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第三十一話 ヒーロー

 五人目の不審者を地面に叩きつけた後、ナナミは軽く息を吐いた。

 あと一人。店内に入り込んだ男を無力化すれば、なんとか場は収まるだろう。あとは警察に任せればいい。


 ナナミはくるりと周囲を見渡した。野次馬の群衆はますます数と賑わいを増しているが、どうやら外に怪我人はいないようだった。


「店の中は……わからないですね」


 昼間の営業中に、爆発物で攻撃されたのだ。店員も皆無傷、というのは考えにくかった。

 

 とにかく早く決着をつけようと、ナナミが店内に意識を向けた――その時だった。


 ナナミが三番目に蹴り飛ばし、壁にめり込むようにして意識を失っていたはずの男の身体が、ピクリと動いた。

 

 だが、チラリとだけ視線を飛ばして、ナナミはすぐに店内へと顔を戻す。

 意識を取り戻しただけなら問題ない。すぐに動けるダメージではないはずだから。


 ……だが、事態はナナミの予想を上回った。


 男は跳ね上がった弓のように直立に飛び起きると、首をぐるぐると回して苦悶の声を上げ始めた。


「おいおい、なんだありゃ?!」


 男の奇怪な行動に、野次馬の中から声が上がる。

 ナナミは咄嗟に構えをとるが、直後に男に起きた不可思議な現象に目を奪われた。


 男の着ていたシャツを突き破りながら、無数の棘がついた黒い球体が姿を現したのだ。


「あれは……!!」


 ナナミは、ひと目見てすぐにその正体を理解した。


 【真獣の卵】。それが、あの黒い球体の名前だ。

 

 とは言っても、実際に真獣が生まれてくる卵ではない。

 十階層あたりから見られるようになる、非常にタチが悪いとされるダンジョントラップの一種だ。


 無数の鋭い棘で、うっかり踏んでしまった探検者の身体に取り付き……まるで真獣かのような奇怪な姿に変貌させ周囲を破壊し尽くすマシーンへと変えてしまう――そんな、悪夢のような罠であった。

 


 間も無く、ナナミの眼前で、男の身体が異様な変形を始めた。

 背中が大きく隆起し、破裂すると同時にゾロリと、蜘蛛のような八本の脚が現れた。

 一本一本が物干し竿のように長く、先端では鎌のような巨大な爪が鈍い光を発している。

 本体である男の全身はアザのような紫色に染まり、急激に筋肉が膨張していく。骨に悲鳴のような音を上げさせながら、男は二メートル、三メートルと巨大化していった。

 

 東京の日常にはあまりに相応しくないその異形に、周囲の群衆からは絶叫が上がる。


「ダンジョントラップが、何故地上に?……それに、あのトラップは即効性のはず……」


 湧き出る疑問にナナミは眉を顰めるが、今は考えている時間はないようだった。


 蜘蛛脚の一つが鞭のような風切り音をたてて振り下ろされる。

 ナナミは咄嗟に【時渡り】を発動させ、音もなく異形の者の背後に回り込んだ。


「きゃあああああ!!」


「……!?しまった!!」


 一撃をかわされた男は、ナナミには目をくれず、そのまま野次馬の列へと襲い掛かった。

 【真獣の卵】に支配された人間は、目につく生き物を手当たり次第に襲い出す。そこに知性はなく、まず強敵のナナミを倒そうなどという思考はまるで無いようだった。


「くっ……!」


 ナナミの放った蹴りが男の後頭部を捉える。常人なら一撃で昏睡する威力の延髄切りだ。


「!?うぁっ……!」


 渾身の一撃は、しかし、もはや甲虫の外骨格のように強化された男の皮膚に弾かれた。ナナミの肌が裂け、鮮血が散る。

 【真獣の卵】は人間を、十五階級レベルの化け物へと変貌させる。それほど高階層級ではないが、それでも武器の無いナナミに貫けるような防御力ではなかった。


 ナナミは辛うじて着地し、再度跳躍を試みるが、脚に激痛が走り膝をついてしまう。


 その間に、男は背中の蜘蛛脚を最大に拡げながら群衆に突撃していった。

 

 つまずき逃げ遅れた女性が、恐怖の表情で後ろを振り返る。

 視界いっぱいに、未だかつて見たこともない化け物が、大口を開けて迫ってきていた。


「き……きゃあああああああーーー!!」





「――おっらあああああああーーー!!」


 ――ズギャアアアアアン!!


「……!?グァァァァ!!??」


 まるでF1が突っ込んできたかのような衝撃を受け、蜘蛛男の巨体は大きく吹き飛ばされた。そのまま宝石店のあるビルへと叩きつけられる。


「グ……グオオオオオオオオオ!!」


 半壊した店の瓦礫の中から、複数の蜘蛛脚が飛び出した。たった今自分を直撃した『それ』に向かって、高速で襲いかかる。


 しかし――まるで鳥のような羽根に全身を覆われた『それ』は、捉えどころのない燕のような動きで蜘蛛脚を全て回避する。


「……す、すげぇ……なんだ、あいつ……」


『それ』は、鳥と獅子を合わせたような姿をした、人間だった。

 

 背中で翼のようにはためく、羽根に包まれた雄々しいマント。肉食獣のように獰猛さ溢れる筋骨隆々な体躯。両手両足に生える鋭く太い爪は、まさに獅子そのものだ。

 そしてその者を最も特徴づけるのは、鷲の頭を形取ったフェイスマスクだった。


 八本の蜘蛛脚による攻撃を全て避け切ると、その者はこう言った。


「……終わりだ」


 その言葉の直後。

 

 蜘蛛脚が、ビリッと震えると……節の部分からねじ切られるように、全ての脚がバラバラに切断され、吹き飛んだ。


「グァァァァ!!??」


 痛みを感じているのかはわからないが、蜘蛛男は絞り出すような悲鳴を上げる。

 切断面から噴き出した黒い液体が、周囲に散らばった。

 しかし、蜘蛛男は一気に身体を引き起こすと、残った本体の腕を振りかざした。


「――もう、大人しくしてろ」


 まさに飛び掛からんとした時、蜘蛛男の動きが止まる。……なにか、見えない力に拘束されたようだった。

 ギシギシと身体を軋ませ抵抗するも、一歩踏み出すことすら出来ない。

 


 【真獣技・黒天鷲の早贄(ブラックチェーン)


 

 ――見えない鎖が、蜘蛛男を完全に抑え込んでいた。



 ◆◆◆



 ふう。なんとかなったな。


 【真獣の卵】で操られた男をハイランダーの真獣技で抑え込んだ俺は、ひとつ息を吐いた。


 あの場で黒峰先生がハイランダーの真装具を持っていたのはラッキーだった。

 先生は目を丸くしていたが、すぐに【真眼】の力を理解することは無いだろう。後で適当に誤魔化そう。


「……さて、と」


 これが、【真獣の卵】か。

 

 男の胸に突き刺さった黒い物体を、俺は無造作に引き剥がした。


 途端、変形・巨大化していた男の身体は、風船が萎むかのようにしゅるしゅると元の体格に戻っていった。男は、まだ息がありそうだ。


「おい!一人逃げるぞ!!」


 野次馬の中から声が聞こえた。


 さっきまで店内にいた奴か。パンパンに膨らんだカバンを背負って、バタバタと走り去っていく姿が見えた。

 宝石を物色したり、逃げたりするあたり、こいつは完全なマンドラゴラ中毒者ではなさそうだ。

 他の連中をどう操ったかは分からないが、こいつが主犯格と見て間違いない。


「だったら、逃すかよ」


 手のひらを、男の方にかざした。


「……うがっ!?か、身体が動かねぇ!!」


 俺は再度ハイランダーの真獣技を発動し、男の拘束に成功する。


 あとは、警察を待てばいいだろう。


 そんなことより、ナナミさんだ。遠目に、足を痛めていたように見えた。


「ナナミさん!大丈夫ですか!!」


「……ええ、大丈夫です。ただの切り傷と打撲です」


 そうか、良かった。

 ほっと息を吐いた俺を、ナナミさんはジロジロと見つめてきた。


「……どうしました?俺の顔に何かついてますか?」


「顔に何かついている、とかいうレベルではありませんが……」


 え?


 ……そうだった。俺は今、【真眼融合】中だった。鏡を見てないが、きっと結構な外見になってるに違いない。


 げ。すると、そんな姿を大勢の人間に見られたってことか。

 【真獣の卵】に気づいた時、ナナミさんがヤバいと思って咄嗟にやっちゃったけど、もう少し考えるべきだったか……。


「ふふ」


「ナナミさん?」


「……いえ。多分、咄嗟にやっちゃったんだろうなぁ、と思いまして。――ソータさんらしいですね」


「え……そ、そうですかね」


 俺ってそんな考え無しだと思われてたのかな。

 


「ありがとうございます。おかげで、助かりました」


 

 ナナミさんが、そう言って、微笑んだ。

 え、あ、ヤバい。めっちゃ可愛い。

 


「いや、その!俺こそ、こんな格好で飛び込んじゃって、また、変態覆面男なんて記事にされちゃうかも……皆さんに、迷惑を……」


「……そんな心配は、なさそうですよ?」


「え?」


 ナナミさんが指し示した方向に顔を向ける。

 

 ……そこにあったのは、さっきまでよりも更に大きくなった人集りだった。

 

 みんながみんな、スマホをコチラに向けて写真を撮り、叫んでいた。


「すごかったぜアンタ!!【氷剣姫】と一緒にいるってことは、きっとアンタがミスターKなんだろ!?」


「アレが噂の覆面探検者?え、超イカしてるじゃん!全然アリなんだけど!!」


「ほんとほんと!なんか、海外の映画に出てくる変身ヒーローみたい!!」


「変な噂ばっか聞いてたけどさ、ホントはめちゃくちゃ強くてカッコいい、スーパーマンじゃんか!!」


「最高だったぞ!これから応援するよ!!頑張ってくれ!!」


 ――え……と?


 なんだこれ。


 なんでこんなに……。


「――また、ヒーローになっちゃいましたね、ソータさん」


「ナナミさん!?いや、俺は後から来ただけで、真っ先に飛び込んだナナミさんこそヒーローで……」


「遅れて登場するのも、ヒーローっぽくて良いじゃないですか」


「いや、でも……」


「胸を張ってください。ソータさんは、沢山の人を救ったんですよ?」


 えと、その……。


 ……ナナミさん、ヒーロー語る時の熱量すごすぎだろ。


 そこまで言われて、俺は、なんだかもう、うつむくことしか出来なかった。



 

 その時。


「……!?身体が……あっ!もう一分だ!!」


 俺の【真眼融合】は制限時間があり、一分経つと強制解除されてしまう。

 ナナミさんが眉を顰めた。


「それは少しマズいですね、ソータさんの顔がバレてしまいます」


「……いえ、そんなこともあろうかと、ナナミさんから受け取ったものを仕込んでおきました」


「はい?……なんでしたっけ?」

 


 直後、俺の身体が、光を放つ。


 周囲の人々が皆、眩しそうにのけ反ったのが見えた。


 ――


 ――


 【真眼融合】が解除された俺の横に、黒峰先生から強引に受け取ったハイランダーの真装具が現れる。そして、俺の顔には……。

 


 

「……覆面?」


「なにあの、Kって文字。ダサくない?」


「なんか変態っぽい覆面だな。イケてた鷲の仮面、どこいった?」



 

 ……正体バレはなんとか免れたものの、生じた微妙な空気に耐えきれず、俺はそそくさとその場を後にしたのだった。


 


 


 


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[一言] 惜しいな、ここでななみのパンティかぶってたら最高だった
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