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第十七話 記者会見

「はぁーあ」


「まだ気落ちしてるんですか?もう三日になりますよ。……はい、どうぞ」


 ナナミさんが、机に突っ伏している俺の顔の横に、コトリとコーヒーカップを置いた。


「あ。ありがとうございますナナミさん。……ぶはっ、激苦!!??なんですかこれ!?」


「青汁です」


「青汁!?なんで職場で!?なんでコーヒーカップで!?」


「私、大好きなんです」


「……そうですか」


 客観的には嫌がらせにしか思えないんだけど……。

 まぁこの職場は昼からウイスキー飲んでる人もいるし、別に普通か?


「とにかく、元気を出してください」


「はぁ。そうは言われても」


「良いじゃないですか。キノコの山も、素敵ですよ」


 ……キノコの山といっても、別に、某キノコタケノコ戦争の話じゃあない。



 


 三日前、俺は前人未到の『風魔の修行場』二階へと、足を踏み入れた。


 そこに、広がっていた光景は、



 見渡す限りに輝く、虹色のお宝の山……



 ではなく。



 色とりどりに好き勝手発光する――

 


 ……キノコの山だった。


 小高い丘に、キノコがびっしり。

 それはもう、隙間が見当たらないくらい、びっしり。


 フロアの広さは小学校の体育館くらいだろうか。小さすぎる。そんなところに、キノコびっしり。


 呆気に取られた俺は、次の階へ進む扉を探したけれど……なかった。


 風魔の修行場は、だだっ広い森メインのフロアと、キノコびっしりのフロア。

 この、二つのフロアだけだったんだ。




「……せっかく、未知の世界に一番乗りできたと思ったんだけどなぁ」


「未知の世界には違いないですよ。あんなにキノコが群生しているダンジョンなんて、他に例がありませんから」


「でも、キノコだし……それも、新種は一つもなかったんですよ。全部、ダンジョン図鑑に載ってるものばかりで」


「でも、どれも地上には存在しない、貴重なものばかりじゃないですか」


「うーん、なんか思い描いてたのと違うんだよなぁ……」


「あ、そろそろ時間ですよ」


 ナナミさんが、居室備え付けの大型テレビにリモコンを向けた。


 そうだった。今日は記者会見があるんだったな。

 会長に、絶対観ろよ、と念押しされていた。


 ……会長が、自ら会見に登場するから。

 一体、なんの会見なんだろう?

 


『……記者会見の会場です。もう間も無く、始まる模様です』


 こちらに顔を向けた若い女性のリポーターが、マイクを片手に会場の様子を説明している。


 カメラに映し出された大量のイスには、すでに空席無く、記者たちがみっちりと肩を並べていた。


 その記者たちが、一斉に背筋を伸ばし始める。


 奥から、二人の女性が現れた。


 一人は、見まごうことなきオーラの塊、三鶴城ミコト会長だ。

 普段と変わらない燕尾の乗馬服スタイルだが、いつもより発色が強く、実に舞台映えしている。

 カメラ越しにもビンビン伝わってくる圧倒的な存在感とプレッシャーは、あの場にいるすべての人間をがっつり萎縮させていることだろう。


 もう一人の女性は、会長にこそ遠く及ばないものの、近い性質の雰囲気を纏っている。長身、綺麗なショートカット、切長の眼に細めの眼鏡がよく似合っていて、めちゃくちゃ仕事が出来そうな感じだ。


「あの人は広報部長の鈴村さんですね。まだ若いんですけど、会長が抜擢したそうです。カッコいい方ですよね」


 ナナミさんがこんな風に人を評価するのは珍しい。……まさか、こないだの伊達眼鏡や講義スタイルはこの人の真似だったり……。


 


『さて、皆に集まってもらったのは他でもない』


 ……会見の入り方が、まるで王様だ。

 こんな居丈高な態度でも、一方の記者側は天啓を待つ信者かのように静まり返っている。

 いつも昼から飲んでるヤバい人のイメージしかなかったけど、やっぱりこの人、すごい人だったんだな。


『この私が、探検者プロジェクトを立ち上げたことを報告しておきたくてな』


 会見って、俺たちのことだった!?


 会場から、おおっ!だったり、ついに!だったりと、大きく盛り上がる声が聞こえる。


 その反応に、満足そうに口角を上げる会長。

 

 いやー……天下の御剣グループの次期総帥が直で会見する内容が、俺たちの話で本当に良いのか……?

 

 それから会長はおもむろに、記者たちに向かって二本の指を突き立てた。


『――二年だ。二年の間に、私のプロジェクトチームは結果を出す。皆に、未知の宝と……そして、あのダンジョンの謎を解き明かすことを、約束しよう』


「はーーーーー!?」


「ソータさん、うるさいですよ。聞こえません」


「いやいやいや、だって二年でダンジョンの謎を解き明かすって!いくらなんでも大風呂敷を広げすぎでは……」


「会長は、やると言ったらやる人です」


「でも実際にやるのは我々ですよね!?」



 

『私が集めたチームは強力だぞ。まずは小手調べに……風魔の修行場に、新フロアを開拓した』


 ここで、大きなどよめきが上がった。


『新フロアだって?!』『二十年も、なにも見つかってなかったところだろ!?』『これは大ニュースだぞ!』


 記者たちの声が、マイクに拾われて聞こえてくる。


「え……?こんな、大ごとなんですか?」


「……古いダンジョンで新フロアを発見するというのは、非常に珍しいことなのですよ」


「そうなんですか?……まぁ、でもキノコの山だって言ったらきっと盛り下がりますよね」


「それはどうでしょう?」


「え?」



 

『新フロアの概要については、ウチの広報から話がある』


『広報の鈴村です。今から資料をお配りしますので、ご覧ください』


 数人のスタッフが、手早く記者たちに書類を配っている。内容に素早く眼を通したと思われる記者が、驚愕の声を上げていた。


『これは……!このフロアは、すごいぞ!!』


『本当だ!【聖杯キノコ】に、【万能ダケ】……それに【アントニオエノキ】まで……こんなレアキノコが、群生しているだと!!』


『どれもこれも、ダンジョンの深いところでしか手に入らないキノコばかりだ!』


 コホン、と、鈴村広報部長が咳払いをすると、騒がしかった記者たちが一斉にそちらを向いた。


『ご覧いただいたように、今回開拓した新フロアには、二十五階級より深いところでのみ確認されていたキノコが大量に存在していました。……この価値が、皆様は十分お分かりになると思います』


 


「え、俺分からないんですけど」


「黙って聞いててくださいソータさん」


 


『これまで非常に調達が難しかったキノコが、たった二階、格付けにして五階級程度の低難易度ダンジョンで入手可能になります』


 鈴村広報部長が説明を続ける。


『【聖杯キノコ】はガンの特効薬であり、【万能ダケ】はあらゆるウイルス性の病気を治癒します。【アントニオエノキ】は……元気になってなんでもできるようになります。これら、地上には無い大変に有用なキノコが、簡便に、大量に入手できるようになるのです』


 おお……なるほど。確かにそれはスゴいことかもしれない。


『新フロア発見者の権利として定められているフロアライセンスにより、このフロアで探検者が入手した資源に関わる利益の三割を、我が社が獲得します。キノコの価格や見込み数量から概算しまして……年間、三百億円のライセンス収入が見込まれます』


「はぁ!?三百億!?」


 俺は思わず椅子から転げ落ちそうになる。

 なんだよその金額!?


「妥当だと思いますよ」


「え、ちょっと!俺は!?俺には入らないんですか!?」


「そこは、雇われですからね。でも、契約に成果報酬の記載がありましたから、きっとボーナスが出ますよ」


 なるほど、成果報酬!

 期待に胸を膨らませていると、再度会長がマイクを取った。


『キノコは主に医療用途だ。これで、以前よりも多くの人の手に届き、多くの命が救われるだろう。だが、それでも全員ではない。待たせてしまう人も大勢いる。その人たちのために……その三百億は、毎年すべて寄付することにする』


 ……はーーーー!?


「ボーナス……無いかもしれませんね」


「そんなぁ……」


 がくりと肩を落とす。

 そりゃあ、寄付はいいことだけど……。



 

「でも。ソータさん、ヒーローになれたじゃないですか」


「え?」


「会長が今仰っていたでしょう?――『多くの命が救われるだろう』って。探検者は、お金ももちろんたくさん得られますが……なにより、人々に大きく貢献できる仕事なんです。ヒーローなんですよ」


 ナナミさんは、微笑んでいた。


「ヒーロー……ですか」


 そういえば……そんな言葉に憧れて、昔は探検者を目指していたんだったな。


「……俺には、似合いませんよ」


 そう呟いた俺を、ナナミさんはキョトンとした顔で見ていた。

 

 


「まぁ、もしお金が必要なら、この間サンプルとして持って帰ってきたキノコを売ることもできますよ?」


「……ああ、それはもう、使っちゃいました」


「?そうですか」


 机に頭を転がしながら、俺は再び、会見の映像へと眼を移した。




 ◆◆◆




 とある病院の、一室。


 神宮寺クルミは、母と、備え付けのテレビで御剣グループの記者会見を観ていた。


「お母さん、【聖杯キノコ】が、大量に取れるんだって!!」


「うん……良いニュースねぇ」


「これで、お母さんのガンも治るかな!?」


 母は「そうね」と言って微笑んだ。

 だが直後に、クルミは、はっと笑顔を消す。


「あ……そっか。ウチは買うお金、無いから……」


 これまでより遥かに多く入手できるようになったとはいえ、それでも世界中にいるガン患者の数を考えれば、すぐに大きく値が下がるとは考えにくかった。


 きっと、貧乏なクルミの家に順番が回ってくるのは、はるか先のことだろう。


「ごめんね……私が、探検者になれていれば……」


 クルミは俯き、泣き出しそうになるのをぐっと堪えていた。


「ふふ。大丈夫よ、クルミ。お母さんはまだまだ長生きするわ。キノコなんて無くたって、すぐに元気になってみせるわよ」


 クルミは、顔を上げられなかった。

 母は、余命あと二ヶ月と申告されているのだ。

 安心させようと強がっているのが分からないほど、クルミは子供ではなかった。


「お母さん……」


「ほらほら、クルミ、そんな顔をしないで。もっと、あなたの笑顔を見せてちょうだいな」


 クルミの母は、包み込むように、娘をそっと抱きしめた。



 病室の扉が勢いよく開かれたのは、その時だった。


「神宮寺さん!」


「あら……先生。どうしたんですか、そんなに慌てて」


「手に入りました、手に入りましたよ!【聖杯キノコ】です!!」


「え……」

「お、お母さん……お母さん!!」


「助かりますよ!これで、ガンは消えます!!」


「そんな……どうして……」


「分かりません。匿名で、『神宮寺クルミの母親に使ってくれ』と、【聖杯キノコ】が届けられたんです」


「私の名前……?誰、だろう……」


「――きっと、クルミが頑張っているところを見てくれていたヒーローなんじゃないかしら?……ありがとう、クルミ」


「ヒーロー……」


「さぁ、はやく処置室に行きましょう!」



 


 ――三日後。


 すっかり元気を取り戻した母に、クルミは涙でくしゃくしゃになった顔で抱きつくのだった。


 

 







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