第四節 罪と生きる意味、そして──。 ①
ユリアとテオドルスが経験したアイオーンとの稽古は、なかなかに大変なものだった。星霊たちがこぞって『星霊の頂点』と呼ぶ存在の力を扱うことは容易ではなく、アイオーンからはチクチクと毒を吐かれながら、ふたりは稽古に打ち込んだ。稽古場は、広くて人がいない場所がいいとのことで、ヴァルブルクの城の隠し通路から行ける丘陵地帯になった。ユリアとテオドルスがたびたび弓の稽古をしている場所だ。
そして、アイオーンの稽古を始めて、幾年が経った。
ユリアとテオドルスの技能が向上し、力の扱いが安定してきた頃から、少しずつアイオーンとの心の距離が縮まっていった。それに伴い、アイオーンの雰囲気が変わった。基本的に反応は薄いものの、目つきの鋭さがなくなり、口調も前よりも柔らかくなった。笑みを見せてくれることもあるし、たまに合唱もしてくれる──しかし、これはユリアがアイオーンも歌おうと何度も誘ってきて一歩も引かなかったため、ついにアイオーンが折れたことから歌うことになったからだが。それでも、心を開いてくれたことが嬉しかったユリアとテオドルスは、自然かつ無意識に敬称の言葉と敬語を話さなくなっていった。
やがて、共存派の戦力拡大の一環として、アイオーンの血を取り入れた特殊な武器を製作することとなった。これが、のちにラウレンティウスたちが所持することとなった武器である。今までの武器では、星霊を殺して力を増していった不信派の異形を斬ることは難しく、それを倒せるのは星霊、または星霊の血を飲んだ者のみだった。
しかし、アイオーンの血を素材とした武器は、今までの武器とは比べ物にならないほど優れていた。武器自体とても軽いが、不信派の異形に攻撃を防ぐことができて、攻撃も与えられる。使用者が魔力を使って武器に戦闘技能の情報を込め、他の魔術師がその武器に込められた魔力を読み取れば、直接指導しなくても『指導』できるという能力もある。さらに、武器そのものが『時空の狭間』という異空間とは似て異なる場所に収納できることから、持ち運びする必要もなく、どこでも武器の取り出しが可能という点があった。
アイオーンがヴァルブルクの街や城にやってくる頻度は変わらず低い。だが、訪れた際は、少しだけヴァルブルクの人との関わりを持つようになった。会話の内容は、不信派に関する事柄だけだが、それでも嫌な顔をせずに話をする姿には誰もが驚いた。
「──あっ、テオ。お疲れ様。……父上の様子は……?」
さらに時が過ぎた。ユリアが十九歳の誕生日を迎えてから、しばらくが経った頃のことだ。
ユリアの父であるヴァルブルク王が、病に伏した。もともと数年前から体調がすぐれないときがたびたびあったが、それが悪化してしまったのだろう。
そのため、これまでの功績や、人柄、仕事ぶり、そしてユリアとアイオーンからの信頼があるという理由もあって、テオドルスが副王の立場に任じられた。彼が副王となり、戦士の立場を退いてしまったが、この頃にはアイオーンが共存派の軍とともに戦場を駆けていたため、そこまで大きな問題にはならなかった。部下たちも、アイオーンの血が混ぜられた武器を使って不信派の異形を討伐していってくれている。この頃になると、不信派の異形の殲滅も目の前だと言われていた。これまでの犠牲は、人間も星霊も決して少なくはない。ユリアとテオドルスも何度も涙を流した。それでも、ようやくここまで来れたのだ。
テオドルスは、もうユリアの側近ではなくなったが、王と王妃からの許しを得て、定期的に稽古場であった丘陵地帯でユリアとアイオーンに会っている。もちろん、副王としての仕事があるため、短い時間だけだ。一応、表向きにはユリアとアイオーンとの会合という理由をつけて外に出ているようである。そのため、今日も服装は副王らしく着飾ったままだ。今日も、少しだけ時間がとれるとのことで、ユリアとアイオーンは、いつもの丘陵地帯で彼を待っていた。なぜ、わざわざ人目につかない場所で出会うのかは、テオドルスがそう希望したからである。おそらく、副王となったことで彼も疲れているのだろう。戦士と王の立場は抱えるものが違う。
「……大丈夫だよ。今日も食事はしっかりと召し上がっていたからね」
「……そう」
テオドルスは、微笑みながらそう言ってくれた。だが、どこかはぐらかすかような言い方だとユリアは思った。きっと病状は良くないのだろう。
王の病は、治癒術があまり効かないらしい。治癒術といっても万能なものではなく、個人が持つもともとの自然治癒力を、体内を巡る魔力に働きかけて一時的に高めさせるものだ。その自然治癒力自体が低くなっていれば、治癒術を施しても病状進行を遅らせることしかできない。そして、日常的に治癒術をかけ続けていると、術の効果が薄くなってしまうという欠点が存在する。
「──話を元に戻すが……、ユリアが、わたしに親近感を抱いていたという理由はなんだ?」
アイオーンが興味深そうに質問の答えを急いている。テオドルスがやって来る前に、ふたりはそんな話をしていたようだ。
「……私も、国のためというよりは、自分の望みのために戦っているからよ」
「ユリアは、ご両親と私のために──だったね」
テオドルスが言うと、ユリアは頷いた。
「『予言の子』という肩書きには、自国や周辺諸国からの大きすぎる期待があるから……正直、私には背負いきれないのよ……。重たすぎる……。だから、私は身近な人のために──テオと両親のために戦っているの。もちろん、今はアイオーンのためにも戦っているわ。あなたの望みは叶ってほしいと思うもの」
「実の父母とは、親子らしい会話などしたことはないのだろう? それでも親のために戦うのか?」
「……私は、これでも父と母の背中を見てきたわ。今も親子らしい会話をする機会はないけれど、昔から後ろ姿だけは見てきたの。……その後ろ姿は、とても格好良いと思った。想像することしかできないけれど、とても大変な立場なのにずっと頑張っているんだもの。親と子としての縁が遠くても、支えになりたいと思った──だから、私は、相応しくなくとも『予言の子』としての役目を果たしたい」
ユリアは、小さい頃から少しの暇の時間を見つけては、父と母がいる部屋を探した。そして、気配と姿を隠し、部屋のガラス窓から後ろ姿を見ていた。両親は、難しそうな顔をしている時が多かったが、談笑をしている顔も見たことがある。自分もあの輪の中に入ることを、ずっと望んでいた。
「……それが、親子というものなのか……?」
アイオーンは、訳が分からないと言いたげに、テオドルスを見ながら呟いた。
「親子のカタチも、人によってそれぞれだということだよ。正義や愛というものが、人によってカタチを変えるようにね」
「……そういうものか」
一応、アイオーンは納得してくれたようだ。ユリアとテオドルスと交流してから、アイオーンも人のことを解ってくれるようになった。
「ねぇ。ちょっと気になったのだけれど……、不信派との戦いが一段落したら、ふたりは何をするの?」
「私は、副王のままだろうから……みんなが美味しいものをたくさん食べれるように国を整えたいな。戦いでいろいろと安定していなかったからね。あとは、星霊たちが居なくなって、魔力が減衰した世界でどう生きていくかについても考えていかないといけない」
「……わたしは、最期の時が来るまで静かに過ごしたいが……」
と、アイオーンは、何かを伝えたがるようにちらりとユリアを見た。しかし、それ以上は何も言わず、目線をそらした。
「戦いが終わったら、またひとりでどこかを放浪するのかい?」
テオドルスが寂しそうに問うと、アイオーンは少しだけ考えるように目を伏せる。
「……たまには、きみたちに会いにいく」
その言葉を聞いたテオドルスは、嬉しそうに笑みを浮かべた。ユリアも微笑むが、すぐに憂い顔で笑みを隠す。
「……私は……何をすればいいのかしら……。戦うことが役目だったから、よくわからない……。テオの仕事のお手伝いをしたいけれど、執務なんてしたことはないし……」
副王の補佐ができれば、テオドルスだけでなく両親の負担を減らすことにも繋がるはずだ。しかし、そのような仕事はしたことがないため、ユリアは頭を悩ませていた。
「今までの君は、いろいろなことを我慢してきたんだ。だから、しばらくは自由にやってみたかったことをしていくといい。ほら、次に街へ行くときは変装しないで行きたいと言っていただろう? 街に行って買い物を楽しんできてはどうだい?」
「……そうね。まずは、それをしてみようかしら……」
その時、ユリアの脳裏にとある望みが浮かんだ。ずっと諦めていたことが、もしかしたら叶うかもしれない──。
「……ねぇ、テオ。私……父上と母上と、話をしてみたい。……不安ではあるけれど……」
「なにゆえ不安なのだ」
アイオーンが問う。
「だって、今までまともに話したことがないんだもの……。血の繋がった家族とは、どういうものかを感じてみたい……。テオ……協力してくれないかしら……? 三人だけで話ができる時間を……作ってほしいの」
「もちろんだとも。国王様と王妃様に話を通しておこう」
「本当?」
「ああ。その時が来たら、頑張って話をしてみようか。私もついていくよ」
ユリアの心が、覆われていた雲が消えて、空が綺麗に晴れ渡ったような気持ちになった。
「ええ……! ありがとう……!」
この人に会えて、本当に良かった。
言葉にするのは恥ずかしいため、ユリアは言うことはできなかった。だが、彼は間違いなく恩人のような存在だ。感謝してもしきれない。いつか、必ず恩返しをしよう。
「あ──あと……もうひとつ、夢があるの……」
嬉しさのあまりに、ユリアは、つい秘めていた夢を口にする。
「私、父上や母上と同じような場所に立って、同じ景色を見てみたい」
「というと?」
テオドルスが問う。ユリアは、顔をほんのりと赤く染めながら、小さな声で伝える。
「あのね……王に……なってみたいの……。父上の背中は、今でもとても大きくて格好良いと思っているわ。だから、私も……父上のような王になって、玉座に座ってみたい……。もちろん、『予言の子』という立場以上に大変なことが多い肩書きであることは解っているわ。それに、そういうのに相応しい人にならないといけない──。……それでも、目指してみたいと思う」
王の子どもであっても、ユリアには王位継承権はなかった。理由は、『予言の子』だからだ。城にいて玉座に座るのではなく、戦場に立たなければならない。常に死とも隣り合わせであるがゆえに、王位継承権はない。
ユリア自身は、『予言の子』という肩書きは望んで得たものではない。そのため、重たくて苦しいものと感じている。逆に、縁がなかった王位というものには、憧れもあるせいか『予言の子』ほど肩書きに対する重苦しさを感じていなかった。
「ああ──君なら立派な国王なれるだろう」
王の補佐役であり、時には代理でもある副王テオドルスは、迷うことなく言った。
「なれる……? こんな私でも、父上や母上みたいな人になれると思う……?」
「なれるさ。私は、君は王として相応しい人だと思う。だから、君がそう望むなら、私はその夢を叶えたい。──そうだな。もしも、君の戴冠式を行う時が来たら、私が腕によりをかけて盛大な式にしてみせよう。君に王冠をかぶせる役目は、本来ならば国王だろうけど……私がしたいものだな」
「もう、テオ。気が早すぎよ」
「ははは。ごめんごめん」
夢の話に華を咲かせるふたりに対して、アイオーンは不思議そうにしながら首を傾けていた。
「……姫として着飾ることではなく、王になりたいのか……?」
「私は、あまり着飾ることには興味がわかなくて……。そもそも、ドレスというものが自分に似合う衣装なのかもよくわからないもの」
「……似合うと思うが」
この頃のアイオーンにしては、とても珍しい感想だった。なので、ユリアとテオドルスは驚いた顔を見せる。
「珍しいな。アイオーンがそんなことを言うなんて」
「きみは、ユリアには似合わぬと思うのか?」
「まさか。ユリアなら何でも似合うさ」
ふたりの言葉を聞いていたユリアは、ドレスに対する興味が少しだけわいてきた。ならば、自分にはどのような色が似合うだろうか。
「それじゃ、何色のドレスが私に一番似合うと思う?」
「白」
「赤」
アイオーンが白で、テオドルスが赤──ふたりは息を合わせたかのように声が重なった。しかし、違う色だったことで、ふたりは顔を合わせて「は?」と喧嘩を売るような声を出した。なぜその色なのか意味が解らない、と言いたげに顔を合わせており、場の雰囲気が突如として不穏なものになった。
(……何なのかしら……この雰囲気……)
ユリアは張り詰めた空気に戸惑いを隠せなかった。何か自分が悪いことをしてしまったかのような気持ちになってしまい、「ごめんなさい……」と謝った。
「違う違う。君は何も悪くない。ただ、何でも似合うよなって、ふたりで思ってただけだから」
「そういうことだ」
「そ、そう……?」
明らかにそういうのとは違う雰囲気であったが、ユリアはもうその話には触れないでおいた。
日常が大変であっても、こんな他愛のない話ができて、何も難しいことを考えなくてもいいような緩い時間があればそれで良かった。三人の想いは一緒だった。
しかし、運命は無慈悲にも三人に牙をむく──。
次はめちゃくちゃシリアスです。むしろ精神的にハードかもしれません……。




