第四十一話 探検者をバカにするんじゃねえ
「なんで……だよ……」
「ああ?」
血を流しすぎたのかもしれない。
身体が、頭が、少しずつ痺れてくる。
だがそれ以上の速さで、俺は怒りが滾ってくるのを感じていた。
「あんた……探検者なんだろ……なんで……こんなことしてんだよ……」
「こんなこと?」
「マンドラゴラだよ……。あれで、多くの人が苦しんでるの、知ってるだろ……」
光宗タツヤは、一瞬呆けたような顔をした後、「はっ」とせせら笑った。
「なんだ、そんなことか。簡単だ。マンドラゴラは――俺のものだからだ。どう使おうと、俺の勝手だろう」
……なんだって?俺のもの?
「俺が見つけたんだよ。あの隠しルートはな」
……!こいつが……光宗タツヤが、マンドラゴラ群生地の、第一発見者……!
「当時は、最高の気分だったぜ。一級探検者を目指してた俺は、あの発見で昇級は確実だと思った。マンドラゴラで金も大量に入ってくると思った。……なのに、だ」
ナイフを俺の首元に当てたまま、光宗タツヤは饒舌に語り始める。
「国の方針でマンドラゴラが規制され、そしてダンジョンも封鎖された。一級昇格の話も立ち消えだ。それどころか、俺の責任を問う声が出て……まったくふざけた話だ」
その眼には、暗い怒りの光が宿っていた。
「だから、俺はこうやってマンドラゴラを使ってやってる。別に構わんだろう。探検者ってのは、己の欲に忠実なものだろうが」
……そうか……お前は……
「そのために、誰が苦しもうが知ったことか。ギフトも何もないクズどもは、せいぜい俺たちの養分になっていればいいんだよ。お前もそう思うだろう?」
そう言い放ち、光宗タツヤは酷く歪んだ笑みを浮かべた。
その顔を見て……俺の中で、何かが弾けたような気がした。
ああ。
そうだよな、知ってるよ。
探検者ってのは、みんな欲や夢に忠実だよな。
……だけどさ。
そんなところもひっくるめて……探検者ってのは、みんなのヒーローなんだよ。
探検者が未知のダンジョンに危険を省みず挑む姿に……そして、沢山の宝を持ち帰って、無邪気に、誇らしげに武勇伝を語る姿に……みんな、一緒に夢を見てんだよ。
真装具のバイヤーやってたときも……そんな人たちの支援ができて、楽しかった。幸せだった。
ギフトが無いなら無いなりに、探検者と一緒に、ダンジョンで夢を追っかけてる人間が、大勢いるんだよ。
だから……違うだろう。
自分の夢や欲のために、
人を踏みにじって……
人の夢を食い潰して……
そんなの、違うだろう。
そんなの、探検者じゃない。
みんなが憧れる、ヒーローじゃない!
俺はそんなの……絶対に認めねぇ!!
「……じゃねぇ……」
「ああ?」
「探検者を……バカにするんじゃねぇ!!!!」
――【真眼融合】!!
銀の太刀を掴む俺の両手が、閃光を放つ。
「!?……なんだ!?俺の太刀が歪んで……!!??」
「来いっ!!!」
【銀月狼】の太刀が、まるで気体のように、光宗タツヤの手から抜ける。
そして俺の腹部からもスルリと抜け出て――
俺の右手で、新たな刃の形を成した。
真円に近い曲線を描くその刀身は、まるで三日月のような美しさで、眩い白銀の煌めきを放った。
ハイランダーと銀月狼。二つの真装具を融合した俺の身体は、はち切れんばかりの爆発的なエネルギーを纏う。
「貴様!?ちっ、死ね!!」
光宗タツヤが、俺の首元にあてていたナイフを滑らせようとして……
その刃は、俺の喉を切り裂くことなく、止まる。
――【真獣技・乱れ銀月牙】
あらゆるところから刃を生じさせ、全身を凶器へと変える真獣技。
俺の首元から生えたナタのような刃が、光宗タツヤのナイフを押し留めていた。
「これは……!?銀月狼の技?!そんなバカな!?」
光宗タツヤが一瞬動きを止めた隙をつき、左手で腹を思いっきり殴りつける。
「ぐふっ!?」
続けて、タコの真獣を力任せに振り解いた。
「お、おのれ!!」
体勢を立て直した光宗タツヤがナイフを振り上げるが……奴の動きは、そこで止まった。
「な、なんだ?身体が……?!」
――【真獣技・黒天鷲の早贄】
ハイランダーの真獣技。
見えない鎖が、光宗タツヤの動きを完全に拘束する。
光宗タツヤは必死に身体を捩っているが……ナナミさんすら脱出できなかった真獣技から、お前が逃げられるわけがないだろう。
俺の勝ちだ。
ゆっくりと、足を踏み込む。
「ま、まて!悪かった!!俺が悪かった!だから……!」
「……うおおおおおーーーーー!!」
俺は円月刀を空高く持ち上げ、
光宗タツヤの首目掛けて、一気に振り下ろした。
「ぎ、ぎゃああああーーー!?」
……ピタ。
ばーか。寸止めだ。
「あ、あ、あ……」
光宗タツヤは、白目を剥いて気絶していた。
強そうな雰囲気出してたくせに……色々小物だったな。
「探検者のプライドってのがあるんでね。お前と同じところには堕ちないよ」
「ソータさん!!」
「あ、ナナミさん」
駆け寄ってくるナナミさんが見えた。
すっかり、俺を本名で呼んでいる。慌ててるナナミさん、とても可愛い。
それから、なんだか力が抜けて、そして……
「いってぇ!?!?」
激痛が走った。
真眼融合が解除され、痛みの感覚が戻ってきたようだった。
「ソータさん、お腹に穴が開いてます」
「わりと冷静だ!?そしてそう言うナナミさんもよく見たら血まみれじゃないですか!?」
「そうでした。……少し、疲れましたね」
それから俺たち二人は、ペタンとその場に座り込んだ。
「……俺たちこんな重傷で、帰れるんですかね……」
無事、勝ったはいいけど……腹の傷は、かなり深い。
今も、少し気を抜けば意識が飛んでしまいそうだ。
怪我のせいか、はたまた二重に融合なんて無茶をしたせいか……真眼も、うまく働かなくなっている。どうやら再度ワームホールを開くのは無理そうだ。
ナナミさんも全身傷だらけだ。血が止まっていないようだし、結構危険な状態に見える。
そういえば、俺たちだけじゃないぞ。
一緒に来たチームの人たちは、大丈夫だろうか。
「彼らも、致命傷ではないようでしたよ。すぐに手当てができれば問題ないでしょう」
「いや、でも……その手当てを、こんな状況で果たしてどうやったもんやら……」
でも、ナナミさんはまるで焦った様子もなく「そうですねぇ」と小さく首を傾げて、
「きっとすぐに助けが来ますよ」
と言った。
「え?でもここって野良ダンジョンで、誰も場所を知らないんじゃ……」
「ええ。でも、ほら」
ナナミさんが、柔らかく微笑んだ。
「……ああ、そっか。そうですね」
「はい。私たちの雇い主は『最強』ですから」
◆◆◆
「ハァッ……ハァッ……」
すっかり夜の帳が下りた、とある森の中。
カムフラージュ用の人工岩を動かして、ギアン・クレーバーが小さな穴――野良ダンジョンのゲートから這い出てきた。
全身に傷を負い、足を引き摺りながら、それでもその眼は暗い火を宿していた。
ミスターKの拉致は、失敗した。今はこのことを、早くボスに伝えなければならない。
ボスはこのビジネスの重要性を理解している。すぐ増援を送ってくれるだろう。
あの二人はかなり手傷を負っていたから、次こそは勝てる。いや、絶対に勝つ。
この平和ボケした日本に、強固な根を張った――我らが偉大なる組織の力によって。
必ず、絶望させてやる。
ダンジョンの外に出れば、電波が使える。
とにかく、早く……
バッッッ
「ウッ!?」
夜の闇を裂いて、強烈な光がギアンを照らす。
それは、どうやらサーチライトのようだった。
光の向こう側に、かなり多くの人影が見える。
一体何者か?
目を凝らしたギアンは、直後に戦慄した。
日本の警察……対迷宮犯罪特殊部隊!!
どうしてここに!?
「……おい、チンピラ」
人影の一つ。おそらく長髪の女性と思われたその影は、まるで肉食獣が唸ったかのような、低く恐ろしい声を発した。
「ウチの社員が、世話になったようだな。礼を言いに来てやったぞ」
「……な、なぜここが分かったのデス……!?」
この野良ダンジョンのことは、組織でも限られた者しか知らないはずだった。
「無能が。貴様らのボスに吐かせたに決まってるだろうが」
「……ナ!?」
「貴様らの拠点は、先ほど完全に潰した。たかが犯罪組織風情が、御剣グループを……この三鶴城ミコトを甘く見たのが運の尽きだ」
バカな……。そんなことが。
ハッタリ、ハッタリ……だ。
女のシルエットが、一歩を踏み出した。
合わせたように、ギアンが後ずさる。
「ハ、ハハハ……!!近づくんじゃありまセン!!……ミスターKは、すでに私たちの手にあるのデス……!私に手を出せば、彼の安全は保証できませんヨ……!!」
一瞬、三鶴城ミコトの歩みが鈍った。
ギアンの口元に、わずかに笑みが浮かぶ。
だが、ほんの一瞬後に、ギアンの顔は凍てついた。
「――くはははは」
それは冷たく、そして恐ろしい笑い声だった。
「苦し紛れに、とんだ戯言をほざくものだ。いいか――そんなことは、ありえない。ありえないのだ」
ジャリ、と地面を踏み締める音がする。
数々の修羅場を潜ってきたはずのギアンでも、これほど戦慄と恐怖を感じたことは、未だかつて無かった。
「ダンジョンにおいてあの二人が揃ったならば――それは紛れもなく『最強』だ。貴様らごときがいくら姑息な手を使おうが、彼らを出し抜くことなど不可能と知れ」
虎かライオンか、はたまたそれ以上の絶対強者と相対したかのように、ギアンは息をすることすら困難になり――
気づいた時には、腰が抜けたように尻餅をついていた。
「――さて、チンピラ。覚悟はいいな?」
あと二回で最終話。
どうぞ、最後までお付き合いくださいませ。