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ユリア・ジークリンデ (1) ―遥かなる亡国姫―  作者: 水城ともえ
第二章 真実と夢
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第二節 戦う覚悟 ④

 輝く術式へと入り、ひとりずつ転移していく。最後にユリアが転移した。真っ暗で狭い空間から、一気に明るい景色へと変わった。林の中だ。風が駆け、木々の葉がさわさわと音を立てながら揺れている。そして、大気の魔力量が格段に違う──ヴァルブルクで間違いない。


「ねえ、イグ兄。今更だけど、ヴァルブルクで稽古とかして大丈夫なの? 身体、辛くない?」


「念のため、姉貴から薬を貰って飲んでるから、別に大丈夫だって。予備も持ってきてるしな」


 イヴェットからの質問に、クレイグは脚に帯びているレッグポーチを指しながら言った。ヴァルブルクで稽古をするため、それぞれは食事や飲み物などを入れるたむたの小型のバッグやポーチを持参している。


「では、さっそく稽古を始めましょうか」


 林から出ると、あたり一面は背丈の短い草のみが生えている平原だった。ユリアは、肩にかけていたショルダーバッグを木に寄りかからせ、ヴァルブルクの武器である弓を顕現させた。


「具体的には何をする?」


 ラウレンティウスも身につけていたボディバッグを外し、木の近くに置きながら問う。イヴェットやクレイグも、ショルダーバッグやレッグポーチを外して木の側に置いた。


「今回の稽古の目的は、三つあるわ。ひとつは、魔力濃度が高い環境での戦いとはどういうものかを経験すること。次に、ヴァルブルクの武器に慣れること。そして最後は、現代ではあり得ないような戦いに恐怖心を抱いても、思考回路が停止せずに身体を動かすことができるか──つまり、これは総じて、あなたたちが生き延びる可能性を高めることを狙った稽古よ」


「生き延びる可能性を高めるため、か……」


 つまり、約千年前のような戦闘になる可能性があるとのことだ。タイムスリップしたならばまだしも、現代でそのようなことが起こることは些か信じがたい。

 だが、本当にその可能性があるのだ。

 大気中の魔力濃度の高く、王室から進入禁止区域と定められている旧ヴァルブルク領には定期的に来れるように転移術を設置したこと。さらには、現代では考えられない現象を起こせるヴァルブルクで製造された武器を手にしたこと。そのすべては、ユリアとアイオーンが危険視するセオドアという未知なる力を持った魔術師と対峙するため──。だからこそ、ユリアは四人に戦う覚悟を問う稽古をつけることにした。現代人である四人は、ある意味では、千年ほど前の時代にいるようなものだろう。


「今回は接近戦だけでなく、遠距離攻撃も交えた戦い方をするわよ。あの丘にあった魔術の痕跡を見るかぎり、敵は遠距離攻撃ができるはずだから」


「難易度、地味に高ない……?」


 背負っていたリュックを下ろしながら、アシュリーが引き攣った顔でユリアを見ながら呟く。


「敵の強さが読めないもの。旧ヴァルブルク領の外で戦うならまだしも、ヴァルブルクで戦うことになる可能性もあるわ。だから、これくらいしておいたほうがいいと思う」


「安心するといい。わたしが監督役として戦闘を監視している。危ないと判断すれば助ける」


 アイオーンの監視が入るのであれば怪我をすることはないだろう。しかし、間に入られるということは、ユリアやアイオーンから戦わないほうがいいと言われる可能性が高い。


「稽古を始める前に、まずは一発だけ俺たちに向かって矢を射てくれないか? はね返せるものなのか、試しに受けてみたい」


「わかったわ。戦闘を始めるタイミングは、あなたたちに任せるわね。私はいつでも大丈夫だから」


 ラウレンティウスの頼み事を了承すると、ユリアは踵を返し、歩いて距離をとった。その時に、魔術で髪をひとつにくくり上げた。

 弓はあるが、矢はどこにもない。いったいどうする気なんだと、アイオーン以外の誰もが思ったその時、ユリアの右手から細長い何かが伸びてきた。


「あれっ……? 何もないところから矢が出てきた……?」


 イヴェットが目を細めながらユリアの右手を凝視する。やはり間違いない。細くて白いが、あれは矢だ。


「ユリアは、大気と体内の魔力を凝縮させて物体を造ることができる。現代の魔力濃度ではできなくなってしまったが、ヴァルブルクの地ではまだ可能のようだな。千年ほど前のあの頃に比べると、そこまで頑丈なものではないだろうが」


 と、アイオーンが解説してくれた。

 ラウレンティウスは、「『作ればいいだけの話』と言っていたのは、あの能力ことか……」と難しそうな顔をしながら呟くも、どこか面白そうに小さく笑った。


「んじゃ、矢は無尽蔵にあるってことなん……?」


 実は、アシュリーはこのような『戦闘という名の稽古』に参加することは初めてだった。今までは魔術の練習だけで、肉体を動かすことに興味がなかったため、弟やいとこたちが言う『ユリアにしごかれた稽古』には参加したことがない。戦う覚悟はあると大きなことを言ったが──さて、どうなるだろう。魔術の知識はあるが、実践はない。悪運は強いと信じたい。アシュリーは、少しだけ遠い目をした。


「そういうことになる。──そら、じきにユリアの矢が飛んでくるぞ。広がり、各々の武器を出すがよい」


 アイオーンの掛け声で、四人は広がると一斉に武器を顕現させた。魔力をまとわせ、臨戦態勢に入る。

 「撃つわよー」と、ユリアの声が聞こえてきたその刹那、閃光がラウレンティウスたちに向かってやってきた。


「──っ!」


 ラウレンティウス、クレイグ、イヴェットは武器で、アシュリーは透明の防御壁を出現させて防いだ。魔力同士がぶつかり合ったその衝撃で、あたりに暴風が吹き荒れ、それぞれの服の裾や髪が一瞬激しく靡く。


「重っ……!?」


 クレイグが思わず口走る。アイオーンは、そこまで頑丈なものではないと言っていたが、それでも矢の一撃は重いものだった。アイオーンが比較したのは、おそらく当時の魔力濃度で作り出せる矢のことであって、現代人が思うほど脆くはない。これを何度も受け止めていると、疲労が蓄積して怪我をしてしまいそうだ。基本的には避けたほうがいい。


「ちょっと待って……? ほぼ同時に、それぞれのところに矢が届いたけど……瞬時にあたしたちの真正面を狙ったってこと……?」


「さすがは英雄〜……やることちゃうわ〜……」


 イヴェットとアシュリーが呆気にとられた口調で言った。


「あれは……完全に舐めてかかってくんなって目してんな」


 クレイグは、魔力で視力を高め、遠くに離れているユリアを見た。その目つきは、まさにそのように鋭いものだった。

 すると、ラウレンティウスが「集まってくれ」と言った。アシュリー、クレイグ、イヴェットは彼のもとへ駆け寄る。


「……生き延びる可能性を高めるための稽古とか言ってたが──あいつから一本取りたいとは思わないか?」


 ラウレンティウスの言葉に、イヴェットとクレイグは「わかる」と言って同意した。アシュリーは、そんな三人を白けた目で静かに見ている。

 この三人は、間違いなく恐怖心よりも負けず嫌いの精神が勝っている。いや、ユリアから『しごかれている』ため、初めから恐怖心など麻痺しているのか。脳筋なラウレンティウスの言葉に、アシュリーは抱いた恐怖心が一気にバカバカしくなり、謎の余裕が湧き上がってきた。


「あたしたちだって、伊達にユリアちゃんからのしごきに耐えてないもんね。それなら、あたしは気配遮断と目くらましの術を駆使して、ユリアちゃんの注意をあたしの方に逸らしてみようかな。頻繁にはできないけど、少しはできそう」


「オレは、とりあえずユリアに攻撃をしかけてみようかね。けど、力は完全に向こうのほうが上だから、受け流すか避けるかをしながら注意を逸らすことが中心だな。ユリアに決定的な一撃を与えられるのは、姉貴の魔術かラウレンティウスだろうぜ。だからオレもイヴェットと同じく、接近戦で多少の隙を作ることに専念する」


 イヴェットとクレイグは、それぞれの役割を見い出せているが、アシュリーは何もわからなかった。


「魔術はいけるっちゃいけるんやけどさ、そもそも実践なんて今回が初めてやねんけど……。味方を巻き込まんように魔術発動する技術なんか極めてないし、ぶっちゃけウチが戦力になるんか謎やねんけどな……」


「アシュリーは、とりあえずユリアに魔術を放てばいい。ユリアやアイオーンの攻撃を避ける練習など、昔からさんざんしてきたからな。方向を誤ってもおそらく避けられる」


 ラウレンティウスは、さも当然のことのように言った。


「なんやかんや、稽古とはいえ死にそうになったことは多いから大丈夫だよ〜。今もちゃんと生きてるし」


「オレも、たまに『あ、死んだな』って思ったことあるけどよ、なんやかんや生きてるから大丈夫だって」


 そうにこやかに笑う従妹と弟に、アシュリーは再び遠い目をした。


「昔から現代人辞めるような稽古やってたんか?」


「まあ、こんなことやってたから、騎士団ではラウレンティウスが怖がられてたり英雄扱いされてんだよな。あだ名はゴリラだし」


 と、クレイグは笑いながら言った。


「イグ兄も、魔力生成力は低いけど、ユリアちゃんの稽古のおかげで戦闘能力や気配察知能力が高くなってから、公安課の面倒くさい人たちから嫉妬されてるよね。僕たちの役目を横取りするなーって感じで」


「イヴェットもだろ? 初任務で活躍しちまったから、面倒くさい連中に嫉妬心抱かれて公安課から特別領地衛兵課に飛ばされたじゃねえか。ラウレンティウスは、伯父さんが公安課の副課長だからか飛ばされずに済んでるけどよ」


「ローヴァイン家は、そこそこの家柄があるほうだからな。それでも、内心では俺のことも邪魔で仕方ないという態度をしてくる。──書類作成すらままならないくせに、よく大きな口を叩けるものだと思うさ」


 珍しくラウレンティウスが鼻で笑いながら愚痴を言った。こんな状況下だというのに、まさかの騎士団の複雑な内部事情の愚痴が飛び出すとは。ひとり蚊帳の外であるアシュリーは、ただにこやかに笑うことしかできなかった。


「……雑談もよいが、そろそろ稽古を始めなければ、ユリアの方から攻撃をしかけてくるぞ」


 後ろの方からアイオーンの呆れた声が聞こえてきた。四人は気を取り直して、ユリアの稽古の話に戻す。


「──矢は受け止めずに避ける。イヴェットとクレイグはユリアの注意を引き、俺とアシュリーは隙を見て攻撃する」


 ラウレンティウスが総括すると、イヴェットとクレイグは地を蹴り上げた。続けてラウレンティウスも駆ける。アシュリーは、三人より少し距離をとり、一旦はユリアの行動を見守った。

 ユリアは、向かってきた四人に弓を向ける。弦を引くと同時に魔力で矢が作られ、放ち、また弦を引くと同時に矢を作る──その動作は一瞬で、四本の矢は数秒の内にすべて放たれた。

 四人は、その矢を受けずに避けた。アシュリーも、動体視力と身体能力を向上させて、わりと難なく矢を避ける。放たれた矢は、そのまま真っ直ぐに進み、後ろにいたアイオーンや木々に当たりそうになるが、アイオーンの前に大きな障壁が現れ、それが魔力の塊で作られた四本の矢を吸収した。


「ふむ……。作りは簡易的だが、それでも現代人にしてみれば間違いなく凶器だ。速度や威力もわりとある。四人はそれを受け止められ、避けることもできるのか」


 アイオーンは、微笑みながら模擬戦を見守る。

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