第十六話 風魔の修行場二階
「はっはっはっ!まずはでかしたぞ、ソータ!!さぁ、飲め!!」
「ベースギフト無しで、よく頑張りました。立派です」
探検者認定試験から、一週間後。
工事がようやく終了し、正式にプロジェクトチームの居室としてあてがわれた会社の一室で、パーティが行われた。
以前占有していた会議室にあったものと同じ白板には、デカデカと、
『神室ソータの探検者認定を祝う会』
と、書かれている。
毎度思うけど、会長ってめちゃめちゃ達筆なんだよな。やはり幼少期から英才教育とか受けてたんだろうか。
「ありがとうございます」
俺はなみなみと注がれたグラスを片手に、礼を言う。会長は、さっきから至極ご機嫌な様子だ。ナナミさんも、心無しか表情が明るい……気がする。
「試験が中止、と聞いた時は、探検者協会に怒鳴り込んでやろうかと思ったが……やつらはなかなか分かっているな」
「黒霊獣の討伐は、二級探検者でも至難です。それをやってのけたソータさんを、中止だからといって他と同じ扱いにするわけにはいかなかったのでしょう」
そう。イレギュラーである黒霊獣の乱入によって、認定試験自体は中止となったにも関わらず……俺には昨日、合格通知が届いたのだった。
「今回の合格者は、ソータさん一人のようです。合格者一人は恐らく前例がないですね」
「はっはっはっ!幸先良い話だな!……まぁしかし、これはようやくスタートラインに立ったに過ぎんぞ。あと半年で三級に上がって、それから……」
「……はい」
俺の返事に、会長がピタリと動きを止め怪訝な顔をする。
「……どうした?どうも試験から帰ってきて以来、様子が変だな。ダンジョンで拾い食いでもしたか?」
「ソータさん、風魔の修行場にはろくな食べ物は落ちてないと教えましたよ。どれも毒ばかりです。もう手遅れでしょうが一応胃の洗浄をしましょう」
「なにも食べてませんよ!?」
「じゃあどうした。なにか気になることでもあるのか」
「それは……」
――もちろん、あの、赤い扉のことだ。
俺は試験会場の森で見つけた扉を、その場で周りの人間に伝えた。
だけど、皆「そんな扉はない」と言っていた。どうやら俺以外には、扉そのものが見えないらしい。
【真眼】で見えた、色のついた扉……。
その場は黙って撤収したが、毎日あの扉のことが気になって仕方がなかった。
「ナナミさん」
「なんでしょう」
「もう俺は、四級探検者として活動できるんですか?」
「はい。合格通知を受け取った時点で、協会の定めるところの四級探検者として認定されています。単独でダンジョンの十階相当までは潜ることができますよ」
「お?なんだソータ、やる気が出てきたのか?」
「……ちょっと、確かめたいことがあるんです。ついてきてもらえませんか?」
◆◆◆
「ふーむ。景色はそこらへんの山奥と変わらんな」
今俺たちは、ダンジョンの一階にいる。
ナナミさんについてきてくれと言ったつもりだったんだけど、会長まで来ているのはどういうわけだ。世界に冠たる大財閥の次期総帥が、暇ってことはないだろうけど。……いや、暇なのか?
「ここに、なにがあるというのだ?……一階までしかない、小さなダンジョンなのだろう?この『風魔の修行場』は」
そう、俺は再びこの風魔の修行場にやってきた。もちろん目的は……例の、赤い扉だ。
「こっちです。ついてきてください」
俺は、先日赤い扉を見つけたところまで二人を連れて行った。
「ここです」
「……ここに、なにがあるんですか?」
やはり、二人にもなにも見えていないようだ。
――目の前に、こんなにも異様な気配を放つ、赤い扉があるのに。
色のついた、恐らくは真素エネルギーの塊である、この扉。
風魔の修行場は、発見されてから二十年は経っている。その間何度も認定試験会場となっているわけで、何度も大勢の人間が、このフロアを探索したことになる。
それなのに、誰も知らなかった扉。
この先には、何があるんだろう?
どこに繋がっているんだろう?
そして……この、今まで感じたことのない胸の高鳴りはなんだろう?
誰も知らなかった未知のものを、世界で一番最初に見つけるって、こんなにも――ワクワクするものなのか。
「本当にどうしたというんだ?さっきからアホヅラがさらに磨きのかかったアホヅラになっているぞ」
会長が、早く目的を話せとばかりに眉間に皺を寄せている。
「実は……」
「――気をつけて。真獣です」
……なに!?
ナナミさんが警戒体勢に入っている。
そこに現れたものは……
「黒霊獣……」
これで三回目か。
よく会うもんだ。
「私が対処を……ソータさん?」
水晶蛇の銃を構えたナナミさんを、手で下がらせる。
「俺が、やります」
黒霊獣の前に、進み出る。
「大丈夫です。お二人は後ろにいてください」
「ほぉ……ソータ、お前見違えたな」
黒霊獣が、虚ろな眼を俺に向けた。
ああ。そうだよな。
宝の前には、番人がいるものだよな。
そうでなくちゃ、ダンジョンってのは盛り上がらないよな。
さあ、こい。
かかってこい。
ワクワクが、止まらないんだ。
黒霊獣が、地面を蹴った。
強靭な脚力で、地面が大きく爆ぜる。
それに合わせて、俺も強く剣を握った。
――【真眼融合】【黒梟獣】モード
手にした黒梟獣の剣が、ざわざわと蠢き出す。
エレガントな外観は、即座に、凶々しい大剣へと変貌を遂げた。
それを確認した後、俺の眼はすぐさま黒霊獣の真撃点を捕捉する。
今回は、脇腹か。
猛烈な勢いで接近する黒霊獣も、なんだかもう見慣れたもんで、恐怖は感じない。
一瞬の交錯。
躊躇いなく振り抜いた剣先は、黒霊獣を脇から大きく切り裂いていた。
黒い真獣は、断末魔の叫びを上げることもなく、そのまま地面に沈んだ。
「……本当に見違えた。別人のようだぞ、ソータ」
会長が、少しだけ眼を丸くしていた。
「すっかり黒梟獣の剣を使いこなしていますね。少し悔しいのですが」
そう言ったナナミさんは、どこか嬉しそうだった。
「さて、邪魔者も消えたことだし、話の続きだ。ここに何の用だったんだ、ソータ」
「はい。……少し、待っていてください」
俺は、赤い扉の取手に、手をかけた。
間違いない。この感覚は、真装具を手にした時と似ている。
だからきっと、この『色』を合わせれば……
俺は【真眼】で、この扉と自分の色とを融合させる。
そして色が完全に一致した時……
扉全体が、光に包まれた。
「これはなんだ!?どうなってる?!」
「なにもないところから、扉が現れた!?」
どうやら二人にも、扉が見えるようになったようだ。
先ほどまではっきりしていた赤色は、今はとても薄くなっている。
封印のようなものだったのかもしれない。
「これは……ソータ、大発見だぞ……」
「いままでこのダンジョンで、二階への道は見つかっていません。これは、間違いなく……」
二階への、入口ってことか。
不意に、身体が震えた。
これが、武者震いってやつか?
身体が、急いている。
見たい。まだ、誰も見たことのない世界を、この眼で。
「ナナミさん……俺は四級探検者ですけど、この先って進んでいいんですか?」
四級探検者には、潜って良いダンジョンに制限がある。単身だと、格付けが十階相当の階層まで。二級のナナミさんが一緒にいると、確か二十階相当までだ。
――じゃあ、未知のダンジョンは?
「――問題ありません。公式に格付けが済んでいないところは、自己責任のもとで入ってよいことになっています」
ナナミさんが珍しく、口元を緩めた。
「未知のダンジョンを前にした探検者を、ルールなんかで縛れるわけがないことくらい、協会もちゃんと理解していますよ」
「はっはっはっ、そういうことだな!――さあ、行け、ソータ!!」
「はいっ!!」
会長に背中を押され、俺は再度、扉に手をかけた。
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