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第97話「母子のお茶会」

王妃主催のお茶会に潜り込もう、と考えたロザリア達ではあるが、

『何の準備も無く潜り込むのはリスクが大きすぎる』

とのアデルの指摘で、とりあえず知っている人物の中で、

一番王妃に近い高位貴族の女性に色々と話を聞こう、という事になった。


相手はフロレンシア・ローゼンフェルド侯爵夫人、ロザリアの母である。

要は帰宅したのだ。

「あらあら、お帰りなさいロザリア。今日のお仕事はもういいの?」

「はい、別に丸一日調査して欲しい、と言われているわけではありませんから」


国王からは、調べるのはどんなに長くても半日程度で良い、

という指示をもらっていた。

そもそも何か異変が無いか、と調べているだけで、

明確な目標が無い以上あまり長く城に拘束するわけにもいかないからだ。


「そう? じゃあ、今日は私とお茶でもする?」

ロザリアは願ったりなので快諾したが、

すぐにお茶会が始まるわけではなく、自分も着替えなければならなかったり、

クレアを皆で寄ってたかって飾り立てたりしていたので、

お茶会が始まったのは少々遅めの時間帯だった。


お茶会は庭園の木陰の東屋で開かれた。

テーブルにはお茶の他にも定番のケーキスタンドが並べられ、

ささやかながらも、華やいだ雰囲気のものだった。


使用人いわく、ローゼンフェルド家は元々武門の家柄だけに、

こういう事はフロレンシアがお嫁に来るまではあまり行われず、

夫のマティアスの趣味が園芸だったのを全面的に押し出し、

庭園を整えたり東屋を建てる等、少しずつ変わって行ったのだそうだ。

執事のハンスいわく、

「それまでは少々、いやかなり無骨に過ぎましたな」

との事だった。


「ああ楽しかった、クレアさんは素材が良いから選びがいがあるわぁ。ねぇ?」

周囲の侍女やメイド達も、

「はい、それはもちろん」「ロザリアお嬢様の少々前のがぴったり合うんです」

と、お人形さんのように飾り立てられたクレアを取り囲み、

まだ続くお化粧やリボンの追加等、とても楽しそうだった。

クレアはクレアで、慣れぬ扱いに固まってしまっている。


お城で見た貴族令嬢のお茶会とは随分違うな―、

などとロザリアが微笑ましく思っていると、それにフロレンシアが気づいた。

「あら? このお茶会がどうしたの? ロザリア」

「え!? いえ、単に楽しいお茶会だなぁ、と。

 その、ちょっと前に見たものと随分違うものですから」



「なるほど、つくづく、貴女には色んな事を教えてあげるべきだったわねぇ、

 本当に家庭教師を蹴っ飛ばして、私のお茶会にでも参加させるべきだったわ」

城での体験を聞いたフロレンシアは、表情を曇らせながら言うのだった。

おっとりした母親にしては中々過激な発言だったが、

この間の襲撃の際にも全く動じなかったという話を聞いてからは、

案外本気なのかも知れない、とロザリアは思った。

『お母様って、見かけと言動に寄らない所があるもんねー。

 さすが侯爵夫人なんてやってるだけあるわー』


「いい? ロザリア、貴女が見たお嬢さん達だけど、

 大方は魔法学園を卒業して、今の貴女と同じように、

 行儀見習いでお城に上がったような年齢の子が多かったでしょう?」

そういえば、とロザリアはクレアやアデルと顔を見合わせながらうなずく。

中には結婚済みの人もいたが、大半はまだ20代未満の令嬢達ばかりだった。

また、魔力を持たない貴族令嬢はどうしても低く見られる傾向があり、

高位王族の侍女になるのはなかなか難しく、

母の言うような年齢の、魔力を持った令嬢が確かに多かった。


「だからなのね、もう学園の成績や魔力での格付けは終わってしまっているから、

 ほんの小さな礼儀作法や花言葉といった教養で相手を言い負かした気になって、

 それで自分のその場の順位が上がったと錯覚するのよ」

「でも、こう言っては何ですが、貴族令嬢にとってそれは、

 その、大きな意味を持つのでは?」

「いいえ、小さいわよ? だってどんなに背伸びしたって、

 まだ結婚もしていない貴族令嬢、という意味では、

 例えばこの国の貴族女性の頂点に立つ王妃様から見たら、

 まとめてみんなただの貴族令嬢だもの」

ロザリアは貴族令嬢達があんなにも必死になるのだから、

それは宮廷では重要な事だとばかり思っていたが、

王妃と比べられてしまえば確かにそうだとハッとさせられた。


「令嬢の頃から店か何かを経営して盛り立てたわけでもない、

 何かを成し遂げて国王陛下の目に留まったわけでもない、

 そんな状態では皆同じなの。背伸びする意味なんて何も無いわ。

 良くも悪くも、貴族令嬢は結婚してからの生き方がとても大きいのよ」

『ん? ちょっと待って。これって、ウチの事……?』


「あ、あのー、お母様、もしかして私が色々やってる、って事、ご存じですか?」

「もちろんよ。”ローズさん”」

「ど、どうして!?」『はいバレてましたー!』


「フェリクス先生の許可もいただいて、少しずつお茶会も始めているのよ。

 当然、その中で貴女が出資しているお店の事も結構話題になってるのよ?」

「ええー…」

『そういえば、リュドヴィック様の勧めで

 家の紋章をお店の看板の横に出したっけ…。そりゃ目立つわ……』

やはり母はただ者では無かった、

いつの間にやら自分の行動が把握されてしまっていたのだから。

しかも母の体調が良くなったのはつい先日で、

自分が店の経営に出資し始めた頃を考えると、時間差はほぼ無かった。


「まぁさすがに、”ローズさん”がロザリアと同一人物だ、って気づいてる人はいないから心配しなくて良いわよ?」

「は、はい……」

『ええー、って事は、ウチがギャルとして店員やってる事も当然知ってるよねー?

 なのに平然としてるって、どういう事ー!?

 大した事じゃない、って……コト?』

こういう性格だったから良かったものの、もしかしたら母はとんでもない大物なのかもしれない、

こんな事だったら、もう少しギャルっぽさを抑えめにするんだったかなー、

などと思っていたら。

アデルの『言わんこっちゃない』という視線を感じ、

ロザリアは見なかった事にした。


「それと、クレアさんも最近は有名になりつつあるのよ?」

「うぇ!? 私が!? ですか?」

クレアは自分はただの平民だからお貴族様の噂話とは無関係だなーとか思っていると、

突然自分の話題が出て驚くのだった。

この女性はいったいどこまで把握してるのだ。


「ええ、魔法学園の制服を着た少女が無償で治癒魔法をかけてくれるというので、

 あちこちで「制服の聖女」とか「救護院の守護天使」とか言われてるわよ」

「ええー…」

「とまぁ、こんな風にお茶会では様々な話を聞く事ができるの。

 特に、私の場合はずっと病で倒れてたからそういう事に疎くって、

 皆色んな話を持ってきてくれたわよ」

「はぁ……すごいです」

「でもね、そういうお話をしてもらう為には、

 主催した者はその場にいる全ての人を楽しませなければならないの。

 それこそ、控えている侍女やメイドの子、護衛の兵士さん1人に至るまで」


確かに主が自分達を情報で手球に取っている様子を見て、

回りの使用人や兵士達は皆誇らしげだった。

まして、この使用人達は、有事の際は皆戦闘に加わる程の実力の持ち主だ。

母は父が宰相の仕事で激務なだけに、

あまり2人で外出もせず、屋敷にいる事が多いはずだったが、

最大の武器の『情報』は、ここで優雅にお茶を飲む事で蓄積されていっているのだ。

このお茶会のテーブルは、まるで武器庫だ。

母はここで蓄えられる情報という武器で、このローゼンフェルド家を守っている。


「特に、その場の誰かを侮辱するとか、その場にいない人の言動をあれこれあげつらうとか、そんな事しないと場が持たないのでは、格が下がる一方ね」

あの令嬢達と眼の前の母とでは格が違う。ほんの少しお茶を飲んで会話をしただけで、

ロザリアは母が侯爵夫人として生きてきた人生の厚みを思い知らされた。


「お茶会はね、自分が主催できる最も小さなパーティよ。

 殿方の夜会とは違ってお酒の力を借りず、

 たった1つのテーブルで、会話と気配りだけで訪れた皆を楽しませないといけないの。

 それができてこそ一人前の淑女(レディ)と言えるわね」

そう言うと、フロレンシアはちょっとお行儀が悪くティーカップを皿の上でくるくると指で回してみせる。

すると、テーブルの上のティーカップや皿やケーキスタンドがダンスを踊る紳士淑女達に見えるから不思議なものだ。

もう自分も手のひらで転がされている思いだ。

今、母は完璧にこのテーブルを掌握して見せていた。


「大方、調査が行き詰って、こうなったら一番上の貴族女性である王妃様を調べてみよう、とでも思ったのでしょう?

 それなら、メイドだの侍女だのの格好をせずに、堂々と行けばいいと思うわよ」

「お母様……」

ロザリアは令嬢達のお茶会を目の当たりにしてうんざりとしていたが、

今は目が醒めるような気分だった。

完敗だ。母には何もかも見抜かれていた。

人としての大きさも、包容力も何もかもが、まだまだ敵わなかった。



数日後、王妃からお茶会の招待状が来た。

表向きは先日の疑惑をかけた事に対する謝罪という事だったが、

ロザリアの母が手回ししてくれたのだろう。


ロザリアはクレアと共にアデルを付き人として、

王妃のお茶会に臨んだ……のだったが。


「私が王妃のクラウディアよ。

 騒がしくて申し訳ない、彼女は少々古い友人なのだよ」

と王妃から自己紹介をしてもらったのはいいとして、


「やぁやぁやぁ! ロザリアちゃん!しばらくぶりだね!

 今日はお(ねー)さんもお招きに預かったんだよ!」


真っすぐな黒髪を優雅に編み上げ、東方式のドレスを典雅に着こなし、

何故かお猪口(ちょこ)を片手に既にほろ酔い加減の、

”自称”ヒノモト国の皇女、レイハがその場にいたのだ。

どう考えてもトラブルの匂いしかしない。ロザリア達は秒で帰りたくなった。


次回、第98話「色々と予想外にも程があるお茶会なんですけどー!?」

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