第三十九話 激闘
「さぁ。ミスターK。俺を楽しませてみせろ!」
銀色の弧を描く【銀月狼】の太刀が、その美しさとは裏腹に、まさに狼のような獰猛さで襲いかかってきた。
「うああっ!!」
くそっ、だめだ。ハイランダーの胸当てが辛うじて刃を受け止めてくれたけど、その衝撃がもろに抜けてくる。
骨が軋む嫌な音が聞こえた。
再びごろごろと地面を転がりながら、俺はとても生きた心地がしなかった。
このままじゃ、殺される……!
例え殺されなくとも、腕や足の一本や二本は確実に持っていかれる。その上で、マフィアの本拠地に連行コースだろう。
「どうした!世間様が期待してる探検者なんだろう!!」
二回、三回。
四回、五回、六回……。
銀の煌めきが空中で翻るたび、身体に思いっきりぶん殴られたような衝撃が走る。
「ぐはぁっ!」
口の中から苦い液体が吹き出す。
血も混じっているようだ。
ダメージで膝がガクガクと震え出した。
胸当ても、かなり変形し傷ついてしまった。次は果たして受け止められるか。
死の恐怖が、俺の体を蝕み始める。
それでもなんとか自分を奮い立たせ、【黒梟獣】の剣で応戦しようとしたけど、そもそも剣技のレベルに天と地ほどの差があった。
カインッ――
一回打ち合っただけで、俺の剣はクルクルと力無く宙を舞い、岩に当たって乾いた音をたてた。
「これで仕舞いか?なんだ貴様、まるで素人だな」
「う……」
これは……終わったかもしれない。
やっぱり、俺なんかが首を突っ込んでいい話じゃなかったのかな。
犯罪組織なんて相手にするのは、さすがに荷が重かったんだ。分かってたはずなのに、正義の味方ぶって調子に乗った挙句がこのザマか……。
頭上で、銀の太刀が煌めいた。
でも、体がもう、動かなかった。
――あれ?
その時目に入ったのは……離れたところに立ったナナミさんの姿だった。
なんだ?様子がおかしい。
ふらついている?
ナナミさんの目が、開いていないように見える。
彼女は苦しそうに顔を歪めたまま、連中と対峙していた。
さっきの強い光は……まさか、目眩しか?
視力を奪われてしまっては、いくらナナミさんでも……!!
そうだ、なにを呆けてるんだソータ。
ここにはお前一人で来てるんじゃないだろう。
お前は連中にとって利用価値があるということだ。
殺されはしないかもしれない。
でも、ナナミさんは……このままだと、多分殺されてしまうんだ。
そんなこと……絶対にさせるか!!
急に、体が軽くなる。
死の恐怖なんて、そんなものどうでもいい。
真眼の力を隠す?そんなこと、もっとどうでもいい!!
一気に決める!!
――『真眼融合・ハイランダー』!!
「ほう……?」
爆発的な閃光と共に、俺の全身に凄まじいパワーが満ち満ちる。
鎧と一体化した筋肉がメキメキと膨張し、指先からは猛禽類の鋭い爪がゾロリと伸びた。
全ての感覚が高度に研ぎ澄まされ、周囲の世界がスローモーションになったように感じる。
「これは……一体なんの力だ?ギフトか?貴様一体、いくつギフトを持っている?」
俺は答えることなく、思いっきり地面を蹴った。
動く暇すら与えない。
眼前まで一気に肉薄する。
そしてガラ空きの脇腹目掛けて、鋭利な爪の一撃を見舞った。
「ぐっ……!?貴様!」
抉れた防具からは、鮮血が飛び散った。
しかし、光宗タツヤは後ろへ下がることなく、俺の頭上から太刀を一気に振り下ろしてくる。
最小限の動きで一撃を回避すると同時、俺はもう片方の手で再度爪撃を放つ。
太刀と爪とが、何度も交差し、弾き合う。
耳に痛い金属音が、繰り返される。
まだだ。
まだ足りない。
ハイランダー、俺に力を貸してくれ!!
「く!?うおおおおっ!速い!!??」
俺の手数が、光宗タツヤを上回る。
太刀のガードを潜り抜け、奴の顔面に渾身の一撃を放った。
それを無理な体勢で避けた光宗タツヤの顔面に、ボレーシュートの要領で飛び蹴りをぶちかます。
「ぐっ……はぁっっっ!!!!????」
鼻血か、それとも口の中でも切ったのか、派手に血を噴き出しながら、光宗タツヤは錐揉み状に吹き飛んでいった。
二回ほど地面を跳ねてから、飛び出した岩に激突してようやく止まる。
「武器を置くんだ。次は無いぞ」
「ぐ。ぐぐぐ……。この力は……一体」
口元を押さえながら、光宗タツヤが呻いた。
「さあ、早く武器を置け。さもないと……」
融合は、ジャスト一分しか維持できない。
それが終わると、融合は解除され、最低二分は使用不可になる。
二分も光宗タツヤの攻撃から逃げ延びることは無理だろう。武器を手放さないなら、今、戦闘不能にするしかない。
光宗タツヤは急に黙り込んだが、武器を手放すつもりはないようだった。
仕方がない。
気絶で済むように、手加減して……。
――ビタッ
ん?
なんだ……これは?
俺の足に、何か得体の知れないブヨブヨしたものが絡みついている。
これは……タコ?
間違いない、タコだ。タコの真獣だ。
色こそ気味が悪いほど鮮明な青だったが、足は八本、そのいずれにも吸盤がある。
大きさは、大型犬ほど。
それが、俺の両足を完全にロックしている。
そんな、バカな。
こいつは、どこから現れた?
俺は今、真獣融合で五感が極めて研ぎ澄まされている。
こんなデカいやつの接近に気づかないはずがないのに。
ん?これは……?
こいつの周りの空間がわずかに『色』付き、歪んでいる。
まさか。
こいつが、ワームホール使いか!?
マンドラゴラを抜き、俺をここまで誘導したのは……このタコ真獣!?
なんで、真獣が人間の味方を!?
「ククク……ふはははははは!!!!」
――っ!?しまっ……!!
光宗タツヤから視線を外してしまった、その一瞬。
ドスッ
「……がはっ!」
腹部に灼けつくような熱を感じる。
水平に突き刺さった銀の刃の上を、赤い血の筋が何本も走りだしていた。
脳内物質のおかげか痛みこそそれなりだが、全身から血と共に急速に力が抜けていく。
「ククク、不思議だな。まるで鎧と一体化しているように見える。実に面白い奴だ」
哄笑を浮かべる光宗タツヤが、伏せた俺の顔を下から覗き込んできた。
「……なんで……真獣が……」
「ん?ああ、こいつか。いいだろう?【ダンジョン渡り】を持つ真獣だ。ネームドどもが持つ力と同じさ」
【ダンジョン渡り】。
ネームド真獣がダンジョンを跨いで出現することから、仮説レベルではよく言われていた真獣の能力だ。
「俺のギフトは【魔物使い】。真獣を自在に操ることができる力だ。珍しいだろう?……まぁ、操れるのはせいぜい五階級程度までだがな。ハズレギフトだと思っていたが、弱くてもこういうやつを使えば大金が稼げるんだ」
そうか――あんたが真獣を操って、違法アイテムを仕入れていたのか。
あんたが……実行犯だったのか。
「だがな。【ダンジョン渡り】はこいつ本人しか移動できないし、こいつはノロマだ。効率が悪い。だから組織はデカい通路を作れるお前が欲しいんだそうだが……」
――ぐっ!?
グリッと、刃が捻られた。
光宗タツヤは声を顰めると、笑いを噛み殺すようにしてこう言った。
「お前がいたら、この俺の存在価値が無くなってしまうだろう?それは困るじゃないか。……だから、悪いがこの場で『うっかり』殺してしまわなければならん」
空いている手で腰からデカいナイフを抜き放つと、光宗タツヤはそれを俺の首元に当てた。
「じゃあな、世間期待のヒーローさんよ」
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