第二十四話 不意打ち
「あれだ……さっき僕たちは、あれでやられた!あの筒みたいな器官は、全て砲台なんだ!!」
アキラの顔はすっかり引き攣っていて、イケメンが台無しだ。
見ると確かに、筒状の器官全てに、大量の光が集っていた。徐々に、その輝きが増してくる。
「全方位攻撃……。ナナミさんの【時渡り】が相当嫌だったんですね」
ナナミさんが、はて、と言った顔で俺を見た。
「さっきまでとは別人のように冷静ですね、ソー……ミスターK」
「いやいや、めちゃくちゃ心臓バクバクしてますよ。でもようやく、見えましたんで」
ナナミさんがピクリと反応する。
「どこです?」
「ええと、奴の喉元から出てる、一本だけ太い器官。あの中です。さっきまで外に出てなかったから、分かりませんでしたけど」
「なるほど、了解です。――では」
声だけを残して、ナナミさんの姿がかき消えた。
目にも留まらないとはこのことだな。人間のスピードじゃあない。
認定試験前の地獄特訓で、どれだけ逃げても突然隣にナナミさんが現れたのはこういう仕組みだったのか。
「な……?!なぜ彼女を行かせた!?」
まだ座り込んだままのアキラが、こっちを向いて叫んでいる。
「そりゃもちろん、あの化け物を止められるのはナナミさんしかいないからだよ」
「馬鹿な!君は櫻井さんを見殺しにする気か!それでも彼女のチームメイトか!!」
「信じるのもチームメイトだろ。【氷剣姫】なら、止められる」
「っ!……いや。無茶だ。どうやってあの攻撃を止めるというんだ。櫻井さんはさっきまで何度も撃ち込んでいたが、奴が硬すぎて決定的なダメージは入っていない。今攻撃したところで同じことだ」
「次も同じとは限らないじゃないか」
「なにを……君はリーダーに向いていない!状況を的確に把握して、撤退も含めて最適な判断をするのがチームのリーダーというもので……!?」
――ドゴォォォォォオオオオオオオオン
「うわぁ!」
不意の爆音と共にフロアが大きく揺れ、アキラの台詞が遮られた。
「……?!なんだ……?ファフニールが、苦しんでいる……?」
俺たちの視線の先にいる巨大な竜は、全身に稲妻のようなヒビを走らせて、身をよじって暴れていた。
ヒビの起点は、喉元にあった太い筒状器官の奥。
そこは俺の【真眼】で見つけた、クリティカルダメージが与えられる大弱点……ファフニールの『真撃点』だ。
「さすがナナミさん、ドンピシャ!」
「ドンピシャ……?どういうことだ?なにか狙ったのか?」
「ん?ああ、さっきファフニールの真撃点を見つけたんでナナミさんに伝えたんだ」
「真撃点を……見つけた、だって……?!」
真撃点は通常の眼では見つけられないから、彼が驚くのも当然だけどね。
これが、以前会長から教えてもらった【真眼】の使い方その一、だ。
「言ったろ、次も同じとは限らないって」
――ズドォォォォオオオオン!!!!
二発目の爆音。
ナナミさんの銃が、再度ファフニールの真撃点を捉えたようだった。
「――ギャオオオオオオ!?!?」
ファフニールの全身のヒビは更に拡大して、今にも内から粉々に砕けてしまいそうなほどだ。
どうやら決着はついたな。
まぁ、俺はほとんど戦ってないけど、サポートはちゃんと出来てたよな。この連中を治療したし。
俺は、ふーっと大きく息を吐き出す。
それに合わせたかように、三発目の爆音が響いた。
「――お疲れ様です、ナナミさん」
「お疲れ様です、ミスターK。情報助かりました」
離れたところに横たわった竜の巨躯を見つめながら、ナナミさんは少しだけ肩で息をしていた。
「これで一級間違いなしですね!さすがナナミさん、有言実行っぷりがすごい」
「いえ。私などまだまだです。私の戦法と相性の良い相手でしたし……それに結局、真撃点を教えてもらわなければ、力で押し切られてました」
ナナミさんは、俺の持っている黒梟獣の剣――自身の父親の形見を、じっと見つめていた。
そういえば。
ナナミさんのお父さん――特級探検者、櫻井ゲンマは、かつてファフニールと戦ったことがあるんだよな。
「ファフニールを倒せば、父の背中が見えるかなとも思いましたが。父はこれを一人で圧倒し追い返したそうですからね。――精進しないといけませんね」
そう言うナナミさんは……とても、表情が明るいように見えた。
尊敬する父親が、まだまだ遠い存在であることが、嬉しかったのかもしれない。
「あ……あの」
ん?なんだ?
そこではカエデが、なにやらもじもじした様子で立っていた。
「た、助けてくれて……ありがとう」
顔を赤らめながら、カエデは礼を言ってきた。
これは……オイオイ俺ってばもしや罪な男か?参っちゃうなオイ。
「はは、さっきの治療のことなら気にしないでよ。同じ探検者だろ。当然のことをしたまでさ……」
と、何年か振りのキメ顔を作った俺の横を、すいっとカエデは抜けていって……
「あ、あの……戦ってる姿、すごく、カッコよかったです……。お、お姉様って呼んでも良いですか!?」
「……はい?」
両手を掴まれ、かなりの熱量で世迷い言を吐かれたナナミさんは、ひどく困惑した顔をしていた。
うん……そうだね。冷静に考えたら、俺は別にその子の治療はしてないしね。
でもなんだろうな。前からちょっと思ってたけど、レアスキルに目覚めたらハーレム上等、みたいな世間の常識が、なんだか俺にはまるで作用していないような。
いや、別に期待はしてないよ?うん。
「……さて、目的は果たせました。ファフニールの素材回収を進めましょうか、ミスターK」
おお、そうだそうだ。大物を仕留めた後のお楽しみタイム。
ファフニールは実に五十階級の真獣であって、その身体から取れる素材は相当な高値が付くだろう。売っても良いし、自身の真装具に加工しても良い。
「しかしこれだけデカいと持って帰れる量は限られるな。……高杉チームに協力してもらいますか?賭けにはうちが勝ったんだし、それくらいしてもらってもいいでしょう」
そう、俺が提案した時だった。
――ジャラ……
ん?
「……ナナミさん、その、鎖は何ですか?」
俺の問いに、ナナミさんはキョトンとした顔をした。
「何の話ですか?」
――!?
ナナミさんには、見えていない?
彼女の腕や足に、ヘビのように絡みついているこの鎖が、見えていないだって?
「……?身体の、動きが……?急に、重たく……」
ナナミさんは全身を包む違和感に気づいたようだ。
一体、何だこれは……?
「おい!!またなにか来るぞ!!」
俺の背中の方から、高杉アキラの声が聞こえた。
また……?
振り返ると、すぐに異変が目に入った。
空中に、巨大な渦が出現していた。背景が歪むように、ぐるぐると回っている。空間が捻じ曲がってる、とでも言うのだろうか。
なかなかお目にかかれない不可思議な光景に、俺は一瞬意識を奪われた。
「ミスターK!気をつけて!!来ます!!」
はっ!?
「――キャシャアアアアアアッッッ!!!」
渦から姿を現したのは……巨大な、鳥だった。いや、鳥のような、何かだった。
巨大な鷲の頭に、同じく鷲のような羽毛で構成された背中の翼。
しかし胴体や四肢は、ライオンなどの肉食獣のそれだった。ただしサイズは象くらいはありそうだ。
ファンタジー世界でよく登場する、グリフォンのような感じだろうか。だが、作りは似ていても、これまでイメージしていたグリフォンよりは数倍禍々しかった。
眼は瞳孔がなく塗りつぶされたように黒い。爪は真紅に発色し、鮮血を想像させる。同じく赤いクチバシの内側からは、黒い舌がズルリと這いずり出てきていた。
「……こいつは……【黒天鷲】??いや、ちがう……あの、赤い爪、クチバシは、まさか!?」
探検者ニュースで一時期話題になっていたことがある……黒天鷲の中に、強靭な赤い爪とクチバシを持ち、そして獲物を拘束する力を備えたものがいるって。
本来なら三十階級の黒天鷲だが、その個体の脅威は四十階級相当として、特に警戒されている……
――指名手配真獣、ハイランダーだ!!
「ハイランダー!?ネームドが二体も出現するだと!?」
アキラたちが、戦闘態勢を取る。
だが……
「ぐあ!!!」
「うぎゃあああああ!!」
「ぐへっ!!」
――速い!!
あんなにデカい図体をしてるくせに、まるでツバメのように素早い動きで飛び回り、各個撃破を仕掛けてきた。
高杉チームの面々が、あっという間になぎ倒されていく。
ヤバいんじゃないか、コレ……?
ファフニールより格付けは下とはいえ、四十階級なんて普段の感覚からしたら化け物だ。
すでに疲労している俺たちには、荷が勝ちすぎる。
唯一、ハイランダーのスピードに対抗できるナナミさんは……
「くっ!身体が、動かない……!」
ハイランダーの先制攻撃だったのだろう。先ほどから妙な鎖で、体を拘束されてしまっている。
「今、その鎖を外します!!」
見えないナナミさんからすると、さっきから鎖って何のこっちゃというところだろうが、説明は後だ。見える俺が何とかするしかない。
鎖は、生えるように地面に固定され、ナナミさんを縛り付けていた。
俺は剣を思いっきり鎖に向けて振り下ろす。
ガキンッ
……くそ、硬い!!
非力な俺じゃ傷もつけられない。まずは剣と【融合】して、それから……
だが、ハイランダーがそんなの待ってくれるはずはなかった。
拘束した獲物……ナナミさん目掛けて、奴は高速で突っ込んできた。
……いやこれ、マジでヤバいだろ。
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