第二節 戦う覚悟 ③
「では──まずは全員、武器に自分の魔力をまとわせてみましょうか」
と、ユリアが他の三人にも顔を向けながら言うと、クレイグが「なんでだ?」と疑問を投げる。
「それらの武器は、格納させることができるの。持ち運びが楽になるわ」
「格納って?」
イヴェットが首を傾げる。
「どういう意味なのかは、実際にやってみたほうが早いわね。まずは、武器に自分の魔力をまとわせて、武器に『所有者』であることを認識させるの。そうしたら、武器のほうから格納に関する情報が刻まれた魔力が流れて来ると思うわ。感覚でやってみて」
四人は、あまり理解できないながらも、言われたとおりに武器に自らの身体が生み出した魔力をまとわせた。すると、武器が淡く発光する。
「──あ。わかった」
しばらく目を瞑って黙り込んでいたアシュリーが、ハッとした顔で呟いた。その瞬間、彼女が持っていた杖が一瞬のうちに消えた。
現代ではあり得ない現象に、現代人たちは目を見開く。
「習得が早いな。さすがだ」
アイオーンに褒められたアシュリーは、褒められた喜びよりも、武器が本当に消えた驚きのほうが大きく、しばらくあんぐりと口を開いていた。だが、すぐに「ふひひ」と得意げに笑って再び武器を現せ、また消した。ユリアが言った『格納』とは、こういうことであった。
それから、クレイグ、イヴェットそしてラウレンティウスという順番で、それぞれが手にしていた武器が消えていった。エドガーは、その光景を興味深そうにまじまじと見ている。
「消えた! すごーい!」
「なんなんだ、この武器は……」
好奇心が刺激されたイヴェットは、武器を現せたと思えば再び消すという行動を笑顔で繰り返している。ラウレンティウスは、ポカンとした表情で武器を持っていた手を見つめながら呟いていた。
「便利でしょう? しかも、武器自体はとても頑丈なのに軽いわ。ヴァルブルクの武器は、これが特徴なのよ」
「格納って言うけどよ、実際に武器はどこに行ってるんだ?」
唯一、クレイグだけは冷静に現象の原理を問うた。
そのことに、ユリアは何かを含んだ目でアイオーンを見、アイオーンも視線を感じてユリアを一瞥した。しばらく間があったのちに、アイオーンはクレイグと顔を合わせた。
「……次元の狭間……とでも、言っておこうか」
相変わらずの平静な声で、言葉通りに次元が違うことを言った。
詳しいことは判らないが、星霊とはここまでやってのける力を持つものなのか──クレイグは、若干ついていけないかのような苦笑いを浮かべた。
「……現代の魔力の研究レベルや技術力じゃ、到底到達できない現象だな。雲隠れしてる違法研究者どもがホイホイ釣れそうだぜ。──そんな重要なこと、オレたちに言ってもいいのか?」
「きみたちは、隠された歴史に深く踏み込んでいる。そして、ユリアが過去を話すのであれば、わたしの力についても話さねばならぬ。ユリアとわたしの力は、密接に関係しているゆえにな」
「……まさかとは思うけどよ、これってアイオーンの力なのか?」
クレイグの直感に、アイオーンは口の端をわずかに上げた。
「そうだ。この武器には、わたしの血が混ぜられている。ゆえに、この武器はわたしの身の一部でもあり、所有者はわたしの末端の力が扱えるということでもある。もちろん、わたしが認める者のみだがな」
「──あの……。お話の腰を折ってしまい大変恐縮なのですが……私めは、隠された歴史に踏み込んではおりません……。話を聞いていても、よろしかったのでしょうか……?」
エドガーが、居ても立っても居られない表情で言った。まったく無関係ではないにしろ、国家機密の話を雑談のようにさらりと聞いてしまったことに不安を覚えたのだろう。なにせ、その話をしているのはヴァルブルクの王家と関わりの深い星霊だ。昔から知る間柄とはいえ、世間から秘匿されている存在でもある。
「構いませんよ。お気になさらないでください。エドガーさんがそのような事を考えるお人ではないことは、私たちも知っておりますから」
エドガーに安心を与えるため、ユリアは微笑みながら許可と気遣いの言葉を贈った。
「たとえ誰かが悪事に利用したとしても、わたしがその輩を──罰すればよいだけのことだ。現代の環境下であっても武器から伝わるゆえ、すぐに居場所が知れる」
「さ、左様でございますか……」
アイオーンはいつも通りに平静な声色と無表情な顔つきで言ったが、言葉に妙な間があったのは、『直接的な言葉』を言いかけたからだろう。それが何なのかに勘づいたエドガーは、引き攣った笑みを浮かべた。
「オレらの命は、アイオーンの手のひらの上ってことか……」
もちろん、決してそんなことはしないし、アイオーンも身内と認める者たちを脅すことはしない。それでも、そのことを知ってしまったクレイグは、何とも言いがたい感情に襲われたのだった。
◆◆◆
その後、ユリアたちは王宮を後にした。
エドガーが、車で離宮へと送り届ける時間が作れるとのことだったので、彼の厚意に甘えて車で離宮へと送ってもらうことにした。帰りは、交通機関を利用することになる。
「心霊現象は嘘だったけど、それでも雰囲気がなんか怖く感じるなぁ……」
心霊スポットとして有名でもあり、長き歴史を持つ離宮を前にして、イヴェットがそんな感想を呟いた。
離宮は街の郊外にあるが、この近辺に民家は一軒もない。山が近く、あたりには森や林が多い。離宮の周りにも木々がたくさん生えている。
王室の離宮は、尖塔がある城に近い外見をしており、面積の広さや建築物の大きさは王宮と比べるとこじんまりとしている。それでもローヴァイン家の屋敷と比べると、当然こちらの方が広い。建築された年代が古く、当時の建築様式であるため雰囲気はとても壮麗だ。蔦や葉、花弁を思わせる植物文様の優美な彫刻は見事なものである。閉鎖されているとはいえ、門前の庭は思ったよりも整備されており、ところどころに可憐な花を咲かせていた。しかし、それでも昔から心霊現象があると伝えられてきたせいで、現代人には異様な雰囲気が漂っているように思うようだ。
「ここが心霊スポットやないとは思われへん……」
アシュリーはジト目で離宮や正門の周辺を見渡す。
ここには監理人がおらず、監視システムも特にないらしい。なぜなら、この離宮で盗める物品は残っておらず、この地で悪事を働けば霊に祟られる話も残っており、盗み目的でやってくる者は昔からいない。
ユリアたちは、正門を上から飛び越えて入っていった。小聖堂は中庭にあるが、鍵がないため離宮の中に入ることはできない。なので、離宮の屋根に登って、そこから中庭を目指す方法しかない。幸いにも、全員が魔力の扱いに長けた者であるため、難なく高い屋根へと登った。
一行は、屋根に登って中庭に向かった。中庭も綺麗に整備されており、石畳と芝生、道の脇に花壇がある。そして、中庭の中心に小聖堂らしき小さな建物があった。アーチ状の屋根で筒型の建物だ。こちらも植物文様の優美な彫刻が施されている。
「あったわ。あれよ」
ユリアが小聖堂を指し、小聖堂の扉の前へと一気に飛び降りた。ラウレンティウスたちも飛び降り、小聖堂の前に立つ。鍵はかかっておらず、鈍い音をたてながら扉を動かした。
小聖堂の内部は、神を祀る簡素な祭壇だけがあった。
「……魔力濃度、外とあんま変わんねえけど?」
「地下があるのよ。そこで私たちは眠っていたわ」
ユリアが、クレイグの疑問に答えながら祭壇の下部に手を当てた。すると、一部分だけが凹み、付近の床から何かが外れる音が響く。
「この下だ」
アイオーンが、床の一ヶ所に手が入りそうな大きさの凹みができていたところに手を入れ、床を持ち上げた。床のタイルが扉となっており、その下には階段があった。
ヒルデブラントをはじめとする周辺諸国の古い建築物には、地下室が多くある。それは、魔力が星霊にとっては命の源であり、人間にとっても魔術が生活の一部となっていたため、命や生活を助けてくれる魔力そのものを神としてあがめていた時代がある。その時代では家の地下には必ず祭壇が作られ、その名残りとして地下室が多いという。地下に作られたのは、魔力が大地の奥深くから湧き出てくるからだ。
地下に降りると、真っ暗で何もない空洞があった。全員が、指先から光を放つ発光術を発動させ、あたりを見る。人は数十人ほどが入れる空間だが、古い時代に作られたからか、壁は石造りであり、地面は土がむき出しだ。地下室として利用されていた痕跡は見られない。
「たしかに、わりと魔力はあるんだな。けど、こんな土しかないところでふたりは眠ってたのか?」
クレイグが足で土を軽く叩く。このような場所では、たしかに眠るといっても雑魚寝くらいしかできない。
「魔力が絶えずある空間ゆえ、結晶化していたのだ。そうすれば食料や水も必要なく眠り続けることができる」
「結晶化?」
ラウレンティウスが問う。
「水晶のような石に覆われる術のことよ。コールドスリープのような効果を持った術なの」
「そんなこともできるか……」
「アイオーンの力のおかげよ。私の身体の中には、アイオーンの核があったから。──では、今から転移の術式を作るわね」
ユリアは、指先に点した光を消した。腕を前に伸ばし、地面に両手をかざすようにすると、白く光る小さな粒が十個ほど現れた。それらは、地面に光る線を描いていく。ある光の粒は曲線を、違う光の粒は直線と、それぞれがまったく違う動きを見せている。それらは、ユリアが操って描いているようだ。少しずつ、流麗な円形の文様が出来上がっていく。やがて、光の粒が全て消えた。転移の術式が完成だ。
「──できたわ。さあ、ヴァルブルクに行きましょうか」




