第二十三話 【時渡り】
「ちょっと怒ってもいいですかナナミさん」
「なぜでしょう」
「なぜ、じゃないですよ!!なんでネームド探してること黙ってたんですか!!」
「言ったらついてこないでしょう?」
「あったりまえですよ!!なんですかよりにもよってファフニールって!!あいつのヤバさは俺でも知ってますよ!!」
指名手配真獣は結構な数がいるが、その中でもファフニールはかなり……いや、めっちゃ危険度が高い。
ちょいちょい、探検者ニュースでコイツに襲われてチームが全滅した話を聞く。
あの特級探検者、櫻井ゲンマが、不意をつかれたとはいえ仕留め損ったというのも有名な話だ。
実物を見るのは初めてだけど……とにかく、デカい。
洞窟が埋まるくらいの巨体が、全身から灼熱の炎を発して蠢いている。
身体を支える四つ足は、一本が象の腰回りくらい太く大きく、凄まじい膂力を感じさせる。
一枚一枚が人の顔くらいある分厚い鱗が全身を覆い、ちょっとやそっとの攻撃ではダメージを与えられそうにない。
意外に図体に比べて小顔だが、それでもホオジロザメくらいはあるだろう。鋭い牙のサイズは、サメ以上だ。
巨大な翼に尻尾も備え、まさに漫画やアニメでよく見る、ドラゴンそのものだった。
こんなやつと戦うなんて、正気の沙汰じゃあない。
「さぁ、さっさと彼らを救助して逃げますよ!!」
「救助の前にファフニールを倒したほうが効率が良いですよ」
「絶対無理!!」
「探検者たるもの、覚悟を決めなければならない時が来るんです」
「それは今日じゃない!肩慣らしに来ただけなのにドラゴン倒す覚悟なんて決められない!!今この場に来ただけでも褒めて欲しいです!!」
「まぁ、いいです。ミスターKはそこで見ていてください。私が、ファフニールと戦います」
「え……」
そう言われると、なんか申し訳なくなって……こないよ!!
騙されるな神室ソータ!すでに騙されてここにいるけど!
「ファフニールを倒せば、私の一級昇格は間違い無いでしょうし、それに……」
ナナミさんは、ガンホルダーに手をかけて巨大な竜の方に向き直った。
「この竜とは少し、因縁がありますので」
……あれ?本当に一人で倒すつもり?
「だったらせめて、炎対策してから来ましょうよ!!」
ナナミさんが今着ているのは、【白銀鋼】シリーズだ。以前持っていた【氷牙獣】シリーズは、ナナミさんと相性が悪くなっていたのでジュンコさんの店で買い替えた。
【氷剣姫】のイメージを守りたい俺の意見により、白く輝くこのシリーズに決めたんだけど……これ、炎には別に強くない。
炎耐性が高い防具にしてから改めて来た方が、絶対に良い。
だってさっきの火球、めちゃくちゃヤバかったぞ。
あんなの喰らったら……。
「大丈夫ですよ」
「え?」
「私、この防具にしてからすごく身体が軽いんです。昔に戻った……いえ、それ以上」
それは俺が、ナナミさんと相性が良い防具を選んだからだな。目利きを褒められたようで照れ臭い。
……じゃなかった、だから何!?
怪訝そうな顔をした俺の方を、ナナミさんはチラリと振り向いて……思わせぶりに少しだけ目を細めた。
「これなら、使えるんですよ。私のギフト」
そう言うとナナミさんは、颯爽とファフニールに向かって歩き出してしまった。
……マジでやる気だ。
「グヴゥアアアアアアーーーーー!!!!」
うああ、うるせええええ!!!
ファフニールの咆哮だ!
ダンジョン内で幾重にも反響し、耳がぶっ壊れそうになる。
そして……来る!!火球だ!!
「ナナミさん!逃げろ!!」
ファフニールの開かれた口は、射線をナナミさんに合わせていた。
でも、ナナミさんは歩みを止めなくて……
高速で飛来したファフニールの火球が、着弾した。
爆音と衝撃波、弾き出された岩の破片が襲いかかってくる。
両腕で顔を覆いつつ、その隙間からナナミさんの姿を探すが、粉塵の中に人影は見当たらない。
「ナナミさん!?」
「――だから、大丈夫ですって」
その声は、天井のほうから聞こえた。
「私には、当たりませんから」
見上げた先で――ナナミさんは高く高く翔んでいた。
――うわ……
壁面がほのかに光る洞窟で、白銀の輝きが弧を描く。
その姿はまるで、妖精が舞っているかのように幻想的だった。
「グァゥ!?」
ファフニールが自身の火球がかわされたことに気づいたようだ。
不愉快そうに首を回す火竜に……
銃弾の、いや、砲弾の雨が降り注いだ。
「グァァァァ!?」
【水晶蛇】の銃。
その威力は、一発一発が黒霊獣程度なら一撃で葬れるレベルだ。
流石に強固な鱗を持つ五十階級はそう簡単ではないようだが、それでも小さくないダメージを与えたようだった。
「グウォォォォォオオオオオオオオ!!!!」
再度あげた咆哮からは、ファフニールの激しい怒りがビリビリ伝わってくる。
奴は長い尻尾を振り上げると、その巨体からは想像もつかないような俊敏さで全身を回転させ、尾を鞭のようにしならせて天井近くのナナミさんに放った。
途中、俺の目の前を尾の先端が通過していったが、まるで新幹線とすれ違ったかのような速度、爆音だ。
「――こっちです」
速っ……!!
瞬きほどの時間で、ナナミさんはファフニールの足元付近に移動していた。
ファフニールの腹付近で、爆音が轟く。
突然真下から放たれた強烈な一発に、ファフニールはたまらず体勢を崩した。
ナナミさんの動き、あれは――思い出した。
かつて一世を風靡した【氷剣姫】のユニークギフト――【時渡り】!!
【脚力超強化】や【韋駄天】などのスピード系ギフトで最上位に位置する超レアギフトだ。
まるで少し先の時間に一人だけ渡ったかのように移動することから、その名がついた。実際は、脚力強化に加え、空気抵抗や摩擦、慣性を一時的に一切無視して超スピードを生み出す能力と言われている。
こと戦闘においては反則みたいなギフトだ。間合いをとりながら戦う銃と相性も良く、まるでスキがない。
こりゃ、本当に大丈夫かも。
だったら俺は俺の仕事をしておこう。
ファフニールからは目を離さないようにしながら、へたり込んでいる高杉アキラに駆け寄る。
「怪我は?」
「え?あ……僕は……大丈夫だ。それより、あっちで倒れてる仲間が……重傷なんだ」
見ると、五人の探検者が、ぶすぶすと煙を上げて倒れていた。
火球の着弾に巻き込まれでもしたのだろうか。
相当の深傷のようだった。
「こりゃまずいな。回復薬、持ってる?」
「あ?ああ、さっき、湧いているのを見つけて汲んでおいたが……待て、回復薬なんかで彼らの傷が治せるとは思えない」
「貸してくれ」
俺はアキラから回復薬をひったくる。小さな瓶に詰められたキラキラと輝く緑の液体は、多少の外傷なら綺麗に治す、優れたダンジョン産の薬だ。
だけど、流石に瀕死の重傷は無理。
「このままではね」
「?」
俺は回復薬を瓶ごと両手で包み込む。
――【真眼融合】
途端に回復薬の輝きが増した。それから気化したように瓶から漏れ出てきた回復薬が、俺の手のひらを覆ってさらに輝きを強める。
「おし。手当て、と」
輝きに包まれた両手を、倒れている人間の患部に当てる。光はするりと手元から離れ、大火傷していた皮膚全体に広がった。
直後、時間を逆巻いたかのように、火傷がするすると消えて失せた。
「こ、これは……」
アキラが驚きの声を上げる。
うまくいったな。
ダンジョン産アイテムの性能を強化できる【真眼融合】。こんな消費アイテムにも使えるんだな。使い方を理解してくると、マジで便利だ。
他の連中も、同じように治療する。
全員が、信じられないものをみたような顔で自分の身体を確認していた。
「ミスターK、あんたすげぇな!」
「いいから、ナナミさんがアイツと戦ってる間にさっさとこのフロアから出るんだ」
俺の言葉に、高杉アキラが反応した。
「そ、それはダメだ!君たちはまだアイツの真の力を見ていない!櫻井くんに伝えないと!!」
「真の力?」
「――ああ。アイツは、このフロアに現れた時……」
その時、高杉アキラの言葉を遮るように、超高速で人影が現れた。
「ナナミさん!」
「……ふう。少し疲れました」
ナナミさんは全くの無傷だったが、少し息が上がっているようだった。
一方のファフニールは、鱗がところどころ欠けていた。ただ、ナナミさんの大砲のような連撃を喰らってその程度で済んでいるのが、奴の極めて高い防御力を物語る。
「大分イラついてるようですね、あの竜」
「ですが私も決め手に欠けています。なので、聞いておきたいのですが……さっきお願いしたとおり」
「はい」
「ちゃんと、見ていましたか?」
「それなんですけどね。なんて言ったらよいか……」
「おい!くるぞ!!奴の……大技だ!!」
大技?
ファフニールの方を振り返ると――奴の全身が、変化を始めていた。
ありとあらゆる鱗が、まるでハッチのように外に向かって開き、中からズルリと筒状の器官が顔を出す。あっという間に――竜は超巨大なハリネズミへと、姿を変えた。
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