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ユリア・ジークリンデ (1) ―遥かなる亡国姫―  作者: 水城ともえ
第二章 真実と夢
33/62

第二節 戦う覚悟 ⑤

第二節、終了です!

次あたりからユリアとアイオーンの過去の話に移りたいと思います。

 現在の戦況は、ユリアが三人から接近戦に持ち込まれてしまっている。さすがのユリアも弓を扱いにくい状況だ。


(戦争で使われていた武器を、恐怖心なく普通に扱えているわね……)


 クレイグ、イヴェット、ラウレンティウスからの攻撃を、ユリアは弓本体で防いでは剣のように振り回す。頑丈なヴァルブルク製の武器だからこそできる技だ。ときに、魔力をまとわせて鋼のような硬さにした手足を使った格闘技を交えながら攻防していく。

 その時、イヴェットが消えた。目くらましと気配遮断の術だ。戦いながら気配察知を行うのは意外と骨が折れる。


(不意打ちするためというよりも、わざと私の注意を引くためかしら……。イヴェットは、一旦無視ね)


 攻撃してくる人数が減った瞬間、ユリアは間合いをとり、即座に弓の弦を引いた。


「──させへんで!」


 機を待っていたかのように、アシュリーの声を張り上げる。すると、ユリアが魔力で編んだ矢が溶けるように消えてしまった。


(魔力融解……!)


 凝縮された魔力の結びつきを強制的に緩めさせる術だ。現象が溶けるように無くなることから『融解』という表現が使われている。

 あんな術は教えていない。ということは、杖に込められていた魔術の情報を読み取って、学んだということだ。


(こんな短期間で妨害術を成功させるなんて……)


 ユリアの矢は、威力を抑えるためにも簡易的に凝縮させたものであるため、初心者であっても魔力融解を成功させることは可能といえば可能だった。それでも、初めての実践かつ一発で成功させるとはさすがに思わなかったのだ。


「いくぞ!」


「ああ!」


 矢が消失したことで、大きな隙を生み出してしまったユリアは、すぐそばまで来ていたラウレンティウスとクレイグの魔術を帯びた武器の一撃を──槍と短剣には、炎がまとわれていた──危うくまともにくらいかけた。厚めの障壁を瞬時に作り、なんとか無傷で間合いをとる。


「っ……!」


 このふたりに、この技は教えていない。彼らも、戦いの中で魔術をのせて攻撃力を相乗させる方法を得たのだ。おそらく、アシュリーの杖と同様に、武器に技能に関する情報が込められていたのだろう。


「──あたしのこと忘れてない?」


 ずっと気配遮断と目くらましをしていたイヴェットが、真横から棍棒で今にもユリアに突こうとする構えをとりながら姿を表した。棍棒には濃い魔力がまとっている。あれは、強固なものを粉砕させる力がありそうだ。


「こっちも忘れないでくれよ?」


 反対側からは、すでにクレイグが来ていた。彼は、四人の中で一番の駿足を持つ。短剣には、イヴェットと同じ魔術がまとっている。ユリアはそれぞれに向かって防壁を張り、ふたりの攻撃を受けた。

 重い──防壁越しに、ユリアはそう感じた。

 と、その時。脳裏にアシュリーのニヤけた顔が浮かんできた。ユリアがアシュリーの顔を思い浮かべたのではない。無理やり思い浮かばせられたのだ。


『なあなあ〜、ラウレンティウスとアイオーンと幼馴染──誰と一番、一緒にいて嬉しい?』


「どんな質問よ!?」


 これは、アシュリーによる念話術だ。攻撃の魔術ではない。きっとユリアを動揺させるためにしかけてきたのだろう。ユリアは、まんまとその策にハマってしまった。


「──あ」


 気を緩めたせいで、魔力で張った防壁が破られた。

 イヴェットとクレイグは、その隙に棍棒と短剣で地を突いた。その瞬間、大地が蔦のようにまとわりつき、ユリアの足を呑み込んだ。地を利用した拘束術だ。

 ユリアはわずかに焦る。地の絡まりが思った以上に強い。この術は、ふたりだけでなくアシュリーも協力しているようだ。足を外すよりも、まずはふたりを遠くに退かしたほうがいい──。ユリアは、魔力でイヴェットとクレイグを強制的に遠くに退かせた。風の魔術の一種で、ふたりは後ろから引っ張られるように吹き飛ばされ、地に倒れた。


「きゃあ!」


「ってぇ……!」


 拘束術が緩んだ。

 地から足を外し、次にアシュリーを──と思ったが。

 

(ラルスは、どこ……?)


 居ない。どこだ。


「遅い!」


 後ろだ! 三人の攻撃に注意を引きすぎて、さらに目くらましと気配遮断を使われてしまったことで背面に回り込まれていた。

 振り返ると、目の前にラウレンティウスがいた。槍を突き出そうとする構えだ──ユリアは、風の魔術でラウレンティウスを吹き飛ばそうとしたが、その前に、またもや足が地に呑み込まれた。そして、アシュリーから魔術妨害を受け、魔術の威力が著しく低下した。これでは、もはや吹き飛ばせない。だが、足元の拘束術は解ける。今ならまだ間に合う。


「──」


 逃げる行動に移すべきだった。だが、できなかった。ラウレンティウスの目を見て、惹き込まれたのだ。諦めない目。望むものを掴み取ってやるという炎の魂が宿った目。

 真っ直ぐにユリアを捉えるラウレンティウスの緑の目は、まさしく『あの人』を思わせるものだった。あの人も緑の目で、戦いになると彼に似た目をしていた。懐かしくて、会いたくても、もう会えない人。


(テオ──)


 その人に、似ていた。

 ラウレンティウスの槍が、ユリアの顔の真横を突く。


「……お前、相変わらず手を抜いるだろう? 本気でかかってきたらどうだ」


 槍のラウレンティウスは、怒りを込めた目つきで槍の穂先の側面に付いている斧刃をユリアの頬に寄せる。ユリアはため息をつき、目を伏せた。


「生き延びる可能性を高めるための稽古と言ったのに……それだと戦闘訓練になってしまうじゃない──まあ、いいけれど……。では、私がどのように戦ってきたのかを見せてあげるわ」

 

 その刹那、ラウレンティウスの背後や頭上から冷ややかな殺気が突如として襲ってきた。それは、まるで首筋に冷たい刃を寄せられているかのようだった。ラウレンティウスの瞳が恐怖で揺れる。

 彼の後ろ側には、高濃度の魔力で凝縮された全長百五十センチほどの長さがある細い剣──その剣には、柄や鍔といった剣らしさはなく、どちらかといえば槍の鋭い穂先だけを大きくしたものに似ている。全体が半透明の月白色をした水晶のような美しいもので、同じ色の気が揺らいでいる──が、空中に三本現れ、今にも突刺そうと切っ先を向けていた。


「私にとっては、自分で作ったこの武器が一番戦いやすいの。でも、この大気中の魔力ではこれくらいの数の武器しか作れないけれど」


 殺気を含んだ鋭い目で、ユリアはラウレンティウスを睨んだ。その気迫と強大な魔力の気配だけでも、足が竦みそうだ。ユリアは、右手からも月白色の水晶のような剣を出現させ、ラウレンティウスの頬に刃を寄せた。

 クレイグ、アシュリー、イヴェットも戸惑いと恐怖を隠せずにいる。


「セオドアの実力は判らない。それでも、私くらいの力があるという可能性は否めない。──私は、あなたたちに死んでほしくないのよ。逃げることや、恐れることは恥ではないわ」


 敵わないと感じる敵ならば迷わず逃げろ、という頼みを込めて、ユリアは彼を脅した。

 ラウレンティウスの槍が、わずかに震えている。彼は何も言わず目を強く瞑った。そして──。


「……だから、なんだ──ふざけるな」


 恐怖を抑えつけた声でラウレンティウスが呟く。そして、槍を下ろし、左手でユリアの胸倉を掴んだ。


「俺は、逃げるよりも挑んでやる──挑んでから死んでやる──それが俺にとっての後悔のない生き方だッ!」


 ラウレンティウスの決死の叫びに、ユリアは静かに目を見開いた。彼の頬に寄せていた半透明の月白色の水晶の剣を下ろし、それを消した。

 恐怖を感じてもなお、そう言い放てる。だから、私はこの人に憧れてしまうのだ。自分には無いものを持っている。この消えない炎のような魂は、あの人に似ている。


「──あいつら三人も、俺と同じだろうさ」


 ラウレンティウスの言葉に、ユリアは他の三人を一瞥した。三人は、誰一人としてユリアから目を逸らしてはいない。


「……あなたたちまで居なくなってしまったら、私は……今度も、また……」


 再びラウレンティウスのほうに目をやると、ユリアの瞳が悲しみで揺れた。

 彼らの意思を解っていても、こうして稽古をつけていても、心のどこかではおとなしく退いてくれることをユリアは望んでいた。こうすれば、危険な行動を謹んでくれるのではないかと思っていた。だが。


「俺は死なない。あいつらも死ぬはずがない」


 ラウレンティウスの意思は、なにひとつ変わらなかった。


「現代人が──」


「世界に『絶対』は無いんだ。手立てはどこかにあるはずだ」


「無かったら──」


「諦めるものか」


「そんな──」


 弱々しい声色で、ユリアは本心をさらけ出していく。

 何が現代人だ。何が無かったどうするだ。情けないにもほどがある。それでも本当に『英雄』か──どちらが、英雄だろう。


「御託はもういい。少なくとも俺は、お前たちとともに戦うことを望む。ヴァルブルクやセオドアをどうにかして、また元の日常に戻るぞ」


 そう言って、ラウレンティウスは微笑んだ。彼は掴んでいたユリアの胸倉を離し、そのまま喝を入れるように拳で胸骨あたりを軽く突いた。

 彼らのように、恐怖を感じても可能性を信じて前に進もうとする力強さは、私は無い。案ずるばかりで情けなく、悔しい──。


「……大馬鹿者」


 ユリアはうつむき、唸るような声を出した。口調はいつもよりも少しだけ乱暴だった。そして、彼の背後に浮かんでいた月白色の水晶の剣をすべて消滅させると、拳をラウレンティウスの胸元に突く。突かれたことで喉の器官に響いたのか、彼は軽く咳き込むと、胸元に拳を突き出したまま動かないユリアの拳を手で包む。


「すまないな。大馬鹿者で」


 ラウレンティウスは、微笑みながら堂々と謝罪した。

 その余裕綽々としている姿が、今のユリアには少し悔しい。


「……なんだか、いろいろとむしゃくしゃしてきたわ」


 ユリアも呆れて困ったような微笑みを返す。口では文句を言ってしまったが、内心では彼の手の温かさに不思議と安心していた。

 やっぱり、私はラウレンティウスの手が好きだわ──。


「稽古で発散すればいい」


「それもそうね……」


 ユリアは小さくため息をつくと、拳を下した。そして、こちらの様子を静かに見守っていたクレイグ、アシュリー、イヴェットを見る。 


「三人とも。まだ動けそう?」


 クレイグとイヴェットはユリアの魔術で吹き飛ばされていたが、受け身をとっていたようで無傷だ。それぞれが頷く。ユリアは、それを確認すると、「アイオーン!」と大声を出した。


「どうした?」


 アイオーンは、短距離の瞬間移動をした。突然、目の前にやってきたことで、現代人四人は驚く。


「あなたも稽古に入って。実践で開花されていくみんなの潜在能力は素晴らしいものよ。それに、せっかくヴァルブルクにいるのですもの。──久しぶりに暴れたいでしょう? あなたも一緒に()りましょうよ。私、久しぶりにアイオーンと戦いたいわ」


 先ほどとはうって変わり、ユリアは満面の笑みを浮かべながら月白色の水晶のような双剣を両手に出現させた。


「──面白い」


 アイオーンも目を細めて笑う。

 これは、間違いなく波乱の稽古となる。クレイグ、アシュリー、イヴェットとは、これから始まる『稽古』に何とも言えない不安を抱いた。


「ああ。面白くなってきた。──さあ、始めるか」


 唯一、ラウレンティウスだけが純粋なやる気に満ちていた。



◆◆◆



「すっかり遅くなってしまったわね……」


 時は、すっかり陽が暮れて夜になっていた。夕飯時も過ぎている時刻だ。

 ユリアたちは、バスの中で揺られていた。屋敷から最寄りのバス停に着くまでもう少しかかる。車内の一番後ろの長い座席で、ユリアとアイオーン以外全員寝ていた。ユリアたちのほかに乗客はいない。

 眠っている四人が着ている服には、裾や腕の部分がいくつか破けており、土でひどく汚れている。靴もぼろぼろだ。それらは稽古の激しさを物語っていた。それでも彼らには大きな怪我をしていない。いくつかの打ち身や切り傷、軽いやけどなどはしていたが、すべてアイオーンの治癒術によって回復していた。


「皆、思った以上に戦えたゆえ、つい調子に乗ってしまったな。ここまでヴァルブルクの環境下でも長く耐えることができるとも思わなんだ」


 隣に座るアイオーンが、感心したように言った。


「ええ。かなり薄くなったとは思っていたけれど──この調子だと、あと五十年ほど経てば、ヴァルブルクも進入禁止区域とは言われなくなってしまうでしょうね」


 会話が途切れ、しばらくバスのエンジン音や外部からの音だけとなる。


「──ユリアよ。なぜ、あの時のラウレンティウスの攻撃を避けなかったのだ?」


 ふと、アイオーンがユリアにだけ聞こえるように問いかけた。ユリアの反対側の隣には、ラウレンティウスが腕を組んで寝ている。ユリアは、彼をちらりと一瞥した。


「……ラルスの目が、テオに似ていたから──自分でも驚くほど動揺してしまったのよ……。修行が必要なのは、私の方だった……。自分が恥ずかしいわ……」


「そうか……。たしかに、戦っているときの目は、少し似ているやもしれぬな」


 バスが曲がり角に差し掛かり、車体が少し傾いた。すると、ラウレンティウスの頭がユリアの肩に乗った。姿勢を直さないということは、自分がユリアにもたれかかっていることに気付いていない。深い眠りについているのだろう。

 ラウレンティウスの向こう側にはアシュリーがいるが、彼女は前の座席の背もたれの上部に頭を乗せて寝ている。アイオーンの隣には、クレイグとイヴェットがいる。イヴェットは窓側にもたれて眠っており、クレイグは座席に浅く座ったうえで背をもたれさせ、足を軽く組んで眠っている。


「ええ……。前向きなところや、そういう時の目は似ているわ」


 しかし、ラウレンティウスは、アイオーンがユリアに質問をした頃から薄っすらと目を開いていた。バスが揺れた際に、彼女の肩に頭を乗せたことはささやかな主張でもあった。

 目的地に着くまで、彼は寝たふりをしたままユリアにもたれかかっていた。

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