第十五話 赤い扉
【真眼】を発動すると、途端に周囲が淡い黄色に染まって見えた。
【煙草樹】の白煙も、真素エネルギーを持っているってことなんだろうけど……
その中にハッキリと、濃い緑色の塊が存在しているのが分かった。
――よし、見える!
形状からして、間違いなく黒霊獣だ。奴はまるで動く様子がない。
可視光でない識別方法は、こんな時一方的に相手の位置が分かって超有利だ。
蛇の赤外線、コウモリの超音波、そして神室ソータの真眼ギフトってとこだな。
さぁ、いくぞ。
もちろん、赤爪狼の力じゃ普通に攻撃してもダメージが通るか怪しい。
だから当然、狙うは真撃点!!
俺は足音を立てないように、こっそりと黒霊獣に近づいていく。
緑色の塊は、相変わらずじっとしたままだ。このまま煙が晴れるまでぼーっとしてるつもりだろうか。
そんな時間を与えるつもりは、毛頭ないぞ。
――ここだ!!
緑色が一際強い点――真撃点に、思いっきり赤爪狼の爪を突き立てる!
「バァァ!?!?」
手応えあり、だ。
黒霊獣が、叫び声を上げる。真撃点から、稲妻のような光の軌跡が全身に走ったのが見えた。
――うぉ!?
黒霊獣が暴れ出し、闇雲に振った拳が俺の眼前を通過する。
スピードと重量感からして、たぶん当たったら終了だ。危ない危ない。
真撃とはいえ、一撃じゃ倒せなかったか。流石に力の格が違うってことだ。
だったら……
倒せるまで、打ち込んでやる!!
真撃点は幸いにも奴の背中にあった。
拳をやたらめったら振り回しているとはいえ、背中であればそれをくぐり抜けて攻撃できる。
再び息を潜めて、ゆっくり回り込んでからの……おらああああああ!!
「バァァアアアアア!!!!」
よし、二発目ヒット!!
奴の全身に走る光のヒビが、今にも割れそうなほどに広がっている。あと一撃くらいで倒せそうだ。
融合していられる時間も、そろそろリミットだ。次で、確実に仕留めないと。
動きが鈍くなっている黒霊獣の背後に再度回り込み、最後の一撃を構えたところで……
突然、木々を大きくしならせるほどの強風が吹いた。
――!?マズい!!
ダンジョン内では、その天候は奇妙なほどコロコロ変わる。風向きや強さも、例外ではない。
でも、だからってこんな最悪なタイミングがあるか?
まるで台風のような暴風に、白煙があっという間に散らされていく。
風で崩された体勢を慌てて戻そうとした時……瞳孔のない、虚ろな瞳と、目が合った。
――くそ、マズい……!!
黒霊獣の身体が、ドリルのように回転し、ビタッと俺を真正面に捉えた。
真撃点は奴の背中だ。このままでは、相討ち狙いすら出来やしない。
「バァァ」
黒い拳が振り上げられた。
……この一撃は、恐らく耐えられる。
だが、それで終了、タイムリミットだ。
融合は解除され、無防備な状態で、奴の眼前に転がることになるだろう。
その後のことは……ちょっと想像したくない。
ギリッと奥歯を鳴らした、その時だった。
「ソータさん!!」
黒霊獣の背後から巨大なハンマーがヌッと姿を現した。そこに、必死の表情をした少女がくっついている。
「クルミ!?」
「うわああああああーーー!」
精一杯の雄叫びをあげて、クルミが黒霊獣にハンマーを振り下ろした。
巨大なハンマーヘッドは進路上の空気をまとめて吹き飛ばし、猛烈な勢いで黒霊獣に襲いかかる。
だけど……あのハンマーはどれだけ巨大で重量があっても、所詮は支給品だ。
三十階級の黒霊獣にしてみれば、ピコピコハンマーで殴られるようなものだろう。
意に介さず、攻撃を喰らいながらでもまず俺を仕留めて、それから後ろを振り向けばいい。
……黒霊獣が完全な状態なら、多分そうなっていたと思う。
だが、奴はすでにかなりの深手を負っていた。
真獣に本能というものがあるのかは知らないが、思わず身を守る為に動いてしまったように見えた。
――黒霊獣が、先ほどのドリルのような動きで、真後ろのクルミを向いた。
「ひぃ!?」
クルミの悲鳴が上がる。ハンマーの動きが、ビタリと止まった。
――この機は、逃せない。
奴はこちらに、背中を向けた。
これが最後のチャンスだ。
再度振り返る時間は与えない。
目と鼻の先にある真撃点に向かって、俺は全力で爪を突き出した。
「うおあああぁぁぁぁぁ!!」
――インパクトの直後、黒霊獣の全身が激しく光りだした。
「バァアアアアアアアアアアア!!!!」
黒霊獣の叫び声と、次いでガラスが大量に叩き割れたような音が響いて――
黒い巨体が、力なくその場に倒れ伏した。
「……や、やった」
「やりましたね、ソータさん!!」
クルミが、ハンマーを振り回しながら満開の笑顔を見せる。
「ああ、助かったよ、ありがとう」
「い、いえいえ!こちらこそ……助けていただいてありがとうございました」
クルミがペコリと頭を下げる。
……まだ心臓がドキドキしてるけど、なんとか上手くいったようだ。
前にこいつと戦った時より、頭も身体も良く動いた気がするな。これもナナミさんの特訓のおかげだろうか。
真装具との融合は解除され、反動で全身に強い疲労感が広がっている。だけど、心地よい感覚だった。
「おい!君たち、無事か!?」
背の高い草をかき分けながら、重武装の探検者が三人現れた。支給品でない装備品を身につけている辺り、恐らく試験官だろう。
「さっきの叫び声は……うお?!これは黒霊獣!?報告にあったイレギュラーとはこいつか!!」
「まさか……君たちが倒したのか?」
「あ、私はなにも……こちらの方が一人で倒しました」
「いや、彼女が飛び込んでくれなければ負けてました」
「とんでもない!……私は怖くなって手が止まって……結局、なにもしてないです」
クルミが試験官にそう伝える。
「黒霊獣を一人で……それも、支給品の装備で倒しただって……!?」
試験官たちが顔を見合わせている。
「信じられん……一体何者だ、君は?」
「ま、まぁ、詳細は後ほど詳しく聞くとして……一旦戻ろう。イレギュラーや、興奮して凶暴化した真獣どものせいで怪我人がとにかく多い。早く対応しなければならん。……今回の試験は、残念だが中止だろうな」
それを聞いて、クルミがシュンとする。
……中止は仕方がないな。黒霊獣が一体だけとは限らないし。――会長がちゃんと納得してくれるといいけど。
いつの間にか座り込んでいたようだ。
俺は足に力を入れて身体をゆっくり持ち上げた。
――うん?
その時だった。
戦いの余韻なのか、未だ研ぎ澄まされていた俺の【真眼】に、何かが映りこんだ。
――赤い……扉?
森の奥。
木々の隙間の向こう側に、ぼんやりと赤く光る、奇妙な扉があった。
何故だかわからないけれど――
俺はその扉が、俺を呼んでいるような気がしてならなかった。
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