を持った、俺しか見つけられなかった世界だ。
もう俺に、迷いはない。
もし会長が言うように、この真眼を俺が手にしたことがダンジョンの意志なのだとしたら……俺はその招きに応えたい。
手を触れると、ズズンッという重い音と共に、扉が奥へと開き始めた。
内から溢れる光で視界が白く染まる。
胸が、大きく高鳴るのを感じる。
さあ、進もう。
困難だらけかも知れない。
危ないことばかりかも知れない。
でも、それでも。
この胸のワクワクが続く限り、進んでいこう。
子供の頃から、俺の心をとらえて離さなかったダンジョンを、思う存分楽しもう。
地上にある何もかもが敵わない。ここは、そんな圧倒的な魅力で溢れているのだから。
それが、ダンジョンというものなのだから。
――やっぱりダンジョンは、最高だ。
開いた扉の、その先へと……俺は一歩を踏み出した。
最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました!
まるで予想もしなかったほど多くの方にお読みいただき、ただただ感謝しかありません。
最後に、どうぞ拙作をご評価いただければ幸いです。
何卒、よろしくお願いいたします。