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第十二話 認定試験当日

 認定試験当日

 地獄の二週間は、あっという間に過ぎ去った。

 

 ……いや、実はものすごく長かったのかもしれない。

 今振り返った時に、記憶がほとんどないからなんとも言えないのだ。


 だが、体の至る所に刻まれた傷跡が、苛烈な修行の日々を雄弁に物語っている。


 この傷ひとつひとつが、俺の生きた証であり、誇りであって……


 ……いやいや待て待て。


 一瞬ヤバい境地に到達していたような気がするぞ。落ち着け神室ソータ。


 普通に考えてただの会社員が会社で全身傷だらけになるのは労基案件だろ。


 てか二週間ずっと家に帰してもらえなかったのは、立派な逮捕・監禁罪ではなかろうか。


 訴えたところで勝機はチリほども見えないだろうけれど。


 

 ……そんなことを考えながら……俺は目覚まし時計が喧しく鳴る中、潜った布団から顔を出せないでいた。

 


 ――今日は認定試験当日だ。


 俺は今、昨日ようやく帰れた家のベッドにいる。


 ……果たしてこのまま会場に向かってよいものか。


 モゾモゾと布団の中で考える。

 

 仮に合格したら、あの会長のことだ。すぐさま三級ライセンス取得に向けて実績稼ぎにダンジョンにぶち込まれるだろう。

 

 もし落ちたら?……半年後の再試験に向けて、今より過酷な修行の日々が待っていることは想像に難くない。

 

 そうだ。どっちに転んでも、俺は死んでしまう。


 

 ――ならば、進むべき道はひとつ。


 このままバックれる。


 これだ。これしかない。


 俺が平穏な生活を取り戻すためには、この方法しかないんだ。立ち上がれ、神室ソータ。振り返るな、神室ソータ。



 そんな一大決心をして、俺は被った布団を一気に払い除けた。



 そして……

 


「おはようございます。ソータさん」

 


 俺の顔を覗き込むようにしてベッド脇に立っていたナナミさんと、目があった。


 彼女が、ピッと俺の目覚まし時計を止める。


 ……人間、心の底から驚愕すると、身体が動かなくなるらしい。


 ナナミさんはいつも通りの美人で、そういえば昔は朝、美人に優しく起こされるのを妄想したりしていたけれど……これは思ってたのと違う。


「あの……一つ聞いてもいいですか」


 俺は身体を硬直させたまま、辛うじて声を絞り出す。


「なんでしょう」


「なんで俺の部屋にいるんですか」


「このアパートの管理をしているのは、御剣グループの関連会社ですから」


「いや、なんの答えにもなってませんよそれ!?」


「会長の命令です。逃亡する前に連れて来い、と」


 ……ナナミさんの手に握られた極太の縄を見て……俺はさっき決意したことを直ちに諦めたのだった。



 ◆◆◆



 探検者認定試験は、毎回必ず、神奈川県にあるこの小田原城会場で行われる。

 

 理由は簡単だ。ここには、とても特殊なダンジョンが存在するからだ。


 小田原城の本丸広場に二十年ほど前に現れた、『風魔の修行場』と呼ばれるダンジョン。

 

 ここは、ゲートをくぐった先にある一階フロア、それしかない。

 次の階へ進む道がないのだ。

 

 一階フロアは非常に広いのだが、一階だけのダンジョンは世界広しといえども報告例はここだけだ。


 出現する真獣は五階級くらいまでで、手に入る素材も目新しいものは何もない。


 誰も見向きもしないようなダンジョンだが、探検者の認定試験にはピッタリであるとして、早くから実技試験会場として運用されてきたのだ。


 

 ……そんなダンジョンのゲート前で、俺はぼーっと試験官の説明を聞いていた。


 

 午前中の筆記試験は、別にやる気を出そうが出すまいが、問題はない。実技試験との得点配分が、十倍も違うのだ。筆記試験の点がどうだろうが、受かる奴は受かるし、落ちる奴は落ちる。


 それは皆が理解していることのようで、午後の実技試験を迎えて初めて、周りの人間の顔つきが変わってきたのが分かる。


 試験会場にいる受験生は、千人ほどだろうか。実技試験に備えて、皆、支給された真装具を装着していた。

 五階級の真獣、【赤爪狼】から作られた、初級者向けの安い真装具だ。毛皮と鱗の中間のような材質で、大した強度はない。

 ただ、これだけの人数が武装して並んでいる様は、圧巻ではある。


「あの……大丈夫ですか?」


「え?」


 突然、隣から話しかけられた。振り向くと、なにやら小動物のようなくりくりした眼の小柄な女性が……巨大なハンマーを握って立っていた。


「いえ、その……なんだか体調が悪そうでしたから」

 

「え、ああ、うん、大丈夫だよ」


 明らかに年下と分かる容貌だったので思わず普通に返してしまったが、向こうは気を悪くした様子はなかった。


「本当ですか?なんだか死んだ魚のような眼を……あ、し、失礼しました」


「……もともとこうなんだ」


 もちろん嘘だ。ただひたすら未来を悲観しているだけである。

 

 この場にいる人間は皆、偉大な探検者になって金を得るなりヒーローになるなりを目指しているはずで、眼が輝いていて然るべきだ。

 そんな中でゾンビのような奴がいたら、体調不良を疑うのも無理はない。


「あ、私、神宮寺クルミっていいます」


「神室ソータです」


「き、今日は、頑張りましょうね!!」


 ……探検者は、同業者など言ってみれば共通のお宝を狙うライバルである。中には悪質な足の引っ張りあいだってあると聞く。

 まだ探検者認定されてない人間だって、その感覚はあるはずだ。それなのにこんなことを言うなんて……この子は優しいか、とても無垢なんだろう。


「そうだね。……ところで、そのハンマー……重くないの?」


 武器も、防具と同じく公平を期すため支給であるが、種類は自由に選べる。

 ……のだが、わざわざこんな、大人くらいの大きさのある巨大なハンマーを選んでいる人間は、この子しかいなさそうだった。


「あ、あの私、【筋力超強化】があって……」


「なるほど、ユニークギフトか」


 ダンジョンの出現と共に、一部の人間に発現するようになった超人的な能力、いわゆる『ギフト』には、二つの種類がある。

 

 一つは、ベースギフト。

 これは、ギフト持ちのほぼ全員が有する力だ。【身体強化】とも呼ばれ、身体能力が常人の三倍程度に常時強化される。

 ギフトを持たない人間が実技試験を通らないのは、ひとえにこの力が無いことによるところが大きい。

 そりゃそうだ。オリンピック選手と小学生が同じ競技をするようなものだ。勝ち目があるはずがない。


 そしてもう一つが……ユニークギフト。

 これは、ベースギフトに加えて、個々人でそれぞれ異なった、特徴ある能力のことだ。

 

 この子、神宮寺クルミの【筋力超強化】は、比較的よく見られるユニークギフトで、俺もよく知っている。ベースギフトによる身体能力の強化にプラスして、さらに筋力を大幅に上げるものだ。

 俺が彼女と腕相撲したら、複雑骨折どころでは済まないだろう。


 ちなみに俺の【真眼】はユニークギフト。しかし残念なことに……これは、かなり稀なケースなのだけど……ベースギフトは、発現していない。つまり俺は、常人の身体能力そのままなのだ。


 【真眼】が仮にユニークギフトの中でも有用な方だとしても……基本となる能力が足りないのにやっていける自信なんてあるわけもない。


 いくらナナミさんが俺を鍛え上げたところで、自ずと限界はあるだろう。


 はぁ……とため息をついた俺を、クルミが「本当に大丈夫ですか?」とばかりに心配そうに見つめていた。


 


 


 

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