第四十二話 ソータと真眼
――三日後。
「ようし、乾杯だ貴様ら!!」
いつもの白板に達筆で『ナナミ&ソータの昇級を祝う会』と書いてから、会長はジョッキを高々と掲げた。
毎度毎度突発的に設けられる宴には、今日は会長の他、ナナミさん、広報部長の鈴村さん、そして俺の計四人が参加していた。
「いや俺、腹に穴開いてるんですけど。酒なんか飲んだら出てきませんかね」
「出てくるか阿呆。しっかり詰め込んでるだろうが」
「大丈夫なんですか、このスライムみたいなやつ。痛みはないですけど……」
光宗タツヤに風穴を開けられた俺の腹には、今、緑色のブヨブヨした何かが詰め込まれている。
野良ダンジョンから救助された俺は、すぐに御剣系列の病院に担ぎ込まれ……気がついたら、こんなことになっていた。
そしてさらに驚いたのは、腹に穴が開く大怪我だったにも関わらず、まさかの翌日退院だったことだ。
「ふふふ。それはダンジョン産の高級回復ゼリーだ!あと三日もすれば完全に治って埋まるだろうさ。……ちなみに、車が買えるくらいの値段だぞ」
「えええええ!?給料天引きじゃないですよね!?」
「当たり前だ。今私は気分がいいからな!あのビャクヤに恩を売れたのだ、僥倖だ!!」
気分が悪かったら天引きにしてたのだろうか。
「そのゼリーの効果は保証しますよ。ほら、私の傷などはもうすっかり治りました」
ナナミさんが袖を捲って腕を見せてくれた。
複数あったはずの切り傷は跡形もなく、元の雪のような白い肌に戻っていた。
なるほど、このスライムなかなかやるな。
あれ?まてよ。
ナナミさんは全身に傷を受けていたわけで……すると、全身にこのスライムを塗ったということ?
ふむ。それは絵面的になかなか……
「ソータ。アホヅラ晒して何を妄想している?捻じ切るぞ貴様」
捻じ切る!?
……バタバタと姿勢を正した俺を見て、鈴村さんがクスクス笑った。
「相変わらず面白いわねソータくん。……そうそう、昨日警察から連絡があったわよ。ことが落ち着いたら、二人に感謝状が出るみたい。また、腕によりをかけて宣伝させてもらうわね」
「そして、今回のことでナナミは一級、ソータは三級探検者だ。晴れてどんなダンジョンでも入れるようになったのだぞ!はっはっはっ、目標達成に一気に近づいたな!!」
「……はぁ……そうですね」
「……ん?なんだソータ。ダンジョンの話をしたら急にテンション下りおって」
「それはそうよミコト。彼はギフト狩りにあったのよ?少し怖くなるのも仕方がないわよ」
「いえその、ギフト狩りが怖いのもそうなんですが、少し……自分の力が怖くなって」
俺の言葉に、会長と鈴村さんが顔を見合わせる。
「……はぁ?『真眼』がか?阿呆、それが無ければダンジョン探索など出来んだろうが。『真眼』の無い貴様など、泳げないペンギンのようなものだぞ。しかもペンギンほど可愛くない。ペンギンを舐めるな貴様」
じゃあ例えが悪いんじゃないかな今のは……。
「いや、その……なんで俺なんかが、こんな力持ってるのかなって」
ギフト狩りとの戦いの後。
俺は、光宗タツヤの話を聞いた。
彼は、昔はダンジョン探索に情熱を注いだ、非常に優秀な探検者だったそうだ。
だが、マンドラゴラの一件と……そして、自身のユニークギフトに気づいてから、彼は変わり、そして――堕ちた。
ギフトは、ダンジョン探索に極めて有効な力だ。だけど、常人離れしたその能力は、悪用しようと思えばいくらでも出来る。
ギフトが強ければ強いほど……ユニークであればユニークであるほど、そうだろう。
真眼は、ダンジョンの謎を本当に解き明かせるかも知れないほどの力だ。
俺なんかが、持ってていいのだろうか。
その力に呑まれずにいられるだろうか。
――堕ちないで、いられるだろうか。
そんな悩める子羊な俺に降りてきたのは、天啓でも偉大な閃きでもなく……
脳天への強烈なカカト落としだった。
「いっでええええええっ!!??」
「阿呆か貴様は!くだらん事でウジウジ悩みおって!」
くだらない事って!?俺、結構真剣に心配なんですけど。
「何故貴様が真眼を手にしたか、だと?そんなもの、理由は一つしかないだろう!」
「……え?」
分かるの?
「簡単だ」
会長は、槍を刺す勢いで俺に人差し指を突きつけると、まるで思いもよらぬ言葉を口走った。
「貴様が一番、ダンジョンを愛しているからだ」
…………………………はぁ!?
「愛っ!?何言ってるんですか会長!?」
「なにを鳩が重機関銃を喰らったような顔をしているのだ。自分のことを振り返ってみろ」
自分のこと?
「そうだ。貴様は幼少期に探検者に憧れを持ち……ギフトがないにも関わらず、探検者を目指した。その努力は周りがドン引きするほどだったそうだな」
ドン引きされてた自覚はないんだけど……そうだったのか周りの皆。
「だが努力だけでベースギフトの壁は破れなかった。それでもダンジョンを諦めきれなかった貴様は、真装具のバイヤーとしてダンジョンに関わることを目指した」
なんだろう。他人の口から自分の半生を語られるって、ひどく恥ずかしいぞ。
「バイヤーになった貴様は、またしても周りがドン引きするほどの知識量と熱量でもって、顧客の探検者に対し万全無比のサポートを行った。会社の収益は度外視でな」
それで会社クビになったんだけどね。
っていうかやっぱり周りの同僚はドン引きしてたのか……。新人研修から、そんな気配はあったんだけど。
「ソータさん、火之神トーマって覚えてますか?」
さっきまで静かだったナナミさんが、突然話に入ってきた。
……火之神トーマか。忘れもしない。
「俺が、一番最初に担当した顧客です。当時は彼もまだ駆け出しで。今は……立派になったなぁ」
火之神トーマは、今は一級探検者最強と呼ばれる若手のホープだ。でも、ほんの三年くらい前は、まだなんでもない新人だった。
「彼、当時はまるで結果も出なくて悩んでいたそうです。でも、ソータさんに出会って……ソータさんが、真剣に彼のことを考えて真装具選びをしてくれて。それから、彼はメキメキ頭角を現したんだそうです」
そっか。俺と、出会ってからなのか。彼のその後の活躍は、それはそれはすごく耳にしてて。我が事のように嬉しかった。
「火之神トーマは、有名になった今、ソータさんにお礼がしたくて探しているそうですよ。探検者ネットワークを通して私にも連絡が来ました」
そういえば前の会社にいた時、火之神トーマと専属契約結ぶとかで盛り上がってたな。あれ、結局どうなったんだろう。
「入社当時は、貴様も真眼には目覚めていなかったはずなのにな。貴様が探検者に真剣に向き合う姿は……結果、彼らからの絶大な支持に繋がった」
「私も、ソータさんの噂は耳にしたことがあります。一生懸命で……そしてなにより、心からダンジョンが大好きなバイヤーがいると」
「いいか――私は神など信じぬが、仮にダンジョンを創造した神が存在するのなら……きっとその神は、お前のような奴に、ダンジョンの謎を解いてもらいたいと思うだろう」
「そうねぇ。どうせなら、自分のことを本当に好きになってくれた人に、秘密を暴かれたいわよね」
「イオリが言うと何やら別のことのように聞こえるが……まぁ、要はそういうことだな」
「だから、俺が真眼を……?」
「ふん。本当かどうかなど知らぬ。それこそ、神のみぞ知る、だ。だがな。少なくとも、この私はそう信じている。この三鶴城ミコトが、だ」
そう言うと、会長は俺の頭をガシッと掴んだ。
「だから、貴様もそう考えろ。貴様のギフトは、ダンジョンに与えられたもの。ダンジョンの謎を解き明かすことは、貴様の使命だ。自分の使命を正しく理解したものは……そう簡単に、道を踏み外したりはせん。――堕ちたりなどせん!」
「あ……」
会長は……俺の悩みを、すでに理解していたようだった。
「理解したか!?これは業務命令だ!」
「……はい!」
……なんだかんだで。
面倒見いいんだよな、この人。
振り返ってみれば、あの時会長が拾ってくれなければ、今頃俺はどこかでのたれ死んでたかもしれないんだ。
会長の言うことは、いつも俺にとって……そんなに、悪くない。
だったら会長の言うとおり、今はそう考えて過ごしてしまっても、いいのかもしれない。
なんだかふっと、肩の荷が降りたような気がした。
「ようし!――では早速明日からダンジョン探索再開だ!」
「え?」
「え、ではない。言っただろう。もう制約なしでどんなダンジョンでも潜り放題なのだぞ。さっさと動かねば時間が勿体なかろう」
「ええと、でも、俺まだ腹に穴が」
「埋まると言っただろう」
「完全に埋まるのは三日後って言ってましたよね!?明日はまだダメでしょう!?」
「多少穴が開いてるくらいなんだ!耳も鼻も尻も、穴だらけだろうが貴様!!」
「無茶苦茶だ!?」
「うるさい!ごちゃごちゃ抜かすな!――これは、業務命令だ!!」
「えええーーー!?!?」
なんて上司だ……。
やっぱりここ、ブラック職場なんじゃないかな……。
「――さて。明日からダンジョンに潜るとして……あまり無計画に進めるわけにはいきませんね。行き先を話し合いましょう」
「ナナミさん……やっぱ明日から行くんですかね。怪我が……」
「大した怪我ではありませんよ。ほら、探検者のプライドとやらにかけて、気合いで頑張りましょう」
「俺のセリフ聞こえてたんですか!?うわぁ恥ずかしい!」
「いまさらですよ。なにかアイデアありますか?」
「……そうですね。実は、前から試してみたいことが一つあるんですけど」
「ふふ。やっぱりあるんですね。教えてください」
「はい。それは――」
次回、最終話。