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ユリア・ジークリンデ (1) ―遥かなる亡国姫―  作者: 水城ともえ
第一章 崩れ落ちる日常
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第五節 黄昏の弓矢 ②

ユリア本人も予想していなかった事件に巻き込まれた続きの話です。

十年も平穏な日常を過ごしていたので、ユリアも危機感が鈍っていたということもありますが──さて、どうなるでしょうか……?

 目が覚めると、ユリアは暗い部屋にいた。暗闇に慣れた目で、ぼんやりと周囲を見る。台の上に寝かされているようだ。窓が無い部屋であるため、おおよその時刻すら判らない。


(……身体に、何かが巻き付いている……?)


 自分の身体を見ると、そこには拘束具のような頑丈そうなベルトが何重にも巻き付けられていた。おそらく魔術師用の拘束具だろう。『魔術師殺し』の毒を与えたうえで、このようなことをするのは、よほど逃げられては困るという意味か。


(身体は……あまり動かせない……。昔は、この毒に身体を慣れさせるため定期的に摂取していたけれど……今は、さすがに耐性は無くなっているか……)


 手足の指だけでも動かそうとするが、力はあまり入らない。それでも、口だけは動かす事ができそうだった。感覚も少しだけ戻っており、肩に受けた傷の痛みと、空腹感を少し感じる。しかし、魔力は一切扱えない。魔力の気配すら感知することができない。


(さすがは『魔術師殺し』と呼ばれるだけある……。古代から敵軍の捕虜を拷問して情報を吐かせる目的で使われていたけれど、本当に効果は強いわね……)


 ユリアは、忌々しそうに小さくため息をついた。

 まさか、自分がこのような事態になろうとは──。世間から秘匿されているため、誘拐などされることはないと思っていた。しかし、『魔術師殺し』の毒とヒルデブラントブラントヒツジモドキの毛が、何者かの手に渡っていることは確かだったのだから、もっと警戒心を持つべきだった。十年間の穏やかな日常を過ごしたため、心はいつの間にか『普通の人』となっていた。

 誘拐した男は、殺しはしないとは言っていたことをユリアは思い出す。『普通の人』となってしまったが、戦争を経験しているためかこの状況に焦りや恐怖は感じない。それに、心のどこかで、絶対に誰かが助けにきてくれると思っている。ただ、誘拐の目撃者はおそらく居おらず、さらには謎の集団に騎士団の本部が襲撃されていることもあるため、助け出されるのがいつになるのかまったく読めない。

 それにしても、この場所は、誘拐犯たちの拠点か何かなのだろうか──。さまざまなことを考えていると、部屋の外から何やら話し声が聞こえてきた。


「あいつが帰ってこない……?」


 静かに苛立つ男性の声だ。ユリアを攫った犯人の声に似ている。


「あの人、セオドアから『頼みがあるから来てほしい』と呼び出されて行ったきり、まったく帰ってこないのよ……。連絡もないし……」


 知らない女性の声も聞こえてくる。


「セオドアに連絡は? あいつが望んだ女はここにいるんだぞ」


「そのことも含めて留守電を入れているけど、折り返しが無いわ」


「……あの引きこもり野郎は、たまに人をこき使うときがある。やつの研究を手伝わされてるのかもな。まあ、いい」


 足音が遠のいていく。男性が去ったようだ。


(セオドアって、誰……?)


 ユリアは記憶を遡った。攫われる直前、少女と男もその名を口にしていた。自分に用があると言っていた気がする。


「あ、あの……。私、お姉さんの様子を見てきます」


「ええ。こっちもセオドアさんに再度、連絡をとってみるわ」


「は、はい」


 弱気の少女がそう言うと、ヒールの音が鳴った。そして、じょじょに小さな音になっていく。女性も去っていったようだ。

 機械音を立てながらユリアがいる部屋の自動ドアが開き、電気が点く。フード付きのローブを羽織り、そのフードを深くかぶった少女と、ホムンクルスが五体、入ってきた。少女は、何かの書類を持っている。


「……」


 ユリアは、眩しさで目を細めながら少女を見た。大人しそうで自信が無さそうな雰囲気がある。


「……あなた、何者……?」


 ユリアが小さな声で問いかける。声にあまり力が入っていない。少女は、話しかけられるとは思っていなかったのか、ビクッと身体を強張らせた。


「お、お姉さんこそ……何者ですか……? もう、起きたなんて……」


「……ただの研究者よ」


「ウソ、ですよね……。お父さんとお母さんが造ったホムンクルスを破壊して、しかも自爆を察知して逃げられる人なんて……普通じゃ、ないです……」


 少女は、おどおどとしながらも素直に話をしてくれる子のようだ。一見すると、人攫いに手を貸すような子には到底見えない。

 この少女は、どういう理由でここにいるのだろうか──。


「お父さんと、お母さんが……造った……?」


 ユリアが疑問を口にすると、少女は頷いた。


「あの田舎の屋敷、私のお父さんとお母さんの研究所でした……」


「あなた……騎士団に捕まった、研究者夫婦の娘さん……? あの時、あの屋敷にいたの……?」


 ユリアの問いに、少女は頷く。


「む、娘です……。お姉さんの言うとおり、騎士の人たちとお姉さんが屋敷に来ていたとき、私もいました……。だから、もう一つの隠し部屋にあった試作品のホムンクルスを起動させて、お姉さんたちを倒そうとしました……」


 もう一つの隠し部屋──。

 ユリアがホムンクルスの存在の気配を察知できなかったのは、その部屋では魔力が完全に遮断されていたのだろう。そして、ユリアたちを倒すために自爆装置を施したホムンクルスを起動させるとは。見かけによらず敵には容赦しないようだ。


「何のために、あの屋敷へ来ていたの……? ここは、あなたの研究所……?」


「屋敷にあった資料とか全部、騎士団に回収されちゃいましたけど……何か残されてないか、探しに来てただけで──。ここは、お父さんとお母さんの取り引き先の研究所です。どうすることもできなかったから、ここでお世話になってます……」


 敵だというのに、聞けば素直に話してくれる少女だ。彼女が素直な性格もあるだろうが、ユリアがあえて敵意を出していないこともあるだろう。そして、毒を受けて身体が動けないからこそ油断している。

 しかし、ちょうどいい。これを機に、聞けるだけ聞き出してみよう。


「では、同時刻に同じ場所にいたのは偶然……? でも、あなたの気配は感じなかった──あなたは、魔術師ではないの……?」


「偶然です……。魔術師ですけど……これのおかげで、お姉さんたちに見つからずに隠れていました……。これ、セオドアさんの特別製なんです」


 そう言って、少女は羽織っているローブの裾先を持ち上げた。このローブは、目くらましと気配遮断ができる魔物の獣毛に違いないだろう。


「──あのホムンクルス、肉体は不安定でしたけど……弱くはなかったはず、です。だから、今後の参考として、お姉さんが戦ってるところを動画で撮らせてもらってました……」


「私を攫った理由は……? 人質……?」


 少女は、首を振って否定した。


「セオドアさんが、ずっと探していた知り合いの人だから、です……。凄い力を持った人だって……」


 ずっと探していた知り合い……? そんな馬鹿な。ユリアの存在は、間違いなく世間には知られていない。そして、力を持っていることが知られている──これはどういうことだ……?

 ユリアは混乱しながらも、まずはこのことを問いかけた。


「……セオドア、というのは……誰?」


 ユリアがそう言った時、少女は狼狽えた。


「えっ……知らないです、か……? セオドアさんに、撮った動画を見せたんですけど……そしたらセオドアさん、ずっと探してたんだと言って喜んでましたけど……?」


「……少なくとも、私は知らない……」


「……え」


 ユリアがそう答えると、少女はぽかんとした。


「──あなたたちが、私を攫ったのは……そのセオドアが私を求めていたからなのね……?」


「は、はい。そうです……。お礼はするから、お姉さんを連れてきてほしいと頼まれて……。あ、そうだ──あの……失礼ながら、お姉さんが寝ているときに採血して、魔力の性質を調べさせてもらったんですけど……」


 と、少女は、手に持っていた書類をめくっていく。


「……調べたのか……?」


 急にユリアの口調が怒りを帯びたものに変わり、少女は一瞬だけ怯んだ。だが、何かを語りたかったようで口を動かすことは止められなかった。純粋な好奇心で、目を輝かせている。


「……か、各項目の数値が全部、測定不能で……! セ、セオドアさんは、お姉さんを神様みたいな力を持った人間だって話してたんですけど、ほんとにその通りだなって──!」


「ははっ……」


 ユリアは、少女が言ったとある言葉に対する自虐の感情を込めながら短く笑った。


「どこの誰なのかまったく知らないけれど──何が神様よ……。死神にしかなれなかったわよ……」


「し、死神……?」


「……気にしないで。ひとりごとよ」


 ユリアは思った。

 助けられる時、または逃げられる時が遅くなってもいい。一度だけでも、セオドアという男の顔が見てみたい。どういう方法で、自分の名前や力のことを知ったのか。どうしてそんなにも魔力関係の知識を持っているのか──聞いてみたいことがたくさんある。


「──ところで……ご両親とあなたは、どうして悪いことをしているの……?」


 話を逸らすために、ユリアは少女のことに踏み込む疑問を投げかける。


「えっと……その……家族に会いたいから、です……。やったらいけないことなのは、わかってます……。それでも、私たちは……死んだ弟を、生き返らせたいので……」


 以前、ダグラスから聞いた報告書の内容と同じだった。両親とこの少女は、本気で死んだ人間を作ろうとしていた。


「人の肉体だけを作り出すだけならば、まだ可能性はある……。けれど、魂は作れない」


「……それでも、可能性を信じたい……です……。魔力は、すごい可能性を秘めてるってここの研究者さんも言ってましたから」


 弟を取り戻したいと想う気持ちを、ユリアはこの少女から強く感じた。その心は解らなくはない。おそらくだが、弟が死ななければ、この少女も両親も罪を背負わなかったのではないか。だが、魔力が持つ『可能性』が、この家族を狂わせてしまった。


「……あなたは……お父さんとお母さんも、弟さんのことも、大好きなのね」


 その言葉に、少女は深く頷いた。

 身内のためになら、罪を犯してもいい──そう思える家族があることを、ユリアは敵ながらも憧憬を抱かざるをえなかった。


「……羨ましい」


「えっ……?」


「……愛する家族があるというあなたが……羨ましい……」


「……愛され、なかった……ですか……?」


 おそるおそる少女が問うと、ユリアは目を細め、小さな声で呟いた。


「……愛されたかった……愛したかった……。けれど……私には、もはやその資格はない……」


 心のどこかで、ユリアは未だ消えぬ渇望を持つ己に呆れた。未練たらしいものだ。もう資格どころか、絶対に叶わないことだというのに──。

 部屋の中が沈黙となった、その時だった。遠くで爆発音が聞こえてきた。

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