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第一話 神室ソータ、クビになる

「神室君。君はクビだ」


「え……?」




 俺の名前は神室(かむろ)ソータ。

 今年で社会人三年目の商社マンだ。

 

 いや、だった、になるのかも知れない。


 いつものように出社し、顧客へのアフターフォローを終えたところで突然、部長席へと呼ばれた。


 極厚クッションの背もたれに戦線が後退した頭部を預けながら、藤間部長は睨むような顔で俺を待っていた。


 またいつものネチネチ小言か、と思っていたところへ……開口一番の、解雇宣告。


 ……冗談だよな?冗談だよね?


 今朝の占いで獅子座がビリだった時点で少し嫌な予感はしていたけど……これは流石に予想外すぎる。

 ショックというより訳がわからない。


「え?じゃないよ。君はクビだと言っているんだ」


「ど、どうしてですか?理由を教えてください!」


「言われないと分からないかね。単純な話だ。君は我が社に全く貢献できていない。そうだろう?」


 眉間にキツくしわを寄せ、まるで汚いものを見るような顔で、部長はゆっくりと立ち上がった。

 

 やたらと背中に視線を感じるのは、ここが大居室だからだ。

 振り向けばきっと、何とも言えない顔をした大勢の同僚たちと目が合うのだろう。


「神室君。君の仕事はなんだったかね」


「……探検者用装備の仲介です」


「そうだ。日々ダンジョンの探索に挑んでいる探検者、そして彼らを管理する国や企業に、装備品を仕入れて売るのが仕事だ。しかし、だ」


 いつもの小言なら、早く終われと心で念じて相槌を打っていればよかった。

 

 でも今回は違う。

 部長の次の言葉が、気になって仕方がない。


「君は全く利益を上げられていない。理由は簡単だ。探検者一人一人に適したものを、などと言って個別に無駄な対応をしているからだ」


「で、でも、探検者からは好評で……!」


「そんなことはどうでもいい!」


 部長は机を平手で激しく叩いた。

 心臓に冷水が流れるような感覚。

 

 後ろで、女子社員の軽い悲鳴が聞こえた。


「我々はボランティアをしているんじゃないんだよ?先方が最新型装備の大量発注をしてきているのに、それを断ってわざわざ倉庫の奥で眠っているような、利益のまるで出ない旧式を売りつける奴があるか!」


 部長はますます声を荒げて、俺を責め立てる。


「……君の同期の三浦君は入社すぐから大型案件を次々に捌き、三年目にもかかわらずもう係長だ。会社として必要な人材は君と彼のどちらか、言うまでもないね?」


 チラリと横目で端のほうの席を見遣ると、嫌味ったらしい顔でニヤニヤとこちらを見ている三浦と目が合った。


「とにかく、我が社にはこれ以上君の居場所は無い。今週中に荷物をまとめたまえ」



 ……席に戻った俺は、多分ひどい顔をしていたんだろう。

 普段、軽く話す程度はしていた同僚たちが、目に見えて距離を取っていた。

 無駄に関わって飛び火したくない、という思いなのかも知れない。


 幽霊のようにふらふらと机の小物を片付けていると、後ろから声をかけられた。三浦だ。


「よう。残念だったな。まさか三年目でクビとはね。聞いたことないぜそんなの」


 腹立たしいが、言い返す気も起きない。

 三浦に視線を向けてしまったことを後悔しながら、俺は無言で片付けを続けた。


「同期のよしみだ、俺の顧客で再就職先を探して……と思ったけど、使えない奴を押し付けちゃ、向こうに迷惑ってもんだよな、ははは」


 もう、あっちに行ってくれ。


「ま、せいぜい就活頑張ってな。まだまだ不景気だし、雇ってくれるとこなんて中々ないと思うけどな」


 ……俺は結局一言も喋ることが出来ないまま、会社を後にした。





 気がつくと、俺は会社から一駅離れたところの公園で、缶コーヒーを片手にベンチに座っていた。


 学生の頃から、ここは気持ちが落ち込むと自然と足が向かう場所だった。


 公園の向かいに、野球場のような巨大なドームがある。それをぼーっと見つめていると、不思議と心が落ち着くのだった。


「ダンジョン……か」


 ダンジョン。

 国家指定未確認異空間の通称。


 目の前のドームは、『始源の迷宮』と呼ばれる、ここ東京に最初に出現したダンジョンを隔離し管理するためのものだ。


 三十年前、突如世界中に出現したダンジョンの内部には、これまでの常識がまるで通用しない不可思議な生態系と、そして『宝』が存在していた。


 宝というのは比喩でも誇張でもなんでもない。まさに宝だ。あらゆる病を治すキノコ、地上のどんな物より硬く美しい鉱物、半永久的にエネルギーを生み出す水晶、などなど。


 人類が抱える課題の答えは全てこのダンジョンの中にあると、世界中が熱狂した。そしてそれは、今も変わらず続いている。



「隣、いいかね」


「……ええ、どうぞ」


 見知らぬ初老の男性が、ベンチの端に腰掛けた。

 いや、見知らぬ、ではないな。何度かこの公園で見かけたことがある。

 そしてそれは、向こうも同じようだった。


「時々、ここに座っているね。ドームを眺めているということは……探検者かい?」


「いえ、俺は……ギフトが無かったので、探検者にはなれませんでした」


「ギフト……ダンジョンの出現と同時に一部の人に現れた、超人的な能力か。別に、探検者に必須の要件ではないだろう?」


 俺は苦笑いを浮かべる。

 確かに、必須ではない。だけど。


「ダンジョンには『真獣』が出ますからね。ギフトが無ければ、入り口付近でウロウロするのがせいぜいですよ」


 真獣と呼ばれる人智を超えた化け物を始め、ダンジョン内は危険が盛り沢山だ。

 だが、それらを乗り越え、人類の発展のためにダンジョンの深部を目指す者たちを、人は尊敬の念を込めて『探検者』と呼ぶ。


「小さい頃は、探検者になることが夢でした。でも、自分にはギフトが無い、才能がないんだって分かって……だからせめて、探検者をサポートする職に就きたいと思って今の会社に入ったんです」


「真装具、かね?」


「ええ、そうです」


 俺は、商社マンとして真装具を取り扱っていた。

 真装具とはダンジョン内で取れた鉱物や、真獣の皮、骨などから作られた探検者用の装備品だ。


 理由は未だ分かっていないが、真獣には地上の兵器が一切通用しない。真装具のみが、真獣への唯一の対抗手段となる。


 真装具は装備者との相性で性能が大きく変化する。それをきちんと把握して最適な装備を紹介するのが俺の役目だと思っていたし、誇りを持ってやっていた。


「でも、クビになってしまって」


 ……もう、神様がダンジョンとは関わるなと言っているのかもしれない。


「……そうか」


 男性は静かにそれだけ言うと、ゆっくりと立ち上がった。


「だがな、捨てる神あれば拾う神あり、という。一生懸命にやってきたことは、決して裏切らないものさ。……邪魔したね」


 男性はそのまま、去っていった。



 話を聞いてもらって、少し気が楽に……とはいかないようだ。


 これからの生活をどうしようか。

 どんよりとした不安が襲ってくる。

 このご時世、すぐに再就職できるアテなんてないぞ。


 自然と、目線が下がってくる。

 俺はしばらく、ベンチでぐったりと項垂れていることしかできなかった。





 どれくらい座っていたのだろうか。

 不意に、視界に影が差した。


 誰かが、俺の前に立ったようだ。



「神室ソータ、だな?」



 凛とした、女性の声が聞こえた。






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