第二十九話 ナナミとデート?
ネームド討伐から、二週間後。
俺は、上野駅の改札前で、行き交う人の群れを眺めながら立っていた。
待ち合わせは十四時だけど、少し……いやかなり早くついてしまった。もう、かれこれ一時間はここにいる。でもまだ十三時半だ。
なんだか気持ちが落ち着かない。駅内コンビニのガラスに映る自分の顔を見て、何度髪を整えただろう。
いや、別にデートの待ち合わせをしているわけじゃあない。そうではないんだけど……。
三日前、真装具取扱店のジュンコさんから電話があった。
先日討伐したネームド、ハイランダーの素材について、真装具への加工がおおむね完了した、という連絡だ。
ファフニールは加工不可だったけれど、ハイランダーの方は、ジュンコさんが加工できる職人のアテがあるということでお任せしていた。
依頼した真装具は、俺用の防具。
先日ハイランダーに防具を破壊されてしまったので、その代わりだ。
代わりといっても、四十階級のハイランダー素材となると以前のものより遥かに強力になるだろう。
今日は、最後の仕上げに俺の体型に合わせて微調整をして、それから引き渡しらしい。
それが楽しみでそわそわしている……というわけでは、ない。
他人の真装具にはこだわりをもってやってきたけど、自分の真装具にこだわりが生まれるほどまだ探検者に慣れてはいない。
俺がそわそわしている理由。
それは、ジュンコさんが、「先方は堅苦しいの嫌いな人だから、普段着で来てね☆」と言ったことに端を発する。
別に俺一人で行くんだったら、普段着は気楽で良かったんだけど……。
先方の職人は凄腕であり、今後またお世話になることもあるだろう、ということで、ナナミさんも顔合わせのため一緒に行くことになったのだ。
ナナミさんと一緒に……普段着で。
いや、何度も言うようだが、これはデートじゃあない。
デートじゃないんだが……そう、限りなくデートに近いと言っても過言ではないんじゃなかろうか。
急遽、近所で服を揃えてみたんだが、変じゃないか心配だ。
最近の流行りなんてとんとわからないけど、勇気を出して店員さんにデート(みたいなもの)だと言ったら、気合を入れて選んでくれた。きっと似合っていると信じたい。
さて、そんなこんなで待ち合わせの十分前だ。もう一度、髪の様子を確認して……
「ソータさん、こんにちは。待たせてしまいましたか?」
「はひっ!?……い、いや、全然!今来たところです!!」
背後から突然、ナナミさんの声がした。
思わず待ち合わせのテンプレのようなセリフを返しながら、俺は慌てて顔を向ける。
完全に振り返ったところで……
「……?どうしました?」
「……え?あ、いえ!なんでもないです!」
少しの時間、俺はぽかんと呆けていたようだ。
しかし、こればかりは誰も俺を責められないだろう。
思わず固まって見惚れてしまうほど、目の前に立つナナミさんは、綺麗だった。
いつものダーク系のスーツ姿も至高だが、今日の格好は……。
オールホワイトのワンピースと帽子にベージュのカーディガン。シンプルだが、ナナミさんの氷のような透明感に少しふんわりと穏やかな雰囲気が乗ってきて、実に……可愛い。
顔バレを意識してか例の伊達メガネをしているが、それもまた眼鏡っ子属性の加算によりトータルの破壊力は留まるところを知らない。
さらに言えば……
「行きますよ?」
「あ、はい」
促されるまま、すでに歩き出していたナナミさんのあとを追いかけた。
「おい見ろよ、すげー美人だぜ」
ナナミさんの方を見ながら、ひそひそ話している声が聞こえた。
「後ろにいるのは彼氏か?っち、なんだよ、冴えない顔してるくせに。爆発しろ」
……ふふふ。ふふふ。もっと言うのだ。
なんて心地良いんだろう。この歳まで彼女無しの俺に、こんな機会が巡ってくるなんて。神様ありがとう。
……とは言っても、アメ横にあるジュンコさんの店までは、駅から歩いて十五分くらいだ。
――勝負は、真装具を受け取った後。
『ちょっと買い物でもしてから帰りませんか?』
これだ。
この一言が出るかどうかで、今日という日がさらに輝かしいものになるかどうかが決まる。
お茶しませんか?でもいいが、正直なところ向かい合って話を盛り上げられる自信はない。ここは最悪でも物ボケに逃げられる買い物が最適解だろう。
頑張れソータ。
「ソータさん」
「はいっ?!……なんでしょう、ナナミさん」
「ところで、凄腕の職人とはどういった方なのですか?」
「ああ。いや、実はよく知らないんですよ。最近まで引退状態だったらしいんですけど、急に現役復帰したとかなんとか」
復帰にあたって、その人はジュンコさんに直接連絡してきたらしい。『ハイランダーを仕留めた奴に連絡を取れ、素材を使わせろ』だそうだ。
「ジュンコさんがエラく推してましたから、腕は間違いないと思いますよ」
「でも、人柄は不明です。秘密を守れる人かどうか分かるまでは、ミスターKで通してください」
そう言うとナナミさんは、スッと紙袋を渡してきた。指で口を広げて中身をチラ見すると、デカデカとKとプリントされた何かがある。
……俺はいつまで覆面路線で行かなければならないのだろうか。これが会長の差し金ではない、と分かってからは、なおさら意味が分からない。
「……ぷくく」
着けてもいないのに笑ってるし!
いや、ペースを乱されるな神室ソータ。今日は真装具の受け取りはオマケみたいなものだ。その後が大事。ナナミさんが喜ぶならむしろ率先して覆面を被ってやる意気込みで行くべきだろう。
「……おや?ナナミくんじゃないかね?」
俺が一人決意を固めていたところで、ふと横から声がかかった。
「……?あ!先生!?」
声の方向を見たナナミさんの顔が、急に明るくなる。
あれ?こんな表情見たことないぞ??
「先生!ご無沙汰してます!!」
「おうおう、久しいのう。元気そうで何よりだの」
そこに立っていたのは、初老の男性。シックな服装に身を包み、歳相応のイケオジオーラが漂っている。
……なんだろう、この人、どこかで会ったことあるような。
「えと、ナナミさん。こちらの方は?」
「黒峰ゴウトク先生です。ご存じないですか?」
「黒峰……ゴウトク……ああ!!」
超高名な真装具職人じゃないか!
初期の初期から真装具開発に携わり、その加工技術はもはや芸術の域とされているほどの人物だ。
俺も商社マン時代には、多くの顧客から、黒峰先生の作品を手に入れてほしいと依頼された。もちろん激レアであり、希望に応えられた試しがなかったが。
昨年、人間国宝に指定されると同時に、後進に道を譲ると言って引退したと聞いていたが……。
「先生には、父も私も、とてもお世話になったんです」
「え!じゃあもしかして、黒梟獣の剣は黒峰先生作……!?」
俺の言葉に、ナナミさんは頷きを返した。
確かに四十五階級の真獣で真装具を作るなんて、相当の技量がないと無理だけど、まさか黒峰先生の作品だったとは……。俺、借りてていいのかな。
「今日はナナミくんに会えると思って楽しみにしていたのだが、先にこんなところで会えるとはの」
「え?先生、もしかしてハイランダーを加工してくださる方って……」
「おうおう。私だよ」
「先生!」
え……マジすか!?黒峰先生が加工してくれたの!?それだけで価値が一桁変わるんだけど!
「いやぁ、ナナミくんが復帰してハイランダーを倒したと聞いて、私も久しぶりに血が騒いでしまっての。引退を取り下げて、年甲斐もなく現役に戻ってみたのだよ。……しかし、少し残念だったのぅ」
ふぅ、と黒峰先生は肩を落とした。
「?なにがですか?」
「いやのう。てっきり、ナナミくんの真装具を加工するんだと思ったら、チームメイトの人間だというじゃないか」
はい、俺でごめんなさい。
「私も現役復帰した以上はプロだ。手を抜くことはあり得んが……だがやはり、ナナミくんの喜ぶ顔が見たかったのぅ」
「あ、先生、紹介します。今回作っていただいた真装具を着ける、ミスターKです」
ちょっと待ってナナミさん。この流れで紹介しちゃう?
すっげー気まずいんですけど。
「どうも、初めまして。ミスターKです」
しかも自分で言っててすげぇバカっぽい。
「ミスターK?ああ、ニュースでそんな人間を……」
黒峰先生が、明らかに訝しげな目でこちらを見た。
――平和な日本に似つかわしくない爆音と悲鳴が響いたのは、その直後のことだった。
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