第四十話 彼の目利きは絶対ですから
「はぁ、はぁ……」
全身に刻まれた傷から血を流し、ナナミは肩を大きく上下させていた。
「フフフ……なかなか粘るじゃありませんカ」
「くっ!」
ナナミは、今声が聞こえた方へ銃口を向け、即座にトリガーを引いた。
銃声が響く。
だが、当たった手応えはない。
「フフフ。闇雲に撃って、ミスターKに当たりでもしたら大変ですヨ?」
「く……卑怯な……」
ナナミは、白く霞んだ視界の中、敵の位置を掴めないでいた。
タツヤによってソータと分断された直後、ギアンがナナミの不意をつき、スタングレネードを放った。
猛烈な閃光で網膜を灼かれ、ナナミは一時的な失明状態に陥っていたのだった。
「『氷剣姫』……。我が国でも、その名前は知られていますヨ。なにせ、あの櫻井ゲンマの娘ということですからネ」
声は聞こえるが、正確な位置が特定できない。
「ミスターKを手に入れるには、必ず邪魔にナル……そう思って、念入りに準備した甲斐がありマシタ」
背後から風切り音がした。
ナナミは体を捻るが、鎧ごと肩口を切り裂かれる。
「くぅ……っ!」
敵は五人。そのいずれもが、投げナイフの真装具で武装した手練れだった。
全方向から、気配を限りなく抑えた鋭い攻撃が飛んでくる。
「【時渡り】……思った通り、使えないようですネ」
ナナミの【時渡り】は、ほぼ死角のない最強の脚力系ギフトだが、その特性上、目が見えないと使えない。
余りにも速いため、着地点を事前に目視して距離を掴んでいなければ、激突する恐れがあるのだ。
「このフロアは特に岩が多く突き出ていますからネ。下手な移動は命取りですヨ」
スタングレネードも遠距離武器も、そしてこの戦場の選定も、全てがナナミのギフトを潰すための作戦だった。
「こういった戦闘は初めてでショウ?対真獣戦で貴女に勝てる人はそういないでショウが、こと対人戦なら……我々は、プロなのですヨ」
息つく間もなく、周囲から攻撃が飛ぶ。
ナナミの身体に、次々と傷が増えていった。
「しかし……得物を銃にしたのは間違いでしたネ」
ふと聞こえたギアンの言葉に、ナナミの身体がぴくりと揺れる。
「以前使っていた剣であれば、振り回すだけにしても、もう少しマトモに戦えたでショウに……」
銃は遠距離攻撃ができる分、剣に比べて有利な場合も多いが、射線は単調な一本線だ。素早く動く敵に当てることは容易ではない。
ましてや眼の見えない今の状況では、銃は確実に不利だとギアンは言っているのだ。
「目新しいことをして注目を集めたかったのかも知れまセンが……御剣グループの客寄せパンダも大変ですネェ」
「――客寄せパンダ、ですか」
ナナミの動きが、止まった。
「私はそんなに、誰かを引き寄せたいわけではないんですけどね……。さて」
ふぅ、と軽く一呼吸。
乱れていたはずの息が、たったそれだけで整った。
「終わりです。あなた方の間合いは把握しました」
「……?何を言ってイル?」
ナナミの言葉に、ギアンは思わず眉を顰めた。
ナナミは、まだ視力を取り戻していない。
それはギアンにはわかっていた。
では間合いとは?
ギアンを含めた五人は、各々の腕に合わせてナナミから一定の距離をあけて攻撃を加えていた。
ある程度攻撃を受ければ、なるほど、ナナミほどの達人ならその距離を見切ることは出来るだろう。
だから、どうした?
ギアンは、その言葉に驚異を感じることはなかった。
距離がわかったところで、方角が分からなければ意味はない。彼らはナナミの周囲を回るように移動している。
また「ミスターKに当ててしまうかもしれない」というナナミの不安も計算に入れれば、万が一にも、反撃を喰らうことは無いだろうと踏んでいた。
だが、ナナミの様子は――まるで勝ちを確信しているかのように、ギアンには感じられた。
「倒してしまってからでは分からないでしょうから、先に言っておきますね。……貴方、間違っていますよ」
ナナミは、まるで愛おしいものを抱くかのように、自分の右手を胸に寄せた。
「私にとって最強の武器は、この銃です」
(そう。この銃は、私の最強の武器)
――ナナミ自身、最初はそのことを疑っていた。
なぜならナナミはかつて、ずっと剣で戦ってきたから。
剣こそが、自分に最適な武器だと信じていた。
でもそれは――父の背中を闇雲に追っていた子供の、ただの思い込みだった。
(彼は、教えてくれた)
櫻井ナナミの最強の武器は、この銃だと。
あの時から、自分の止まっていた時間は動き出した。
ナナミは、銃を自分の真上に向けて構えた。
「……?気でも触れましたカ?」
ギアンには、まるでその意図がわからなかった。
銃を持った右手に、ナナミは意識を集中させる。
ソータから、ナナミは『色』の感覚を聞いていた。真眼融合、そして、真獣技のことも。
ソータは、あの不可思議な真獣技について「真装具が使い方を教えてくれた」と言っていた。
それはきっと、自分と真装具の『色』を完全に一致させることができる、ソータならではの感覚なんだろう。
なぜなら、真装具の声を聞いたなんて話、いままで噂ですら聞いたことがないから。
こんなにたくさんの探検者がいて、たくさんの真装具があるのに、そんな話が無いのは、きっと『色』が一致するのがとてつもなく低い確率だからなんだろう。
自分には、一生分からない感覚だ。
――そう、思っていた。
でも――ある日ナナミは、声を聞いた。
それは、銃を使うようになって、しばらくしてからだった。
真装具の、声。
それは非常に微かなものだった。
ソータのように、変身できるわけではない。
だが、確かに、声が聞こえたのだ。
無数にある真装具の中から、ソータが選んでくれた、この銃。
それは、声が聞こえるほどに、限りなく自分と『色』が近い真装具だったのだ。
「――そう。だって、彼の目利きは、絶対ですから」
「……さっきから、何を意味の分からないことを……もう、戦いを諦めたようですネ。みなさん、トドメをさしてやりなサイ!!」
ギアンたち五人が、一斉に武器を構えた、その瞬間。
――ナナミが、トリガーを引いた。
【真獣技・水晶之雨】
閃光と共に真っ直ぐ上空へと放たれた銃弾は、再度光を放ち――細かく砕けて、花火のように空に舞い広がった。
それらは、まるで水晶のようにキラキラと輝き……
そして、さながらスコールがごとく――超高速でナナミの周囲に降り注いだ。
「ぎゃあああああアアアアーーー!?!?」
逃げ場のない、全方位攻撃。
黒づくめの男たちは、全員全身をズタボロに引き裂かれ、その場に崩れ落ちた。
周囲の岩々が粉々に砕かれ、一変した景色の中で、立っていたのはナナミだけだった。
「――ふぅ」
ひとつ息を吐き、ナナミはすぐに表情を引き締める。
視覚は辛うじて、戻ってきていた。
(ソータさんは!?)
目を細め、急いでソータが転がっていった方向を探す。
先程の真獣技は、敵だけがいる範囲を慎重に把握してから使用した。そうせざるを得なかった。ソータの居場所が分からなかったからだ。
必死に目を凝らすナナミの視界に、ぼんやりと……
ソータが、背中を丸め立ちすくんでいる姿が映った。
そばにいるのは、光宗タツヤだ。
「――ソータさん!!」
光宗タツヤの握る太刀が――完全に、ソータを貫いていた。
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