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第三十五話 現地調査

 藤堂支部長が訪ねてきてから、一週間後。


 警察の薬物対策班と探検者協会からなる合同チームの面々に連れられて、俺とナナミさんは東京都・埼玉県の境に広がる狭山丘陵に足を踏み入れていた。


「こっちだ。ついてこい」


 率先して前を進む、タツヤさんという探検者がチームリーダーだ。

 彼は二級探検者だそうで、なるほど凄くがっしりした体格と、顔にある派手な傷痕が目を引く。鋭い眼光で、ひたすら前方のみを見据える姿が、なかなかカッコいい。


 彼の後に続いて、深い森の道を歩いていく。


「ダンジョン名は『深緑の浮遊島』……か。深緑はわかるけど、森の中にあるのに島ってなんだろう。それに、浮遊って」


 俺の何気ない呟きに、隣を歩くナナミさんが応えてくれた。


「理由はすぐに分かり……ますよ」


「あ、ナナミさんは以前に行ったことがあるんですね」


「そうですね、封鎖前に、に、二回……ほど」


「へえ。どんなものが手に入るんですか?」


「え、ええと、黄金草とか、水晶リンゴとか、し、植物系のアイテムが多いですね。どれも貴重なんですよ……ぷくく」

 

「そうですか。……あの、ナナミさん。いい加減、慣れてくれません?」


「いえ、大丈夫……その、あんまりこっち見ないでもらえますか?」


「こらーーー!」


 ……そう、俺は今、ナナミさんお手製の覆面を被っている。新作らしくデザインが変わっていた。

 警察や協会関係者は口が堅いから大丈夫、と藤堂支部長が言っているのに、「万が一のことを考えて」と無理やりナナミさんに被せられた。

 

 結果、本人が笑って話せなくなる、と。

 

「おかしいですね。今回の作品はお笑い要素を排除したのですが。どうして面白いんです?」


「知りませんよ!?ていうか今までお笑い要素入れてたこと白状しましたね今!!」


 周りだって、誰も俺の方を向いている人はいない。

 あ。今気づいたけど、タツヤさんが頑なに真正面を向いているのって、こっち見たら笑ってしまうからじゃないか?


「……もう脱ぎますよ、これ」


「だ、だめです!……あ、ほら、見えてきましたよ」


 ナナミさんの指差した方に、開けた場所が現れた。

 そして、俺の目に飛び込んできたものは……



 うおお!?なんじゃこりゃ?!

 

 そこには、信じられないほど巨大な木が一本、悠然とそびえ立っていた。

 ものすごい太さの幹が真っ直ぐ天へと伸び、途中、細かく分かれた枝も、それひとつひとつが普段目にする木よりもはるかに大きく長い。

 見渡す限りの空を覆い隠すその様は、まるで巨大なドーム球場のようだ。

 

 その周囲は強固そうな鉄柵で覆われ、多くの協会スタッフ、警備員が警戒している。


「すごい木ですね……」


「この木が、マンドラゴラが大量に群生するダンジョン、『深緑の浮遊島』だ」


 タツヤさんが、低いが良く通る声で教えてくれた。

 渋い外見も相まって、実にナイスミドルだ。

 相変わらずこっちは見てくれないけど。


 『深緑の浮遊島』は、以前はそこそこ人気のあるダンジョンだったそうだ。

 しかし、五年ほど前にマンドラゴラの群生場所が発見され、そこから大量に闇市に流れていたことが発覚して以来――このダンジョンは『封鎖』された。盗掘を防ぐため、常時高いセキュリティレベルで監視されているという。


「中で着替えだ。遅れるなよ」


 手続きを終えて鉄柵内に入り、更衣室へと向かう。


 

 今回結成された探索チームは、俺とナナミさんを除いて六名で、三人が探検者および協会職員、残り三人が警察だ。


 警察の真装具は、十階級の真獣【鉄鋼熊】シリーズで統一されていた。


 懐かしいな。俺も社会人一年目の時に警察署まで納入にいったことがある。防御力が高く、機動隊の正式装備にも採用されている。

 もちろん地上の武器なら格安の真装具でも防げるけれど、最近は真装具を用いた犯罪もチラホラ発生するので、その対策だということだ。


 一方で、タツヤさんを始めとする協会組は、各々バラバラの装備だった。多分自前だな。

 二級探検者だというタツヤさんは、二十階級【黒王牛】シリーズで身を固めていた。レア度の高い高級防具で、着用者の実力を物語る逸品だ。実にお目が高い。

 

 持っている武器が、これまた凄い。

 三十階級のレア真獣、【銀月狼】の太刀だ。

 

 【銀月狼】は、全身の至る所から巨大な刃を生やすことができる狼型の真獣で、攻守ともに極めてレベルが高い。

 その素材を集めて武器を作るってのは、とても一筋縄では行かないことなんだけど……凄い腕だ。


 そんな感じで脳内品評会をしていたところで、ふと妙な気配を感じた。

 なんだか、みんなの視線が俺に集まっているような気がする。

 

「それが噂のハイランダー装備か……。やはり威圧感というか、オーラが違うな」


 タツヤさんが感心したように頷いている。

 

 そうか。よく考えたら俺の装備が一番レアなんだ。四十階級のネームド素材だし、黒峰先生作だし……。

 いいのかな、俺まだ四級探検者のペーペーなんだけど。


「ネームドが討伐されること自体が、実に久しぶりでな。しかも二体同時だろう?探検者界隈ではしばらくその話題でもちきりだったよ」


 協会組ばかりでなく、警察の人たちも、タツヤさんの言葉にうんうんと頷いている。

 

 これはもしや……俺は、いわゆる羨望の眼差しってやつを受けているのか?人生初体験じゃなかろうか。


「今回の捜査、君には期待している。共にマンドラゴラの密採ルートをぶっ潰そうじゃないか」


「は、はい!」


 こんなふうに言われるのも、もちろん初めてで……なんだかむずがゆくなって、俺はばたばたと着替えをして更衣室を出てしまった。

 




 

「あ、ナナミさん。お待たせしました」


 外ではすでに真装具を着たナナミさんが待っていた。

 相変わらず着替えが早い。


 ナナミさんは今日も【白銀鋼】シリーズだ。白く輝くその鎧は【氷剣姫】のイメージに実にピッタリで、思わず見惚れてしまう。

 

「うわっ、可愛い!」

「すげぇ、テレビで見たまんまだ……」


 後から出てきた連中も、皆ナナミさんの魅力に完全に心奪われた様子だった。イエティ大量増産待った無しだな。


「……さっさと行きますよ」


 露骨に不機嫌になったナナミさんの後について、俺たちはゾロゾロと大木の根元へと向かった。


 


 


 


「……おお」


 ダンジョンの入り口だという大木は、近くで見上げるとさらに壮観だ。

 日本にこんな木があったなんて知らなかったな。


 タツヤさんが、すっと指を差した。

 見れば、巨木の根っこ部分に、ポッカリと大穴が開いている。


「この穴が入り口だ。足元が悪いから気をつけろ」


 そう言いながら、タツヤさんはスタスタと穴に入っていった。俺たちも皆、無言で後に続く。

 

 しかし、穴に踏み込もうとした刹那。

 俺の目に、穴全体を覆う膜のような『色』が映った。


「……あれ?この穴、ゲートですか?」


 俺の一言に、前を行くタツヤさんが驚いたような顔でこちらを振り返る。


「初めて入った奴は、しばらく進んでからすでにダンジョン内にいることに気づくのだが……さすがだな」


 タツヤさんが言うには、目に見えず、くぐったことが分からないゲートもあり、このダンジョンもそうだという。


 事前説明無しにゲートをくぐらせるのは普通タブーだと思うけど……。さしずめ、俺を試したってところか。ナイスミドルなくせに意地の悪いことをする。

 まぁ、ダンジョンの隠しルートを探す目的なのに、正規の入り口すら気づけなかったらダメだってことだろう。


 それはさておき――ゲートをくぐった、ということは、ここはもうダンジョン内だ。

 難易度自体は低いと聞いているし、これだけ大人数なのだから大丈夫だろうけど、やっぱり緊張するな……。




 

 

 入ってすぐに現れた下りの螺旋階段は、地球の中心に繋がっているのではないかと思うほど、果てしなく深く続いていた。


「おいおい、いつまで降りなきゃいけないんだよ……?」

 

 俺の口から文句の呟きが漏れ始めてから、さらに一時間は経っただろうか。

 

 無限に続くかと思われた螺旋階段の先に、微かな光が見えた。

 そこからさらに十五分ほど降り、ようやく光の中に出る。


 ――そこは、『空中』だった。


 周囲は全方位、はるか先まで続く青空で、ところどころに白い雲が浮かんでいる。


「ど、どうなってるんだ、これ」

 

 俺たちが今出てきたところを振り返ると、そこは空にポッカリ開いた穴だった。そこから流れ落ちる滝のように、螺旋階段が下へと伸びている。


「うわ。すごいな……」


 さらに下へ続く螺旋階段の、その先。

 

 そこには、巨大な「島」があった。

 

 周縁部に何も無いことから見て、どうやらこの島は、空に浮いているようだった。


「……だから、『深緑の浮遊島』か」


 足元に広がる緑いっぱいの浮き島を眺めながら、俺はおっかなびっくり、螺旋階段を降っていった。



 


 




 

 

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