第五節 黄昏の弓矢 ③
今回も少しだけ戦闘シーンがあります。
相変わらず戦闘描写は難しい……。
「な、何……? 爆発の、音……!?」
爆発音の衝撃がこちらまで届いたのか、部屋の機械やユリアが横たわっている台が小刻みに揺れはじめる。しばらくしてから警報音が響き渡った。警報音と重なるように、遠くで銃声も聞こえる。侵入者と、ここの者が交戦しているのかもしれない。
「──侵入してきたのは、騎士と魔術師のたった三人だけだ! セオドアのホムンクルスも起動しろ! 迎え撃て!」
「やつらの武器は拳銃だけだ! 数で押し通せる!」
男たちの荒らげた声が、部屋の外からかすかに聞こえてきた。その内容に、少女はひどく狼狽する。
「騎士……!? ニュースで本部が襲撃されてるって聞いたけど……どうして、ここに……!?」
「騎士団の襲撃事件は、あなたたちは関与していないの?」
「む、無関係です! 私の両親は、騎士団に捕まってますけど……騎士団の襲撃は、私やここの人たちじゃないです……!」
騎士団の襲撃とは関係がないとは、少しだけ意外だった。少女は、想像もしていなかった非常事態出にパニックを起こし、思考が働かなくなって手足を震えさせている。
この施設にやってきた者たちは、騎士と一般人の魔術師ということだろうか。しかし、緊急時とはいえ、騎士が一般の魔術師に協力を要請することはないはずだ。それに、ここに来た理由もわからない。ユリアが攫われているとはいえ、攫われた現場を見た人はいないはずだが。
「……だ……誰も、来ない……。セオドアさんが考案したホムンクルスは凄く強いから、向こうも大丈夫だとは思うけど……」
少女は、震える手を不安そうにさすりながら扉に耳をそばだてて、外の声や音を聞いている。
(セオドアという者は、かなり頼りにされている存在なのね。その頭脳は天才だからか、それともどこで培ったのか──)
ユリアが思案していると、少女がとある事を口にした。
「──そこのあなたは、お姉さんを運んで。みんな、行くよ……!」
(……戦闘訓練を受けてなさそうな子なのに、有事の際の勇気と決断力を持っているのね)
囚われの身ではあるユリアだが、少女が敵であり罪人であることが少しだけ『惜しい人材』だと思った。ユリアが動けない身だからとはいえ、不用心に敵から問われたことを素直に言ってしまう部分はあるが、緊急時に思考停止するのではなく、冷静に判断しようとするのは簡単なことではない。
少女とホムンクルスたち、そしてホムンクルスに横抱きされたユリアは、部屋を出た。幅が広くて長い廊下は、全面が白くて新築のように真新しい。周囲は、先ほどの騒音があったとは思えないほどに静まりかえっている。少女たちは、なるべく忍び足で廊下を進んでいく。
そして、また爆発音が聞こえてきた。
「ひっ……!」
今度の爆発音は、じょじょにこちらへと近付いている。反動として起きる振動も大きくなっていく。少女は、おもわず足を止めた。ホムンクルスたちも主が足を止めたのを見て、行動を停止する。
そして、突如として、少女から少し離れた前方の側面の壁が勢いよく破壊された。
「きゃあっ!?」
「──おー、悪い悪い。危うくぶつかるとこだったか?」
壁には、大きな大人が立って入れるほどの穴が開いている。その壁の陰から、ユリアにとっては聞き馴染みのある青年の軽い口調が聞こえた。ユリアは、嬉しさでかすかに口元を綻ばせる。
──意外と早くて驚いたけれど、来てくれると思っていたわ。
「あ……あなた、たちは……」
少女は、顔を引き攣らせて一歩後退る。
「……そこにいたか。皆で探したぞ」
壁の陰から現れたのは、白銀色の長い髪と紅色の目を持った、中性的な美しい青年と思わしき人物──アイオーンだった。少女やホムンクルスには目もくれず、ユリアを真っ直ぐ見つめている。手には、騎士団の拳銃とは違う形状の拳銃を持っていた。それは、全体が白く、拳銃にしては無骨さがない意匠だ。スタイリッシュという言葉が似合う。
「おーい、なんだよその恰好は。封印ごっこか?」
アイオーンの後ろから現れたのは、騎士団の制服を着たクレイグだ。相変わらず余裕ある微笑みを浮かべており、アイオーンが持っているものと同じ形状の拳銃を持っている。
「……あなたも試してみる?」
「生憎、オレは縛られて嬉しいと感じる特殊性癖は持ち合わせてないんだよ」
「奇遇ね。私もよ」
出会い頭に、ふたりは軽口のやり取りを始めた。どのような状況であろうと、クレイグの軽口があればユリアも反射的に応じてしまうようになってしまっている。それも、彼に対する信頼があってこそだ。このふたりが来てくれたら、この件は問題ないだろう。
ただ、不思議なことがある。誰にも見つからずに攫われたというのに、彼らはどうしてここに連れ去られているということが解ったのか。事がすんなりと解決しそうなことは良かったが、逆に奇妙でもある。裏に、何かあるのだろうか──。
「……」
少女は、あまりの急な出来事に頭が追いつかず、呆けていた。
すると、アイオーンは手に持っていた拳銃の銃口を少女に向けた。
「少なくとも、わたしはこの研究所を壊滅させるつもりでいる。……小娘よ。貴様はどうする?」
感情を感じさせない声色で言い放つと、アイオーンは目つきを鋭くした。
「どっちが悪人だか判らねえセリフだな」
それを見ていたクレイグは、頭を搔きながら呆れ混じりに笑う。
「──た……戦う……! みんな、行って!!」
ただの少女にとってみれば、このふたりのそれぞれの雰囲気に圧倒されたことだろう。しかし、少女は逃げようとはせず、ホムンクルスに戦闘を命じた。
ユリアを運ぶホムンクルス以外の四体が、少女の命令に応えると、両手首から刃を突出させ、アイオーンとクレイグに向かって突撃した。少女とユリアを抱き上げているホムンクルスを守るように、横一列に並んでいる。
「こ、これは、セオドアさんが造った特別なホムンクルスだから……魔術師でも、簡単に負けないし壊れない……!」
「──クレイグよ。きみは、後ろから来ている輩を頼む。あれは、前方のような『面倒なホムンクルス』ではない」
アイオーンは、いつも通りの平静な声で言いながら、持っていた拳銃をクレイグのほうに放り投げた。投げられた拳銃を掴んだクレイグが後ろを振り返ると、三体のホムンクルスがこちらに向かって走ってきていた。
「おーおー。人気者は困ったもんだぜ」
クレイグは、即座に魔力を両手と両足に集めた。拳銃のグリップが、両手に集められた魔力に反応して淡く光る。
「んじゃ、姉貴の自信作とやらの拳銃には、もうひと暴れしてもらおうかね」
クレイグは、にやりと笑いながら、目にも止まらぬ速さでホムンクルスと距離を詰めた。そして、懐に潜り込んだり、背後に回り込んだり、時には頭上を舞うなど縦横無尽に動き回りながら相手を混乱させ、ホムンクルスの胸部や頭部に銃撃を放っている。発射された銃弾は、魔力の塊に近い。魔力をまとえる特別なものなのだろう。
クレイグがホムンクルスと距離を詰め始めた頃、アイオーンの前方にいた四体のホムンクルスが床を蹴り上げ、アイオーンに近づいていた。と、同時に、アイオーンの姿が消えた。
その刹那、ホムンクルスたちは細切れにされたかのような無残な残骸へと姿を変え、床に落ちた。
「え……」
無残にも姿が崩れ落ちたホムンクルスを見ていた少女は、わずかな声しか出せなかった。たった数秒のことだった。何が起こったのか、まったく理解できない。
それに、あの白銀色の人はどこに──?
「言い忘れていたが、わたしは『普通の魔術師』ではない」
白銀色の青年の声が聞こえたのは、少女の背後からだった。少女は振り返ろうとしたが、その前に後頭部を指先でトンと軽く叩かれ、間もなく目を閉じて床に倒れた。アイオーンが催眠の魔術を施したのだ。
そのまま、アイオーンは、ユリアを横抱きに抱えているホムンクルスに近づく。ホムンクルスの顔面を鷲掴みにし、ホムンクルスの内部をめぐる魔力を操って内部構造の破壊を行った。内部構造が破壊されたホムンクルスが力なく崩れると同時に、拘束具で縛られたユリアを抱え、床に座らせる。
それと同時に、クレイグが戦闘を終えて戻ってきた。
「……ユリアよ。肩に怪我をしているのか?」
ユリアの服の肩部には、小さな穴と血の滲んだ跡ができていた。患部にはガーゼが医療用テープで固定されている。
「……ヒルデブラントヒツジモドキのローブを着たその子に、『魔術師殺し』の毒を塗られた矢を当てられたの。口は動かすことはできるけれど、身体はまだ動かしにくいわ……」
「『魔術師殺し』──。この者たちが……」
アイオーンが、静かに目を見張る。そして、悔しそうに顔を歪ませ、ユリアの怪我に手を添えた。
「……きみの身体がまだ動かぬということは、魔力を分解して消滅させる成分も、まだ体内にあるということだ。わたしの治療術も効かぬだろう……」
「大丈夫よ。傷自体は、たいしたものではないわ。──アイオーン。クレイグ。助けに来てくれてありがとう。よく、ここがわかったわね……? 私が攫われていたことも知っていたなんて……それに、騎士団は襲撃されたって……」
そう言うと、「日頃の行いのおかげか、運が良かったんだよな」とクレイグは話し始めた。アイオーンは、その間に拘束具を魔術で切っていく。
「アンタの身に何かあったってのが判ったのは、ディアナ叔母さんがちょうどローヴァインの屋敷に向かってたからだ。叔母さんが屋敷に着いたら、玄関は開けっ放しのままで、玄関先には血痕があったらしい。血に含まれる魔力の気配でユリアのものだと判って、アイオーンもいなかった。だから、何か相当な事件に巻き込まれたと思って、総長やオレたちに電話してくれたんだよ」
ディアナとは、イヴェットの母親だ。彼女は、ローヴァイン家の屋敷からほど近い場所で夫と暮らしており、たまに彼女は実家である屋敷に遊びに来ることがある。今回も、ユリアとアイオーンの様子を見に行くために来ていたのだろう。
「──んで、騎士団の襲撃犯のことなんだが……人間はひとりだけで、あとは全部ホムンクルスだった」
「ひとりだけ……?」
「それに、なんか様子がおかしかった。ホムンクルスは騎士を襲って暴れてたんだが、人間のほうは抵抗することなく簡単に捕まえれたんだ。犯人は、東隣にある国の会社──アルキュミア社の社員で、襲撃目的を聞いても意識朦朧としながらもやけに素直に話してくれたんだよ」
隣国にあるアルキュミア社は、人工魔力を用いて人の暮らしに役に立つ機械を作ることを目的としている会社のひとつだ。その一環として、合法のホムンクルスの製造もしている。比較的、大きな会社であり、違法行為はしていない。
「隣国の会社の社員……? 目的は?」
「『隣国にあるアルキュミア社が、ローヴァイン家の女を誘拐した。助けたければ隣国にあるアルキュミア社が新たに建てた研究施設に行け』ということを伝えに来たらしい。そんで、その会社では、水面下で違法研究が行われていて、違法研究者ともつながりがあるということを告発してくれた。……けど、こっちの国の騎士団を襲撃したのは意味不明だよな……。まあ、ともあれ、ディアナ叔母さんからの情報もあってユリアが攫われたんだってことはわかったから、エゼルベルト伯父さんから向かってくれって言われてここに来たんだ」
エゼルベルトは、ラウレンティウスの父親だ。
騎士団を襲撃した理由は、騎士団が憎いということでもなく、アルキュミア社がローヴァイン家の女を誘拐したことを伝えるため──。どうしてわざわざ、犯行を明かすことを行ったのか。しかも、少女によれば、騎士団の襲撃はここや彼女は関与していないといっていた。何かがおかしい。襲撃犯が意識朦朧としながら素直に言ったというが、それにも何か理由があるのだろうか。不可解なことがいくつも気になるが、今は事態が収拾することと、その後の調査結果を待つしかない。
「そう……。ところで、今の騎士団はどうなっているの? 総長やラルスは……?」
ユリアが話したその時、遠くから青年の声が聞こえてきた。
「おいっ! ユリアは、無事か!?」
ラウレンティウスだった。アイオーンとクレイグの姿を目に映すと、駆け足で近づいてきた。
「ラルス……! 無事だったのね……!」
ユリアは嬉しそうに声を上げた。
「当たり前だ。騎士団が簡単にくたばるわけがない」
「本部にいる騎士の方々は?」
「問題ない。怪我人はいるが、命に別状はない。ホムンクルスが暴れたせいで、建物の損傷や物の散乱はあるがな。犯罪者収容施設に被害が無かったことは、不幸中の幸いだ」
「そう……よかった……」
「それにしても、お前が抵抗できずに誘拐されるとはな……。騎士団の襲撃の理由も含めて、どういう意味だかさっぱりわからん……」
ラウレンティウスはため息をつき、腰に手を当てた。
「私が抵抗できなかったのは、ヴァルブルクにしかない特殊な効果を持ったものを利用されたからよ……。そして、それらを提供した人はセオドアという男──アルキュミア社の人が私を誘拐した理由も、セオドアの依頼だったからだそうだわ」
「セオドア……?」
アイオーンが問う。クレイグも、首を傾げている。
「この会社と関わりがある人だと思う……。この女の子の話を聞くかぎり、社員ではなさそうな気がするわ」
騎士団を襲撃した犯人が、ローヴァイン家の女を誘拐したと言っているならば、セオドアも騎士団の襲撃に一枚噛んでいる可能性がある。
「……そいつを追えば、これらの事件の全貌が判るのかもしれないな」
ラウレンティウスは、拳を握りしめた。
第五節は、あともう少しだけ続きます。次で第一章が終わりそうです。




