第二節 告白 ②
こんにちは。今回は、ダグラスの過去話とユリアとの関係性が中心です。
それではどうぞ!
「えっ……?」
「昔、ヒルデブラント王室には、素行の悪い男子がいたんだ──それが俺の父親だ」
ダグラスは、深く息を吸い込み、ゆっくりと吐きながら少しだけ目線を落とす。
「父親は……女性にだらしなくてな。地位や身分に関係なく、手当り次第、関係を持った。それでなんやかんやあって、父親と関係を持った一人の女が身籠ったんだ。……俺の母親だ。母親は、玉の輿を狙うために俺を産み、父親に息子だと認知してもらおうとした。だが、父親は認めなかった。いろいろあって玉の輿を諦めた母親は、利用価値が無くなった幼い俺を『ここで待ってて』と言って道に捨て、どこかに消えた……。多分、別の男に乗り換えたんだろうな……いくら待っても、迎えに来てはくれなかった……」
ケーキを眺めながら、ダグラスは静かに壮絶な過去を語った。ユリアは、呆然としている。
ダグラスは、おそらく何年かは母とともに暮らしていただろう。だが、母親は、自分の子には関心が無かった。幼い頃は、誰もが親の温もりを欲するはずだ。しかし、得られなかった彼は、どれほど辛くて寂しかったことだろうか。
「しばらくして、とうとう父親も勘当されたらしくてな。それ以降、王室も父親とは関わりを持たなくなったらしい」
「……そう、だったのですか」
ユリアは、そう答えることしかできなかった。しかし、心の内では、ダグラスに対してシンパシーを感じていた。ユリアもまた、実の父母との繋がりを得ることはできなかったからだ。
「ああ。だからさ──ぶっちゃけた告白をすると、この世に神様なんていねえなと思ったもんだ……」
ダグラスは、きっとほかの人には見せないであろうほのかに暗い笑みを向けると、ユリアは悲しそうに同調のほほ笑みを返した。
「……私も……昔は、そう思っていました」
「姫さんもか……同じだな」
ダグラスは、胸を撫で下ろすように笑った。
「──それは、今もか?」
「今は……神様も、不完全な存在なのだと思っています。この世界は昔から不完全だから、この世にいる神様も不完全な存在なのだと思うことにしました」
「俺も似たようなもんだ。神様の存在は否定しないが、力にムラがあるんだと思ってる。……同じような境遇や考えを持った人がいると、なんか安心するな」
ダグラスは、微笑みながらそう言うと、ユリアも微笑んで「はい」と同意した。そして、少し聞きにくかったが、気になった質問をした。
「……あの──そのあとは、どういう経緯でカサンドラ様と出会われたのですか……?」
「待っていても母親は来なかったから、俺はいつの間にか空腹で倒れて意識を失ってた。そうしたら、誰かが俺を抱えて施設に連れて行ってくれてたみたいでな。それで、しばらくは施設での生活が始まった。それから何年か経ったころに、俺の存在を知ったカサンドラ伯母さんが探しに来てくださったんだよ。俺の父と話をする機会があったようでな。だから、いろいろと便宜を図ってくださったし、養父を紹介してくれたりしたんだ。だから、今の俺の名字は、養父のものなんだよ」
「そうでしたか……」
ユリアは、心の中でカサンドラの行動に感謝した。心優しく、行動を起こす勇気を持つ彼女は、今のユリアにとっては憧れの存在である。だが、それと同時に、『女王』と呼ばれる者としてコンプレックスを感じることもある。
「俺の過去とか、その経験から感じる素直な気持ちとか──これらに対して仮面を被らなくてもいいのは、伯母さん以外だと姫さんくらいなんだよな……」
と、ダグラスは少し恥ずかしそうに頭をかき、ふとどこか遠い目をした。
「──勝手なことだが……俺は、姫さんに親近感を持ってる。姫さんも……両親に縁がなかったろ……?」
「はい……。そのようなことがあったから、総長は独りになることが苦手なのですね」
「ああ……。……独りは……苦手だな、今も……」
ダグラスは、椅子の背もたれにもたれかかると、天井に目をやり、ぼんやりと呟く。そして、目を瞑って息を吐いた。
その光景を見ていたユリアは、頭の中でさまざまな言葉が思い浮かんだ。ぐちゃぐちゃな言葉をなんとか伝わりやすい文章に整え、戸惑うようにキョロキョロと目線を動かしながらも口を開いた。
「……あの……もしも寂しいと感じる時があったら、私に言ってください。都合が合えば会いに行きます。私たちは親戚で、友達ですから」
どのような言葉をかければいいのか迷った末に、ユリアはこの言葉を選んだ。彼を子ども扱いしたような言葉だったかもしれないが、これが今のユリアができる精一杯の本音だった。
「そいつは有り難いが──生まれが千年も離れてても親戚って言えるのかねぇ」
そんな彼女に対し、ダグラスは照れ隠しゆえに、少しだけ揚げ足をとってしまったような言葉を言った。
「総長も私も、ヒルデブラント王家の血を引いていますから親戚ですよ。どれだけ生まれた時が離れていようと、私と総長はそれで良いのです」
しかし、ユリアは迷うことなくまっすぐな笑顔で断言した。ダグラスも、これには反論できず、照れ臭そうに笑った。
「……まあ、そうかもな」
ふたりは、戸籍上では赤の他人だが、実際は千年ほど離れた血族同士であり、歳の離れた友達でもある。そして、暗い過去を持っているからこそ抱く負の感情の一部を共有できる存在。ユリアとダグラスは、ひとことでは言い表せない不思議な間柄だ。
「──ありがとな、姫さん。でも、今の俺は、昔よりかは寂しいのは我慢できるよ。だから姫さんは、ラウレンティウスを支えてやってくれ」
「え……? ラルスを……?」
突如、彼の名前が出てきたことに、ユリアは不安そうに首を傾げた。
「あいつ、意地っ張りだし素直じゃねえ時もあるけど、毎日、気を張りながら仕事してるんだよ。魔術師の社会の中では、わりと有名な旧家の息子だからな。嫌でも目立つし、周囲の目を気にする必要がある。親父が同じ騎士団で同じ部署の上司とはいえ、甘えるわけにもいかねぇ。もともと真面目な性格で、自分で決めたことだからって言って頑張ってはいるが……見ていると、ちと不安でな」
「えっ……?」
実は昨日、ユリアはラウレンティウスに対して、無理はしていないか、大丈夫かという言葉をかけていた。しかし、そのときの彼の返答は、「お前が心配するようなことは何も起こっていない」という、つっけんどんな言い方だが余裕を感じるものだったのだ。
「それに、縁談も来てるらしいぜ? 本人は、そういう恋愛やら結婚やらには興味無いって言ってっけど、昔から女性から意外と人気があって告られてたりするし。この前も、後輩の女の子から告られてたって公安課の女の子から聞いたな。断ったみたいだけど」
「え、縁談? 告白されている、ですか……?」
その言葉を聞いた瞬間、ユリアの心がざわついた。どうしてざわつくのか、わからない。
たしかに彼はかっこいいとは思う。しっかりしていて頼りになるし、何かを頼めば、なんだかんだ言いながらも結局は絶対に手伝ってくれる。素直ではないところはあるが優しい。そして、細やかな気遣いをさり気なくしてくれる。
別に、それは自分に対してだけではないことは判っている。誰に対しても、彼は自分と変わらない接し方をしていることだろう。差別をするような人ではない。
自分にはないものを、彼はたくさん持っている。羨ましいとさえ思う。
これは、なんだろうか──。何に対して、妙に感情がざわめいてしまっている。
このような話題で、こうも感情を乱されたのは初めてだった。ユリアの複雑に曇った表情に、ダグラスはニヤリと笑う。
「どっちも初めて聞いたか? 縁談に関しては、ローヴァイン家は有名な旧家だからな。なんだかんだヒルデブラント王家とも繋がりがある。縁を持ちたがる魔術師は意外といるもんさ。恋愛事情に関しても、まあ──そのへんについては、姫さんに心配かけたくないんだろうな」
「……あの、総長。ラルスを支えることについてですが──私は、どうすればいいのですか? 騎士団には、まだ入れませんし……。戸籍なんて、ありませんので……」
胸のざわつきが消えず、ユリアはそれ以上踏み込まないように話題を戻した。ラウレンティウスの異性関係に関する話は、あまり聞きたいとは思わなかったのだ。彼女の心の機微を読み取ったのか、ダグラスは微笑ましそうに笑っている。
「適当に遊びに誘ってやってくれたら十分だと思うぜ。それだけで、あいつにとったら良い気分転換になる。たしかに急な呼び出しがかかる時もあるんだが、なんやかんやで公安課にも休みはある。たまには、姫さんから誘ってやってくれねえか?」
「鬱陶しく思われないでしょうか? 迷惑になりそうなので、私から連絡をしたことはないのですが……」
「んなこと気にすんなって。絶対いける。いけるから。むしろ、やれ。やるんだ、姫さん」
「は、はあ……」
なぜかノリノリで命じられ、ユリアは困惑しながらもうなずいた。
(私から、ラルスを遊びに誘うなんて初めてだわ……。断られたらどうしよう……なんだか緊張する……)
さまざまな意味での緊張で、ユリアの胸の鼓動がとんでもなく激しいものとなった。
このままではいけない。何か、別の話題で紛らわせないと心臓がもたない。何かないか。何か──。
「あっ。そういえば、総長。あの夫婦を逮捕しようとした際に、妙な術で抵抗されたとおっしゃっていましたけど、具体的にはどのような術ですか?」
昨日に気になっていたことを、ユリアはふと思い出すことができた。
思い出せてよかった。心臓が助かる。
「……ちょっと待ってな。データ化した報告書で見れるから」
甘酸っぱい話題から、面白みもない仕事関係の話に戻り、ダグラスはやや呆れた笑みをしながらも端末を操作して調べてくれた。
「えーっと……。夫婦が、自分の身を拘束しようとする騎士の頭を掴んだ瞬間、その騎士が突然、『その人たちを放せと』と夫婦の味方をしだしたらしいな。何かを植え付けられて洗脳されているようだったと報告書には書いてる」
「洗脳……」
それは、ユリアが生きたころの戦争でも、似たような術は使われていた。そもそも、そのような術は、逮捕された夫婦が独学で編み出したものなのか、それとも夫婦の関係者にそういう術を知る人物がいるのか──。いずれにせよ、大規模な魔術が扱えなくなった時代だとはいえ、このように人体に影響を及ぼす魔術は失われずに存在しているということだ。このことは、ユリアも予想していなかった。事件の調査に関わらなければ、知ることができない現実だ。
「しばらくしたら治ったそうだな。術をかけられた騎士曰く、その時の自分は、あの夫婦の味方だと思い込んでいたとのことだ」
「……ありがとうございます」
ユリアは、ほのかに暗い顔で礼を言った。ダグラスは、端末を机に置き、ため息をつく。
「まったく、人を操れるとかヤバい魔術だな──」
すると、その時、ダグラスは思い出したように「あっ」と言った。
「そうだった。今日、姫さんを呼んだのは、雑談したりケーキ一緒に食べるためだけじゃないんだよ」
と言い、ダグラスは椅子から立ち上がって居間を出ていった。しばらくすると、彼は騎士団の拳銃と専用ホルスターらしきもの、手のひらで持てるほどの小さな小箱、さらに一枚の紙を手に持って戻ってきた。
「総長、それは?」
「姫さんの銃と弾だよ。こいつは、俺の予備の銃だが状態はいい。渡せる弾は少ないが、姫さんには格闘技があるし、毎日使うわけでもねえしな。一箱あればいけるだろ。あと、俺直筆の銃の使用許可証も渡しとく。これさえあれば、いざというときに利用しても罰せられることはないからな」
「どうして、これを私に……?」
昨日、研究所の試作品として保管されていた銃を無断で使っていたことをうっかり露見してしまい、彼に怒られたばかりだ。
「まあ、無断で練習してたのはいただけないが……いつかは、姫さんもコイツを使うんじゃねえかとは思ってたよ……。コイツは、お守り代わりとして渡しとく。これから、いろいろありそうだからな。持ってても損はねぇだろうさ」
「……ありがとうございます。大切にします」
お守りという言葉とともに贈られた銃は、ふたりの繋がりの証ともいえる品だ。ユリアにとって、『お守り』として何かをもらうのは初めてだった。ユリアは、無意識に顔をほころばせる。
「女の子だってのに、あげるものが色気もなければ物騒なモンで悪いな」
「いいえ、嬉しいです。だって総長からいただいた『お守り』ですから」
世辞でもない素の言葉に、ダグラスは一瞬だけ呆気にとられた。そして、愛おしそうにユリアを見つめる。
「……そいつは良かった」
読んでいただきありがとうございました。
この節は、もう少しだけ続きます。たぶん次で終わるかな……? 次回は、ちょっとはニヤニヤできる話を書く予定です。
それでは!




