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第二話 私が雇ってやる

 立っていたのは、長い黒髪の女性だった。

 俺と同い年くらいだろうか。


 長いまつ毛に縁取られた大きな瞳に、美しく整った鼻と、宝石のように輝きのある唇。パーツの一つ一つがハイレベルな上に、その調和も抜群。掛け値なしの美人だ。

 

 一方で白のハイネックに燕尾の乗馬服スタイルは、本人の纏う力強い雰囲気も相まって、まるで軍服のようだ。


 奥のドームを縁取るように差し込む夕陽をその背に受けながら、女性はまさに威風堂々といった立ち姿でベンチの俺を見下ろしていた。


「……君は?」


「私は三鶴城(みつるぎ)ミコト。お前を探していた」


 俺を探していた?


 何者だろう。

 やけに偉そうな物言いに面食らう。


 あれ、でも三鶴城……?

 どこかで聞いたことあるような。


「お前、会社をクビになったな?」


 え。


「……なんでそんなことを知ってるの?」


「ふふ。それは良かったな」


 なにが良いんだ。

 就職難のこの時代、俺にとっては死活問題だというのに。無職をからかって楽しいか。


 だがその時、目の前の女性から思いも寄らない言葉が飛び出した。



「私が雇ってやる」



「……は?」


 俺は思わず間抜けな声を出してしまった。


「雇ってやると言ったんだ。一回で理解しろ」


 いやいや。いくらなんでもそれは無理だ。

 突然すぎて全く飲み込めない。


 雇ってやる?この子は経営者か何かなのか?


 なるほど、例えばIT系とかなら若い起業家など珍しくはない。


 だけど、俺を雇う?

 俺は商社で真装具の取引をやっていただけだ。その経験が役に立つような分野を、こんな子が?


「誰か別の人と間違えてないかな?」


「間違えてなどおらん」


 三鶴城ミコトと名乗ったその女性は、腰に手を当てて軽く息を吸い込んだ。


「神室ソータ、二十四歳。東京都八王子市生まれ。高校の時、探検者になるため訓練所に通うも、断念。首都大学工学部人間工学科を卒業後、真装具の専門商社で業界中堅の相馬商事に就職。利益度外視の顧客ファーストで仕事をしてきた結果、本日クビを宣告される。異性との交際経験は皆無。……なにか間違っているところがあるか?」


「……いえ。全部あってます」


 ……最後のは必要?


「詳しい話は会社でする。いつがいいか、ナナミ?」


「はい。来週火曜日の午後でしたら、予定が空いております」


 目の前の女性の存在感が凄くて気がつかなかったが、斜め後ろに、もう一人女性が控えていた。

 

 黒のスーツ姿、ヘアクリップで髪をハーフアップにした、少し小柄な人物。

 よく見ればびっくりするほどの美人で、手前の女性にまるで引けを取らないが少し無愛想なその女性は、やりとりから察するにどうやらこの三鶴城ミコトという人の秘書のようだ。


「うむ。では来週必ず来るように。いいな」


 それだけ言うと、三鶴城ミコトは颯爽と踵を返し、ツカツカと公園入り口の方へ歩いていってしまった。


 ぽかんとしてその後ろ姿を見ていた俺の視界に、ナナミと呼ばれた女性がずいっと入り込んでくる。


「私の名刺をお渡ししておきます。こちらの住所に、来週火曜日、午後一時にお越しください」


 無表情のまま、彼女は俺に名刺を手渡してきた。


「では、また」


 それだけ言うと、彼女は前を行く三鶴城ミコトを早足で追いかけていった。




「……なんだったんだ一体」


 まるで、頭がついていかない。


 新手のイタズラだろうか?実は今の様子を撮影しているカメラが隠してあったり。

『無職に雇ってやると言ったらノコノコ現れた!』みたいな炎上系動画を投稿されたり。

 

 でも、それにしては、俺のことをよく調べていたり、手が込みすぎている気がする。


 俺は名刺を手にしたまま、二人の後ろ姿をぼーっと目で追っていた。


 公園の入り口までたどり着いた二人の前に、黒塗りの車が停まる。運転手が開いたドアに、二人は乗り込んでいった。


 ……あの車は、この間テレビで見たぞ。

 確か、軽く億はする超高級車じゃなかったか?


 ……じゃあマジで、凄い人だった……?


 俺は手にした名刺に目を落とす。


「……御剣重工!?」


 そこには、秘書・櫻井(さくらい)ナナミという名前と共に、国内における重工業及び軍需産業最大手メーカーのロゴが記されていた。



 

 


 翌週の火曜日。


 俺は元の職場で退職手続きを終え、同僚に一通り挨拶をして回っていた。


 部長は休暇、同期の三浦は重大な事が起きたそうで朝から出張だそうだ。

 最後に顔を合わせる必要がなくてほっとした。


 皆、微妙に引き攣った顔で見送ってくれたが、特に惨めな気分にはならなかった。


 この後、俺の身に一体何が待っているのか。


 不安と、それを遥かに上回る興味が、俺の心の大半を支配していたからだった。



 

 ◆◆◆


 


「ここか……」


 名刺に記載された住所は、都心のさらに中心部。

 そこには、数多くの高層ビルが立ち並ぶなかにあっても、一際目を引く巨大なビルが存在していた。


『御剣重工』とデカデカと銘打たれたそのビルに、俺は恐る恐る足を踏み入れる。


 立派なスーツを着て、いかにもデキそうな人たちが入れ替わり立ち替わり、巨大なフロアを足早に移動している。


「さすが、日本を代表する企業だな……。入口からしてオーラが違う」


 今更ながらに、新卒のリクルートスーツでやってきた自分が恥ずかしくなってきた。



 目の前の受付に名前を伝え、貰った名刺を見せると、すぐに連絡を取ってくれた。


 しばらくして、奥の通路の影から、櫻井ナナミが姿を現す。


 やはり、イタズラじゃなかったのか。


 櫻井ナナミは、俺の姿を見つけると、ぺこりと頭を下げた。


「神室さん、お待ちしていました。ご案内します」


 俺は言われるがままに彼女の後をついていく。

 社員用のゲートをくぐり、複数のエレベータ扉があるホールを抜け……黒塗りの扉の前で止まった。


「櫻井さん、このエレベータは?他のと様子が違いますが……」


「こちらは役員専用のエレベータです」


 役員専用!

 やはり、三鶴城ミコトという人物、ただ者じゃなかった。

 

 でも、「雇ってやる」なんて言うからまさかと思ったけど、さすがに社長じゃないよな。

 一応ネットで調べたところ、ここの社長は厳つい初老の男性だった。

 まぁ、あの若さで役員ってだけでも、もの凄い話だ。



 乗り込んだエレベータはすごい速度で上昇し、六十階を表示したところでピタリと停まった。


 扉の先は、超高級ホテルのような絨毯が敷かれた、明らかに世界の違う空間だった。


「こちらです」


 櫻井さんの後を恐る恐るついていくと、すぐに物々しい扉が現れる。


「社長室?」


 その部屋の札には、そう書かれていた。


 いや、まさかね。……まさかだろ?

 だって下調べでは厳つい初老のおっさんだったぞ。


 まてよ?確かあの日は夕日で強い逆光だった……。

 

 まさか、美女と厳つい初老のおっさんを見間違えた!?


 なんてこった!目利きがウリの元バイヤーが聞いて呆れるぜ!!


「そちらではありませんよ。あちらです」


「え?あ、やっぱりそうですよね」


 ……普通に考えて美女と厳つい初老のおっさんの区別がつかないことはないわな。うん。


「えーと、こっちですか」


 櫻井さんが指さした先を目で追う。


「あれ?」


 そこにあったのは……さらに重厚で、威厳に満ちあふれる扉。


 おかしいな。社長室より、はるかに存在感があるぞ?

 そのプレッシャーたるや、扉の上に『汝一切の望みを捨てよ』と書いてあっても違和感ないくらいだ。


 果たして、そこの札には。

 


「会長室……!?」

 


「会長。神室さんが到着されました」


 扉をノックし、櫻井さんが中に声をかける。


「待ちくたびれたぞ。入れ」


 櫻井さんが扉を開く。


 扉の奥は全面ガラス張りで、地上六十階の都心の景色が広がっていた。

 

 そこに、革張りの黒椅子に腰掛けた女性が一人、


 そう。

 その人物こそ、先週会った若い女性。

 俺の脳みそに圧倒的なインパクトでもってその存在を叩き込んだ、三鶴城ミコトだった。


 三鶴城ミコトは、俺の顔を確認するや、不敵な笑みを浮かべる。

 先日と変わらぬ美人だし、服装も似たようなものだったけど、俺自身の心持ちのせいか、異様なほどのプレッシャーを感じた。


「会長……だったんですか」


「ふふ。なんだと思っていたのだ?」


「ええと、無職をからかう炎上系動画クリエイターかなと」


「はぁ?」


 隣の櫻井さんが軽く咳払いする。


「ご存知ありませんでしたか?ミコト様は御剣グループの次期総帥です。ここ一社の会長のみならず、複数のグループ会社で会長を兼任されていますよ」


 御剣グループだって……!?

 日本経済界を牛耳る最大の財閥じゃないか。

 そこの次期総帥??

 俺にとっては雲の上どころか成層圏の上の人だ。つまり宇宙人だ。


 ……なんでそんな人が、俺に声をかけたんだろう。



「ふ。まぁいい。さっさと本題に入るぞ」


 三鶴城ミコ……会長は、執務机に両手を置いて椅子から立ち上がると、俺に指を突きつけた。


「神室ソータ。今日付けで、この私直下のプロジェクトチームにおける、リーダーに任命する」


 会長直下プロジェクトの……リーダー?!


「プロジェクトチームは、新規事業の開拓に際して、期間限定で組織されるものです。リーダーは我が社の部長同等の待遇、そして成果に見合った報酬が加算されます」


 櫻井さんがそう補足してくれたが……超一流企業の部長待遇プラス成果報酬だって?!

 社会人三年目のぺーぺーにとって、信じられないほど破格の条件だ。


 破格すぎて……なんだか現実感がない。


「……なんで俺なんですか?」


 俺は思いつく限り、人より優れたところなんて無い。

 ましてや、日本最大財閥の次期総帥が目をつけるところなんて。

 なぜ、俺なのか。


 会長は、俺の戸惑う様子を楽しむかのように再び不敵な笑みを浮かべた後、こう言った。


「お前の、その『眼』が欲しいのだ」


 眼……?

 

 真装具の価値を見出す、目利きの力ということだろうか。


 確かに、俺は顧客に最適な真装具を見つけることは得意だった。


 会長は、そんな俺の力に期待してくれていると言うことか。真装具の価値を見極め、適切に仕入れる人間、つまりバイヤーとしての力に。


 少しずつ、心が高揚を始めたのがわかる。


 ダンジョンに関わりたいという俺の望みが、こんな形でまた叶うなんて。


 こんな大物が、俺みたいな奴にこれだけお膳立てをしてくれたんだ。

 今応えなければ、きっと後悔する。


 ……覚悟は、決まった。


「分かりました。私、神室ソータ、この会社のため、会長のため!一流のバイヤー目指し、努力させていただきます!」


 心の底からの決意表明だった。




 ……でも、それを聞いた会長や櫻井さんは、ひどくぽかんとした表情で。


「……バイヤー?何を言っているんだお前は」


「え?」


「私が求めているのはバイヤーではない。……プロジェクトチームの名称は、迷宮探索プロジェクト。つまり」


「……つまり?」


「お前の任務は、ダンジョンを探索し、ダンジョンの謎を解き明かすこと!!今日からお前は、探検者となるのだ!」



「え……!」



「これは業務命令であるっ!!拒否権はないっ!」



「……えええええええ!?!?」





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