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ユリア・ジークリンデ (1) ―遥かなる亡国姫―  作者: 水城ともえ
プロローグ
3/62

そして再び、舞台の幕は上がる ③

こんにちは、水城です。

さて、心に闇を抱えたユリアは、どのような未来を進むのでしょうか?

そもそも、未来を選べるようになれるのか……。


それでは、今回のお話に参りましょう。

 しばらくして、カサンドラたちとの話し合いは終わった。カサンドラには王としての公務もあるため、時間がこれ以上とれなかったのだ。子どもたちと面会する日時は、相手方の予定が決まり次第、ダグラスがユリアたちに伝えてくれることとなった。

 その後、ダグラスによって研究所の一室に案内された。しばらくはここがユリアたちの自室だという。中に入ると、調度品は簡素な机と椅子、そして寝台があるだけだった。

 机の上には、付箋がいくつか付いた一冊の本と日用品が置かれており、その中に手鏡があった。ユリアは手鏡を手に取り、自分の顔を映す。鏡に映るのは、澄んだ青空のような色の目と透き通るように淡く輝いた色味の金髪。そして、どう見ても映っている顔は、当時と何も変わっていない二十歳になって半年ほどが経った頃の自分だった。髪の長さは腰まであるが、それは当時もそうだった。それ以上伸びているわけでもない。


「アイオーン……私は、本当に不老なの……? 私の身体は、アイオーンの術によって眠っていたから年を重ねていないだけでは……?」


『いいや。不老に変質している。きみに実感はないだろうが、わたしにはわかるのだ。きみの身体は、当時よりも、かつてのわたしの身体に近い性質になっている。かつてのわたしの身体は、ほかの星霊よりはるかに長生きできる身だったが、それと同じ感覚がする。星霊の核を体内に入れることは、星霊の血を飲んで力を得ること以上の力を得られる行為ゆえ。無論、わたしの核の力に耐えうる身を持つ、きみだからこそだが』


「……そう」


 ユリアは無表情でそう呟くと、手鏡を机の上に置き、いくつかの付箋が貼られた一冊の本を手に取った。


「これは、何……?」


『現代の歴史書だ。この数日、これを読んでいた。この時代に伝わっているあの時代の歴史を、きみにも知っていてほしい。──細い紙が貼られた頁を開いてみてくれ』


 アイオーンが言う細い紙とは、付箋のことだ。ユリアは、椅子に座り、付箋が貼られたページを開き、読み進めていく。

 しばらくして、ユリアは深く息を吸い、ゆっくりと吐いた。


「……これで、かまわない」


 そう言いながらも、ユリアの心の底には、一言では言い表せないどろどろとした混沌とした感情が、いまだ消えずにくすぶっている。気分を変えるために、ユリアは窓の外を見た。どこかの建物へと続く道と、その脇に生えている木々や草花くらいしかないが、窓のない空間で過ごすよりかはマシだった。しばらくの間、ユリアはぼんやりと外を眺めていた。


「……アイオーン」


 ユリアが名を呼ぶ。


『どうした?』


「……どうして、アイオーンは私に生きてほしいと思うの……?」


 何気なく訊くように、ユリアは質問をした。アイオーンは、戸惑いも迷いもなく答える。


『愛しているからだ』


「……あい……?」


 言葉の意味を知らないように、ユリアは首を傾げた。


『……人間とは違い、性別がない星霊に愛されることは気味が悪いか……?』


 どこか不安そうにアイオーンが訊くと、ユリアは「ううん」と答えた。


「その感情は、嫌ではないわ。……あなたの言う『あい』という感情は……『こい』とか、そういうものに近いもの……?」


 それらの感情は、今までのユリアには縁遠いものだった。そのため、今でもその言葉の意味をいまいちわかっていない。


『愛というものは、さまざまなカタチをしているものだと今は思う。わたしがきみに言った愛とは、健やかで笑顔でいてほしいという想いを込めていた。わたしは、ユリアには笑顔で生きていてほしいと思う。また笑った顔を見たい』


「……私が……笑顔で、生きて……」


 その言葉を聞いた瞬間、ユリアの心がひどく痛んだ。

 そう望まれたことに喜び、受け入れても良いものなのだろうか──。苦しむことこそが、自分には必要ではないのか──?


『きみが平穏に生きることは罪ではない。あれは……仕方がなかったのだ』


「……」


 ユリアは、胸を押さえ、胸元の服を握りしめながらうつむいた。


『これから、ここでたくさんのことを学んでいこう。そうすれば、どのように生きていけばいいのかということも、おのずと解ってくるはずだ。愛という言葉の意味も、いつか解る時が来るだろう』


 アイオーンがそう言った直後、部屋の扉の向こう側から扉をノックする音が聞こえた。


「──ユリア・ジークリンデ様。よろしいでしょうか?」


 ダグラスの声だ。おそらく、子どもたちとの面会の件で訪れたのだろう。


「……はい。どうぞ、お入りください」


「はっ。失礼いたします」


 声色や口調こそ礼儀よく振舞ってはいるが、今のダグラスは、先ほどのような緊張している雰囲気はなく、肩の力を抜いてる。


「面会の日時が決定いたしましたので、そのご連絡に参りました。──三日後のお昼からです」


「……三日後、ですね。わかりました。ありがとうございます」


 ユリアは頭を下げて礼を言う。すると、ダグラスは下がる様子はなく、ユリアの顔をまじまじと見つめていた。


「……あの、何か……?」


「あっ。あ~、いや……申し訳ありません。不躾に女性の顔をじろじろと見てしまって」


「もしや、何か……付いておりますか……?」


「いいえ。ただ、少しだけ顔色が良くなられたように思いましたので……気のせいでしたら、申し訳ありません」


 たしかにあの面会の時は、今以上にいろいろと精神的に不安定だったとユリアは思い返した。心配してくれていたことに礼を言うと、ユリアはある疑問を問いかけた。


「……少し、気になったのですが……よろしいですか……?」


「はい。なんでしょうか」


「カサンドラ・オティーリエ女王陛下もそうなのですが──あなたは、私を恐ろしく思わないのですか……?」


「恐ろしい、ですか……? 歴史に名を残す人が、今ここにいるということには驚きしましたが、恐ろしくはないですよ。なにせ、ユリア・ジークリンデ様はこの国の英雄でもありますから」


 ──そういえば、あのことをすっかり忘れていた、とユリアは思った。

 この時代では、すでに大気中の魔力はとある区域を除いて限りなく薄くなっている。そのため、現代人には魔力すら生み出せない人もたくさんおり、魔術師であっても昔の時代の人ほど魔力を扱う能力はない。この星が生み出していた魔力の減衰に伴い、日常的に使用していた魔術を放棄せざるを得なくなった結果、現代の魔術師は、魔力の気配を感じ取れないほどに能力が弱体化してしまっている。だからこそ、ユリアの言う『恐ろしさ』を感じ取れない人が多いのだ。まったくいなくなった、というわけではないだろうが、数は限りなく少ないだろう。


「……私は、戦争で数えきれないほどの敵を屠ってきた『兵器』です……」


 なので、ユリアは直接的な言葉をぶつけた。すると、ダグラスは少しだけ顔を曇らせるが、すぐに微笑んだ。


「……ええ、存じております。ですが、貴女様は理知的な方だと私は思います。それに、こうして身分が下の相手にも、些細なことでお礼を言ってくださるようなお人柄ではありませんか。だから、恐ろしくはありませんよ」


「人は、不完全です……」


 己に対する自信の無さと、彼に対して何かの『予防線』を張るかのように、ユリアは負の言葉を伝えていく。


「そうですね……、人というのは誰でも不完全です。……でも、きっと貴女は、ご自分がそう思うほどそんな人じゃないって俺は思いますよ」


 ダグラスは、どこか親しみを感じる口調でそう言った。たとえ歴史どおりでなかった『英雄』であっても、過去と心に見えなくて深い何かを抱えながらも、礼節を忘れないという『善』が垣間見えるユリアを信じたいのだろう。

 そんな彼に、ユリアは何も言わなくなった。


「……」


「……もしかして、子どもたちに怖がられてしまうのではと、不安になられておいでですか? あるいは、上手く話せずに気まずくなってしまうのでは、とか」


「……まあ……はい……」


 素直にそう言うと、ダグラスは「はははっ」と明るく笑った。


「そんなことに悩む人は恐ろしく見えませんって。逆に可愛らしいと思いますよ」


 思わぬ評価に、ユリアは鳩が豆鉄砲を食ったようになり、再び黙り込んだ。内心、困り果てている。

 可愛いと言われたことは、ないこともないのだが──今でも、どう反応すればいいのかわからない。ちなみに、ユリアに対して可愛いという言葉を使ってくれた人は、両親でも親戚でもなく、『もうひとりの友』である。

 ユリアの意外な反応に、ダグラスは「フッ」と微笑む。


「──実は、俺は何度かその子どもたちに会ったことがあるんですよ」


「えっ……。あの、教えてください。どのような子たちですか……?」


 無意識に、少しだけ光を見いだせたかのような声をユリアは出した。


「全体的にしっかりとした子たちでしたよ。女の子ふたりはそれぞれ自由な感じで、笑顔が多かった印象です。男の子ふたりは、生真面目な奴と、少しコンプレックスがあるから雰囲気がたまにピリつく奴でしたが──ユリア・ジークリンデ様となら仲良くなれると思います」


「……そうですか。……ありがとうございます」


 そう言ってくれたが、生真面目な子にコンプレックス持ちの子とはうまく会話ができるだろうか。初対面の人が精神的に大人であればまだいいが、年頃の子どもは多感だ。どう接すればいいのか、よくわからない。しかし、不安に思い続けると心によくないため、ユリアはそれ以上考えないようにした。


「さて、そろそろ俺は失礼いたしましょうかね。長く話し込んでしまい、申し訳ありませんでした」


「いいえ、そんな。──あ、あの……」


「はい」


 ユリアは、心に浮かんだ言葉を思い切って伝えてみることにした。信頼できる人だと思ったからこそ、そして自分が前に進むためにも、この言葉を言う必要があると思ったのだ。


「──あ、あなたと……と、友達に、な、なりたいです……」


 その瞬間、ダグラスは驚きのあまりポカンとした顔になった。だが、じょじょに嬉しそうに口角を上げ、恭しく一礼した。


「光栄なお言葉をありがとうございます。ぜひとも、お友達になりましょう」


「あ……ありがとうございます……。これから、よろしくお願いいたします……! どうぞ、畏まらず──砕けた口調で、お願いします。あと、ユリアと……お呼びくだされば嬉しいです……」


 初めて、ユリアはしっかりとした笑みを浮かべた。それを見たダグラスは目を見開き、優しい笑みをこぼす。


「よかった。笑えるんだな。……昔は中途半端な自分の血を呪ったが、こんなにも美しくて可愛らしい姫さんと友達になれるんなら、持ってて良かったって思えるよ。──これからは、姫さんがそうやって笑えるように俺も頑張るからさ。遠慮なく俺を頼ってくれよ?」


 さりげなく意味深な言葉を発すると、ダグラスは慣れた手つきで掬い上げるようにユリアの手を持ち上げ、そのまま手の甲に口づけした。狙ってやった行動ではない。どうやらダグラスは無意識でやっているようだ。


「えっ」


 その行為にユリアが驚いた刹那──彼女の目つきがまったくの別人のように変化する。嫉妬や殺意を感じる鋭い目つきだ。ユリアの口づけされた手は、それを持ち上げている彼の手を容赦なく払いのけ、そのまま彼の首もとの服をえぐるように掴み上げた。


「──ダグラス・ロイよ。妙な目でユリアを見るとどうなるか……その身に叩き込む必要があるようだな……?」


 ドスの効いたユリアの声──もといアイオーンの恐ろしさに、ダグラスの顔から血の気が引く。


「げっ!? アイオーン様!? あっ、いや、違う違う! そんな目で見てなんかないですからね!? これはただの社交辞令だって!」


「社交辞令──? 本心ではユリアは美しくも可愛らしくもないと思っているのか貴様ッ!?」


「さてはアンタ面倒くさい御仁だな!?」


『アイオーン! やめて! 乱暴なことしないでえええ!』


 急にアイオーンがユリアを押しのけて表に出てきたせいで、ユリアは身体の自由を失い、その光景を見ているだけしかできない。身体の主導権を握ろうと裏側で頑張って暴れてみるも、アイオーンの怒りの勢いがそれ以上に凄まじく、ユリアではどうすることもできなかった。

 そのため、室内ではしばらくの間、鬼のような形相のユリアの顔を作っているアイオーンと、胸ぐらを掴まれて悲鳴に近い怒声を上げているダグラスがいたという。

読んでいただきありがとうございます。ようやくギャグっぽいことを少し入れれた……。隙あらばギャグを入れたい精神の持ち主です。


実は、当初の予定では、これから面会する子どもたちが『現代におけるユリアの初めての友達』となるはずだったんです。が、いつの間にかダグラスになってしまいました。

これからも新たなキャラが登場し、いろいろな展開があり、関係もそれぞれの方向に深まっていく予定です。


さて、次回はいよいよ子どもたちと出会います。この子達と会うことで、ユリアはどうなっていくでしょうか?


では、次回にお会いしましょう!

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