第二十六話 ワームホール
「……なんとかなったみたいだな」
視界いっぱいに巻き上がった粉塵でよく見えないけれど、どうやらハイランダーは撃墜できたようだ。
俺は安堵の息を吐いて、へなへなとその場に座り込む。
「うぉっと」
力を失ったファフニールが、再び崩れ落ちる。
「……ありがとな、助かったよ」
――真獣は死骸となっても真素エネルギーを保っていることは、今回のダンジョン探索を通して確認済みだった。
だからきっと【真眼融合】が可能だろうと考えたのだけど……思っていた以上にうまくいった。
なんだか本当に、ファフニールが力を貸してくれたみたいに。まぁ、そんな気がするだけだけど。
「これで、ようやく帰れる……。さすがにくたくただよ」
【真眼融合】は使用回数に制限は無いとはいえ、一回ごとにやたら疲れる技だ。今日だけでかなりの数使っているから、もう全身がガクガク。一週間は寝ていたい気分だ。
ファフニールの尾を滑り台のようにして地面に下りると、ナナミさんが息を弾ませて走ってきた。
「ソータさん!無事ですか!?」
なんだかいつものナナミさんと違って、だいぶ必死な感じだ。もしかして心配してくれていたのかな。
「大丈夫です。せっかく買った防具は壊れちゃいましたけど」
別に痩せ我慢じゃあない。
本当は身体もかなりボロボロにやられていたはずだったけど、不思議とファフニールとの【真眼融合】後はダメージが薄れていた。
「良かった……」
ナナミさんは、本気でほっとしている様子だ。
……こんなに感情あらわなナナミさんを見るのは、ジュンコさんの店での一件以来かもしれない。
心配かけちゃって申し訳なかったけど、俺のことをこんなに案じてくれたなんて、正直嬉しい。
……なんて思って幸せ心地に浸っていたところで、バタバタと駆けよってくる無粋な奴がいた。空気読め空気。
「ミスターK、君も無事だったか」
「高杉さんも無事なようで何よりだ」
「まず、礼を言おう。仲間を助けてくれてありがとう。助かった」
へえ、割とあっさり頭を下げるもんだ。わがままお坊ちゃんキャラだと思ってたけど、そうでもないらしい。
「そして、見事だった。まさかファフニールの真撃点を看破するとはね。一体どんなギフトを持っているのかは知らないが、あの御剣グループが推すだけのことはある。完敗だよ」
フッと笑みを浮かべてアキラが手を差し出してきた。
思わずその手を握り返してしまったけど……まぁ今となってはわざわざ邪険に扱う理由もないし、別にいいか。
「今回の勝負は君たちの勝ちだ。ファフニールの止めは刺し切れていなかったようだが、そのおかげで奴が最期に暴れてハイランダーを仕留めてくれた。君たちは運も良いようだ」
確かに側から見てたら、たまたまファフニールが暴れ出したように映るよな。
会長からは俺のギフトが知れ渡ると面倒だと言われているし、「ミスターKはアイテムを強化したり真撃点を見切ることができる人」くらいの理解でいてもらうほうが良いだろう。
「しかし、僕はまだ諦めたわけではない。いずれまた、君に勝負を挑むよ」
「……いや、もう俺たちに構わないで……」
「それまでの間は、君が上司だ。よろしく頼むよ、リーダー!」
――は?
「僕たち十人、今日から御剣チームで誠心誠意励むことを誓おう!!」
いや、ちょっとまてマジで何言ってんだこいつ。
「これは誓いの握手だ!」
そんなつもりはなかったよ!?
こいつやっぱり馬鹿か?馬鹿なのか?誰も仲間に入れるとか言ってないから!!
「よろしくお願いします!お姉様!!」
「……いえ、よろしくしないです。手を離してください」
そっちの娘もさっきから面倒臭いな!?
ナナミさんはぶんぶんと手を振り解こうとしているが、カエデは目にハートマークを浮かべてガッチリと離さない。
「ふっ、新しいリーダー、か」
「果たして俺たちを飼い慣らせるかな?」
「【氷剣姫】可愛い」
おい、高杉チームのその他大勢!!お前ら全員、勝手なことばかり言ってんじゃねぇ!!
はぁ……とナナミさんのため息が聞こえた。
その直後に、大きく息を吸い込む音も。
「……いいですか。三鶴城会長は、実力主義です。もし我々の仲間になりたいのなら、キチンと実力を示してください」
「実力……というと?」
「決まっています。一級探検者になってから出直してきてください。それまでは、相手にするつもりはありません」
「一級探検者……!!」
アキラは絶句しかけたが、すぐになるほどとばかりに頷き始める。
「……確かに、それはそうだな。【氷剣姫】は、今回の実績で一級になるだろう。貴女の隣に立つと宣言した以上、僕も一級にならなければ話にならない」
ぐぐっと拳を握って苦い顔をみせるアキラ。いちいちやることが芝居がかってるんだよお前は。
「……わかった。今日は大人しく帰るとしよう。だが、僕は必ず強くなる!そして貴女を振り向かせてみせる!それまで、一時のさよならだ!!」
高杉アキラはそう言うと、バサッと身を翻し、未だ渋るカエデを引き摺りながら仲間たちと共に立ち去っていった。
……後に残されたのは俺たち二人と、二体のネームドの死骸、そして無駄な疲労感だった。
「……いいんですか?今は追っ払えましたけど、一級になったらまた来ますよ、あの連中」
俺がそう言うと、ナナミさんは少し目を細めた。
「大丈夫ですよ。その時までに、私が特級になっていればいいだけの話です」
「……ああ、なるほど。……ぷっ」
実に珍しく、いたずらっぽい笑みを浮かべたナナミさんに、俺は思わず吹き出してしまった。
「そうそう、ソータさん。――さっきはどうもありがとうございました」
さっき……って、何のことだっけ。
あ、ハイランダーの前に飛び込んだことかな。
「あまり、危ないことはして欲しくはありませんが……」
そこまで言って、ナナミさんはおもむろに一つ咳払いをした。
「……その……カッコよかった、ですよ」
――へ?
「あ、あの……ナナミさん、今なんて?」
「――いえ?なんでもありません」
「もう一回言ってもらえませんか??」
「なんでもないと言ってるじゃないですか」
「お願いします!もう一回!」
「……変態覆面男」
「えええ?!」
ナナミさんにふいっと顔を逸らされてしまった。
もう一回頼みますよー。
……この後もう少しだけ食い下がってみたけど、腰の銃に手をかけられたので諦めた。
「――さて、このネームドたちですが」
俺たちの目の前には、ファフニールとハイランダーの死骸が並んでいる。
「とてもじゃないですが、全部持って帰ることはできませんので……希少な部位だけ剥ぎ取りましょうか」
こんな美人が剥ぎ取りましょうか、とか言うとギャップがすごい。
「では、まずファフニールの眼から……」
そう言って懐から極太のナイフを取り出したナナミさんを、軽く手で制す。
「いえ、ナナミさん。ちょっと試したいことがあるので、俺に任せてもらってもいいですか」
「……?どうぞ」
俺が試してみたいこと。
それは、ファフニールの死骸と【融合】出来たことで、俺の頭に閃いたアイデアだ。
前に聞いた会長の話によれば、ダンジョンは真素エネルギーに満ちているそうだ。
確かに、今回の探索では、真装具だけでなく、ダンジョン産のアイテムや、真獣の死骸にも真素エネルギーがあって、俺の眼で融合できることがわかった。
――だったら、このダンジョンそのものは?
周囲にある地面や壁だって、真素エネルギーを持っているんじゃないか?
つまり――俺の眼なら干渉できるんじゃないか??
俺はおもむろに、手のひらを地面に押し付けた。
真装具と融合するときと同じように、【真眼】に意識を集中する。
そして、このフロア全体を頭の中に描いてみた。ここに来るまでずっと、例の鉱石グローブでフロアを可視化していたから、通ってきたフロアは全てイメージできる。
まもなく、頭の中に、自分でもビックリするほど鮮明な立体図形が浮かび上がった。到達した八階までの、完璧な地図だ。
そして、今自分がいる位置を再度イメージして……
「……ソータさん?!地面が!!」
ナナミさんの声で我にかえると……俺が手のひらを置いた地面が、ぐにゃりと歪んでいた。
そして……見える。歪んだ地面が、紫に色づいている。
再び脳内の地図に意識を戻すと、自分の現在地に、紫色の光が生じていた。
――次に、そうだな、例えば一階の入り口付近をイメージすると……うん、やっぱりな。思った通りだ。
頭の地図の中で、紫色の光がスルスルと伸びて一階の入り口地点まで到達した。
その途端。
身体が、一瞬溶けたような不思議な感覚がした。
そう、ちょうどダンジョンのゲートから一階に降りる時のような、あの感覚。
「ソータさん。貴方は一体何をしているのですか……?」
ナナミさんの声が聞こえた。
再び、意識を手の方に移すと……
そこには、巨大な黒い穴が出現していた。
感覚でわかる。これは、ダンジョンの一階につながるワームホール――空間に開いたトンネルだ。入れば一瞬で移動できるだろう。
一度行ったことのあるところ、つまり脳内で詳細にイメージできるフロアなら、いつでもワープできるってことだ。
そしてさらに、どうやらこの穴は自在にサイズを変えられるみたいだ。これなら、わざわざ剥ぎ取らなくても真獣素材を丸ごと持ち帰ることができるんじゃないか。
……探検者なら間違いなく、喉から手が出るほど欲しい力だ。ダンジョン攻略が、遥かに効率的になる。
これで、俺の考えは確信に変わった。
俺の眼は、ダンジョンそのものにすら干渉できる。
まだ思い付かないけれど、このワームホール以外にも、もっともっと、出来ることがあるに違いない。
――ダンジョンの真実に届き得る力。
会長の言葉が、今になってようやく、実感を伴い始めた。
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