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ユリア・ジークリンデ (1) ―遥かなる亡国姫―  作者: 水城ともえ
第一章 崩れ落ちる日常
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第三節 読めない雲行き ③

第三節の最後となります。

少しずつ不穏なことが増えてきて、とうとうユリアとアイオーンも、今まで一度も帰らなかった故郷に戻って現状を調査するべきではと思うようになりました。


 同日の夜中。日付が変わる一時間ほど前の時刻。

 ユリアとアイオーンは、寝間着姿でローヴァイン家の屋敷にある大きなソファーに座り、テレビに向かい合って話していた。ソファーの前にあるテーブルの上には、いくつかの機器がテレビとコードでつながっている。そのテレビに映っているのは、ヒルデブラント王国の女王であるカサンドラ、そして騎士団総長であるダグラス──ビデオ通話での会談を行っていた。

 カサンドラは寝間着姿だが、ダグラスは仕事をしていたのか騎士団の制服姿である。だが、ビデオ通話をしている場所は、騎士団の寮ではなく高級住宅街にある住居だろう。ユリアとアイオーンの存在、そしてふたりに関連する話題は機密事項だからだ。イヴェットから教えてもらった不審者の件を伝えるため、カサンドラとダグラスの都合に合わせた結果、このような時間帯になってしまった。

 その説明の際に、イヴェットが、王室が所有する領地に侵入するという規則違反をしたことを、ユリアは話さなければならなかった。前回までは総長が黙認してくれたが、今回は状況説明で言わざるを得ない。それでも、偶然とはいえ、この事件を発見できた功績と、不審者発見に協力することで不問にしてほしいという旨を添えた。


『──まあ、悪事を働いたわけでなく、目的は単なる探検のようですからね。彼女は、私たち王室とは協力関係にある一族ですし、彼女自身が好奇心旺盛なことは私たちも知っております。それに、ヒルデブラント王家にとっては、あの地は今でもヴァルブルク王家のものという認識です。なので、貴女が許すというのなら、私はそれに従います』


「ありがとうございます」


 ユリアは、カサンドラの寛大さに頭を下げた。

 その話を聞いていたダグラスは、深いため息をつく。


『それはそれとして……。姫さんとアイオーンは、本当にヴァルブルクに行っても大丈夫なのか? ……あそこじゃ、いろいろとあっただろ……?』


「わたしは大丈夫だ。問題はない」


 アイオーンは、迷いのない言葉と口調だ。その姿に、ユリアは少しだけ羨ましそうに横目で見ている。


『……姫さんは?』


「私は……正直、アイオーンほどではありませんが……それでも、行きたいと思っています」


『どうして……?』


 カサンドラが問う。


「あの屋敷にまだ浮遊していた人工魔力、そして不可解なホムンクルスの件と、ヴァルブルクの不審者の件──このふたつに繋がりがあるのか、まだわかりませんが……、犯人が現代人だとすると、魔術に関する知識を持ちすぎているように感じます」


「持ちすぎている……?」


「まるで、私たち以外にも、昔の時代に生きていた人がこの世に存在しているのではと思ってしまうのです。なので、私たちも調査をすべきかと……」


 王室研究所が生成した人工魔力以上に、質の良い人工魔力があったこと。見たこともないホムンクルスが製造されていたこと。くわえて、それが行った魔力による自爆。そして、『魔術師殺し』の実──これらは、現在の魔力研究と関わり、なおかつ千年前の過去を知るユリアが驚いたことだ。

 人工魔力とホムンクルス、そして魔力を利用した自爆に関しては、天才がいたという説明でもまだ納得はできる。しかし、『魔術師殺し』の実だけは、天才という理由では片付けられない。現代では、所有者である王室の意向で、旧ヴァルブルク領についての情報は国民にはほとんど知らされていない。さらに、その奥地は現代人にとっては危険な場所であるという理由のため、現地調査すら現在も行われていない。なので、このような木の実があること自体、知っていることはおかしいのだ。


「わたしも、ユリアと同意見だ。これらの件は、普通ではないように思う。現に、カサンドラやダグラスですら、『魔術師殺し』の実の存在は知らなかったのだから」


 アイオーンも同意を示したことで、カサンドラは深刻そうな顔つきをした。


『……そうですね……』


 そう言い、彼女は軽く息を吐いた。


『わかりました。この件は、おふたりにも調査をお願いします。ですが、くれぐれも無理は禁物ですよ』


「はい」


 ユリアが頷く。


『真正面からヴァルブルクに入れば、いろいろと探られてしまいますから、人目につかないよう入る必要がありますね。貴女がたは、まだ秘匿されるべき人たちですから』


「そうですね……。何か方法はありますか?」


『特別領地衛兵課も知らない、誰にも見つからない特殊なルートがあります。その場所まで、エドガーに車を運転させましょう。──ダグラス。貴方は、イヴェットに雑用を命じて、本部へ出向という形でこちらへ来られるようにしてあげなさい。できるかぎり周囲から怪しまれないような用事でね。彼女は特別領地衛兵課の所属だけれど、ふたりやアシュリーと同様に人目のないルートから入らなければ駄目だわ』


 カサンドラの言葉に、ダグラスは「無論、そのつもりです」と返事をした。


『進入禁止区域以外の場所でも、実際にヴァルブルクの地を踏めるのはごく一部の衛兵課の者だけですからね。そんなことすりゃ、先輩や上司がイヴェットに嫉妬しちまってイジメに遭いかねない』


 イヴェットは、先輩や上司から見ればまだ新人だ。その新人が、いきなり単独でヴァルブルクに入ることを命じられれば、周囲からの反発を招く。同時に、それを命じた総長であるダグラスにも不信感を抱く者が出てくるだろう。


『──エドガー』


 カサンドラが画面外にいる男に声をかけた。その名が呼ばれた瞬間、ダグラスの顔が引き攣る。


『はっ』


 画面外から、年老いた男の声が小さく聞こえた。


『後日、ユリアたちと日時と待ち合わせ場所の取り決めを行い、車で四人をヴァルブルクへと連れてゆきなさい』


『かしこまりました』


養父(とう)さん……やっぱり、この時間帯でも伯母さんのそばにいたのか……』


 ダグラスのげっそりとした声を出すと、カサンドラの背後の画面外から、スーツを着用し、髭を蓄えた厳格そうな老齢の男性が現れた。彼に『ロイ』という姓を与えた、エドガー・ロイであった。


『当たり前だ。私は陛下の執事なのだから。……それよりもダグラス。なんだ、そのだらしない言動は。ユリア様とアイオーン様、さらには陛下の御前だというに』


『いや、今さらもういいだろ……? 誰もが十年以上前からの知り合いだぜ?』


 ダグラスは、疲れきった顔で机に肘をつき、その手で顎を乗せた。


「エドガーさん、大丈夫ですよ。むしろ、これくらいのノリのほうが有り難いです」


 ユリアがフォローを入れると、エドガーは深くお辞儀をした。


『ありがとうございます。──自己紹介が申し遅れました。わたくしは、ダグラスの養父でございます、エドガー・ロイと申します。以後、お見知りおきを。……義理の愚息には、よく言い聞かせておきます』


「気にすることはない。変に畏まるダグラスを見るのは、少しだけ寒気がするゆえ」


 と、アイオーンがいつも通りの無表情でそう言い放った。これは悪気のない素の言葉だろう。


『んだとコノヤロー』


 疲れた目をさらに細めて、眉間にシワを寄せたダグラスは、少しだけドスの効いた声でつぶやく。


『はいはい。ふたりとも、お止めなさい』


 そんなふたりの間に入ったのはカサンドラだ。彼女は、まるで子どもに手を焼く母のような顔をしている。諌められたふたりは、不満な気持ちがあるかのような目をした。


(態度の悪い息子を叱るお父さんに、些細な言葉で勃発するきょうだい喧嘩、それを仲裁するお母さんみたいだわ……)


 なんとなく蚊帳の外のユリアは、その光景を見ながらそんなことを考えていた。 


『──では、そろそろ私は失礼しますよ。三人とも、おやすみなさい』


「おやすみなさい、カサンドラ様」


「うむ。夜分遅くに申し訳ない」


『お疲れさーん』


 それぞれが挨拶すると、カサンドラの背後でエドガーが会釈をした。そして、彼女たちを映していた画面が真っ黒になる。通信が切れた。


『……はあ。俺の直感、当たんじゃねえよって感じだぜ……』


 ダグラスは、伯母と養父がいなくなったことで脱力し、椅子の背もたれに深くもたれかかった。そして、いつかの言葉を口にする。


「直感って……あの屋敷を調査するときに言っていた、『これから面倒なことになるんじゃないか』ということですか?」


 ユリアが問う。


『ああ……。ふたりには、もう人間が起こすゴタゴタに巻き込まれて、戦う羽目になってほしくないんだがな……。さすがに、もういい加減にしろって思うだろ?』


 はるか昔から、生まれ持った自身の力のせいで長生きせざるをえず、その力を狙う輩に追われ続けたアイオーンと、戦争で『兵器』となることを両親や国民から望まれて生きていたユリアを知るダグラスは、ふたりを案じていた。しばらくの無言ののちに、アイオーンが口を開く。


「……力を持たぬ者であれば、そう思ったやもしれぬが……わたしは、そうではない。これは、力を持つ者の責務だ」


「私もそう思います」


 ユリアも同意する。


『……お前さんたちが、その精神を持ってくれているからこそ、俺たちにとっては不測の事態でも安心感を持てる。それは正直、有り難いんだがな──神様ってのは、ホントに力にムラがある野郎だよな……。一回、叱り飛ばしてぇもんだ』


 本当は、ふたりが出動しなくてもいいくらいの『平和』な時間が、もう少し長く続いてほしかった。その思いがあるからこそ、ダグラスのこの言葉だった。


「……『神様』に怒ってくれて、ありがとうございます」


 人がいる限り、悪いことが起こる可能性がある。予想外のことも起きてしまう。だからこそ、仕方ないことだとふたりは理解している。

 それでも、その言葉には、ユリアの隠れた気持ちがこもっていた。

次回の第四節から、とうとうユリアたちがヴァルブルクへと向かいます。

ユリアにとってはトラウマが蘇るかもしれないという因縁の地であり、それでも命を賭して守っていた生まれ故郷でもあるという複雑さです。これが『シリアス寄り』タグの原因です。

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