第一節 総長からの同行依頼 ③
こんにちは!
今回は、少しだけですが戦闘描写があります。戦闘の描写ってこれでいいのか……? 難しいです……。
それでは続きをどうぞ!
四人は、ひとまずそこで会話を中断し、本題の隠し扉の中の捜索を開始した。隠し部屋の広さは、一人用の寝台をぎりぎりふたつ置くことができるくらいだ。そんな狭い空間にあったものは、床に設置された鉄の扉のみ。その隙間から魔力が漏れていた。クレイグとユリアが感じ取ったものはこの魔力だ。
「……ここから漏れ出している魔力は、人工魔力であることには間違いないけれど……王室研究所で作れるものよりも質がとても良いわね……」
ユリアは、そう言いながらしゃがみこむと、指先で鉄の扉の隙間に触れた。
人工魔力とは、大気中の魔力を模して作られた魔力のことだ。魔力研究の一環で、およそ千年前までの環境を再現するために作られたものである。生成方法は、本来であれば極秘だ。しかし、昔にある研究者たちが、大金欲しさに人工魔力の作り方を裏社会や他国の人間に売る事件が発生した。そのことが原因で、政府の許可なしに人工魔力を研究する者や、それで悪事を働く輩が現れるようになってしまった。
しかし、人工魔力を生成して実験を行うとなれば、相当な財力が必要となる。なぜなら、人工魔力は、自然の魔力よりもはるかに脆いという弱点をもっているからだ。地中から湧き出てくる魔力よりも劣化速度が早い。だからこそ、作り続けられるほどの十分な財力が必要なのだ。そして、目に見えなくて空気中に漂うものなので、窓を開けるとせっかく生成した魔力が飛散してしまう。なので、基本的には密閉された空間で人工魔力は作られて利用される。
ちなみに、人工魔力の『質が良い』ということは、地中から湧き出る魔力に近いことであり、すなわち魔術の性能を良くすることができるという意味合いがある。また、魔力を動力源とする機械を動かす場合は、魔力補給の回数を少なくて済むという利点がある。
「質が良い、ね……。やっぱりここで研究していた夫婦は只者じゃないな……」
と、ダグラスが渋い顔で唸った。
「質が良いからこそ、魔力の劣化速度も遅く、魔力濃度が高いのだと思います。濃度計測器がエラーを起こしたのも、これが原因かと……。だから三人とも、自分の体に少しでも異変を感じたら、すぐに外へ出て──約束よ」
ユリアが真剣なまなざしでダグラス、ラウレンティウス、クレイグの順に目を合わせる。
現代は、昔と違って、大気中には薄い魔力しか漂っていない。そして、人体の魔力生成量も昔の時代の人と比べて少なくなった。なので、現代人が急に魔力濃度が濃いところへ行くと、身体が驚いて様々な異変を引き起こしてしまう。よくあるのは蕁麻疹やめまい、ひどい場合は呼吸困難や意識不明になるときもある。しかし、少しずつ身体を置いて慣らしていくと、その症状に陥る確率はかなり抑えられ、その結果、濃度の高い場所でも長時間の行動が可能になる。そのため、騎士団の施設の一種には人工魔力で満たされた部屋がいくつか存在し、そこで魔力に慣れる訓練が行われている。だが、それでも長居することはできる限り避けたほうがいいのだ。
ユリアの忠告に、三人は頷いた。そして、一行は扉をゆっくりと開ける。
「っ」
全身に魔力の濃さを感じたクレイグは顔をしかめた。それにユリアが素早く反応する。
彼は、生まれつき魔力の生成力が弱いため、訓練していても魔力濃度が高いと気持ち悪く感じるようだ。
「濃度が高いものね……大丈夫?」
「ああ……。これくらいならいける」
「わかったわ。──では、先頭は私が」
扉の先は、地下に続く階段があった。入口のそばに電気のスイッチらしきものがあり、押すと壁に付けられていた小さな照明と、地下室の明かりが点いた。
ゆっくり階段をくだっていくと、そこには狭い部屋があった。研究室のひとつだろうか。しかし、何も置かれていない。ただ、濃度の高い人工魔力が充満しているだけだ。
「……床に、何か大きな物を引きずった跡がたくさんあるな。研究と平行して、質が良い人工魔力が必要な実験でもしていたのかね」
床を見ながら、クレイグが微笑みながら怪訝そうに呟く。
「……ねえ、クレイグ。ここの研究者は、いつ捕まったの?」
ユリアが問う。
「三日前」
「では、少なくとも三日間は、質が良い状態のままで、人工魔力が空気中に残っているということね……。研究所の人工魔力も、三日では壊れないけれど、ここまで質は良くない……」
と、ユリアは渋い顔で顎に片手を添える仕草をしながら、何かを考えはじめる。
「姫さん。自然の魔力は、七日ほどで壊れるんだっけか?」
周囲の壁のを調べながらダグラスが問う。
「はい、そうです。……少し質問があるのだけれど、ここにいた研究者のことで、ほかに何か情報を知っている人はいないかしら?」
ユリアがそう言うと、クレイグがラウレンティウスを見た。しかし、ラウレンティウスは目線を受け流すようにダグラスのほうを見る。すると、ダグラスは、お前さんが言ってくれというように、今にもくしゃみをしそうな顔でラウレンティウスに指をさした。その後、すぐに腕で口元を隠し、顔だけを壁に向けて「へっきしッ!」と盛大な声を出す。
「……まだ取り調べの最中で、あの夫婦が話さないことも多いらしいからな……。はっきりと判っていることは、ふたりは隣国の出身で、密入国していたくらいだが……」
沈黙がややあって、彼は「特に役に立たない情報だろうが」と前置きした。
「その夫婦は、車に荷物を運んでいるときに騎士団が捕まえたらしい。おそらく、どこか別の研究拠点に移るタイミングだったんだろう。だが、取り調べでは、ふたりは研究資料を破棄するために車に積んでいただけだと言っている。……まあ、嘘だとは思うがな。おおかた、罪を軽くするための方便だろう」
「そうよね。これだけ研究を進ませられる人たちが、いきなり研究を手放すものなのか少し疑問だわ」
ユリアの言葉の後で、ダグラスが「パッと見、優れた研究者だと思うよな」と言って会話に混ざる。
「でも、捕まえた後に押収した研究資料は、レベルの低いものばかりだった。こんな人工魔力を作れるくせに、なおかつ逮捕の際は、騎士団も知らない妙な魔術をかけてきて抵抗してきたってのに」
「……そういえば、総長。その妙な魔術というのは──」
ユリアが問いかけようとしたその時、突如として口をつぐみ、驚いた顔で天井を見上げた。
何かを感じとった。この部屋からではない。地上からだ。
「全員、気配遮断! そのまま地上へ出て!」
ユリアが声を荒げながら自らの気配を消し、階段を駆け上がる。
三人も、その言葉に従ってすぐさま気配を消し、ユリアに続いて階段を上がる。
「どうした、姫さん……!?」
地上の隠し部屋を通り、図書室へと戻ってきたダグラスが、困惑しながら小さな声でユリアに問う。クレイグとラウレンティウスも順に図書室へ戻ってきた。
「魔術師とは何かが違う奇妙な気配が現れました。現代人ではなさそうです。一体だけですが、こちらへ来ています」
「なんだと──」
ラウレンティウスが言葉を発したそのとき、何かが破壊される音が聞こえてきた。ユリアは、彼の腕を掴み、自身のほうへと強く引っ張った。
その刹那、彼がいた場所の壁から、轟音とともに勢いよく何かが突き出てきた。穴があいた壁からは、白くて歪な形をした長い腕と大きな手らしきものが出ている。ラウレンティウスは、急に引っ張られたため、バランスを崩して片膝を立ててしゃがむ態勢になった。その姿勢のままユリアの片腕に抱きしめられており、先ほどまで自分がいた場所に振り向く。怪我はなかったが、ユリアの判断がもう少し遅れていたら大怪我どころではすまなかっただろう。
白くて大きい歪な手は、何かを確かめるように手を握ったり開いたりしている。
気配遮断をしていても、敵にこの場所を把握されたのは、おそらく練度の高い気配察知能力があるのだろう。このことからも、敵は普通ではないと判る。
「これ……『ホムンクルス』の亜種か……?」
クレイグがそう呟いた瞬間、四人は一目散に図書室の窓ガラスを破いて外へ出た。
ホムンクルスという存在については、ユリアも研究所で資料を見ながら話を聞いたことがあった。それは、違法研究者のひとりが対騎士団用に開発した人型兵器だという。人工魔力を動力源とし、特殊な素材で造られた機械だ。その強さは、肉体強化を施した一般的な魔術師並みか、たまにそれ以上に力が強いものがいるらしい。
「三人とも屋敷の玄関まで行って! アレは私が相手をする!」
「わかった!」
ユリアは、逃げる三人に背中を向け、ホムンクルスがいる方向を見る。ホムンクルスは、壁を長い腕で壊し、図書室に入ってきた。
背丈は、一般的な成人男性の身長よりも一・五倍は大きいだろう。全身が真っ白で、頭と首が同じ太さだ。どこからが頭で首なのかの区別がつかない。目は円形で、人間のものよりも大きく、すべてが黒で塗りつぶされている。鼻は無く、口は力がないように半開きの状態だ。胴体や四肢は太く、腕にいたっては足よりも長くて床を引きずっている。人の形をしているが人間ではない。そして、屋敷の壁を一突きで破壊できるほどの力を持っている。
(何……? あの姿……)
どうして、このような異形となったのだろう。
そして、研究所で見た資料の写真に写っていたホムンクルスの姿とはまったく違っている。写真では、もっと人間に近い体型で、機械だとわかる姿だった。行動も単純なことしかできないとのことだ。先ほどのクレイグも、見たことがないように呟いていたが、騎士団が知るホムンクルスの姿ではないのだろう。
そのため、ユリアは、ふと『人を作ろうとした末にできた失敗作』といった言葉を脳裏に浮かんだ。
(──来る)
ホムンクルスがユリアを標的として捉えた瞬間、素早く飛ぶように距離をつめ、彼女を捕まえようと腕をゴムのように伸ばした。予想外な攻撃に、ユリアは少し驚く。ラウレンティウスが当たりかけたあの攻撃は、これなのだろう。
本当ならば、大気中の魔力を集束させて凝固した魔剣を作ったり、穏やかな風を分厚い鉄でも斬れる刃に変化させるような──そういった敵に甚大な被害をなせる魔術を盛大に使いたい。それが、人々がユリアを『英雄』と呼ぶようになった理由のひとつでもある。しかし、環境の変化によって、そういった魔術は使えない時代となってしまった。今できることは、体内の魔力で身体能力を向上させて殴ることくらいだ。
ユリアは、身体が生み出す魔力で全身の筋肉を強化した。見た目は何も変わらないが、皮膚も魔力で覆ったため、鉄以上の強度となる。そして、彼女は地面を蹴り上げ、ホムンクルスの目には追いつけない速さで背面に回り込む。大気中の魔力は微々たるものだが、それでも瞬発力を上げるための力には多少なりえるため、その魔術も使用している。ユリアは、そのまま凄まじい速さでホムンクルスの脇腹あたりに回し蹴りを繰り出した。
ホムンクルスは勢いよく吹き飛ばされ、大きな音を立てながら、屋敷の壁や柱、ガラスなどに当たってゆき、それらを大破していった。破壊音が止まると、屋敷の一部はゆっくりとバランスを崩し、屋根が一階まで崩れ落ちて、屋敷は半壊した。
攻撃を当てたユリアだが、不満げに眉を下げている。
(嘘でしょう──。ホムンクルスが身体を硬質化させて、私の攻撃が少しだけ防がれた……。現代人が、これほどのものを造りあげるなんて由々しき事態だわ。甘く見積もっていた……)
おそらく、ホムンクルスはまだ動ける。それでも、すぐには襲いかかってこないだろう。魔力の気配が、先ほどよりも弱まっている。
ユリアは、大きな砂埃を立てて壊れる屋敷に踵を向けた。地面を蹴り上げ、被害のない棟の屋根へふわりと舞い上がる。ひとまず、三人に状況報告をして、ホムンクルスの対処の指示を仰がなければ。
「──三人とも!」
「ユリア! どうだった!?」
「ホムンクルスは!?」
屋根の上を走ってきたユリアに向かって、クレイグとラウレンティウスが叫ぶ。
ユリアは、玄関先に到着すると地面に降り立った。
「思いっきり蹴り飛ばしたから、しばらくは動けないと思うわ。けれど、腕は伸びるし、私の攻撃をくらう直前に、魔力で身体を硬質化させて私の攻撃を少し防いだ。──あれは、みんなが知っているようなホムンクルスではないわ。現代人が作ったものだからと思って、私も甘く見積もっていたけれど……、認識を改めないといけないみたいね」
「……そうかい」
と、ダグラスは面倒くさそうに顔をしかめながら頭を掻いた。
「念のため、あれは私だけで倒すわ。三人は、車を遠くに移動させて。ここにあったら間違いなくめちゃくちゃになるから。──総長、アレはどのように倒せばいいですか?」
「できれば綺麗な形のまま戦闘不能にしてくれ。王室研究所と騎士団の研究開発課に、サンプルとして持ち帰りたいんでね。図体がデカいから、後日、部下にトラックを使って積み込むよう命じとく」
ダグラスは、意外と余裕ある口振りで要求した。ユリアの戦闘技能を信用しているからこそだろう。しかし、ユリアは要求された内容に対して少し困ったように苦笑する。
「やはりサンプルの確保ですよね……。気を付けて倒します」
「姫さん、力加減の調整が苦手だって言ってたもんなぁ。まあ、無理にとは言わんよ。けど、こいつの試し撃ちだけは頼もうかね」
そう言って、ダグラスは腰に帯びていた拳銃を差し出した。一見すると、一般的な拳銃だ。
「この銃には、研究開発課が新たに発明した試作品の弾が入ってる。魔力を打ち消す効果を持ってるらしい。魔術師用だが、もしかしたらアレの魔力も一時的には相殺してくれるかもしれない。それを調べてみてくれ」
「わかりました。隙を見て撃ってみます」
ユリアは了承すると、差し出された拳銃を手に取り、手慣れたようすで銃の安全装置の解除や状態を確認する。その行動を見ていたダグラスは、呆れと怒りを含ませた微笑みを作ったが、ユリアはそのことに気が付いていない。
「──三人とも、そろそろ車を避難させて。ホムンクルスの魔力の動きを感じるわ」
そう言ってユリアが屋敷の方向を向くと、三人はすぐさまそれぞれの車に乗り込んだ。エンジンがかかった直後、猛スピードを出して屋敷から離れていく。
やがて、屋敷の奥からガラガラと音が鳴り響いた。ホムンクルスが瓦礫の中から上がってきた音だろう。
「……さて、ホムンクルスよ──お前のことを調べさせてもらおうか」
冷たい目と低い声色でひとりごとをつぶやくと、ユリアは託された拳銃をしっかりと握り締めた。
読んでいただきありがとうございました!
ユリアは、命のやり取りとなる戦闘だと敵に対して容赦はしないです。
手加減が苦手な理由は、ユリアは戦争を経験しておりますので、戦闘ではいかにして敵を早く倒せるかという思考が癖となり、それに集中してしまいます。なので、どう手加減をしようかという思考が思い浮かべにくく、結果的に手加減が苦手なのです。そして、普段と雰囲気が全然違います。ちなみに、誰かと稽古をする時はいつも通りのユリアです。
次回も少しだけ戦闘描写があります。
では、今回はこのあたりで。次回にお会いしましょう!