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ユリア・ジークリンデ (1) ―遥かなる亡国姫―  作者: 水城ともえ
第三章 星
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第四節 選んだ未来へ ②

「まあまあ。込み入った話は、屋敷に帰ってからにしようか。なんだか長くなりそうだからね。──それにしとも、今のユリアの格好……すごく良いね。とても似合ってるよ。ボクも鎧とかマントとか着てみたいなぁ〜」


「あ〜、わかる〜。マントの裏表が濃いめの赤と青なのがまたイカしてる」


 ウェスリーが話をまとめたかに見えたが、即座にユリアの鎧姿を見、夢に憧れる少年のように目を輝かせた。彼の妻クラウディアも興味津々にユリアのマントを見つめている。すると、今まで静かに様子を見ていたラウレンティウスの父エゼルベルトも満足げに語り始める。


「ウェスリーとクラウディアもそう思うか。やはり、その鎧とマントは威厳だけでなく、美術品のような美しさも兼ね備えている。美しさと可愛らしさを両立させたユリアによく似合うし、双方が合わさればさらに優美さが際立つ。職人はそのことをよく解ったうえで作り上げたのだろうな」


「エゼルベルトくんさぁ……相変わらずの天然ジゴロっぷりは意識して止めなよ。ミルドレッドちゃんがめちゃくちゃ妬いてるし、ユリアちゃんが困って泣きそうになってるだろ」


 オスカーが呆れた口調で言うと、エゼルベルトは笑った。ユリアはミルドレッドから物凄く不機嫌そうな顔で睨まれており、彼女は目をそらして小刻みに震えている。


「すまんすまん。だが、ユリアは間違いなく別嬪だ。そして、私はミルドレッドの妬いた顔がいくつになっても可愛くて好きなのだよ」


「は──はぁっ……!? なんなのよ、もうっ……!」


 ミルドレッドは顔を真っ赤にしてエゼルベルトを睨んだ。


「そして、もうひとつ変わらずに好きなのがその顔だ」


「も、もう黙りなさいよっ!」


 ミルドレッドは顔を真っ赤に染め上げ、夫の背中を力強く叩いた。夫はその行動すら愛おしそうに笑う。ふたりの周囲には桃色の空気が見える。


「あらあら。またふたりだけの世界に行ってしまったわ〜」


 ディアナは微笑ましそうに言うが、他の人々は白けた目でふたりだけの世界を見ていた。そんなふたりの息子であるラウレンティウスは、両親のやり取りを無視してガラス窓からぼんやりと空を見上げている。もはや両親を目に映す気など感じられない。


(……私、ミルドレッドおばさんのその顔が見たいという理由で、エゼルベルトおじさんからダシにされた……?)


 桃色の空気をまとうミルドレッドとエゼルベルトの一番そばにいたユリアはポカンとしていた。褒められたと思わせておいてのダシ──天然の女たらしと言われているようだが、先ほどは完全にダシにされていた。

 まあ、それは別にいいのだが、夫婦のイチャイチャはよそでやってほしい感じはある。


「……ラルス兄の性格、なんでエゼルベルト伯父さんに全然似なかったんだろうね?」


「見た目は伯父さん似やのにな。中身は伯母さんのツンデレしか遺伝してへん」


 こっそりと、イヴェットとアシュリーは他の身内には聞こえないようにそんな会話をしていた。


「あ、あの〜……。私たちは、もう少しだけ街を調べてから帰りますね〜……」


 誰かが言い出さなければ、このままずっとこんな感じになってしまうのがこの一族だ。ユリアはおそるおそるに手を上げて、これからすべきことを口にして空気を変えた。


「あらあら。せっかくだから、みんなで一緒に帰りましょう? こうしてみんなが揃うのは珍しいことだもの〜」


「そうだね。私たちは街の外で待っているから、日が暮れる前には戻ってくるんだよ」


 穏やかに微笑むディアナの提案に、夫のオスカーが賛成した。他の夫婦も了承し、中年の六人は大式場を後にした。ラウレンティウスたち四人の両親たちが去ったことで、ユリアたちはようやく一息つき、そのまま街の様子を見に行くことにした。



◆◆◆



「そういえば──アシュリーとクレイグは、テオドルスが俺たちのところに来るということを判っていたのか? 来るタイミングが絶妙だったが」


 ヴァルブルクの街を探索していると、ラウレンティウスが気になっていたことを話題にした。クレイグとアシュリーは、どう説明すればいいのかわからなさそうに目線をそらして考えている。


「……なんつーか、直感みたいなものが急にピンと来たんだよ。こうしないとヤバいことになるっていう直感で、めちゃくちゃ焦燥感があったんだ」


「アタシもそんな感じやな。ラウレンティウスのとこ行かなこうなるでっていう予感がしたんよ。不安に囚われて、様子見に行かな落ち着かん感じになった」


「……それは、予知能力に近い能力ね」


 ユリアが周囲を見渡しながら言うと、アシュリーは目を見張った。


「えっ。アンタ、予知能力持ってん?」


「いいえ。私には適正がなかったみたいで、予知能力は得られなかったわ。けれど、予知能力を持った星霊の血はたしかに飲んでいるのよ。ふたりには、少しだけ予知能力の扱える適正があったのでしょうね……。だから、私の血を飲んでから予知能力に近い力を発揮できたのだと思うわ」


 ユリアの説明に、アイオーンが補足する。


「魔力を持った人間や星霊の血を飲み、その力を得るということは『遺伝』と似ている部分がある。ふたりのその力は、いわば『隔世遺伝』的なものだろう。しかし、ふたりのその力はかなり小さいものであり、『予知能力』とは称せぬ。今回は、火事場の馬鹿力のようなもので偶発的に発揮できた力やもしれぬな」


「その力が何であれ、ふたりには助けられたな」


 そう言いながらラウレンティウスは微笑んだ。 


「あたしは、テオドルスさんを操る不信派が、いずれユリアちゃんのそばに来るだろうなと思ってあの場にずっといたけど……あの急襲には対応できなかったよ」


 しょんぼりとしたイヴェットの呟きに、クレイグが否定の意で首を振る。


「けど、イヴェットがヤツの隙を見て『魔術師殺し』を打ってくれたおかげで、戦闘になることは防げたぜ。あのまま動きを封じてなけりゃ、間違いなく誰かは怪我してたろうしな」


「そうよ。私たちに怪我がなかったのは、あなたのおかげよ」


 ユリアもそう言うと、イヴェットはホッとした様子で頷いた。


「なあ。ユリアのその服と鎧って、幻影術が見せてるものじゃないんだよな?」


「ええ、本物よ。ヴァルブルクにはまだ魔力がたくさんあるから、劣化を防ぐ特殊な容れ物の中に保管されていたのかもしれないわね。テオは副王だったから、この服と鎧のことも知っていたのだと思うわ」


 おそらくユリアがもともと着ていた服も、城のどこかにあるはずだ。後で探しに行かねば。


「でも、なんで鎧とマントなんて着てるの?」


 と、イヴェットに問われる。


「実は……現代で過ごしていたときの記憶をすべて消されてしまって、幻影術で作られた戴冠式を行っていたから──」


「えっ!? あたしたちのこと忘れてたの!? あたしと何回も同じベッドで寝たのにっ!?」


「待って!? もうちょっと何か別の言い方できない!?」


 イヴェットがまだ十歳から十一歳の頃のことだが、たしかに一緒のベッドに入って話しながら寝ていたときはあった。しかし、それを知らない人が聞けばなんだか変な意味に聞こえかねない発言であったため、ユリアはツッコまざるを得なかった。

 そのとき、ユリアの腹の虫が空腹を主張する。


「あっ──」


「……」


 アイオーン以外の四人が、さり気なく「またか」と言いたげな目をユリアに向ける。


「あ、あんな少しの朝ごはんで……お腹がいっぱいになるわけがないでしょう……!?」


 今朝の食事は、豆や肉が入った質素なスープに果物とパンだけだった。昔の自分は、あんな少量の食事でよく動けていたものだとユリアはつくづく思った。今では無理だろう。せめて、アイオーンがいつも作ってくれる食パンをそのままの大きさで二枚使った大きなサンドイッチ──もちろん卵やハムなどの具がたくさん挟まれている──を最低でも三つは食べなければ腹がもたない。

 ──嗚呼(ああ)、こんなにも豊かかつ深みのある多種多様な食事を毎日存分に食べられる現代は素晴らしい。さらに、周辺国から遥か遠方の国々の料理も簡単に食すことができる。くわえて今でも新たな料理がたくさん生まれ続けているときた。そんな現代の食文化に魅力されて健啖家となることは自然の摂理。星霊の頂点と呼ばれていたアイオーンでさえ陥落させ、いつの間にか料理が趣味になったほどなのだから。つまり現代の食文化は素晴らしい。だからすぐに空腹になるのは別におかしなことではない。私は何もおかしくはない!

 以上が、今のユリアの心の声であった。

 

「いや、何食べてたんかは知らんけど──ほい。念のため買ってた栄養バー」


「オレのもやるから、とっとと食って早く調べようぜ」


 アシュリーとクレイグは、ポケットから銀色の包みを取り出し、それをユリアに差し出した。ユリアは銀色の包みを見、次にアシュリーを見てこう言った。


「アシュリーとクレイグが神様に見える……」


「どんだけチョロいねん」


「早く食べて頭治せよ」


 姉弟から辛辣なコメントを言われたが、ユリアは怒ることなく差し出されたふたつの栄養バーを掻っ攫い、どれも一口で食べてしまった。美味しいのか目が輝いており、もぐもぐと味わいながら食べている。


「そういえばさ、ラルス兄──」


 突然、イヴェットが神妙な面持ちで従兄の服を引っ張る。


「なんだ」


 従妹から耳だけ貸してほしいというジェスチャーをされ、ラウレンティウスは中腰をする。イヴェットは、手で口元を隠すようにしながら従兄の耳に口を寄せた。


「あんな湿度の高いセリフつらつら言っちゃダメだからね。ユリアちゃんでもさすがに引くよ」


 いったい何の話だ。そんな小声でする話なのか、とラウレンティウスは言いかけた。

 しかし、彼は思い出す。たしかイヴェットは、ずっと自身の身体に目くらましの術と気配遮断の術をかけながら大式場にいたと言っていた。

 大式場で、ユリアに関する湿度の高いセリフ……?

 まさか、あの思わず想いが溢れ出して止まれずに言ってしまったひとりごとでは──。


「ごめん。だってその時に居たからイヤでも聞こえてきたもん」


「お前なぁああああッ!?」


 ラウレンティウスの顔は真っ青になり、真顔になっているイヴェットの肩を揺さぶりながら叫んだ。ユリアの食べる姿を見ていたアイオーンが、その声に驚いて肩をビクッと一瞬だけ強張らせ、ラウレンティウスをジト目で見た。ベイツ姉弟はいとこの絶叫に慣れているのか、それとも特に興味がないのか、一瞥することすらしなかった。

 その後もなんやかんやありながら、ユリアたちは探索を再開した。母なる息吹から噴出される高濃度の魔力を集めるため、不信派に利用されていた三重防壁の術式はすでに解けている。そのため、今のヴァルブルクに漂う大気中の魔力は、戦いが始まる前のときよりも薄まっている。今の状態が本来のヴァルブルクの環境なのだろう。これくらいの魔力濃度ならば、防護服が無くとも多少は活動できる現代人はいるかもしれないが、やはり防護服はあるに越したことはない。魔力濃度が基準値より少しでも高ければ、現代人には毒となりえるのだから。

 やがて、ヴァルブルクのとある場所で、不信派の微弱な気配を察知した。そこには黒い靄が地中から出てきており、ユリアとアイオーンは即座にそれを魔術で消滅させた。微弱な力でも、これが残っていれば、いずれ現代人に悪影響を及ぼすだろう。この地には同僚たちが調査をしにくることになっているため、虱潰しに不信派の力を探す必要がある。先日まで着ていた服を城内で回収しつつ、他にも不審な力が残っていないかを調べたが、あれ以外に何もなかった。ようやく、ユリアとアイオーンは心から安堵する。もう不信派の力がこの世を脅かすことはないだろう。

 調査を終え、ユリアたちが街の外に行くと、三組の夫婦が手を振ってくれた。

 屋敷に帰ろう。

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